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王都の行き止まりカフェ『隠れ家』~うっかり魔法使いになった私の店に筆頭文官様がくつろぎに来ます~【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨
その後の隠れ家

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121/150

121 ラスクと脱水機

 毎日店を回しながら、料理から水分を抜く練習をしている。

 スープはわりと簡単だったが、具が大きいとスカスカする。あと、豆を乾燥させると石みたいに硬くなる。

 「具は小さく、柔らかく」を目標にあれこれ試している。

 その一方で、衣類の乾燥も、試している。

 

「ねえサンドル君、大きめの木箱を作ってくれる人を知ってる? このくらいの大きさの」

「結構おっきいすね。でも、木箱なら大工さんに頼めば誰でもできるんじゃないすか」

「普通の木箱じゃだめなの。水を入れても漏れないようなきっちり密閉されている箱が欲しいの」

「樽職人ならいいってことっすね。樽なら、水も漏らさぬ密閉度ですから」

「ああ! なるほどね!」

「何に使うんすか?」


 水魔法で洗濯物を乾かす話をした。考え込んでいる様子で聞いていたサンドル君が「それ、マイさんが使うんすか?」と聞く。


「違う。私が洗濯物を乾かすなら、結界を張ってその中で乾かせばいいの。いつだったかグリド先生から聞いた話なんだけど、完璧な結界を張れる魔法使いはそんなにいないらしいの」

「いないっすね。魔力持ちだけど魔力量が少なくてお城の魔法部に入れない知り合いがいるんですけど、その知り合いが『結界は難しくて誰でも張れるもんじゃない』って言っていました」

「サンドル君、魔力持ちの知り合いがいるんだね。初めて聞いたような」

「兄貴の嫁さんです。今は細々とポーションを作ってますけど、村じゃあんまり売れないらしいです。たまに王都に納めに来るけど、それだけじゃ生活できないみたいで。兄貴が農家をやってるから、ポーションを作りながら畑も手伝ってます。まあ、生活は厳しいと思います」

「畑……。王都の中じゃないのね?」

「迷いの森の近くです」


 あれ? 私、その人を知ってる気がする。その人、迷いの森でヤマネコに襲われていたあの人じゃなかろうか。


「もしかしてお兄さんのお嫁さんて、ロージーさんて名前だったりする?」

「そうっす! なんで知ってるんすか!」

「迷いの森でヤマネコに襲われているところに出くわしたことがあるの」

「ああっ! 義姉ねえさんを助けてくれたのって、マイさんとヘンリーさんだったんすか! うわ、世間は狭いっすねえ」


 あの時、ヘンリーさんは猫になったしソフィアちゃんはワンコになってた。だけど今の話を聞く限りその話はしないでくれたんだね。そうだろうとは思ってたけど、ロージーさんはやっぱりいい人だ!


 それから毎日乾燥魔法を試していた。ソフィアちゃんは乾燥魔法で作ったラスクが好きだ。両手でラスクを持ってカリカリサクサクとラスクを食べている。


「マイたん。これ美味しいねえ。フィーちゃん、これ好き」

「それね、いろんな味にできるのよ。今日はバターとお砂糖の味だけど、明日はまた違う味で作ってみるね」

「うんっ!」


 薪のオーブンでラスクを作るのは焦げないように付きっきりになるけど、フライパンでバター焼きしたパンを結界の中で乾燥させれば、失敗なくラスクができる。いいね。

 サンドル君やアルバート君はラスクを大歓迎だ。


「歯ごたえあって、これいいですね。腹が減ってるときは甘いクッキーよりこっちが食べたくなります」

「そうね。ラスクは軽食になるわね」


 挿絵(By みてみん)

 

 彼らが好んでいるのは甘くないラスクだ。バジル、ガーリックバター、チーズ、ナッツ、レモンバター。これをセットにして売り出したら喜ばれるのでは? レバーパテを塗ったらどうかな。サラミを刻んで貼り付ける方法もあるといいなあ。


「マイさん、楽しそうですね。シルヴェスター先生が魔法のことを考えている時も、そんなお顔でした。懐かしい」

「マイたん、ニヤニヤ!」

「私、ニヤニヤしてた?」

「うん! ニヤニヤしてた!」


 ソフィアちゃんが断言してキアーラさんがクスクス笑い、サンドル君たちも笑っている。

 夜、ヘンリーさんがラスクの味見をしながら私の話を聞いてくれた。そして呆れている。


「ちょっと待った。マイさんは店を回しつつラスクの試作をしていて、衣類の乾燥方法も考えているってこと?」

「そう。どれも水魔法の応用だから、それほど大変じゃないの。あとね、魔法を使わない脱水機も作りたいんですよ。理屈はわかっているんですけど、どう作ればいいのかわからないの」

「無理しないでくださいね……って言っても笑いながら暴走しそう。魔法を使わない脱水機って、どんなものですか?」


 は? 笑いながら暴走? 

 据わった目つきで「ワハハハ」と笑いながら走っている私の姿が頭に浮かびましたが。ヘンリーさんの中の私のイメージって、どんなよ。


 まあ、いいわ。文句を言うのは後にしよう。

 そこから大雑把な絵を描きながら、人力で脱水槽が回転する脱水機の説明をした。ふんふんと聞いていたヘンリーさんが断言する。


「できますね。全部木製じゃなくて、負荷がかかる場所は鉄にしたらいいんじゃないかな。手回しでもいいし、足踏み式でもいい。縦の回転を横に変えるには、歯車を使えばいいだけです。でも一番簡単なのは……」


 感心していたら、サラサラと絵を描き始めた。

 描かれているのは見たことがある形だ。もっと小さくてぐるぐる回してレタスの水を切る台所用品。それの大型版だ。でも、洗濯機が滑らかに回るには、ベアリングとかいうのがあったような。どういう仕組みか全然わからないなぁ。金属の玉が入ってて……。


「それは使わない方がいいと思います。鉄の玉はすぐに錆びて頻繁に交換することになりそう。それじゃ意味がないんでしょ? 魔法を使わずに作れて魔力なしで使えて、手軽な値段にしたいんでしょ?」

「そう! すごい。全部わかってる。まだその話はしていないのに」

「ふふっ。じゃあ、コマみたいに主軸の先を尖らせればいいかも。受け皿も鉄にして、分解して乾燥させられるよう、構造はなるべく簡単に。こんな感じかな。ここから先は職人の出番ですよ。城に出入りしている業者で、柔軟に対応してくれそうなところに声をかけてみます」

「わぁ……かっこいい。できる男」

「ありがとう」

「で、笑いながら暴走する私のことはどう思っているんです?」


 ヘンリーさんが私のほっぺにチュッとした。


「俺の奥さんはとても愛らしい女性だと思っていますよ」

「くっ!」


 リアルスパダリか。

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