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王都の行き止まりカフェ『隠れ家』~うっかり魔法使いになった私の店に筆頭文官様がくつろぎに来ます~【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨
第三章 伝説の魔法使い

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108 緑色に光る人

 今日も午後二時にヘンリーさんが来店してランチを食べている。他にお客さんがいないので二人でおしゃべりをしていると、ヴィクトルさんがやってきた。


「警備隊に『あのポーションを作った人に会いたい』と言う女性が来ているんです。当人は最近まで魔法使いに仕えていたと言っています。マイさんのことは教えられないと断ってもいいのですが、どうしますか?」


 ヘンリーさんが嫌がるかな、と思って顔を見たら「警備隊で断っても、おそらくここにたどり着くでしょう。俺がいるときに来てもらいましょうよ」と言う。


「お会いします」

「では、すぐに連れてきます」


 少ししてヴィクトルさんに連れられて、三十歳くらいの女性がやって来た。

 大きな黒い瞳。青みを帯びたようなウエーブのある黒髪をやんわりとひとつにまとめた、大人しそうな女性だ。

 感知魔法を放つと、その人は緑色に光った。春待ち祭りのときに二人だけいた色だ。


 ヴィクトルさんは忙しいだろうから、仕事に戻ってもらい、ヘンリーさんのことは「この方は私の婚約者のヘンリーさんです。一緒に話を聞かせてください」と告げて、三人で話をすることにした。

 

「私はキアーラと申します。あなた様のお名前もご住所もわからなかったので、事前に連絡も差し上げずに訪問してしまい、申し訳ございません」

「マイです。私を捜していたのですね」


 キアーラさんは恐縮している。用件はまだわからないものの、押しの強い人じゃなくてホッとした。

 

「私がお仕えしていたシルヴェスター先生は、子供時分に高名な魔法使い様に見出され、指導を受けてから独立した方です。南部の港町で活躍なさっていましたが、残念ながら先日お亡くなりになりました」

「それはお気の毒に。もしかして、高名な魔法使いって、グリド先生ではありませんか?」

「そうです! グリド先生は今、お元気でしょうか」

「はい、お元気です。それで、今回私にどのようなご用件でしょう?」

「これを見てくださいませ」


 キアーラさんがリュックから重そうな包みをテーブルに置いた。包みを開くと、太い糸で丁寧に綴じられた紙の束だ。昔の百科事典くらいある。厚紙の表紙には『シルヴェスターによる魔法の記録』と書いてある。


「これは、私が雇われてから先生が亡くなるまでの四十年間の記録です。大切な事だけをまとめてあります。あなた様のお噂は、特級を超えるポーションと一緒に私の住む町に届きました」


 そこでヘンリーさんが口を挟んできた。


「キアーラさんが一人で四十年間の全てを記録してきたのですか?」

「そうです。若く見えるでしょうが、私は現在……七十二歳です」


 そう言って私を見る目が緊張している。私たちを信じて年齢を明かしてくれたのだから、私も緑の光で気づいていたことを言うべき、よね?

 

「長生きな種族の獣人さん、ということですね?」

「やはりおわかりになるのですね。私は亀型獣人です。亀型獣人の寿命は百五十年から二百年、それ以上の場合もございます。今あなた様がお使いになったのは、感知魔法でしょうか」

「そうです」

 

 春待ち祭りで見た緑に光る二人連れは、亀型獣人だったのか。

 この世界では六十歳でも老人扱いだし老人に見えるのに、この人は七十二歳で三十歳に見えるよ。


「シルヴェスター先生はグリド先生の感覚的な教え方に、大変ご苦労なさったそうです。『同じ苦労を後輩にさせたくない。時間と労力の無駄を防ぐためにも記録を取って後輩に伝えたい』とお考えになり、長生きな私に記録を命じたのです。その上で『いずれ現れるであろう偉大な魔法使いに、この記録を渡してくれ。君が生きている間にこれと思う魔法使いが現れなければ、君の若い仲間に託してほしい』と、最期におっしゃいました」

 

 わかる……。わかりますよ。

 天才肌のグリド先生のご指導は、理解するのが難しかったよ。

 それにしてもシルヴェスター先生はすごいね。ずっと先を見据えて亀型獣人を記録係に選んだわけね。

 私がウンウンと何度もうなずいて聞いているのに、ヘンリーさんは「ほう?」みたいなお顔だ。そして私に質問してきた。


「俺は魔法の技術的なことはわからないけど、その感覚的なグリド先生の指導を、マイさんはどうやって理解したの?」

「ええと、なんとなく『こういうことかな?』って大まかに受け取めて、ひたすら実践あるのみで習得しました」

「ああ、なるほどなるほど。そうでしょうね。納得です」


 ヘンリーさんがすごく腑に落ちている。それ、若干ディスられているような気がするんですけど?

 キアーラさんの話が続く。


「私はシルヴェスター先生亡きあと、そのまま田舎町に留まりました。偉大な魔法使いならば、王都から離れた田舎町にいても噂は届くはずだと考えたのです。今回の流行り病が起き、たった五年で私が待ち望んでいた噂が届きました」


 「たった五年」ですか……。


「王城勤めの魔法使いより効果の高いポーションを作る魔法使いがいる。しかも国全体にポーションを行き渡らせる量を作る魔力の持ち主。その噂を聞いて確信いたしました。私が次にお仕えする魔法使い様が現れたのだ、と。私の生活費は手持ちがございますので、心配ご無用です。住む場所も自分でどうにかいたします。お仕えさせてください」


 いやいや、待って。「お仕えする」って言われても。


「私の魔法を記録するのは構いません。でも、キアーラさんにお仕えされるのはちょっと困ります。私は魔法に生活の全てを捧げているわけじゃありません。この『隠れ家』の店主でもあるのです」

「では私を従業員としておそばに置いてくださいませんか。お給金は不要です。従業員として働きながら、あなた様の魔法を記録させてください。それが……」


 急に言葉を詰まらせたキアーラさんの目が潤む。


「亡きシルヴェスター先生のご指示なのです」

「脇から失礼。キアーラさんとシルヴェスター先生の御関係はどのような?」


 ヘンリーさんの質問に、キアーラさんが躊躇なく答える。


「私はシルヴェスター先生をお慕い申し上げておりました。種族も寿命も違いすぎる私たちではございましたが、仲良く四十年間、ひとつ屋根の下で暮らしておりました」

 

 そういうこと……。キアーラさんはただの記録者なのではなく、寿命が違いすぎる一般人を愛してしまった長命種族ってことなんだね。

 ヘンリーさんを見たが、これ以上は口を挟むつもりはないらしい。こういう時、ヘンリーさんはいつだって私の意思を尊重してくれる。


「わかりました。そういうことでしたら、二階に空き部屋がありますので、そこを使ってください」

「ありがとうございます。私からお願いして仕えさせていただくのですから、部屋は家の中でなくても大丈夫です。お庭にちょっと深い穴を掘らせていただければ、こっそり変身して夜はそこで眠ります。本来の亀の姿に戻って眠るには、土の穴だと甲羅が乾燥しないので調子がいいのです」


 ほうほう、土の穴の中がご希望ですか。それならぴったりの場所がありますよ。


「亀型獣人さんのお好みに合うかどうかわかりませんが、裏庭に使っていない地下室があります。そちらの方がお好みでしたら使ってください。私は家の中でもどちらでも構いません。それと、ここで働くのなら、賃金はちゃんとお支払いします。ただ働きはさせません」

「ありがとうございます。私の亀の姿は、お見せしなくてもいいのですか?」

「キアーラさんが見せたいと思うなら見せてください。少しでも嫌だと思う気持ちがあるなら、見せていただかなくて結構です。私はあなたを信じます」


 キアーラさんがヘンリーさんを見た。


「あなたさまのご意見は?」

「俺としては、マイさんと一緒に暮らす人のことは少しでも詳しく知っておきたいです」

「承知しました。では変身するための場所をお借りできますか?」


 キアーラさんが立ち上がったので、脱衣所に案内しながらもう一度確認した。


「変身するのが少しでも嫌なら、しなくていいのですよ? 彼は私の意思を尊重してくれますから、そこは遠慮しないでください」

「いえ。最初が肝心です。私は少しの疑念も持たれたくありません。変身後の姿を見ていただきたいです。お金の匂いを嗅ぎつけて、よからぬ人間が魔法使いにすり寄ってくることは、シルヴェスター先生で散々経験済みですから」


 そう言ってキアーラさんは脱衣所のカーテンを閉めると、あっという間に大きなゾウガメになって出てきた。ゾウガメのキアーラさんは、想像していたよりずっと大きかった。甲羅の高さが私の腿くらいまである。足の力が強そう。


挿絵(By みてみん)


 こんな近くでゾウガメを見たのは初めてよ。

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