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王都の行き止まりカフェ『隠れ家』~うっかり魔法使いになった私の店に筆頭文官様がくつろぎに来ます~【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨
第三章 伝説の魔法使い

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101 コンスタンス様の講義

 昼にキリアス君が店にやって来た。

 前回持ち帰りランチを買いに来てから数日。今日もお仲間を連れずに一人だ。キリアス君は別人かと思うほど元気がない。


「こんにちは、マイさん。日替わりをお願いするね」

「いらっしゃいませ。日替わり、かしこまりました」


 相手が元気なさそうでも具合が悪そうでも、『見てわかるほど調子が悪そうですよ』という意味の言葉は言わない。それは働き始めた初日におばあちゃんに教わった客商売の鉄則だ。

 おばあちゃんは「元気がないから店に来てくれていることもある。私たちの役目は、具合が悪そうねと指摘することじゃない。美味しい食べ物と飲み物で元気になってもらうことよ」と言っていた。


 キリアス君はしょんぼりしながらも「海の幸の辛い麺」を完食し、お茶を飲み、ボーッとしている。他にお客さんはいない。まだみんな病を貰うことを恐れて外食しないらしい。

 キリアス君はしばらくぼんやりしてから「マイさん、ちょっといいかな」と声をかけてきた。

 

「はい、なんでしょう」

「国王陛下が魔法部にダイヤをくださったんだ。スープ皿に山盛り一杯分くらいもあった。あれもマイさんなんでしょ?」

 

 とっさに返す言葉が思いつかずに黙り込んだら、キリアス君は一人で納得したらしい。


「やっぱりマイさんなんだね。陛下があんなにたくさんのダイヤを持っていたなら、師匠が帰国した時に出してくれているはずだもん。最近手に入ったんだなと思ってさ。出所でどころは? と考えたら、すぐマイさんの顔が浮かんだよ」

「嘘をつきたくないから認めますけど。部外者の私がダイヤを提供して、気分を悪くしたのならごめんなさい」


 キリアス君が首を振る。


「僕、恥ずかしくてさ。本物の実力者は謙虚なんだね」


 こういうとき、なんて言えばいいのかな。上っ面の慰めを言っても、頭がいいキリアス君にはお見通しだろう。余計なことを言うくらいなら何も言わないほうがいいよね。


「もう少し時間、ありますか? 新しいデザートを作ったので味見をしてもらえたら嬉しいです」

「食べる」


 即答する様子がまだ十七歳だ。日本なら高校生。生意気でエネルギーを持て余している面倒な時期よ。それを思えば、最年少で年上の魔法使いたちを束ね、仕事をこなしているキリアス君はとても頑張っている。

 元気出してよ。あなたは立派よ。そう思いながらミルクプリンを出した。

 

 挿絵(By みてみん)

 

「ミルクと生クリームと砂糖を固めたものです」

「へえ」


 ひと口食べたキリアス君が「美味しいね」と笑顔になった。

 

「口の中でスッと溶けた。優しい味だ。パトリシアにも食べさせたい。これ、持ち帰れる?」 

「冷たい方が美味しいのですが」

「わかった。風魔法の冷風で冷やしながら持っていくよ。彼女は自由に外出できないからね。今日はあるだけ売ってくれる?」

「かしこまりました」


 ゼラチンは変換魔法を使って豚の皮と骨から作った。私が知っている真っ白な粉末のゼラチンがお皿の上に現れたときは嬉しかったな。これで紅茶ゼリー、コーヒーゼリー、イチゴミルクプリン、オレンジミルクプリンも作れる。

 ミルクプリンを食べ終わったキリアス君が「元気が出たよ」と言う。


「そう言ってもらえるのが一番嬉しいです」

「それでね、魔導具が無事に稼働するのを確認できたら、ぜひマイさんも魔導具を試してみてよ。ダイヤの提供者ならその権利がある」


 私? そうか。私が使ってもいいのか。


「まだ先の話だけどね。人間を送れることは師匠の失敗のおかげで証明されたけど、師匠以外の人間が同じように移動できるかどうかは、これから実験なんだ」

「早く稼働できるといいですね。私がその魔導具を使うかどうか、しばらく考えてみます」

「わかった。マイさんがダイヤを提供してくれた話は、誰にも言わないよ。ダイヤ欲しさに悪い人が集まって来たら危険だ。それに、マイさんに何かあったら困るのはダイヤを提供してもらう僕たちだし」


 キリアス君の説明では、魔導具を稼働させる魔法陣の正確な描き方と魔力の注ぎ方をこれから魔法部全員が学ぶのだとか。失敗したら命に関わることだから、時間をかけるそうだ。

 ヘンリーさんが獣人国へ気軽に行けるようになるのはだいぶ先ね。

 

「ミルクプリン、美味しかった。また来るね」

 

 キリアス君は十個のミルクプリンが入った箱を手に、来た時よりも少し元気になって帰った。私の魔法と料理で、誰かが元気になってくれるのは嬉しい。

 今夜はコンスタンス様の講義がある。ヘンリーさんも同席だ。これには理由がある。


「コンスタンス様の講義なら、私一人でも大丈夫ですよ」

「いえ、俺も同席します」

「過保護では?」

「そんなことはありません」

 

 というやり取りがあり、夜になって二人で講義を受けた。コンスタンス様は「ヘンリーはもう知っていることなのに」と苦笑していた。コンスタンス様は資料も見ずにスラスラと家名を挙げて講義をする。私はメモを取りながら聴いた。

 

「この国は王家を頂点として貴族社会が築かれていますが、実際は王家派、中立派、反王家派があります。これは公の場では絶対に口にしてはなりません。それがまず大原則。ハウラー子爵家は、代々王家派です」


 なるほど。派閥に関する話を口にしないこと、とメモした。

 

「現在の王家の前は、二世代か三世代で王家が入れ替わっていました。ハウラー家は初代エルドール国王のときからの忠臣として知られています。現陛下は間違いなく名君で、これはハウラー家にとって、とても幸せなことです」


 そこから中立派、反王家派の家名を教えてもらった。メモを書きながら(このたくさんの家名を覚えたら、次は家名と顔ぶれを一致させるのか。家長だけでなく奥さんや子供の顔もかしら)とクラクラする。

 キリアス君の実家のハルフォード侯爵家は中立派だった。たしかキリアス君のお兄さんは軍部の役付きだとグリド先生が言っていた。

(へえ、王家派じゃない家の長男に、軍部の要職を与えるんだね)と思っていたら、コンスタンス様がそのあたりの説明を始めた。


「王家派だけで要職を固めないところが、現陛下の名君たる所以ゆえんです。『国の発展のためには、身分や家柄だけで役職を振り分けず、能力優先にすべし』とおっしゃったのですよ。だからヘンリーは子爵家出身でありつつ能力で筆頭文官になったのです」


 コンスタンス様が誇らしげだが、ヘンリーさんは完璧な無表情。

 その後は当主の妻たちのつながりやお茶会、夜会の話もあった。そこでヘンリーさんが割って入った。


「マイさんは子爵家に嫁ぐだけでなく俺の持っている男爵の家に入るとも言えるのですから、出たくなければお茶会も夜会も出なくてもいいです。俺が許可します」

「そうなんですか? 私が全く参加しないと、ハウラー家が批判されませんか?」

「批判する者にはさせておけばいいのです。俺は気にしません」


 ヘンリーさんや。

 コンスタンス様が「ぐぬぬ」というお顔ですよ。それと、ご実家での俺呼称は歓迎されていない気配です。


「ヘンリー、まずはマイさんの意見を聞いてみましょうか」

「私は……月に一度くらいなら出られると思います」


 今度はヘンリーさんが「ぐぬぬ」という顔だけど、とりあえず一度は参加してみる。どうしても合わないと思ったら行かなきゃいい。

 講義が終わり、二人で『隠れ家』に帰った。ヘンリーさんと二人で夜の晩酌を楽しんでいたらドアをノックする音。ヘンリーさんが「俺が出ます」と言って出てくれた。

 訪問者はカリーンさんとヴィクトルさんだった。


「夜分にごめんなさいね。ヴィクトルと一緒に来られるのはこんな時間だから。これ、受け取って。私を助けてくれたお礼よ」


 布で包んである柔らかいものを渡された。店の中に入ってもらって包みを開けると、真っ白で薄い布のロングワンピース。


「素敵! カリーンさん、ありがとう。嬉しいです」

「私こそありがとう。ポーションのおかげで、骨折も打撲もあっという間に治ったわ」

「よかった。いただいたこれは、いつ着るものなの?」


 私の知らない決まりがあるのかなと思って聞いたのだけど、私がそう言うとカリーンさんがヘンリーさんをチラリと見た。その視線で察した。察しましたとも。ナイトウエアなんですね?


「あ、うん。だいたいわかりました。ありがとうございます。大切に着させていただきます」

「じゃ、私たちはこれで。ごめんなさいね、二人の時間を邪魔してしまって。おやすみなさい」


 そう言ってカリーンさん夫婦は帰っていった。

 静かになった店内で、贈り物から視線を逸らすヘンリーさん。この世界の男性は、女性のナイトウエアを直視するのはとても恥ずかしいことなのかな?

 急いで包み直して「ありがたいけど、これを着るのはだいぶ先ですね」と笑ったら、ヘンリーさんが真っ赤になった。


 言わなくていいことを言ったらしいです。


 

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