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前払い

「はい。山里、麻理さん。これからよろしくお願いいたします!それでは」

そこまで言うと星乃は胸元の星空の柄の大きなリボンをしゅるりとほどき、テーブルにひらりと落とした。ほどかれたリボンは大きな布となり、ふわりとテーブルに落ちる。

「 『バイト代』の先払いをさせていただきますね。」にっと星乃がいたずらっ子のようなほほえみを浮かべる。ほどかれたリボンがテーブルの上で黄金色の輝きを放ちだす。

リボンからあふれ出た光の粒子が集まり、像を形作る。そこには6、7歳くらいの少女が浮かんでいた。明るい空色のワンピースを着た少女が、眼を開く。

麻理の脳裏を古い記憶が駆け巡る。(ああ、なんで。なんで今までずっと忘れていたんだろう。あんなに仲良しだったのに。この子は、きっとこの子は間違いなく)

「すず、ちゃん?鈴ちゃん?鈴ちゃんなの?」その少女は、まぎれもなく麻理が会いたいと願っていた昔の友人、鈴だった。麻理は眼を零れ落ちそうなほどに見開く。

鈴はにっこりとほほ笑んで言った。「うん。鈴だよ!久しぶり麻理ちゃん!」

「鈴ちゃん!」衝動的に駆け寄るが、麻理の手は鈴がいるように見える場所をすり抜ける。

「ごめんね麻理ちゃん、ずっと会えなくって。」鈴は悲しそうな顔で言う。

「そんなの、気にしないでいいんだよ!でもなんでだっけ?」鈴と麻理が仲良くしていた時期からもうすでに10年近くがたっている。記憶はあやふやだが、確か唐突に会えなくなったと思う。鈴は一瞬うつむいて、そして覚悟したように顔を上げる。

「あのね、麻理ちゃん。」鈴がぽつぽつと話し出す。「うん」

「私は、幽霊なの。ずっとずっと昔、交通事故で死んじゃった、幽霊なの。」「…うん」

驚くが、経緯を聞きたいと思う気持ちが勝る。麻理は静かに相槌を打つ。

「幽霊はずっとこの世にはいられない。私の存在はちょっとずつ、でも確実にこの世…私がいまいるとこから見るとあの世かな?から消えて行っていたの。」「うん」

「そんなとき、麻理ちゃんに会ったんだ。」鈴が当時の思い出を慈しむようにほほ笑む。

「うれしかった。私のこと見える人は少なかったから。声が聞こえる人なんてもう全然。年もおんなじくらいに見えたし、きっといい友達になれるって思ったの。」

「それからは、麻理ちゃんも知ってるよね。楽しかったなぁ…でも私の存在は薄れていった。で、麻理ちゃんにも見えなくなっちゃった。声も聞こえなくなっちゃったみたいで、麻理ちゃんと話すこともできなくなった。そこからは早かったなぁ。私は消えちゃって、天国で暮らすことになった。」遠い眼で鈴は話す。

「会えなくなっちゃって、ごめんね麻理ちゃん。」苦しそうな顔で鈴は謝る。

「そんな、鈴ちゃんが謝る必要なんてないよ!悪いのは私だよ。会えなくなっちゃってごめんね。私が、もっと…」麻理の目から大粒の涙が零れ落ちる。

「泣かないで麻理ちゃん!」鈴がおたおたと慌て始める。頭をなでようとしてくれるが、鈴の手が麻理に触れることはない。

(ああ、変わらないな。そうだ。鈴ちゃんは優しい子だったな)ふと思い出す。

「優しいね、鈴ちゃんは。変わらないや」涙をぬぐわないまま麻理は微笑む。

つられて鈴も微笑む。「麻理ちゃんは変わったね。昔よりずっとお姉さんになった。

でも、泣き虫は変わらないみたいだね?」揶揄うような口調で鈴は言う。

「えー!?異議あり!私は泣き虫じゃないよ!」コケティッシュに頬を膨らませ、口をとんがらせ、鈴を軽くにらむ。どちらからとなく笑いがあふれる

「ふ、ふふ」「ふふふ」「ふふっあはは!」「あはははは!」一通り二人で笑い合う。

「はー、息が苦しい。こんなに笑ったの、久しぶりだよ!麻理ちゃんのおかげだね。ありがとう!」鈴が目元の笑い涙をぬぐいながら言う。「こっちこそ!」と麻理は笑う。

「あー楽しかった。でもごめんね麻理ちゃん、そろそろ私は帰らなきゃなの。ありがとう。天国で気長に待ってるからね!見えなくなっちゃっても、きっと友達だから」

鈴は悲しそうな顔で話す。麻理は引き止めたくなる気持ちを必死にこらえる。

「…うん。友達だよ。私は鈴ちゃんと、ずっとずっと友達だから!!!ちょっとだけ待っててね。またきっと会えるから。」麻理は早口でまくしたてる。口を開いたままだとまた泣いてしまいそうだ。でもだめだ。

「次あうときは、もっと成長してるから、泣き虫なんて言わせないから、楽しみにしてて!」麻理は精一杯笑顔を作る。強がりだ。でもかまわない。笑顔を絶やしてなるものか。

「っ!うん!」鈴ははじけるような笑みを浮かべ、そっと麻理の首元へ手を伸ばす。「それじゃあ、またね」首元に重みを感じると同時に鈴はあっという間に、空中に溶けるように姿を消した。


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