表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

書架と契約

「それじゃあコーヒーを入れてきますね!お客様ミルクと砂糖入れる派ですか?」

「ん-、砂糖だけ入れてくれる?」牛乳はあまり好きではないが、ブラックコーヒーは苦くてとても飲めない。

「かしこまりました!あっ机はあっちにありますよ!本とかも見てていいですよ!行ってきます!」

星乃はパタパタと奥へと引っ込んだ。「いってらっしゃーい」ひらひらと手を振りながら小さくなっていく星乃の背中を見つめる。「さて」麻理は本棚へと目をやる。「ふふ、見てていいっていったよね?」麻理の目がきらりと輝く。自慢ではないが麻理はなかなかの本好きだ。本棚へ向かい、ざざっと表紙に目を通しながら先ほど星乃が指し示していたテーブルの方向へと向かう。「あ、これ面白そう」麻理の手が一冊の本の表紙の前で止まる。

なぜかは分からないが、妙に気になる本だ。表紙は擦り切れていてなんと書いてあるかわからないが、深草色の表紙に金色でツタのような模様が箔押しされている。表紙を開くと白紙のページにインクが踊り、文字を形作る。

「うわ!?」驚きのあまり本を落としそうになるが、ぎりぎり踏みとどまる。「そういえば、ここも変なとこだった。」星乃の印象にかき消されて忘れていたが、そもそもここに来たのは落とし穴に落ちて亜空間(星乃が言っていた)とやらに飛ばされたのが最初だったなと思い出す。ページに目を落とす。もうインクは動かず、流麗な文字列となっていた。

『今これを読んでいる方へ。私はもう長くはないでしょう。これがあなたの手元にあるということは、私の死を意味しています。

死は怖くはありません。私はもう十分生きました。しかし私にはただ一つ心残りがあります。それは孫のことです。孫はまだまだ幼く、一人残していくことが気がかりです。また私の跡を継ぎ、司書になると孫は言っていますが、そのことにも不安があります。今図書館には暗雲が立ち込めています。今は何とか退けられていますが、いつまでもそうとは限りません。私が死んだあとはなおさらです。どうかお願いです。孫を助けてやってください。守ってやってください。あわよくばよき話し相手に、友人になってやってください。あの子は強がりですが、まだまだ未熟で、けれど心優しくて他人を思いやれる、自慢の孫なんです。

どうか、どうかお願いします。孫の名前は』そこまで読んだところでかっかっと靴の音が近づいてくる。「お待たせしましたー!!」と背中から星乃の声が響く。とっさに本を閉じ、本棚へと戻す。「お、おかえり。早かったね?」本棚から星乃のほうへと向き直る。

「急ぎましたから!何を読んでたんですかお客様?」星乃は右手でコーヒーが乗ったお盆を持ち、左手には黒の紙箱を抱えている。

「ん、ちょっとね。コーヒーありがとう。早く飲もう?」なんとなくはぐらかしてしまった。テーブルへと向かう。星乃は少し不思議そうにしていたが、納得したのかテーブルにコーヒーカップの乗ったお盆を置く。「どうぞ!」と椅子の前にコーヒーを置き、テーブルの真ん中に黒い箱を置き、向かいの席にもカフェラテを置き、向かいの席に座る。「ありがとう」と言いながら椅子に腰かける。(クッション超ふかふかだな…デザインもおしゃれだし、レトロっぽくてしゃれてる…いくらするんだろう)頭の中でそろばんをはじきながら出されたコーヒーを口に含む。吐きそうになり、寸前で踏みとどまった。なんだこれは。麻理はあまりコーヒーを飲まないが、コーヒーの味は知っている。麻理の口の中の『それ』は麻理が知っているコーヒーとは似ても似つかない何かだ。まず苦い。ゴーヤなんて比較にならない。苦すぎるせいか舌にしびれが走っている。そして甘い。これは麻理が砂糖入りのコーヒーをリクエストしたからだろうが、甘さにのどが痛くなるほど甘い。そしてなぜかはわからないが、酸っぱい。コーヒーは酸味があるのが普通なのだろうが、おそらくこれは通常からかけ離れている。その一つだけでもままならない味がすべてぐちゃぐちゃに混ざったのが、今麻理の口の中にあるコーヒーである。反射的に吐き出さなかった自分を心の底からほめてやりたい。本能がこの液体を拒絶していることを感じながら必死の思いでコーヒーを飲みこむ。意識を舌先に残る苦味から机に置かれている黒い箱に移す。

「そういえばその箱何?」と聞くと、星乃は少し考え込んでから言った。

「お客様、ここでバイトする気はありませんか?実は今人手が足りなくt」

「えっある」即答だった。何なら食い気味だ。意外だったのか星乃は若干面喰いながらも嬉しそうに笑顔を浮かべる。「ありがとうございます。それじゃあ、ここにサインと、拇印をお願いします。」星乃は箱から契約書と朱肉、万年筆を取り出す。

うん、とつぶやき、万年筆を取って自分の名前を書く。朱肉に親指を押し付け、契約書にペタリと親指をつける。契約書が輝く。

「ありがとうございます。契約成立です。やまざとまりさん、であっていますか?」

星乃が笑いかける。そういえばまだ名乗っていなかったと思い、麻理も飛び切りの笑顔を浮かべる。「うん!里山の反対で山里、布の麻に理科の理!山里麻理だよ!よろしくお願いします!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ