プロローグ~クレリアス王国 エリアル王子視点
中華宮廷風はいくつもありますが、敢えてべたべたで闇の濃い、がっつり西洋風宮廷ものファンタジーです。
魔法とか出てきません。
ただ好きな人の敵のフリをすることで、彼の本当の敵をあぶり出し、抹殺していく主人公の話です。
5人のイケメン、美少年暗殺者たちが、主人公の下、政敵を討ち倒していきます。
「ダメよっ!」
燃えるような怒りに満ちたレオノーラ・アヴリールは、乱暴に、エリアル・クレアリス・シャリエールの手からグラスを奪い取った。
「あなたなんかが、この国王陛下主催のパーティで、特別な飲み物を飲むなんて許せないわっ!」
唖然とするエリアル……クレリアス王国第一王子を睨んだレオノーラは、きつい口調で言葉を突き刺すように放つ。
あまりの出来事に周囲は静まりかえり、音楽を奏でていた楽隊まで手を止めた。
永遠のクレリアス。
アルディス大陸の中央から北方に広がる、大陸随一の王国。
豊かな土地と豊富な資源を背景に、クレリアス王国の栄華は建国四百年目して、頂点に達していた……しかし、その内実は熟れ、膿みただれ、王国の民は高い税に苦しみ、一部商人や貴族達により富は独占されていた。
そのクレリアスの首都、王都クレリアでは、裕福な貴族達が毎日豪勢なパーティを開き、華やかに着飾り、日々を満喫していた。
エリアルは悩んでいた。
国が傾いているのが彼には分かっているからだ。
多彩な楽器で音楽を奏でる楽隊が、どんな陽気な曲を選ぼうとも、美しい大貴族の娘達が最先端のファッションでちらちらと舞おうとも、彼の憂鬱は晴れなかった。
目の前で多数の貴族とその子息、令嬢達が、飾り付けられテーブルに置かれているアントルメに、さざ波のような笑いを起こし、手に持つ酒杯を仰ぐ。
彼らは、華麗な衣服を纏い、高価な宝石を見せびらかすかのように身につけている。
どんな美しい花園よりも派手で、どんな洞窟の奥の財宝よりも贅沢で、目がちかちかする程の色味だった。
顔を上げると、ロウソクとクリスタルと鏡、宝石で出来ている大きなシャンデリアがあり、もう日が落ちた時刻なのに、太陽のごとく辺りを燦然と照らしていた。
くすくすくす、と貴族の令嬢達がこの世の春を謳歌している。
実際、この国でも指折りの宮殿でありウイルザート宮の光の間と呼ばれる大広間には、この国の主だった貴族達が集結し、笑い声とグラスを打ち鳴らす音がどこまでも響いていた。
そこここで契機のいい話題に花を咲かせ、放蕩三昧の中にいる息子や娘を、必死に売り込んでいる。
理解できない。
エリアルには、何も知らずただ享楽にふける貴族達が理解できない。
クレリアス王国は、確かに一見栄華の中にある。
だが違う。それは大きな誤りなのだ。
輝く光の下、彼だけが陰の中を実感した。
王位継承権一位たるエリアルには分かっていた。知っていた。
この国にさす不穏を。
一部裕福な者達のよる富の独占で、民衆の心に怒りの炎がちらつき始め、暴動なども珍しくなくなった。無理矢理併合し奴隷にした南方の国の異民族・オルタ人が反乱を企てている、とも噂されている。さらに西方のファルセン帝国も、今は休戦協定を結んでいるが、どん欲な皇帝の下、この先もそうであるとの保証はない。
この贅沢な栄華の根元は、既に砂のように朧になりつつあるのだ。
否、何よりも問題なのは……。
エリアルは見回す。
色とりどりの衣装の中に、その姿はない。
ランドルフ・クレリアス・オードラン……エリアルの父で、この国の現国王だ。
まだ五十五歳の若さだが、最近姿が見えない。
病に伏せることが多くなった。
それ自体はあるいは単純な構図だ。
──散々、放埒の限りを尽くした男が、その代価を払う時が来ている。
エリアルは父に対して辛辣だ。彼は父ランドルフに対し、良いイメージを持っていない。
何せランドルフは、エリアルの母であるクレアが存命の時から、他の女に熱を上げ、子までなしている。
そう、それこそ彼の懊悩の一つだった。
今、ランドルフの腕の中にいるのはアルバータ・バルシュミーデ夫人。
市井の劇場から美貌で王宮に上がってきた女性であり、病床のランドルフの看病の傍ら、王の命令を発信している。
恐ろしい。
エリアルは眉根を寄せた。
病気がちの父がこんなに絢爛なパーティを主催するわけがない。ならば、この場はアルバータ夫人の発案による物なのだ。
だが、今宵のウイルザート宮殿の貴族達の会合の主催者は、ランドルフだ。
つまり、アルバータ夫人はもはや父王ランドルフの手を離れ、勝手に物事を決め、命令を下す立場にいる。
エリアルの視線は、若い令嬢達に囲まれる長髪の男に向いた。
アンブローズ・バルシュミーデ、一挙手一投足全てが華麗な彼は、エリアルと同年の二十四歳だ。
父ランドルフとアルバータ夫人の間に産まれ、エリアルの腹違いの弟であり、王位継承権を持つ。
──いや、次期王なのか?
自嘲する。
経緯故、もう大多数の貴族達はアルバータ夫人を仰ぎ見ている。
アルバータ夫人の得た力は絶大だ。
もはやランドルフ王ではなく、彼女こそが王宮の主であり、この国の法だ。
本来、王になるはずのエリアルよりも、アンブローズの周囲に人がいるのは、そんな事情があった。
最も、誰かに構って欲しいわけではない。このただうるさいだけのパーティ会場から抜け出して、自由な草原を馬で駆けたい衝動がある。
エリアルが今、他者を受け付けず壁の花になっているのは、そんな雰囲気を皆が悟っているからなのかもしれない。
──確かに次期国王とは思えぬ器量の小ささだ。
「失礼いたします、殿下」
自身を貶める精神の迷宮へ向かう彼は、不意に声をかけられ驚く。
銀の盆を挙げた侍従がいた。
確か名はウォーレン。エリアルもよく顔を知っている人物だ。
「お飲み物です」ウォーレンが恭しく差し出してくるので、「ありがとう」とエリアルは銀の盆からグラスを取った。
──結局、この国の最大の問題点は、私が不甲斐ないことなのだ。
エリアルは結論すると、金を溶かしたような色の、酒が入ったグラスに口を付けようとした。
「ダメよっ!」
その瞬間、いつの間に近寄ってきたのか、目の覚めるような深紅のドレスを纏った女性が、白い手袋に包まれた腕をしならせて、エリアルから杯を奪い取った。
え、と驚愕しながら、彼は突然暴挙に出た少女をみとめた。
レオノーラ・アヴリール。
漆黒の髪と、同じく熾烈な星を宿す黒い瞳の娘だ。ややつり上がっている大きな目と、細く高いくっきりとした鼻筋、赤い花の蕾のような小さな唇……ただ彼女の特徴は外見よりも纏った空気にあった。
意志の強さをきびきびとした動きに変え、背筋を常に伸ばした佇まいは、彼女に獅子のようなイメージを与えていた。
崖の上からサバンナを監視する獅子だ。
それが、レオノーラ・アヴリール。
アブリール伯爵家の令嬢で、今年一八になったはずだ。
「あなたなんかが、この国王陛下主催のパーティで、特別な飲み物を飲むなんて許せないわっ!」
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