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4.女侯爵

 

 元婚約者(ヘンリー)が亡くなったという知らせが公爵家から届いたのは、彼と会った一ヶ月後のこと。

 落馬しての転落死。

 俄かには信じられない死因です。検死の結果、怪しい処は全くなく只の不運な事故として処理されました。


 公爵家の跡取りから外されたとはいえ「公爵家の息子」である事に変わりはありません。現役の当主の「兄」として厳かに葬儀が執り行われたのも当然のことでした。公爵家の直系の葬儀という事で王族や高位貴族の出席者ばかりの中で、ヘンリーの妻であるドロシー・スーザン夫人が、夫の棺に縋りついて泣きわめく姿は異質な雰囲気を醸し出しておりました。


「ヘンリ~~!どうしてどうして私を残して逝ってしまうの!」


 貴族という者はどんな時であろうとも冷静に取り乱してはならない、と教えられています。貴族令嬢ともなれば尚更。元男爵令嬢とはいえ、彼の妻はそれが出来ない人種のようでした。


「私を一人にしないで!ああああああああ!」


 高位貴族の方々は見苦しい振る舞いをするスーザン夫人に眉を顰めますが、それに気付かないのでしょう。泣き声は益々高まるばかり。ここまで露骨だと何かの演出めいて見えると思ってしまうのは彼女によって誇りを傷つけられたが故の考えでしょうか?


 葬儀の間中、神殿ではドロシーの泣き声が響き渡ったせいで神官の言葉も葬儀の主催者の公爵の言葉も参列者代表の言葉も聞こえ辛いものでした。公爵家の皆様は彼女の存在自体を()()()として扱っておりました。スルースキルが大変磨かれて御出ででした。





 ヘンリーが死んで未亡人となったスーザン夫人は、彼の残した遺産で豪遊しているという噂が侯爵領にも聞こえてきました。連日夜会に赴いているというのです。怪しげなパーティーにも参加しているという話です。挙句、カジノにのめり込んでいるという噂も……。



『最愛の夫を亡くして寂しいのだろう。ドロシー・スーザン()()夫人が夜ごと遊び歩いているのは恐らく自宅に戻りたくないためだ。家に帰れば嫌でも夫君を思い出して辛いからな。公爵家の跡目を捨ててまで選んだ最愛の妻のする事だ。ヘンリーもきっと許してくれる。我々は広い心で彼女を見守っていこうではないか』



 スーザン夫人の実家を始めとした周囲の者達は挙って彼女の振る舞いを擁護していたのです。特にヘンリーの学生時代からの友人たち。彼らもスーザン夫人と一緒になって遺産を食い荒らしているというではありませんか。素晴らしい友情もあったものです。


 もっとも、婿養子を貰い「公爵夫人」となったヘンリーの妹、アリシアは辛辣でした。


「お兄様が亡くなったせいでタガが外れたんでしょう。煩く言う存在がいないのをよい事に遺産を使って豪遊だなんて恥を知らないらしいわ。まったく、使う事だけは一人前の奥方だこと。お金を自由に使えるのが嬉しくて仕方がないのね。もう我が公爵家と縁が切れて爵位も返却されているというのに未だに『子爵夫人』として振る舞っているのだから滑稽だわ。お兄様との間に娘がいるからどうにかなるとでも思っているのかしら?図々しい人達だわ」


 実に的を射ていました。

 スーザン夫人はヘンリーの死後直ぐに娘共々「子爵家」から追い出され、実家に身を寄せていると伺った時は驚きました。てっきり、娘が「子爵家」を継ぐものとばかり思っていましたから。


「爵位はお兄様に貸し与えていただけです。本家の血筋を路頭に迷わせる訳にもいきませんでしたから。生前贈与も子爵になった段階で渡していますからね。お兄様が亡くなれば本当に赤の他人でしかありません。娘?嫌ですわ、お姉様。私には子供がおりますわ。わざわざ男爵令嬢が産んだ子供を引き取る謂れはありませんわ」


 アリシアの言う事も、また納得できるものでした。

 



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 一ヶ月以上経ってもドロシー・スーザン夫人の豪遊は終わりません。

 実家である男爵家は借金は無いようですが、家計は常に火の車。金銭面で随分と苦労されてきたのでしょう。お金の使い方が下品としか言いようがありません。残された遺産が底をつくのは目に見えているといいますのに。


「お兄様の遺産は娘に残したものだというのに……何を勘違いしたのやら。今度は公爵家に押しかけてきましたわ」


「どういうことなの?アリシア?」


「あの人、遺産を使い切ってしまったんです」


「……そう」


 驚きは有りませんでした。

 あれほど派手に使っていてはそうなってもおかしくないでしょう。


「公爵家に援助を求めてきましたのよ、あの女。『公爵子息の妻である自分を養う義務がある』と叫んでましたわ」


「そんな義務はないわ」


「はい、私も弁護士を通してそう伝えたら今度は『ヘンリーの娘を養育する義務がある』と叫ばれました。()()()()()()()()()()()()を養育するほどお人好しではありませんのに……」


「凄いわね」


「お兄様は可哀そうな人だわ。結局、お兄様の周りにいた│友人たち《下位貴族》は最後までお兄様を『公爵子息』としてしか見なかったんですもの」


「ヘンリーは学園で()()()()()()()()()()()()()が出来たと喜んでいたわ」


「クスッ。『公爵子息』というブランドに纏わりついてきたハエの間違いでは?お兄様は『公爵家の息子でない自分自身を見てくれる存在だ』と仰っていたけれど、私からしたら彼らの方が『公爵子息としてしか見ていない存在』だったわ。でも、私は彼らを非難するつもりはないの。それは仕方のない事ですもの。私やお兄様が『公爵家の人間』である事は間違いのない事実。それから逃げる事は絶対に出来ないわ」


「ヘンリーは気付かなかったのかしら?」


「まさか!幾ら鈍いお兄様でも一応『公爵子息』ですもの。当然、彼らの目が自分をどう見ているかなんて結婚して直ぐに気付いたと思うわ。親友や友人たちがお兄様のいない場所で『公爵子息の義兄』である事や『公爵子息の友人』である事を殊更自慢していたんですもの。下位貴族同士なら兎も角、彼ら、よりにもよって高位貴族相手にも同じようにマウント取っていたんですもの。馬鹿ですわ。高位貴族にそんなもの通用しない事に気が付かないのだから。しかも、お兄様は跡取りから外されている事は高位貴族で知らない者はいないわ。次期当主でもない、たかだか『子爵』でしかない『元公爵子息』を恐れる高位貴族なんて存在しない事が分からないなんて。まぁ、流石に私に対してマウントを取ってきた事はありませんけどね」


「それでもヘンリーは彼らとの付き合いを辞めなかったわ」


「ダイアナお姉様、それも致し方ないことです。お兄様の相手をしてくれるのは彼らしかいませんもの。跡取りから外れたお兄様に高位貴族は波を引くかのように去っていきましたから。御自分で選んだ結果だというのに随分ショックを受けておりましたわ。もっとも、自分がショックを受けたこと自体お兄様は気付かなかったのかもしれませんけど……」



 アリシアの言いたいことは分かるわ。ヘンリーは何かと鈍い人だったから。


「あの人、お兄様の『御友人』も引き連れて公爵家に文句を言いにきますのよ。言っている事が滅茶苦茶過ぎて笑いを堪えるのに精一杯ですわ」


 文句……。

 どんな神経をしているのかしら?

 常軌を逸していると言っても過言ではないわ。


「アリシア、大丈夫なの?」


 頭のおかしな人は何をしでかすか分からないとも言います。彼女と彼女の家族の安否が心配だわ。


「安心してください、もうじき全てが終わりますから」


 アリシアの意味ありげな言葉を理解したのは数日後のこと。

 



 ドロシー・スーザン夫人が逮捕されたと新聞の一面に、というよりもトップにでかでかと載っています。これは一体どういうことかと新聞を読んでいくと、「夫殺し」の容疑者として逮捕されていました。

 どうやらヘンリーの落馬は事故ではなく殺しであったようです。しかも妻のスーザン夫人だけでなく彼女の兄やヘンリーの友人の殆どがそれに関わっていたと書いているではありませんか。


 これは……貴族社会。とりわけ下位貴族は荒れますね。



 数ヶ月後、下位貴族の半数が族滅したとニュースのトップとして飾られました。




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