表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

星降る夜に

星降る夜に落ちた子

作者: 千東風子


冬の童話祭2022の参加作品です。

全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と、「死」の表現があります。

苦手な方は回れ右をお願いいたします。



 あたしは、いらなかった?

 ねえ、お父さん、お母さん。





 ずっと心で泣いている女の子がいました。

 名前は世羅(せら)


 世羅が五歳の時に弟が生まれました。

 それまでは、右手でお父さんと、左手でお母さんと手を繋ぎ、お父さんとお母さんはいつも世羅を見ていました。


 しかし、弟が生まれてからは変わりました。


 赤ちゃんの弟が泣く度、お父さんとお母さんは、世羅に背中を向けて弟の世話をしました。

 弟は少し身体が弱く、よく熱を出していたので尚更です。


 やがて弟が大きくなっても、お父さんとお母さんは弟のことばかり。


 世羅は面白くありませんでした。

 弟が生まれてからずっと、です。


「お姉さんなんだから」


 そう言われたら、世羅は黙るしかありませんでした。


 世羅が六年生、弟が一年生の夏休みのことです。

 弟がせがんだハイキングに家族で来ていました。

 共働きの両親は忙しい中、弟の願いは出来るだけ叶えるのです。

 もし、ハイキングに行きたいと言ったのが世羅だったら、来なかったかもしれません。


 世羅はそう思うと、涙が出そうでした。


 弟への嫉妬で黒い心になっていく自分がいることを、とても怖いと思っていたのです。


 前を歩く三人を見ながら、ふと、世羅は足をゆるめてみました。

 すると、三人は世羅を振り返ることもなく、どんどん先に行ってしまいました。


 このまま居なくなっても気が付かないんだ。


 世羅は道からはずれて歩き出しました。


 いつもいつも弟ばかり。

 何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。

 ハイキングなんて、来たくなかった!


 世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。


 足を滑らせたのです。


 その先は、とても急な坂。

 世羅は滑るように落ち、気を失いました。


 そして、目が覚めたらそこは。

 住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。





 痛みで目を覚ました世羅は、混乱しました。

 自分が足を滑らせたことを思い出しましたが、辺りは暗く、夜になっていたからです。


 本当に、探しもしないんだ……。


 お昼ご飯を食べる前に滑り落ち、今は夜。

 世羅は、家族が誰も助けに来てくれないことが悲しくて悲しくて、身体のあちこちも痛くて泣きました。


 やがて泣き疲れると、世羅は辺りを見渡しました。

 回りの様子がおかしいことに気がついたのです。


 満月に照らされた森は、とても美しく輝いていました。


 よく見ると、月の光だけではありません。

 草が樹が葉が、灯りのように光り輝いていたのです。


 そんな光景を、世羅は見たことがありません。

 不思議な光景でしたが、怖さや(おそ)れはありませんでした。


 ただただ、綺麗で、世羅は見惚(みと)れていました。


 そして、気持ちが落ち着いた世羅は、そのまま眠ってしまったのでした。





 次に世羅が目を覚ました時、見知らぬ天井が見えました。


 たくさんの星が降る夜。

 普段あまり光ることがない森が騒がしく光っていたそうです。

 山に住むおじいさんと男の子は、不思議に思って森を見に来ました。

 そこで倒れている世羅を見つけ、助けてくれたのでした。


 世羅に大きなけがはありませんでしたが、とにかく眠くて、よく眠りました。


 助けてくれたのは同じ年頃の男の子のルドとおじいさんのダーレス。

 人里離れた山の中で一緒に暮らしているといいます。


 ここは日本じゃない。


 世羅は案外すんなりと受け入れました。


 ルドは男の子だけど、とても綺麗な顔立ちをしていて、黒髪に透き通ったルビーみたいな紅い瞳。おじいさんは、白くなった金髪に青い瞳をしていました。

 どう見ても日本人ではありません。


 そして、言葉は通じるのに文字は読めないことや、何よりも二人が使う魔法が、ここは地球ですらないことを示していたのです。


 おじいさんが手から水を出して、畑に撒いていたのを見た時、あまりに驚いて世羅は腰が抜けてしまいました。


 神隠し。


 自分が今、生まれた所ではないどこか遠くにいることを、世羅は納得するしかなかったのです。


 おじいさんは、星が降る夜は不思議なことが起こってもおかしくないと言い、世界()の向こうから落っこちたのだろうと言いました。


 しばらくすると、世羅は二人の生活を手伝うようになりました。

 ところが、世羅に出来ることがあまりにも無かったのです。


 森の獣を殺すことも皮を()ぐことも出来ません。

 畑の土をおこすことだって出来ません。

 掃除ひとつ洗濯ひとつ、最初から最後まで自分の手でやらなければならず、うまくいきません。

 野菜を切ることすら出来ません。


 だって、やったことがないのですから。


 こんなごはんじゃ嫌だ。

 お肉食べたい。

 お菓子が食べたい。

 お風呂に毎日入りたい。

 かわいい服が着たい。

 テレビもゲームも無くてつまらない。

 面白い話をしてよ。

 川の水なんて飲めない。

 炭酸が飲みたい。

 ポテチ食べたい。


 世羅の態度は、ひどくわがままに映りました。

 日本では普通のことでも、助けてくれた恩人に、生活の面倒だけではなく、何も出来ないのに()()をねだっているのですから。


 ある日、世羅はおじいさんに家から出されました。

 生活に余裕があるわけではない山暮らしで、世羅の食べる分が増え、面倒を見る時間を取られた分、収入が減っていたからです。

 このままだと二人の暮らしが(あや)ういので、おじいさんは心を鬼にして、世羅を捨てました。


 慌てたのは捨てられた世羅です。

 なんせ、自分はわがままだなんて思ったことがなかったからです。

 むしろ、世羅は自分を我慢強い方だと思っていました。

 弟ばかりを可愛がる両親の元、我慢ばかりしていると。

 更に言えば、それでも我慢出来る自分を「イイ子」だとも思っていました。


 それがどうでしょう。

 ここでの世羅は、何もしない、出来ないのに、贅沢をしたがるわがままな子どもでしかありませんでした。


 世羅はその事に気が付き、とても恥ずかしくなりました。

 恥ずかしくて恥ずかしくて涙が出ました。


 そして、泣きながら山小屋の扉を叩いたのです。


 ごめんなさい、と。


 おじいさんとルドは扉を開けて世羅を入れてくれました。


 おじいさんは本気で世羅を捨てましたが、ルドは後で迎えに行こうと思っていました。

 ルドは、世羅はいじけて自分から山小屋の扉を叩かないと思っていましたが、世羅は自分のしていたことをきちんと考え、自分から謝りました。


 おじいさんもルドも、世羅を見直しました。


 それから、世羅は少しずつ出来ることを増やしていきました。

 不意に出てしまう「わがまま」は、ルドがきちんと「無理」と断りました。


 ルドは大人しく優しい男の子ですが、とてもしっかりした男の子でした。

 同い年の世羅が、言いたいことを言い、きつい言い方になる時も、やんわりと直させたり、きちんと抵抗したりして、二人はよく話をする仲になっていきました。


 言いたいことを言っても良い。

 良い時は良い。

 ダメなものはダメ。

 ダメな時も二人は何故ダメかをきちんと世羅に伝えました。

 そうやって教えてもらえることは、とてもありがたいことなのだと、世羅に感謝する心が生まれていったのです。


 そもそも、二人は世羅の面倒を見る義理はありません。

 世羅は日に日に二人への感謝が募りました。





 掃除や洗濯、畑を耕したり収穫したり、簡単なスープくらいは一人で作れるようになった世羅が、この世界で三回目の満月を見ていた時、ルドが不思議な泉の話を教えてくれました。


 この山の(いただき)には願いを叶える精霊が住む泉があり、満月の夜に願いをひとつだけ叶えてくれる。



 ルドは十三歳になったら「願い」を叶えに泉に行くと言います。


 何故十三歳か。

 世羅が聞くと、魔力が暴走すると命に関わるので、この国の子どもは生まれた時に魔力の一部を封印され、それが自然に解けるのが十三歳の誕生日であること、森は大型の獣や人ではない者が出るので、十三歳になる前の子どもは一人で森に入ってはならない決まりだと、ルドが説明しました。


 世羅は魔法を使えないし、戦うことも出来ないから、一人で森に入ってはダメだよ?

 十三歳になれば、ちゃんと魔法が使えるようになる。僕が守るから、世羅も一緒に行って、元の世界に帰してもらえばいい。


 ルドはそう誘いましたが、世羅の気は乗りません。


 自分のいないあの三人は仲良くやっているだろう。

 あたしはいらないんだから。


 そう、世羅は思ったのです。


 世羅は、弟が羨ましくて憎い。その気持ちをルドに告げました。

 世羅の胸の奥の醜い思いをルドは否定もせずに受け止めました。


 そして、ルドもとても大きな秘密を世羅に打ち明けたのです。


 お父さんはこの国の王様であること。

 王母様がお母さんと結婚するのに反対して、お父さんとお母さんを引き離したこと。

 お母さんはお父さんに会いに行くと言って……行方が分からないこと。


 お母さんを探したい。

 お父さんに……会いたい。


 生まれた世界も育った場所も違う二人ですが、抱える気持ちは同じでした。


 寂しい。


 世羅とルドは肩を寄せ合って、静かに泣きました。

 繋いだ手がとても温かくて、更に涙が出ました。





 ある日、村の市場に行った世羅とルドは、地元の子どもたちに絡まれてしまいます。

 ルドは以前から「父親のいない子」としてからかわれることが多かったのです。


 村の子どもを率いるのは、宿屋の息子トリンド。

 トリンドは世羅たちと同い年ですが、既に大人のように身体が大きく、とても威圧的でした。

 そして、村の女子に人気が高いルドを目の敵にしていました。


 トリンドのルドに対する攻撃は執拗でした。

 ありとあらゆる悪口に加え、石を投げたり転ばせたりもしてきます。


 あまりの酷いいじめに、世羅はトリンドにくってかかりますが、トリンドは世羅を(かば)うルドを突き飛ばして笑います。

 ルドは黙って耐え、立ち上がってまた世羅の前に立ちました。


 なんで言い返さないの!?

 ルドは頭も良いし、狩りもうまくて強いのに!


 いじめる方にもいじめられる方にもイラッときた世羅は、大声で叫びました。


「あんたたちやめなさいよ! ルドは王様の子どもなんだからね!」


 トリンドたちは笑い飛ばしましたが、それを聞いた村の大人は笑い飛ばしませんでした。

 王母様がどこかで生まれているかもしれない王の子を探しているのは、とても有名な話だったからです。


 ルドは世羅の手を引っ張り、半ば走るように山に帰りました。

 その顔は真剣で、ルドの秘密を勝手にバラした世羅は、謝りたくても気まずくて声をかけられませんでした。


 山小屋に帰ったルドは、おじいさんに「バレた」とだけ言うと、おじいさんは一瞬だけ世羅を見てから、「では、すぐに出ましょう」とルドに言いました。


 世羅は話についていけません。

 そんな世羅を横目に、おじいさんとルドは荷造りを始めます。

 元々まとめてあった荷物もあり、素早く旅装になる二人。


「世羅」


「ル、ルド、ごめ……ごめ」


 世羅は何かとても良くないことが起こる怖さから、きちんと言葉が出ません。

 手の震えも止まりません。


「僕たちはもうここにはいられない。行くね。この家は世羅が住んでいいから」


「ごめ、ごめん」


「世羅、遅かれ早かれ、居場所がバレるとは思っていたから。……元気で」


 置いていかないで。

 一人にしないで。

 あたしも連れて行って。


 ルドはじっと世羅を見て、言葉を待ってくれました。


「行きましょう」


 おじいさんの言葉で、ルドは世羅から目を離し、山小屋を出て行きました。


 待って……待って!


 世羅は心で叫びましたが、身体が動きません。


 ズガァッ!

 ドォンッ!


 心臓が止まるかと思う程、外で大きな音が聞こえました。


 何の音か、世羅には全く分かりません。

 それでも、怖くても行かなくてはならないと、世羅は強く思いました。


 足、動け……動け……っ!


 震える足で一歩一歩扉に向かい、世羅は扉を開けました。


 ひっ、と、息を吸った世羅は固まりました。


 ぐったりしているルドを荷物のように抱えた黒マントの男。


 その足元には、血まみれのおじいさんが倒れていたのです。


 男は世羅を見て、二人が「置いて行った」ことを理解したのでしょう。

 世羅に興味を失って、ルドを抱えたまま魔法で消えました。


 (えぐ)れた地面となぎ倒された木々。

 消えたルド。

 倒れているおじいさん。


 血。


 混乱の一歩手前で、世羅は息を吐きました。

 状況に頭がついていかなかったのが、かえって良かったのかもしれません。


 世羅は助けを呼びに、村に向かって走り出しました。





 助けて!!

 叫ぶ世羅を尻目に、村の人たちは助けてはくれませんでした。


 それはそうです。

 ルドが王の子だということを兵士に報告したのは、村の人だからです。


 誰彼構わず助けを求める世羅に、村の人たちは(うつむ)いて遠ざかりました。


 村の人たちも、ルドが嫌いで助けないわけではないのです。

 もし助ければ、この村は魔法使いと兵士に滅ぼされてしまうので、黙って俯くしかなかったのです。


 村長がやって来て、世羅に言いました。


「……ルドは、諦めなさい。ダーレスの手当てはしよう」


 村長がそう言うと、村の男たちがおじいさんの手当てをするため山小屋に向かいました。


「あ、諦めろって……、なんで!?」


 泣き叫ぶ世羅に、村長は静かに話を続けました。


 王の母、王母様は隣国の王女としてまだまだ絶大な力を持っていること。

 この国の王といえども、逆らうことは隣国との(いくさ)を意味すること。

 ルドの母も、おそらくはもう生きてはいないであろうと村長は言い、諭すように繰り返しました。


 ルドは、諦めろ。と。


「そんなのおかしい! ルドが何したの? ルドが何で死ぬの! そんなのおかしいよ!!」


 地面に伏して泣き叫ぶ世羅に向かって、村の子どもが呟きました。


 お前が(ルド)の秘密をバラしたんじゃねーかよ、と。


 世羅にそんなつもりはありませんでした。

 けれど、自分のせいでルドが死ぬかもしれないのです。

 世羅は「そんなつもりはない」では済まされないことに、今更ですが気が付きました。


 言った言葉はもう取り返すことが出来ません。無かったことにも出来ません。


 自分のせいで、ルドの命が危ないのです。

 自分のせいで、おじいさんは、血まみれで倒れたのです。


 泣いても、誰も助けてくれません。

 世羅は、顔を上げました。


 視界一杯の満月。


 世羅の目に映ったのは、茜と群青の混ざった空に浮かぶ、世羅がここに来て見る四回目の満月でした。


『この山の頂には願いを叶える精霊が住む泉があり、満月の夜に願いをひとつだけ叶えてくれる』


 世羅は走り出しました。


 心臓が破けそうなくらい走って走って、願いを叶えてくれるという精霊の泉を目指しました。

 転んでも転がっても、足を止めませんでした。


 途中で山小屋が見えましたが、部屋に明かりが入り、人の影が見えました。

 村の人がおじいさんを看病してくれているのでしょう。

 世羅はほんの少しだけ安心して、また走り出しました。


 泉は山頂に。

 ルドの言葉を思い出しながら、世羅はひたすら走りました。


 どのくらい走ったかなんて、世羅にはもう分かりません。

 足は震え、顎は上がり、意識すら朦朧(もうろう)とした中、世羅は山の頂に辿(たど)り着きました。


 そして、絶望しました。

 見渡してもそこには泉など無かったのです。


「泉……無い」


 こうしているうちにルドが死んでしまうかもしれない。自分のせいで殺されてしまうかもしれない。


 世羅は泉を探して闇雲に走っては転び、嗚咽が止まらず、息が詰まって気を失いました。





 夢。


 走って走って気がおかしくなりそうなくらい叫んで。

 山の道を、草原の草をかき分け地に()い、泣きながら、声を枯らしながら。


 世羅!!

 どこなの!?


 ハッと目を覚ましました。

 世羅が見ていたのは、今の自分のように、泣きながら駆け回る母親の姿でした。


 夢は願いを映すから夢か。

 こうやって自分を探しているはずはないのに。


 満月が空高く輝いていました。

 それはルドが連れて行かれてから、大分時間が経っていることを示していました。


 世羅は、無感動な目で輝く月を仰ぎながら、静かに泣きました。


 イタい。

 ツラい。

 苦しい。

 なんでこんな目にあわなきゃならないんだ。

 頑張ったよ。

 いっぱい頑張ったよ……!

 いっぱい我慢したよ……!

 でも。

 あたしじゃないんだ。

 あたしじゃ何も出来ないんだ。

 どうせ、あたしじゃ、何もかもダメなんだ。


 じゃあ、ルドは?


 ルドは何がだめなの? 誰のせいで死ぬの?


 ……ダメだ。諦めちゃダメだ。

 せめて、ルドを助けないと、ダメだ。


 世羅はそっと立ち上がって空を見上げました。


「願いを聞いてください。あたしのせいでルドが……友達が大変なんです。ルドは何も悪くないのに、あんなに優しくて強いのに、ルドが連れて行かれて死にそうなのに、誰も助けてくれないんです。ルドはあたしを助けてくれたのに、あたしが、あたしが……あたしがルドの秘密をバラしたから、捕まっちゃったんです。死ぬなら、死ぬならあたしが代わりますから……ルドを助けて!!」


「代わりに死ぬというのか?」


 唐突に声がしました。

 たった今まで誰もいなかったのに、世羅の目の前には人が立っていたのです。


 いえ、人ではありません。

 その体は透き通って、奥の木々が(うす)ら見えています。

 男か女か、性別なんかどうでもいい位、綺麗な面立(おもだ)ちをして、金とも銀ともつかない不思議な色の長い髪、そして、真っ青なのに光が煌めく水面のような()をしていました。


 願いを叶える泉の精霊。


「あの男の子は王の子だから死ぬのだ。そなたでは代わりになれぬ」


 世羅は、じゃあどうすれば……と言いかけてやめました。


 試されていることに気がついたのです。


 自分が代わりに死ぬ、という願いは聞けない。

 それは、聞ける願いなら聞いてくれるということとも取れます。


 世羅は考えました。

 足や手が震えますが、必死に考えました。

 ここには世羅しかいません。他の誰でもない、自分で考えるしかないのです。


 世羅が考えている最中に、精霊が続けました。


「そなたは元の居た場所に帰りたいのではないのか? 母親があれほど探しているというのに」


「……さっきのは、夢じゃ」


「こことでは時間の流れが食い違う。今も、ああやって探し回っている」


「嘘よ。あたしは居なくてもいいもん」


「どう思うかは、そなたの自由。ただ願いは一度。このことに変わりはない。あの男の子を救ったら、そなたの願いは叶い、その他の願いは叶わない」


 世羅は息を飲みました。


「さあ、願いを」





 その夜、空にはいくつもの星が流れました。


 それは、あの山の泉に住む精霊が、誰かの願いを叶えた印。

 あの山に泉はありません。

 少なくとも、人に見える所には、存在しないのです。


 山で精霊を呼べば、必ず応えてくれるわけではありません。

 たくさんの「願い」の中から、精霊に選ばれた者だけが、不思議な色に煌めいているという水面を見ることが出来るのです。


 それを知る村長と村人たちは、空を見上げてそっと見守りました。





 ルドは地下の暗い部屋に閉じこめられていました。

 まだ一日も経っていないのに、もうずっとここにいるかのように感じていました。

 大きなけがはしていませんが、手と足を縛られて、縄がこすれてズキズキとルドを苦しめました。

 逆に、その痛みが、ルドを冷静にもさせていたのです。


 あれからじいさまはどうなっただろうか。

 世羅はどうしただろうか。

 わがままなのに優しくて繊細な世羅は、きっと自分のせいだと泣いているに違いない。

 無力な自分は、ただここに捕まっているだけ。


 それがとても悔しくて悔しくて、ルドはたまりませんでした。


 十三歳にさえなっていたら、魔力封じが解けて、魔法使い一人ごときに捕まらなかったのに。


 ふと、高い所にあるとても小さな窓に気が付き、そこから星が流れる美しい空が見えました。


 星が降る夜は、精霊が誰かの願いを叶えた夜。


 ……ああ、世羅が願いを叶えて自分の家に帰ったのかも。


 怖くても痛くても悔しくても堪えていたものが、ルドの目から溢れ出しました。


 ちがう。


 ちがう。

 世羅はきっと。

 僕を助けに来る。


 諦めちゃダメだ。

 僕が、諦めちゃダメだ!!


 ルドは縄を抜けようと、必死にもがき始めました。


 世羅はきっと、たった一度の自分の願いを僕を助ける「なにか」のために使ってしまった。

 なら、僕が世羅の願いを叶えなければ。

 ここを抜け出して、早く、満月が輝く内に。


 その時、部屋の扉が勢い良く開かれました。





 ルドのお父さんが、ルドとルドのお母さんを助けて、ずっと一緒に居られますように。そのための力をルドのお父さんに。





 世羅の願いは、叶えられ、たくさんの星が空を流れました。





 都にはたくさんの人が溢れていました。

 皆楽しそうに明るい顔をしています。


 今日は、王様と王妃様の結婚式と王子様の御披露目の日です。


 あの星降る夜。

 ルドの父である王様は、自分の母である王母様を捕まえました。税金を不正に使ったり、自分の気に入らない人を虐げたり、たくさんの罪があったのです。

 隣国との戦争になれば、犠牲になるのは国民です。それを避けるために、今まで王様は強く言えなかったのです。

 それに、王母様の周りには、とても強い魔法使いが何人もいて、王母様を守っていました。

 そう、ルドを(さら)ったのもその内の一人でした。


 けれども、精霊から「力」をもらった王様は、魔法使いたちを抑え、もしも隣国と戦争になっても、その力で弾き返すことが出来るようになり、とうとう王母様を捕まえることを決断したのです。


 王様と王妃様は、十五年も前に正式に結婚していました。

 結婚を反対された王様は、密かに二人だけで精霊の名の下に結婚を誓っていたのでした。


 精霊の名の下に。

 これは魔法の契約で、誰にも覆すことは出来ません。


 王様の結婚を無かったことに出来なくなった王母様は、王妃様の命を狙いました。


 王母様はどうしても、自分の言うことを聞く隣国の姪を王妃にしたかったのです。


 王様は王妃様を隠しました。

 やがて、ルドが生まれると隠すのが難しくなり、信頼する護衛騎士のダーレスをつけて、王妃様とルドを逃がしたのです。


 逃げる日々に王妃様の身体は悲鳴を上げ、仕方なく王様は王妃様だけを連れ戻しました。

 ルドたちは逃げ、王妃様はひたすら隠れていましたが、王母様が捕まり、それももうお終いとなったのです。


 お城のバルコニーから三人が手を振ると、歓声が一際上がりました。

 ようやく式を挙げた王様と王妃様の間には、ルドがいました。


 豆粒のようなルドを見ながら、世羅は心から安心しました。

 村長が世羅を一緒に都に連れてきてくれたのです。


 あの夜から満月を二回見ましたが、世羅はルドと一度も会っていません。

 ルドは忙しい日々を送っているのでしょう。

 世羅は少しだけ寂しく思いましたが、ルドの願いが叶った今、それで良いとも思っていました。


 ルドを遠くから見守って、世羅は村長と一緒に帰りました。


 世羅はそのまま山小屋で暮らしています。

 おじいさんはけがをして動けませんでしたが、村の人が()わる()わる看てくれて、ついでに世羅の面倒も見てくれています。


 おじいさんは、けがが治ったら都へ帰り、ルドの側に行くことになっています。

 それも、もうすぐの話です。


 世羅はずっと考えていました。


 帰ることが出来なくなった自分は、生きる場所を見つけなければならない。このまま山小屋で暮らしても良いと村長も村の皆も言ってくれているけど。


 帰りたい。


 ここに来る時は精霊に願って来た訳じゃない。ということは精霊の力を使わなくても帰る方法があるということ。


 世羅は、自分がルドの願いを叶えたんだから、ルドが自分の願いを叶えてくれればいいと、実は思っていました。

 でも、ルドの願いを叶えたのは自分の責任で、自分自身の願いでもあったこと。

 ルドの願いは、あくまでルドのものであること。

 そう、思い直したのです。


 世羅は決めました。


 もう少し、もう少しちゃんと大人になって、お金を貯めて、その方法を求めて旅をしよう。

 ルドのように、きちんと「自分」の役目を果たすことができる人間に、世羅はなりたいと思いました。


 ひがむことなく、すねることなく、感謝を忘れることなく。

 ルドへの「ごめんね」と「ありがとう」を忘れることなく。


 そう思えたら、寂しいのを少しだけ忘れることが出来ました。






 おじいさんを都へ見送って、少し経ったある日。もう何回目か数えるのをやめてしまった、満月の日。


「世羅」


 軒先で洗濯物を干していたら、不意に呼ばれて振り向くと、そこにはルドがいました。


「ルド!? どうしたの? こんな所に」


「こんな所って、自分の家に帰って来ちゃいけない?」


「ルドの家はもうここじゃないでしょ。今はあたしの家よ。一人で来たの? 王子様でしょ!」


「十三になったんだ。魔法で来たよ。それより……何で、一緒に来なかったの?」


「え、誕生日なの!? おめでとう! ……ん? 何て?」


「じいさまと、来るものだと思ってた」


「なんで?」


「だって、寂しがり屋でわがままで、言いたい放題言って村の皆を困らせているんだろ。ごはんだって」


「おあいにくさま! 今トリンドの宿屋で働いているの。ごはんは、トリンドのおばさまにやっかいになってるけど、スープ以外も作れるようになったのよ? これからもっと覚えるわ。貯金だって、少しずつだけどできてる。村の皆は……まだ少し遠巻きだけど、もう少ししたらもっと仲良くなれるわ、きっと」


「……」


「そう、今度村の祭りがあるの。あたしも参加して良いって言ってもらったの」


「……世羅」


「だから」


「泣かないで」


「だから、ルドは都で元気に暮らしたらいい。あたしは、都に行く理由がないもの」


「世羅」


「元気で」


「だめ」


「ルド?」


「世羅には選べないよ。ただ、道筋が二つあるだけ。一緒に都に行くか。泉の精霊に願いを叶えに行くか」


「意味が分かんないよ? あたしは叶えてもらったよ?」


「僕の願いに、つきあってよ」


「……だめだよ。ルドはこれからもきっと色々あって大変なんだよ?」


「僕は何があっても自分で何とかするから。だって、僕ならそうするって思ったから、僕じゃなくてお父さん……父上に力を与えるよう精霊にお願いしたのでしょう?」


「それは……」


「で、どっち?」


「……精霊に願わなくたって帰れるかもしれない。だって、来た時は、ただ落っこちて来たんだもん」


「そうしたら、もうこっちに来れないだろ。諦めて、世羅。僕はたくさんのことを諦めてきたけど、本当は諦めが悪いし、もう諦めるつもりもないし」


「意味分かんないよ」


「僕のお嫁さん以外、世羅に選べないよ。一度帰ったとしても、また来てもらうよ」


「……は?」


「僕の名はルドヴィト。世羅と共に()ることを精霊の名の下に誓うよ」





 星が降りそそぎました。


 世羅は元の世界に帰ることを選びました。

 十年。

 家族とちゃんと向き合い、学んで学んで大人になって、またここに帰って来るための時間。

 ルドの側にいる知識()を手に入れるための時間をもらうことを選んだのです。





 やがて、また星が降るでしょう。


『こことでは時間の流れが食い違う』


 二十三歳の世羅が、二十八歳のルドと再び出会い、「待たせ過ぎだ!」と抱き締められるのは、まだまだ先の話です。




お読みくださり、ありがとうございました。


数ある作品の中から見つけてくださり、嬉しく思います。


もしよろしければ、お星さまをポチっとお願いいたします。本当に嬉しいです。

よろしくお願いいたします。


誤字報告、ありがとうございました!

誤字訂正しました。


ルド君の大事な決めゼリフで噛んじゃうとか……(^_^;)、すみませんでした。



石河翠さま開催の個人アワード『勝手に冬童話大賞』で、なんと大賞をいただきました!

ヾ(o゜ω゜o)ノ゛

副賞に相内充希さまがファンアートを描いてくださいました!


【表紙】

挿絵(By みてみん)


【ルドと世羅の再会】

挿絵(By みてみん)


最高です!! 世界が広がる……!!  ありがとうございます!!

゜+。:.゜(*゜Д゜*)゜.:。+゜


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ