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芽生える信頼と老剣士ワルター

 ゼロスたちが目を開けると、薄暗い地下水路が広がっていた。薬品系の独特な鼻を突く臭いがする。水の色は濁っていて、まるで、触れるだけで毒になる沼のようであった。


「ここはどこなんだ」


 ゼロスがシルヴィアに訊いた。彼女は、真っ赤になった眼を頭巾で隠して、「王都の地下水路よ」と答える。声は泣き叫んでいたことと唐辛子の臭いを吸い込んだことで掠れていた。


「すげぇこえだな」

「……何よ笑わないでもらえるかしら」

「――♪」


 ゼロスが茶化すと、シルヴィアは不機嫌そうに、キャロルを見た。仮面越しだから彼女がどう思っているのかは分からない。しかし、キャロルがゼロスの手を握りながら波を作っている姿を見ると、「抜け出せてよかったわ♪」とでも言っているかのようである。

 あくまで憶測であるが。


「それで、これからどうするの。プレイドに目を付けられたらおしまいよ」

「プレイド? さっきの、きもちわりい、おんなおとこか」

「――?」


 ゼロスとキャロルが同時に首を傾げた。シルヴィアは周囲を警戒しながら説明をし始める。


「アイツが率いる軍は、いわば暗殺部隊みたいなもの。いつどこで見つかって殺されても不思議じゃないわ。噂によれば死体はおろか名前さえも無かったことになる」

「……やべぇな」

「あのまま掴まっていても拷問が行われるだけだったけれど」

「ごうもん? どうしてころさないんだ」

「さてね。プレイドにお聞きなさいな」


 ゼロスとシルヴィアの話を聴いていたキャロルは、声のする方にうんうんと頷きながら、「ぱんっ!」と、何かを思いついたようにゼロスの手を叩く。


「キャロル、いたい。なんだなんだ?」

「――!――――!」


 キャロルは、先ほどプレイドに噛まれた手をゼロスに見せた。歯型と固まった血が痛々しい。また、彼女は、ゼロスの手を開いて指で文字を書く。それをゼロスが読み上げる。


「……いた……かっ、た……?」


 指文字は続く。シルヴィアは、周囲を見回しながら、「そんなことやってる場合じゃないのが分からないのかしら」と厭味を言った。


「プ、レ、イド……を……たお……そ、う……」


 読み上げたゼロスと、腕を組んでいたシルヴィアがガクッとその場でこけそうになった。


「あなた、私の説明を聞いていらして? バカなのかしら」

「――!――!」


 キャロルは、声のする方に向かって、首を横に振る。なにか算段があるようだ。しかし、仮面のせいでそれが伝わりにくい。指文字にも限界というものがある。痺れを切らしたのか、キャロルは自身の頭を指先で抑えて、びゅんと飛び上がった。


「私が殴っておいて言うのもなんだけれど、頭大丈夫?」


 シルヴィアが言う。すると、彼女の声がした方にキャロルが手招きをする。


「なにかし――!?」

「――!」


 キャロルは、手探りでシルヴィアの頭を掴んでは固定した。ビックリしたのかシルヴィアは真顔になる。それに構わず、キャロルは彼女の身体をなぞる様に両手でピタピタ触れてくる。

 くすぐったいと感じたのか、シルヴィアはその場から離れようとしたが逃げようとするとまた頭を固定される。ゼロスはその様子をぽかんと見ていた。


「も、もう! なんなのかしら」

「――……」


 キャロルはシルヴィアの手を掴むと、自分の頭の上にポムッと置いた。彼女は再びジャンプする。シルヴィアは困ったような顔で、「もしかして、もう一度空間転移でどこかに移動するってことかしら」と言った。


「――♪」


 キャロルが両手を合わせて左右に弾みながら、ご機嫌そうに振舞う。シルヴィアは呆れていたが、ゼロスも何か思いついたようだ。彼は、細い手でシルヴィアの黒いローブを引っ張る。


「今度は何」

「プレイドにうらみをもつやつは、いないのか? おれのけいけんじょう、てきのてきはミカタだ。おそらくまだ、セフィロスもしろのなかだろうし。しろをこんらんさせて、そのすきにセフィロスをみつけて、れいのしょもつもみつけたい」

「例の書物ってなによ?」


 ゼロスが、秘密の地下牢でアウロラから聞いた話を簡単に説明した。研究熱心なシルヴィアの目が、ギラリと輝いた。アウロラの言う『魔鉱物(マテリア)呪術史』とはいったいどんな書物なのか。どこに保管されているのか。

 それらの疑問が、シルヴィアの好奇心をくすぐった。


「国立呪術研究所へは、研究員のセキュリティコードが必要よ。まぁでも、空間転移の魔法が使えるのなら、手が無いわけでもないわ。周囲を巻き込んだ危険な手だけれど」

「おまえのことだから、ひみつをいいふらして、プレイドのしまつたいしょうを、ふやす。とかじゃないのか」

「正解」

「――……」


 周囲を巻き込んでしまう。しかし彼女が他の呪術師たちを利用しようと考えるのには、理由があるようだ。シルヴィアは少しだけ俯いて恨めしそうに、


「私をあの部屋に閉じ込めて笑った奴たちへの復讐も兼ねてね」


 と言った。

 ゼロスが不思議そうに首を傾げる。


「あのへやってなんだ? だっしゅつするまえも、なきじゃくってたな。れいせいなおまえが、わめくぐらいだ。いったいなにがあるんだ」

「……実験と称した立派な拷問よ」


 シルヴィアの受けた拷問。基、実験は心の破壊であった。彼女の両親は現在、闘技場の建設に向けて活動している。それなりの賞も貰っているのだが。肝心のシルヴィア自身は、無名の呪術師である。


「両親は、何度も何度も私に忌々しい幻覚を見せた。私が嫌だって言っても止めてくれなかった。そんな私を見て多くの呪術師が笑っていた……!」


 シルヴィアの息が荒くなった。どうやら思い出したら苦しい記憶だったようである。


「シルヴィア、わるかった。もういい。おうとは、いびつだ。きっとおなじように、おもっているやつもいるんじゃないのか」


 シルヴィアは、じわっと浮かんだ涙を拭って、「そうねぇ」と考えた。


「居ないこともないわよ」

「ほんとうか!?」

「――!」


 ゼロスが一歩前に出てしまったものだから、キャロルが足元のバランスを崩して、地下水路に落ちそうになる。それをシルヴィアは、両手で引っ張って拾い上げた。


「……これで、おあいこね」

「――?」


 シルヴィアは、先ほど助けて貰ったことへのお返しで言ったのだろう。だが、キャロルはきょとんとしている。彼女の仕草に緊張の糸が解れたのか、シルヴィアは、「ふふふ」と笑った。


 ――その瞬間、黒い影が二人の目に映った。


「だれでしょうねぇ~? こんな所で鳴いてる子ネズミちゃんは♪」


 この気持ちの悪い声は、間違いなくプレイドだ。三人は慌ててひとところに固まって、キャロルの空間転移の魔法を使おうとした……が。


 ――ひゅっ!


「――っ!」

「シルヴィア!」

「――!」

 

 ゼロスが目をやると、シルヴィアの腕元には、細い矢が刺さっていた。それでも彼女は、歯を食いしばりながら、キャロルの頭上に手を当てて呪文を唱えた。


「おやおや~? 今度はどこに行っちゃうのかなぁ。ボクと遊ぼ? 痛くしてあげるから!」


 プレイドが聞き心地の悪い声で近づいて来る。


「――!」


 キャロルは、シルヴィアからの情報を受けとったのか、深くうなずいて空間転移の魔法を使った。もう一矢が、びゅんと放たれたと同時に三人は、地下水路から消える。


 シルヴィアの血の跡を眺めていたプレイドは、興奮したように床に膝をつき、その血を舐めまわした。彼の姿はまるで残飯を貪る家畜のようであった。


「あぁ、汚物美味しい。今回の汚物は美味しいなぁ♪」


 地下水路にはプレイドの恍惚に満ちた笑い声が響いている。


 ……

 …………。


 一方。ゼロスたちは、王都の酒場の地下に来ていた。突然の彼らの登場に驚いた酔っ払いたちが逃げ出す。しかし、構わない様子で、ずっと独りで酒を飲み続けている、片腕の無い老剣士が居た。


「王都で一番信用できるのは、職人の造った酒だけだ。なぁ、シルヴィア」

「……そうね」


 ゼロスが、きょろきょろしながら情報を得ようとしている。というところで、シルヴィアが倒れた。どうやら腕に放たれた矢は、毒の効果があったようだ。


「引き抜いてちょうだい」

「なにをいってるんだ! しゅっけつしするぞ!」

「良いから、はや、く……!」


 老剣士が立ち上がり、容赦なくシルヴィアに刺さった矢をスッと引き抜く。


「――あぁっ!」

「――!?」

 

 シルヴィアの声を聴いて、キャロルが動揺するような動作をした。ゼロスは、シルヴィアの腕からあふれ出る血を見て、老剣士に詰め寄った。


「おまえ! なにやってんだ!」

「回復アイテムも持たずに、よく王都まで来れたな。万能薬だ。恵んでやろう」


 老剣士はゼロスの声を無視して、スティックタイプの回復液を取り出し、シルヴィアの腕にかける。意識が戻ったのか、彼女は老剣士に厭味ったらしく語り掛けた。


「……近々王都に闘技場が出来るわ。ワルター元隊長。そろそろ復讐をする気にはならないかしら?」

「王都に利用され、今度は呪術師の小娘に利用されるのか。都合の良い話だな」


 ワルターと呼ばれた老剣士は左腕から先が無い。


「この人が、プレイドの、いんねんのひとなのか?」

「孫の話などしたくない。立ち去れ」


 プレイドが、ワルターの孫だと聞いたゼロスとキャロルが驚いた。


「その孫も含め、今回の王都に潜む闇を観た者がここに居るわ」

「……」


 深い沈黙が続く。

 周囲には誰も居ない。それを確認してワルターは、「場所を変えよう」と静かに言った。


 四人は酒場から出る。やはり仮面姿のキャロルは目立つようで、周囲から観られる。それを配慮したのか、シルヴィアは自身のローブと頭巾が一体になっているものを彼女に被せた。


「――?」

「ふん、不細工が隠せてよかったじゃない」

「かおもみてないくせに」

「う、煩いわね!」


 ワルターはゼロスたちの姿を見ながら、何かを思い出す様な仕草をした。バリアーの張られた王都の空は一見綺麗でとても穏やかだった。

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