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(指示は的確に!)byキャロル

「――まものはどこにいる!」


 薬草屋のドアを荒々しく開けるゼロスの目の前に映ったのは、弓矢を携えた一匹のゴブリンだった。そこには、妹のリコッタを庇い、腕を負傷しているセフィロスが見える。


(不味い! コイツを逃がしたら、村の存在がバレてしまう!)


 この世界には、「ゴブリンを一匹逃したら、翌日には魔王軍が攻めてくると思え」という諺がある。一匹一匹は強くないが、その分彼らは魔王に情報を漏らして報酬を得るというずる賢い考えをしている。


 ゼロスは考えていた。

 セフィロスとリコッタを助けながら、ゴブリンを倒す方法を。


 考えながら、彼は石ころを眺めていた。


(そうだ! これなら……!)


 ゼロスはキャロルの手を握り、ある指示をした。それは……、


「おれが、いしをなげる! そのおとがしたほうこうに、ウインドカッターだ!」

「――!」


 というもの。

 キャロルはゼロスの手を握り返し、大きくうなずいた。


「ぎゃああああ、お兄ちゃあああん!」


 リコッタが錯乱状態で泣いている。荷馬車が襲われたときに、きっと両親も目の前で殺されているはず。絶対にセフィロスを死なせるわけにはいかない。

 ゼロスは、中くらいの石をゴブリンの金属製の胸当てに向かって投げた。しかし、それは、村の集会場の大きな鏡に当たる。


「――……!」


 キャロルの周囲に輝きが生じた。仮面越しに魔法の詠唱しているのだ。


「いまのはちが……! まて、キャロ……!」

「――!」


 風の刃が集会場の鏡を真っ二つに切り裂いた。それに驚いたゴブリンは逃げ出そうとしてしまう。何とかこの一体を仕留めなければ、この村は近い将来焼け野原だ。


「この、出て行け! 魔物め!」

「ゴブっ!」


 村人たちは、自分たちの小屋の窓からゴブリンに向かってヤカンやバケツなどを放り投げている。それらはゴブリンの装備品に的中していた。


 村人の大きな罵倒の声と、リコッタの叫び声。


 そして、集中した箇所にある金属製の音。それらを聴いて、キャロルは再び詠唱を始めた。


「――!」

「ごぶっ!?」


 ウインドカッター。

 ゴブリンが気付いた頃には、身体が真っ二つに裂け、傷口の液体が気化して消滅していた。不気味な断末魔もなく、魔物討伐が出来た。しかし問題はセフィロスの負傷である。

 ゼロスはキャロルの腕を少し強引に引っ張りながら、幼馴染の所へと向かう。リコッタは、「ごめんなさい!」と泣きじゃくっていた。


「あいててて……」

「だいじょうぶか、セフィロス!」

「まぁな。傷はそんなに深くない。タイムを貼れば治るさ。それよりリコッタの面倒を見てやってくれ」


 いくら辺境の村だからといって、子どもの泣き声のする村に魔物が寄り付かないわけがない。それに彼女の精神的な苦痛もあるだろう。両親を魔物に殺された彼女にとっては、たった一匹の魔物でも、見るのは怖いに違いない。


 ゼロスは、どうしたら良いのか分からなかった。村人は全員、事態が収束したのを見ると、窓や扉などを締め切ってしまった。


「――……」

「キャロル?」


 キャロルが、泣きじゃくるリコッタの声がする方に向かって、風のヴェールをまとわせた。これは、「ヴェールオブゴッド」という風属性の保護魔法だ。味方全員の士気を上げる効果がある。

 本来の用途とは違うが、リコッタから勇気の様なものが湧いて出てくるのが見えた。彼女の、半ば混乱のような状態は解け、冷静に兄の傷口を見て薬草屋を指さす。


「お兄ちゃん! あたし、タイムとって来るっ!」

「待った。余計なことはするな。話もあとで聞く」

「うぅ……」


 セフィロスの制止に、口をすぼめて悔しそうにスカートを両手で握りしめるリコッタの姿を見て、ゼロスは無力だった自分の姿と重ねた。彼の村が襲撃されたときも、ただ物陰に逃げることしか出来なかった。

 小さくて、細っこい腕。こんな姿で何ができるのか……。

 

「――!」

「な、なんだ、キャロル」


 ゼロスは、突然握っている方の手をキャロルに引っ張られて驚いた。セフィロスとリコッタは先に薬草屋へと帰っていく。


「――……」


 キャロルは、手探りでゼロスの頬を撫でまわす。


「なんだキャロ……!」

 

 ――ぺちっ☆


 ゼロスの長い前髪をかき分けて、強めのデコピンをかますキャロル。

 面を食らったような彼の顔を知ってか知らずか、彼女は、仮面越しに「めっ!」というポーズをする。仮面の距離が一気に近づいたことによって、ゼロスは一歩引いてしまった。


「なにがいいたいんだ……」

「――!」


 キャロルが指をさした。それは、ゴブリン戦で、ゼロスが石を投げた方向であった。何となくゼロスは、彼女の言いたいことが分かった。


(指示は的確に!)


 というようなことであろう。もしウインドカッターが、村人の住む小屋に当たっていたらどうなっていたか。用心深く、お喋りな彼女からの、クレームなのかもしれない。


「わるかった」

「――!」


 落ち込んだように返事をするゼロスに対して、手探りで頭をなでなでするキャロル。そんな彼女に少しだけ顔を真っ赤にするゼロスであった。仮面越しで、しかも夜であるから、彼女がどういう気持ちでこの行為を行っているかは謎である。


「よし、キャロル。薬草屋へ行こう。セフィロスとリコッタが心配だ」

「――!」


 キャロルは、大きくうなずいた。

 

 薬草屋の中では、必死にタイムを貼りつけているリコッタと、施術を受けているセフィロスの姿があった。包帯はただ患部にグルグル巻いただけで、すぐに落ちてしまうような無器用な物だったが、塗り薬の効果のお陰か、荒かったセフィロスの呼吸は、落ち着いていた。


「よぉ。恋人と何話してたんだ?」

「ちゃかすなよセフィロス。リコッタは、どうしてこんなじかんまで、あそんでたんだ。あぶないって、わかっていたはずだろ?」


 ゼロスの問いになかなか応えようとしないリコッタを見て、セフィロスが代わりに話した。亡くなった両親の墓の前で話をしていたのだと。

 彼女たちの両親が亡くなったのは、トーマ村から出た森を抜けた先の、遥か遠くにある王都クオーツの道半ばであった。


「帰ったら俺に叱られると思って、親に相談してたらしい」

「そんなこどもじみた……」

「まぁ、子どもだからな」

「……」


 リコッタは、気まずそうな顔をしながら、「ごめんなさい」と謝った。


「――」


 キャロルは、声のした方に向かって手招きをする。


「なぁに、変な仮面のお姉ちゃん?」


 リコッタが、とてとて足を鳴らして走ってくるのを確認すると、キャロルは、彼女のモサモサの髪の毛を撫でまわした。それはまるでペットの犬を触るかのようである。


「もー、やめてよ~」

「――!」


 今度は、顔を確かめて、涙をぬぐう。彼女なりに「元気を出して!」ということを言いたいのかもしれない。リコッタの髪型はぐちゃぐちゃになって、彼女は「もー怒ったぞー!」と言って、キャロルに抱き着いた。

 軽いタックルに近いかもしれない。


「おーおー、リコッタが怒ったぞー」

「お兄ちゃんも!」


 今度はセフィロスにタックルをするリコッタ。

 ついでにかは知らないが、リコッタタックルを受けるゼロスであった。


「どうしておれまで!?」


 彼は、その場で倒れてしまった。ゼロスは、簡単に女の子の下敷きになるよわよわな自分が情けなく感じた。楽しそうなセフィロス兄妹の声がする。


「今日は寝よう。シルヴィアは王都の国立呪術(じゅじゅつ)研究所に居る……はずだ。空間転移の魔法が使えるのなら、伝え方次第で、王都へは行けるだろう。通行書や認印も薬草屋の俺なら持ってる。その付き添いとしてなら通してくれるはずだ。多分」

「あいかわらず、あいまいなやつだ」

「相変わらず、感謝の気持ちが足りない奴だ」


 そんな会話をしていたゼロスとセフィロスの横で、リコッタは、キャロルと一緒に、くすぐり遊びをしていた。目の見えないキャロルの方が不利なのだが、楽しそうだ。仮面の裏ではきっと大爆笑しているのであろう。


 明日に備えて眠る。

 小屋の明かりが消える。リコッタとキャロルは二段ベッドの上で。ゼロスとセフィロスは床に御座を敷いて、横になった。


(早く大人の姿に戻らないとな……)


 ゼロスは、そう思いつつ目を閉じる。


 (まじな)いに詳しいというシルヴィア。一体どんな女性なのであろう。それは、明日になってわかること……。

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