セフィロスとの再会と唐辛子パウダー
……、
…………。
ゼロスたちが目を開けると、半裸状態で鞭を打たれているセフィロスの姿が映った。傷口には何かの液体が塗られている。患部には紫の痣が出来ていた。
「セフィロス!」
「な、なんだお前たちは!」
拷問部屋に居た拷問官の数は三人。
「不法侵入者だ! 捉えろー!」
子ども姿のゼロスと、仮面のせいで視力と聴力を失ったキャロルが真っ先に彼らに狙われた。シルヴィアが全員分の虚像を造って、プレイドに、「レイピアで威嚇なさい!」と指示する。
「で、でも……」
「早くおしよ!」
良心を取り戻したプレイドは、レイピアを見つめて躊躇していた。人間相手に戦うのは、良心が痛むのであろうか。
拷問官たちは、その様子を不思議がる。彼らは王都の真相を知らない。三人の拷問官は、まだプレイドが冷酷で残虐な人格だと思っているのか、
「プレイド様。まさかこ奴ら側に付いたのですか……!」
と怯えている。確かに、あのままの性格のプレイドが敵に回ったら恐怖でしかないであろう。ゼロスはそれを逆手に取った。
「そうだ! プレイドは、おれたちのナカマだ!」
「え、ええ……」
ゼロスの言葉に、プレイドは動揺を隠せないようである。もじもじと脚や手を動かして、手に握ったレイピアの刃先をくるくると回していた。まるで乙女。
しかし、この動作はプレイドが洗脳されていた時の物と似ており、拷問官たちは本当に彼がゼロス側に回ったのだと勘違いした。
「冗談じゃない! まだ家族がいるんだ! 命だけは勘弁してくれ!」
拷問官の一人が言うと、彼らは重い鉄の扉を開けて出て行ってしまった。ゼロスは、キャロルの手を強めに引っ張って、セフィロスのもとへと向かった。鞭で打たれた生傷が痛々しい。
「痛そう……」
プレイドが青ざめた顔で言った。
近くには、セフィロスが持っていた小さな皮のアイテム袋がある。シルヴィアが中を物色した。中には、様々な薬草や調合薬が入っている。近くにはセフィロスの衣服もあった。
「セフィロス、いしきはあるか!?」
「……ロス、遅いな……もう、ダメかと……思った、ぞ」
「セフィロス! よかった! いきていたのかっ!」
セフィロスの反応に、ゼロスが安堵の声をあげた。
「感動の再会の所悪いけれど、傷口の手当てをする場所を探しましょう。ここに来ることはきっとバレているはず……プレイド!」
「は、はいー!」
シルヴィアが強めの口調で手招きしながら言うと、プレイドが怯えた様子で彼女に近づいた。シルヴィアがなにやらヒソヒソと彼に話をしている。
「――?」
「なにをしているんだ?」
キャロルとゼロスが、首を傾げた。セフィロスの苦痛の声が室内に響く。一刻も早く治療しなければ、致命傷になりかねない。
「……わ、わかりました。じいさまや、闘技場建設の件に関しては、私も不満があります。協力致しましょう」
プレイドがレイピアで、セフィロスを縛っていた縄を切っていく。拘束が解けたセフィロスは、地べたに這うように、よつんばになっていた。
「ボーっとしてないで、行くわよ!」
「いくって、どこに?」
「秘密」
「なんでだよ」
「うるさくってよ。とにかく、ここから離れるの。ほら! ボーっと突っ立ってるんじゃないわよ、デク仮面!」
「―ー!」
シルヴィアの言葉に、キャロルは足を鳴らして怒りを表す。しかし、追手がいつ来るか分からない状況である。セフィロスの傷も癒さなければならない。そんな状態で、和やかに話など出来るわけもなかった。
ゼロスは、キャロルの手を引いて、セフィロスの方へと近寄る。彼は、キャロルの掌をセフィロスの背中の傷が無いところにおいて、
「みんな、てをかさねるんだ!」
と言った。
シルヴィアがキャロルへ移動場所の情報を送る。ゼロスたちはキャロルの空間転移の魔法を使い、その場から消えた。しばらくして、拷問室の扉が開く。そこにはフェニキア王の姿があった。
「…………」
彼は何も言わずにその場から立ち去る。フェニキア王のエメラルドの指輪が、妖艶に輝いていた。
……、
…………。
ゼロスたちが目を開ける。彼らは薄暗い洞窟の中に居た。所々に薄ピンクの鉱石がキノコのように埋まっている。それは簡単に引っこ抜けるほど浅く生えていた。
「ここは……?」
「私が魔鉱石の研究に訪れたことがある、レッドスターの洞窟よ」
「レッドスターって、なんだ」
ゼロスがシルヴィアに訊く。セフィロスが小さな声で、「いてぇんだけど、な……」と主張した。疑問よりもまず、彼の傷を癒して服を着せなければいけない。
「わりぃ。どのくすりをつかえば、すぐになおるんだ?」
「ハトムギと、タイムの調合薬……。ラベルには、エリクスって、書いてる……はずだ」
「これね!」
ゼロスがアイテム袋をあさる横で、シルヴィアが真っ先にエリクスを見つける。彼女は薬を躊躇なくたっぷりと塗布する。セフィロスは痛みで声を上げたが、お構いなし。しかしそのおかげで、セフィロスは痛みが引くのが早くなった。
紫色だった痣はスーッと消え、健康的な肌の色に変わる。
「セフィロス。おまえ、いったい、しろでどんなあつかいを、うけていたんだ」
「危うくハーブティで眠らされるところだったさ。臭いで眠り草が仕込まれていることに気付いてな。何か怪しいと思ったから、『俺も自慢のハーブがある』って言って、その場の奴たちに振舞ったのさ。濃度の高い眠り草をな」
「やるじゃない」
シルヴィアの一言に、少しムッとしたセフィロスが、皮肉交じりに言い返した。
「んで、抜け出してみたら謁見の間でお前たちが捕まりそうだったから、唐辛子の粉を暖炉にぶち込んでやったのさ。俺は逃げ遅れたがな」
「……すまない。セフィロス」
「気にすんな。俺は信じてたからな。お前が助けに来ること」
服を着ながらセフィロスが言う。一連の話を聞いていたプレイドが目を輝かせて「素晴らしい!」と大声で言った。
「素晴らしい友情です! 貴方たちは巨大な組織に屈することなく友情を守られた! それなのに、私は……」
「その変なメイクで言われても、な。この人は何者なんだ?」
セフィロスが、初対面のプレイドを見て不気味がる。道化のような化粧に、貴族服。胸元には『P』のエンブレム。そしてどこか幼く女々しい話し方。
その全ての要素が、セフィロスには歪に見えたのだ。
「初めまして。私は、プレイドと申します。訳あって、ゼロス殿の仲間になりました! ゼロス殿のご友人は私にとっての大切な御人。全力でお守り申し上げます!」
プレイドは、忠誠を誓うような仕草をする。呆気にとられるゼロスたちであったが、キャロルだけが拍手で迎え入れた。彼女が彼に手を噛まれたことは、もう忘れているようだ。
「……おい、ゼロス」
「わるいやつだったが、いまは、わるくはないんだ」
「よく分からんな」
「おれも、よくわかっていない」
ゼロスとセフィロスが、目の前のプレイドを見ながら話す。
「折角時間が出来たのだから、これからどう動くのか話し合いましょう」
「――♪」
今度はセフィロスとプレイドを加えての作戦会議。目的は、王都の国立呪術研究所の図書館へ侵入して、『魔鉱物呪術史』を入手し、安全な場所で解読すること。
「幸い、私の得意なジャンルが魔鉱物関連だから、それに纏わる古代文字なら、少しは読めるわ。問題は、そんな重要な書物が、あの大きな図書館のどこにあるのか。また、探し出すまでの時間があるかどうかね」
「その図書館って、どれくらいの書物が納められているものなんだ?」
セフィロスの質問に、シルヴィアが、「魔鉱物関連だけでも五万冊くらいはあるわね」と答えた。ゼロスたちが思わずため息をつく。
「あ、あの……」
「なにかしら、プレイド」
「それってもしかして、幻術資料館にあるものではないでしょうか?」
プレイドの言葉に、ゼロスとキャロルが驚いた。幻術資料館という単語は、王都の秘密の地下牢で、赤ん坊姿のアウロラが言ったものである。確かに彼女はそこに、『魔鉱物呪術史』が有ると言っていた。
「どうしてそんなことをしってるんだ」
「暗殺部隊に所属していたら、様々な情報が手に入ります。王都の秘密の一つや二つ。知っていても可笑しくは無いのです」
「なるほどな」
セフィロスは、話を聞きながら小さな臼で唐辛子を擦っていた。それを小瓶に入れてズボンのベルトに携帯する。
「本棚ごと転移するってのはどうだ?」
「大胆な発想ね。嫌いじゃないけれど」
「――!?」
セフィロスの提案に乗り気なシルヴィアだが、キャロルは両手を挙げて、首をブンブンと振った。確かに触れている物を空間転移することはできるが、まさか本棚ごととは。
「そんなことをしなくても、場所は分かっております。幻術資料館は、国立呪術研究所の図書館の、地下四階にございます。マイナーな資料しかありませんから、おそらく呪術師はいないかと思われます。それに、アウロラの研究資料は、隠れ部屋にあるため、普通の方法では入れません」
「じゃあどうすればいいんだ」
「呪いです」
「まじない?」
ゼロスが首を傾げてプレイドに訊く。おおよそを理解したのか、シルヴィアが会話に入ってくる。二人がプレイドの話を聞いている間、セフィロスは、キャロルを支えていた。
「それは≪あかごの譫言三度まで≫というものです」
「ただのじゅもんじゃないか」
「いいえ、怖い物ですよ! 呪術壁に触れて、三度続けて、呪いを唱えられなければ、呪文壁範囲の者はみんな赤子の姿になってしまいます。アウロラはそうやって、自身の資料を守ってきましたから。最後はアウロラ自身がそれを逆手にとって赤子化しましたが……」
「それなら、高確率でフェニキア王がそこで待ち構えているでしょうね。私たちの邪魔をするために」
「あー、もうどうすればいいんだ」
しばし沈黙。
キャロルを支えていたセフィロスが、一つの提案をする。
「キャロルちゃんは、ミスリルの仮面で口元が見えないし臭いを感じることもない」
「……うん、なんかいやなよかんがしてきたぞ」
セフィロスが、ベルトの唐辛子パウダーの入った小瓶を指さして、
「激辛催涙粉末で、キャロルちゃんの呪いの時間を稼ぐのさ」
と言った。これには、賛否両論あった。しかし、これ以外の提案がゼロスたちには無い。セフィロスが、「死にはしないからな」と、得意げになって言う。
「おまえもすうのかよ」
「まぁな。慣れたら直ぐに立ち上がれるさ」
「おまえなー」
会議の内容をまとめると、先ず、王都の国立呪術研究所の図書館の四階の幻術資料館へ行く。次に、アウロラの研究資料が眠る呪術壁まで行く。
最後に、そこで待ち受けているであろうフェニキア王を、唐辛子パウダーで目くらましさせる。その隙に、資料を掻っ攫うというもの。
キャロルが勢いよく手を挙げる。彼女の身体を支えていたセフィロスに、優しい風の膜ができる。これはバリアーの魔法だ。
「なんだ、唐辛子パウダーを防げるのか?」
「――♪」
キャロルが嬉しそうに頷く。
「おい、バリアーのマホウは、ひとりにしかつかえないんだぞ、キャロル」
「――?」
ゼロスの言葉にキャロルは、悪びれた様子もなく、首を傾げた。
しかし、この作戦には無理もあった。どうしても仲間が散ってしまうのだ。キャロルの空間転移の魔法を使うには、仲間同士、何かに触れていないといけない。セフィロスがポケットから、妹のリコッタから貰ったラッピング用の赤い紐を取り出した。
「こんなのが役に立つもんなんだな」
セフィロスが、紐をキャロルの小指に器用に巻き付ける。
「セフィロス殿。これは?」
「この紐を触っていれば、キャロルちゃんの空間転移の魔法を使って、脱出できるのさ。あとはシルヴィアが行先を決めてくれるだろうな」
「ふーん、任してちょうだいな」
大人しく話を聞いていたプレイドに説明をして、準備は全て整った。ボコボコと穴だらけの作戦ではあるが、上手くいくのであろうか。
「いいかキャロルちゃん。俺が責任をもって呪術壁まで誘導する。呪いの言葉はおぼえてるな?」
「――♪」
キャロルは勢いよく首を縦に振った。もともと魔法使いだからか、詠唱系のものには強いのであろう。物覚えが早い。
「それじゃ、頼んだわ。キャロルちゃん。シルヴィア。何かあったらプレイド。お前に頼んだ」
「え、私が……!?」
「何マヌケ面してるのよ」
「……」
あまり活躍できなくて、少し不機嫌そうなゼロスであった。ともあれ、キャロルの空間転移の魔法で再び王都へと戻ることになったゼロスたち。目的の『魔鉱物呪術史』は入手できるのか。
不安を抱えながら、彼らはレッドスターの洞窟から、王都の国立呪術研究所の図書館へと向かった――――