優しさと思い出を風は知る
ゼロスたちは、プレイドのセーブスポットである大木の下で、彼を倒す作戦会議をしていた。
「プレイドの狂気を、セーブスポットによって浄化しようと思っているの。そうね。空間転移の魔法を彼に使えないかしら? 私の呪術と組み合わせて大木に呼び寄せるの」
「――……」
シルヴィアがキャロルの方に向かって言う。キャロルは仮面越しに申し訳なさそうなそぶりをした。頭上にクエスチョンマークを浮かべているシルヴィアに、ゼロスが説明をする。
「たしかに。プレイドをここまでつれてこられたら、ヤツはしょうきにもどるだろうな。でも、キャロルのくうかんてんいのマホウは、あいてにふれていないと、こうかがはっきできない。それだとキャロルがあぶないんだ」
「あら、そうなの。使えないわね」
「――……」
しゅん。
キャロルの頭が下がってしまった。落ち込んでいるのであろう。ゼロスが腕を組んで、ワルターの方を見て言った。
「ワルター。おまえは、なにもてつだってくれないのか」
「……」
ワルターは大木の下に胡坐をかいて座っており、弱い風が彼の失った左腕を撫でるように通り抜けているだけだった。彼は一切動こうとしないで、目を閉じて風の音を聴いている。
「おい、きいているのか」
「……人ならば、何かしらの雑音に気が散るはずだ。それを隙と言う」
ワルターはゼロスにそう言って、自身のズボンのポケットから酒を取り出した。彼は目を開けてそれをひとくち飲んでこう言う。
「まだ奴に人間の意識があるのなら、この世で最も欲しい言葉に反応を示すはず」
「もっともほしいことば?」
ゼロスたちの上空でカラスが数羽鳴いていた。それを見たワルターは、「急げ」とだけ言って、鞘から大剣を引き抜いた。刃の長さはゼロスの身長ほどあった。
「暗殺部隊に見つかったのね!」
「ほんとうか!? さくせんはどうするんだよ」
「――!」
カシャリカシャリと鎧の音が階段の方から聴こえてくる。おそらく暗殺部隊が、大木に居るゼロスたちのことを嗅ぎつけたのであろう。ここに居ては危ない。
「よくて。私は呪術でプレイドに幻覚を見せて時間稼ぎをするわ。マヌケな仮面とおチビちゃんは、協力してプレイドに隙を作って。三秒あれば、呪縛の呪術でプレイドを捉えられるわ」
「なんかムカつくけど……わかった。キャロル、シルヴィア。たのむ」
ゼロスとシルヴィアが、キャロルの手に触れる。
「――!」
キャロルは、指を四本前に出して、何かを訴えていた。
「四人で逃げようってことかしら」
「仮面の嬢ちゃんよ。情が必ず報われるとは限らんのだ。こんな老いぼれよりも今居る仲間を大切にしろ」
ワルターが小さく言った。
「――……」
時間がない。剣が掠れる音が聴こえる。ワルターが暗殺部隊と戦っている。
「しっかりなさい。このお人よし仮面! 情報を送るわよ! しっかり転移させてちょうだいな!」
「――!」
剣の音がする方を向きながら、キャロルは少し俯いて空間転移の魔法を使った。大木からゼロスたちの姿が消える。一人残されたワルターは、複数の暗殺部隊と重い剣を鳴らしながら、小さく呟いた。
「……最後に、信じさせてくれ。若人よ……!」
……、
…………。
ゼロスたちが目を開く。彼らが転移した先は大きな石が積み重なった壁で出来た闘技場であった。シルヴィアが警戒して周囲を見渡す。人気が全くと言っていいほど無いのが不気味だ。
「なぁシルヴィア。おれたちとうぎじょうの、どまんなかにいるが、だいじょうぶなのか。かんきゃくせきから、とびどうぐをつかわれたら、おしまいだぞ……」
辺りを見回すゼロスは急に、ゾクッとした何かを感じた。悪寒に近い。
「ボクそんな事しないよ~♪」
騎士服を脱いだ状態のプレイドが、魔物の登場口から現れる。彼の衣服の胸元には『P』の文字のエンブレムがあった。右手にレイピアを持っている。先ほどよりもメイクが濃くなって、まるで道化のようだ。
「……危ない!」
シルヴィアが言った時には遅かった。プレイドのレイピアがキャロルに向かって勢い良く伸びる。しかしそれは丈夫なミスリルの仮面に当たった。普通ならば顔面を突かれて死んでいたであろう。
「あーらら~、その奥にある顔を拝めるかと思っていたのに~残念♪」
プレイドがケラケラ笑って間を詰めてくる。
「おもいだせ、プレイド! おまえはそんなことをするやつじゃない!」
「ふぇ? キミ。ボクの何を知っているというの。おこがましいよ」
伸びるレイピアはゼロスの方へ向かって伸びた。
「させなくてよ!」
シルヴィアが幻術を使い仲間全員の虚像を造る。複数の影が人型になって、沢山のゼロスたちの分身が出来た。
「うわぁ~♪増えた増えたー!」
あとは三秒間の時間を稼ぐこと。たった三秒だが、詠唱する際の口の動きで、シルヴィアがどこにいるかがバレてしまう。プレイドを拘束して大木に転移させるには、彼の隙が必要であった。
(隙……)
ゼロスは考えた。プレイドは玩具のように偶像たちを壊し始める。その様は遊んでいるようであった。幸いまだゼロスたちには気づいていないようである。ご機嫌な顔で偶像たちを踏んづけたり搔きむしったりしている。
「ねぇ~、もう飽きちゃったーつまんなぁいー」
段々飽きてきたのか、プレイドは偶像たちをまとめて壊して、本物たちに近づいて来た。このままではいけない。ゼロスは、ワルターの言葉を思い出した。
――まだ奴に人間の意識があるのなら、この世で最も欲しい言葉に反応を示すはず――
(最も欲しい言葉)
ゼロスの横の偶像がプレイドによって壊される。それと同時に、ゼロスは大きく口を広げてこう言った。
「家族ってキラキラしてるぞ!」
「?」
プレイドの動きが一瞬だけ止まる。その隙に、ゼロスは近くに落ちていた石ころをプレイドに向けて投げつけた。石ころは運よく胸元の『P』のエンブレムに当たる。
「キャロル、まほうを!」
「――!」
音をしっかり聴いていたキャロルは、魔法でプレイドに向けて、大きな風を起こした。土埃が彼を覆い、視界を曇らせる。
「わーわー! 前が見えないぃ~!」
隙が出来た。
シルヴィアが素早く呪文を唱える。
「影よ、かの者を縫い付けよ」
緊張の三秒間。
不思議とプレイドは襲ってこなかった。仁王立ちでボーっとしている。
呪文の後、プレイドの影が彼の身体をハエトリグサのように包み込んだ。身動きが取れなくなったプレイドのもとへ三人が近づく。
同時に暗殺部隊があらゆる方向から鎧の音を響かせて走ってきた。近くでカラスが鳴いている。おそらくここに居ることがカラスたちによってバレたのだ。時間がない。早く大木までプレイドを運ばなくては、作戦が失敗に終わる。
「情報を送るわよ!」
「――!」
弓矢が集中して放たれたと同時に、ゼロスたちの姿は闘技場から消えた。
……、
…………。
ゼロスたちが目を開けると、そこには息絶え絶えのワルターの姿があった。
「遅かったな。小僧」
ワルターが言う。最後の暗殺部隊を倒していたところであった。右腕には矢が刺さり、胸元には致命傷と言える傷があった。
「ワルター! ばんのうやくを、つかうんだ!」
「……不要だ。生き残ったとして、こんな老いぼれに何が出来ようか。そんなことより……」
ワルターが朦朧としながら、プレイドの方を見た。彼は大木に吹く風の音を気味悪がって耳を閉じている。何かから逃げるように。
「なぁに、ここ! 気色悪い! 気味悪い! やっ!」
弱弱しい風が、プレイドの頬を撫でるように通り抜ける。それだけで、彼は少しずつ記憶を取り戻していっているようだった。くねくねと脚を動かしながら、何かに抵抗している。
「いや!……ボク…………私は……!」
プレイドは、ワルターの姿を見つけると、「じい、さま?」と目を見開いて近づいていく。彼は次第に人間的な感情が戻って来ていた。そんなプレイドをワルターは、矢の刺さった右腕で、抱きしめた。
「すまないプレイド。我が孫よ」
その言葉に、プレイドが記憶を取り戻した。
「じいさま……私は何ということを……」
「お前は、優しい子だ……信じている……」
ワルターが言う。それが、彼の最後の言葉となった。
「じいさま、じいさま! 息をしてください、じいさま!」
遠くから、暗殺部隊の足音がする。一刻を争う事態。ゼロスは、絶望に打ちひしがれているプレイドに訊いた。「セフィロスはどこに居る?」と。
「君のお友達は、拷問部屋に居るよ。とても酷いことされてる……」
「部屋番号は?」
「十六号室」
プレイドの言葉に、シルヴィアが部屋番号を訊いた。十六号室。それだけの情報が分かれば、あとはキャロルの空間転移の魔法とシルヴィアの呪術でどうにでも出来る。しかし、問題は、室内に居る者をどうやって倒すかであった。
「じいさま……私は、どうしたらこの罪が拭えますか」
「――……」
キャロルが、プレイドの声がした方向に優しい風を送る。それはまるで「大丈夫」とでも言っているかのようであった。
「プレイド。かなしいのはわかる。でも、ここにいたら、まちがいなくころされる。いっしょにたたかってくれないか」
「それは、今まで流してきた血を拭いきれますか?」
「あぁもう、難しいことを考えるのはおよしなさいな! 暗殺部隊がそこまで来ているわよ!」
「――!」
キャロルに指を繋ぎ合わせたゼロスたち。全員が、プレイドの方を見ている。
「じいさま、お許しください……」
プレイドが震えた指をキャロルに絡ませた。人数分のぬくもりを感じ取ったキャロルが空間転移の魔法を使った。彼らがその場から消える瞬間、死んだはずのワルターの顔が少しだけ笑んだように見えのは気のせいだろうか――