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セーブスポットと闘技場建設の裏側

「だいじょうぶか、キャロル」

「――♪――!」


 ゼロスがキャロルを手を繋いで誘導する。仮面のせいで目が見えない彼女が道中で転げそうになるのを、シルヴィアと一緒に支えていた。


 子ども姿のゼロスが、一生懸命にキャロルを支えている。その姿を見てワルターは、無いはずの左腕辺りに右手を当てて、小さく何かを言った。


「ん、なにかいったか?」

「……古傷が痛んだだけだ」


 ワルターはゼロスの問いにそう答える。


「ふーん、ないのに、いたむんだな。うで」

「……」


 それはゼロスにとって悪気のない一言だった。少しだけワルターは歩く速度を上げる。大きな背中に大剣。さやには、ライオンのマークがついていた。


「まてよおっさん」

「――!」

「あいてっ!」


 キャロルがゼロスの頭をコツンと小突いた。段々距離感が解ってきたらしい。しかしやはり目が見えていないから、頭と言っても拳はこめかみ部分に当たっている。


「おい、いたいぞキャロル」

「――!――!」


 キャロルが説教をするように、ゼロスの声がする方へ人差し指を突き出して何かを訴えている。それを見たシルヴィアが、


「年上にそんな口の利き方をしなさんな、とでも言いたそうね」


 と言う。キャロルは、ブンブンと頭を上下に動かした。どうやら正解らしい。パタパタと黒いローブがなびく。


「……もう、仲間が城で捉えられているかもしれないのよ。もっと緊張感をもちなさいな。おせっかい仮面とおチビちゃん」


 呆れたようにシルヴィアが言う。セフィロスの居場所は、彼女の呪術で見る事は出来る。それに加えてキャロルの空間転移の魔法を上手く使えば、その地点まで行くことは可能だ。

 しかし条件が最悪な場合、助けに行くのは非常に困難でもある。


「お前は優しいんだな。シルヴィア」

「貴方の優しさも大概ですけれどね」


 シルヴィアとワルターはそう会話をすると黙り込んでしまった。


「いったいどこに行くんだ」

「――?」


 四人は段々と人気のない路地に入り込む。壁伝いの道となり、とても狭い。キャロルは自身にバリアーの魔法を使って、壁や物との衝突から、身を守った。


「おいおっさ……ワルター。この、ほそいかいだんはなんだ?」

「プレイドの決して訪れることのない場所だ」

「は?」


 急な階段に何度も躓きそうになるキャロルをゼロスは支える。彼は、ワルターの話を聞こうとするが、キャロルの誘導が上手くいかない。

 

 それでも少しずつ進み、やがて彼の目の前に一本の大木が見えてきた。

 

「あのきに、まじないでもあるのか?」

「ここがプレイドのセーブスポット。そう言えば解るな、シルヴィア」

「……」


 階段を登り切った四人は、ワルターの大きな背中から大木を見上げる。太い幹に、長く丈夫に伸びた枝がまるで母親の手のようだった。

 弱い風が吹く。少し寂しげに木葉たちがざわざわと揺れた。


「シルヴィア、セーブスポットってなんなんだ?」


 ゼロスの質問に、シルヴィアは少しだけ哀れむような表情を見せる。


「セーブスポットとは、拷問で頭がおかしくなった人の記憶が()められている場所のことよ。人によってその場所が違うの。物だったり、空間だったり、様々ね」

「じゃあ、あのきもちわるいせいかくも、つくられたものだったのか」

「――……」


 ゼロスとキャロルが動きを止めて風の音を聴く。非常に弱い風が連続して吹いていた。それはどこか寂しそうで、今にも無くなってしまいそうな、そんな風だった。


「ワルター。いったいなにがあった。じかんがない。わかりやすくおしえてくれ」


 ゼロスはセフィロスの心配をした。彼は一体どこで何をしているのであろうか。情報と言える情報が無い。そして戦力も。このままでは、お手上げ状態だ。


「大木に触れてみるが良い。全てわかる。全てがな」

「へんなまじないじゃないだろうな」

「もう、早く触りなさいな!」

「わ!」

「――!」


 ゼロスが躓くと、キャロルも真正面から大木に激突した。キャロルの仮面と大木がぶつかったとき、「ガーン!」と大きな音がする。


「あら、少しやりすぎたかしら。ごめんなさいね」

「――!――!」


 シルヴィアも大木に触れる。

 その瞬間、彼女らの脳内にプレイドの記憶が流れ込んだ。


 ……、

 …………。


「じいさま。(わたくし)には理解できないことが多くあります」


 暗闇の中で、ゼロスよりも女々しく小さな手の男の子がもじもじしながらそう言った。胸元には『P』の字のブローチがあしらわれている。彼が男の子だと分かったのは、服装が立派な男性貴族の物だったからだ。


「知らぬで良い。お前はただ間違えなければいい」


 背中の大剣の鞘にはワルターと同じライオンのエンブレムが付いていた。そのことから、おそらく会話しているのは過去のワルターとプレイドであろうと予測できる。しかしまだワルターの左腕から先があった。


(わたくし)はいつも間違えます。その度、王都から友人が一人ずつ消えて……」

「騎士たちはお前の友人ではない。難しいことは考えるな」

「それから、じいさま。家族とは何でしょう?」

「……その単語。フェニキア王の前で決して言うでないぞ」

「なぜですか? なぜ、この言葉を共に口にした友人は居なくなってしまうのですか」


 幼きプレイドの細々しい声が少しだけ怒りの感情を示した。しかし、ワルターからギロリと睨みつけられる。そのまま見下げられると黙り込んでしまった。

 ワルターの瞳にハイライトはなかった。


「呪いの言葉だからだ」

「呪い?」

「家族など汚物以下の存在。言うなら、処罰の対象だ」

「でも……(わたくし)にはその様に思えませんでした。なぜなら、それを語る友人の目はお星さまのようにキラキラしていて……お母さん、お父さん。どうしてわたくしの所にはお出でにならないのでしょう?」

「お前は私の後を継いで騎士団の隊長になるのだ。魔王軍をこの国に侵入させることの無いよう勤める。それから先のことは考えなくていい」


 三人は感想を言う間無く真っ白な空間に飛ばされる。プレイドは城の騎士に話しかけようと、こっそり階段を降りた。騎士たちを驚かせようと思ったのだ。


「おい、知ってるか。プレイドの両親は罪人の子なんだぜ」

「まじかよ。なんで俺たちが面倒見てやんなきゃいけねぇんだよー」

「だよなー。ワルターもどうして罪人の子なんかを引き取ったんだよって話」


 ――チャリン


 プレイドのブローチが取れて地面に落ちてしまった。


「やっべ……! プレイドだ」

「け、消される……!」


 プレイドは、「消される」という言葉に首を傾げる。側に居た数人のメイドたちは聞いていないふりをしていた。まるで時が止まったかのようだ。


 その事をプレイドは、ワルターに相談した。その夜。ソワソワして眠れなかったプレイドであった。彼が部屋を出ると、先ほど訳の分からないことを言っていた騎士とワルターがフェニキア王と共に城から出て行く。

 プレイドは好奇心でワルターたちの後をついていくことにした。


 彼が辿り着いた場面は、今ゼロスたちが触れている大木のある所であった。

 生臭い、影のようなものがプレイドの足元を這っている。おそらく大量の血だ。彼の目の前に広がったのは、太い枝に吊るされた、騎士たちの哀れな姿だった。


「うわああああ!?」


 瞬時にプレイドは理解した。「消される」とは、「殺される」ということだと。そして、自分の家族とは罪人の事であると。彼の知る「じいさま」は、表では騎士団長として華々しく活躍している一方で、裏ではこのような惨たらしいことをしていたということをだ。


「あっ、うっ……」


 プレイドは地べたに肩を落として泣いた。臭いと血の生暖かい感触を掌に感じて、泣き叫んだ。ワルターは、目を閉じてその声を聞いていた。フェニキア王がゆっくりプレイドに近づいていく。


(わたくし)は死んでも構いません! どうか、どうか(わたくし)の命を持ってこの件を終わらせください!」

「やはり何もかも間違えるのだな。罪人の家系は」

「?」


 フェニキア王がプレイドを「殺す」代わりに全てを話した。


 魔王軍を呼び出して地方を襲撃させ、闘技場建設のデータを採っているのは、王都側だということを。


「なぜ、そこまでして闘技場を造ろうと思うのです!?」

「金と人が集まるからだ。そうすればお前のような罪人の子は王都に生まれぬ。強い騎士も生まれ、王都は魔王軍に墜とされることはないからな」


「――ひっ!?」


 フェニキア王が、大木の所までプレイドを引きずる。彼の額にエメラルドの指輪を当てた。王が呪文を唱える。プレイドの周囲には、ヘドロのような血の雨が降った。臭い。気の狂いそうな、血の臭いと生あたたかさ。

 同時に、身体を切り刻まれる友人や騎士の顔が浮かんだ。


「いぃやあああああああああああ‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼‼」


 ヘドロがプレイドの口の中へと入っていく。その様子をワルターは見ていた。ただただ見ていた。それだけだった。


「ワルター。まだコイツは幼い。洗脳次第で化ける。立派な暗殺部隊になることだろう。剣を差し出せ」

「……承知致しました」


 ワルターは、フェニキア王の命令通りに大剣を引き抜く。


「なぁに! ねぇそれなぁに? ボク、どうすればいい?」

「目の前の者を斬れ。どこでも良い」

「わーい! わーい! ボクと遊んでくれる人見つけたー♪」


 プレイドは、大剣を引きずりながらワルターに近づいた。すると、ブンと風の軌道に乗せて振り上げる。それは、かまいたちのように左腕をかすめた。


「ぐっ……!」

「いたい~? ごめんねぇ、うまく殺せなくて」


 フェニキア王は静かに様子を見ている。


「……貸せ」

「え?」


 ――グッ!


 ワルターは自身で自分の左腕を切り落とした。ゆっくり時間をかけて押し切りながら。


「人を、殺すということは……こういうことだ。プレイド」

「うんうん、痛みを与えてじっくり殺すってことだね。プレイド覚えました♪」

「……すまないプレイド。お前は――」


 プレイドの記憶は途切れた。


「全てわかっただろう。空間転移の魔法と呪術を使えるのなら王都から離れろ」


 ゼロスは、ワルターの言葉に納得していない。「どこがすべてだ! おれたちはセフィロスをたすけだして、プレイドもたおす!」と怒ってしまった。それはキャロルも同じようだ。

 ゼロスの手を掴みながら、魔法で荒い風を吹かせた。


「……そうね。空間転移と呪術の組み合わせで出来ることは沢山あるわ」

「きょうりょくしてくれるのか」

「王都に仕えているのが馬鹿馬鹿しくなったのよ。同じ馬鹿なら、派手にやらかしそうな人に付いていこうと思ったの」

「バカっておれたちのことか?」

「他に誰か居りまして?」

「ムキ―! でもうれしいぞ、な。キャロル!」

「――♪」


 キャロルが「おいでおいで」の仕草でシルヴィアを呼ぶ。彼女は若干照れくさそうに近づいていく。キャロルが真っ黒なシルヴィアの髪をサラサラと優しくなでる。


「や、やめーい‼‼ ほら、さっさとやるわよ作戦会議!」

「やめーい」

「……やっぱり止めようかしら」

「わるい。じょうだんだって! ゼロスジョーク!」

「ふん!」


 ゼロスとシルヴィアの視線はワルターに向かった。キャロルは弱く吹く風の音を聴いている。まるで次の言葉が紡がれるのを待っているかのように。


「……俺は、ここで待って居よう」

「たすけてくれないのか!」

「……ここで、待っている」


 ゼロスの怒りの声に、キャロルが彼の服を引っ張って、仮面越しに「しーっ!」というようなジェスチャーをした。肝心なのは、これからどう動くかであって、目の前の老騎士を責め立てることではない。


「よし、作戦会議をしようか!」

「――!」

「それじゃあ、説明を始めるわよ……」


 これから、プレイドを倒す作戦が行われる。ワルターはその様子を端から見ているだけであった。ただただ、見ているだけであった。

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