災難な宝箱と幼馴染のセフィロス
緊張が走る魔王城で四体の魔物を倒したゼロスは、奥の景色を見て感嘆の声を漏らした。妖艶に輝く、エメラルドの大きな宝箱があったからだ。
「ねぇゼロス、中身は何だと思う?」
そう言ったのは、ゼロスの相棒である魔法使いのキャロルだ。
「わからない。魔王のトラップかもしれないが、レアアイテムかもしれない。開けて見るか」
「また魔物とか出てきたら嫌よ。長期戦になって、詠唱でこの可憐な声が枯れたりしたらどうするの~?」
「はは、それなら後ろに下がっててくれ。魔物だったら俺が叩き切ってやる」
「わかったわ」
キャロルはそう言うと、ゼロスの後ろに隠れた。
「さて、何が出るか!」
ゼロスが、その大きな手でエメラルドに輝く宝箱をバッと勢いよく開けた。
――その瞬間、紅色の煙がぷしゅーっと噴き出した。
「くそっ! 催涙ガスか何かか!?」
「ゼロス、どこに居るの!?」
キャロルが目の前のゼロスの背中を手探りで掴もうとするが、彼女の手はするりと風をすくうだけであった。煙が晴れない中で、きらめく何かが飛び出してくる。
「な、なに……きゃぁああああ‼‼」
それは、勢いよくキャロルの顔全体に張り付いて取れなくなった。華奢な手で必死に顔についた何かを剥がそうとするキャロルであったが、一向に剥がれそうな気配はない。
「キャロル、だいじょうぶか!?」
「――?」
響いたのは幼い男の子の声。キャロルは反応に困ってしまった。視覚を失っている彼女には、事態がよく分からない。
煙が散って行った。
「っ!?」
ゼロスは目の前のキャロルの姿に驚いた。
大きいのだ。
まるで母親と子ぐらいの差がある。いつもなら肩幅も背も彼の方が大きいのだが。
「キャロル、へんじをしてくれ。そのヘンなカメンはなんだ? こきゅうはできるか。くるしくないか? おねがいだ、へんじをしてくれ!」
「――?」
ゼロスは、ふらついているキャロルを両手で支えた。彼は自分の手を見て驚く。小さいのだ。筋肉質だった彼の腕の筋肉も枝のように細い。足元を見ればさっきまで履いていた、大きな自分の靴がある。
(俺、ガキの姿に戻ってる!?)
ゼロスはその場にへたりとしゃがみ込んでしまった。目先の欲望でこのような事態に陥ってしまうとは……。
キャロルは、顔についた仮面を必死に剥がそうとしていた。
ゼロスは小さくなった掌を眺めながら、「どうしたらいいんだーっ!」と叫んだ。
――グルルル。
「まものか!?」
「――!」
ここは魔王城。大きな声を出せば、魔物の一匹や二匹は出てくる。キャロルは、確かに聴こえる声の持ち主であるゼロス(子ども)を守るために、脱出魔法を使った。
どうやら口で呪文を唱えなくても、魔法だけは使えるようだ。しかし彼女の魔法では、状態異常を直す事は出来ない。武器や防具を魔王城に置いていったゼロス(子ども)たちは途方にくれていた。
夕日が射す頃。どこかで重く深い鐘の音が響いている。
ひっそりと、森の奥に佇む小屋の影たちが見えた。
「あ、キャロル! あんなちかくにむらがある! いってみよう!」
「――?」
ゼロスは、目の見えないキャロルの手をそーっと引いて案内する。二人が村に入るなり、村人たちの顔つきが一気に変わった。
「ひぃーっ! 新種の魔物か!?」
「とうとうこのトーマの村にまで!」
村人たちはクワやほうきなどを持って、ゼロスたち(主に仮面を被っているキャロルに対して)に石を投げつけた。
「――!」
「いてて、ちがうんだ! これは、これは、その……!」
目の前が石や砂ぼこりで見えない。ゼロスは諦めかけた。
「その顔と女みてぇな声、昔のゼロスみたいな奴だな」
「――!」
「!」
ゼロスは、自分の名前を言い当てられたことに驚いていた。
一方キャロルはゼロスの手を確認するように握る。小さい子どものような手。これが本当にゼロスなのだろうか。目の見えない彼女の頭上には、クエスチョンマークが沢山浮かんでいた。
奥の小屋から出てきた男性の声を聴いて、村人たちは石を投げるのを止める。
「あぁ、セフィロス。もうこの村はおしまいだ。こんな辺境の村にまで魔物が来たんだ」
「よーく見ろよ爺さん。ガキと……何だろうな」
「魔物じゃ! 魔王軍の魔物じゃ!」
「いや、魔物にしてはこう……迫力とか全然ないな」
村長らしき人と“セフィロス”という男性の会話を聴いて、ゼロスは幼馴染の姿を浮かべた。その子の名もセフィロスである。猫背でノッポなくせっ毛が特徴だった。そしてその特徴は、小屋の前の彼にもある。
さらに、奥の小屋を見ると【薬草屋】という看板があった。ゼロスは確信する。視界に映るセフィロスという男は、彼の幼馴染であることを。
「おれだ! ゼロスだ、しんじてくれ、セフィロス!」
「――?」
必死に訴えかけるゼロス。
キャロルはセフィロスのことを知らない。仮面をつけたまま不思議そうに顔を傾げた。彼女が少しでも動けば、バケツを被った村人が「ひえっ!」と声をあげる。
「どうしてそうなった。んで、横の……女? はなんだ?」
「キャロル。おれの……いや、そんなことより、おれたちに、なにがおこってるのかがしりたい。カガミをみせてくれないか?」
「ま、まぁ良いが……ショック受けんなよ、ゼロス」
「ショック?」
「――?」
村人が怖がるから、ゼロスが手を引いてキャロルを誘導していた。彼女はあまり状況が分かっていないようだが、ゼロスの手を決して放すことはなかった。
集会場の鏡を見ていたゼロスは愕然とする。
「――な、なんだと……!?」
「――?」
目の見えないキャロルは特別驚いた様子を見せなかったが、酷く落ち込んだのはゼロスの方であった。鍛え上げた肉体や、武器を持つための腕力を失ったかと思えば、華奢で少し病弱っぽい十二歳ほどの子どもの姿になっている。
しかし、中身は二十五歳の男性。今まで積み上げてきた物が一瞬にして無くなるのは辛いことだった。
「くっ……」
と悔しそうに嘆くゼロス。
彼は昔の自分が大嫌いである。魔王軍が彼の住む村に攻めてきたときも、剣を握ることすらできなかった。
両親も村人も、すべて失い、ゼロスは憎しみを抱いたまま、約十年間体や技を磨き、国非公認で魔王討伐の旅に出かけていた。キャロルとは、旅の途中で出会ったのだ。
ゼロスは言わないが、彼女の存在は、孤独だった彼にとって大きな影響を与えた。
「――……」
「ん、なんだ、キャロル?」
彼の落ち込みを感じ取ったのか、キャロルはしゃがみ込んで、手探りでゼロスの頭を撫でた。彼女なりに、「大丈夫」とでも言いたいのであろうか。
「うっ、きゃろる……!」
泣き出したくなったゼロスの目にはじんわりと涙が浮かんでいた。
見かねたセフィロスは、ある提案をする。
「俺の友人に呪いに詳しい奴がいる。もしかしたら仮面も外せるかもしれないし、お前も元に戻るかもな。ゼロスの恋人の顔がどんななのかも興味があるし、連れてってやろうか」
「こ、コイビトじゃ……そういうのじゃなく、ケンゼンなアイボウだ! いかがわしいことなんて、なにもしてないし、おもってもいないぞっ!」
「いや……そこまでは言ってないけどな」
「――……」
セフィロスの言葉に顔を真っ赤にして抗議するゼロスであった。
――彼らのやり取りを見て困ったような顔をする村人たち。
「お前が居なくなったら、薬草屋はどうなる。この村にはお前の妹しか……」
「――あたしに何か用?」
突然のことに「ひゃあ!」と村人の驚いた声がする。
ひょこっと出てきたのは、セフィロスとおなじく、くせっ毛のモサモサしたロングヘア―の女の子である。大きな声に驚いたのか、キャロルはその場に倒れ込んでしまった。
「――!」
彼女の足元には木のささくれがあり、擦りむいてしまったようだ。足首を抑えて項垂れている。
「あ、あしから、ちが!」
「あららー大変! 待ってて、今からタイム持ってくるからー!」
「特徴間違えるなよ、リコッタ」
「わかってるよお兄ちゃん、死なない薬草でしょ? 楽勝!」
「――……」
「大丈夫だ。キャロルちゃん。あれでも一応薬草学の知識はある」
これはこの世界の基本の知識だが、タイムは、体力回復。セージは精神力・集中力回復効果がある。食べたりすり潰したり、錠剤にされるのが一般的だが、薬草屋を営んでいるセフィロス家には、貴重な薬草がごまんとある。
もちろんわかりやすくラベリングもしているが、その中からセフィロスの妹、リコッタが持ってきたのは……、
「それはローズマリーだ。リコッタ」
「ありゃ?」
「――……」
ローズマリー。この世界ではお湯に浸して健康のために飲むもの。価格も安い。とにかく目についたから持ってきたという。リコッタは、ちょっと(?)おっちょこちょいなのだ。
「リコッタ。お前もしかして、また薬草部屋をごちゃごちゃにしてないだろうな」
「し、してないしー? しーらなーい」
リコッタはその場から離れて行ってしまった。ポツンと残される三人。村人たちは、事情を理解してもキャロルの顔が怖いのか、各々の小屋の中へと入って出て来ない。
「仕方ない。薬草屋の在庫がどうなっているか気になる。ゼロス。ちょっとついてきてくれないか? キャロルちゃんの傷も治さないとな」
「あ、ああ。頼む。けど、ちゃんとしょうかいしてくれるんだろうな。えっと……まじないにくわしいっていう……」
「シルヴィアっていう女呪術師だ。ちょっと利己的だが、悪い奴じゃない」
「おまえがいてくれてたすかった……」
「どういたしまして」
「――……」
セフィロスに続いて、ゼロスが足をふらつかせているキャロルの手をゆっくりと引き、薬草屋へと入っていく。中はまるで泥棒でも入ったのかというほどに荒れていた。
「……すまん。片付けるのを手伝ってくれ」
「そこからかぁっ‼‼」
薬草屋にゼロスの女の子のような、甲高い叫びが響いた。