追放
「そんなあ……」
沢山の転生者が集まる酒場で、白いローブを着た青年がうなだれていた。
その原因となるのが、目の前に居る剣と盾を携えた男であるナイトと、斧を背中に携えた巨漢である戦士、杖とローブを着た若い女の魔法使いの3人である。
彼等三人とパーティを組んでいる白いローブの青年は回復術士で、神から授かった神器『ミストルテイン』を用いあらゆる傷を癒し、防御魔法でパーティを守ってきた。
しかし、回復術士の持つミストルテインが、ある目的のために使う事が決まったのだ。
一年前にこの世界に転生してきた回復術士は、ミストルテインが無ければ戦う術を持たない。
パーティの足手まといになるのは必然だった。
「俺だって、一年ずっと頑張ってきたお前と最後まで一緒に戦いたいさ」パーティのリーダーであるナイトが口を開く。
「あの魔女がミストルテインを欲しがってるんだ。しょうがないんだ」
「でも、あの話って、ほんとなのかな?」魔法使いが発言する。
「一週間後、魔王の居城の警備がガラ空きになるって」
「どうにも考えられねえな」戦士は言う。
「魔王城の周りにはすでにベテランの転生者のパーティが複数待機していて、魔王軍と小競り合いを続けている。そんな時に警備を薄める必要があるのか?」
「そうですよ! それに魔女の言う事が正しいとして、ミストルテイン無しでは魔王の激しい攻撃を耐 えきる事はできません! きっと魔女はこの神器がどうしても欲しいから、口から出まかせを言ってるんですよ!」
回復術士は必至に食い下がる。
「たしかに、お前の言う事も一理ある。だけど、俺達が今まで魔女にどれだけ助けられた事を思い出してみろ。どれも魔女の正確な予言が無ければ、俺達は何回全滅していたか分からん。その魔女が、ミストルテイン無しでも魔王を討伐できる方法があると教えてくれたんだ。無論、詳しい話はそいつを納めてからだがな。それに、この隙を逃してしまっては、並み居るベテラン転生者より先に魔王を討伐するチャンスなんて来ないかもしれないぞ」
しばし、その場に沈黙が走る。基本的に神器は転生した時の一度切りしか貰えない。
例え魔王討伐が上手くいったとして、回復術士が『魔王を討伐したパーティに所属していた』という称号を得ても、神器を持たない回復術士では、この異世界『エスラント』で生きていくのは難しいだろうと、回復術士は思っていた。
「ほ、ほら! 魔王討伐の準備が終わったら、余った軍資金は全部アンタに上げるからさ! 魔女は今回は神器一つだけでいいって言ってたから、結構な額になるよ! これであたし達が魔王を倒すまで、のんびり過ごせばいいさ」
「考えようによっちゃ、魔王との危険な戦いをせずに、世界を救ったパーティに居たという称号が手に入るんだぜ? そうなりゃたとえ神器を失ったとしても、英雄としての恩賞を貰えば暮らしていけるはずさ。もしかしたら女神が魔王討伐の功績を称えて、神器をもう一つ貰えるかもしれねえ。だから、そんな深刻に考えんなって!」
……どうやら、回復術士以外は、もうすでにミストルテインを捧げる気でいるようだと、回復術士は感じ取っていた。
回復術士は元々気が弱く、パーティの方針は彼以外の三人が決める事が常だった。最近は魔女の予言に従う事で、回復などのサポートが無くてもクエストを達成できる事が多くなり、回復術士は身の狭い思いをしていた。
それに、要求を突っぱねてミストルテインを渡さなかった場合、無理やりにでも奪いに来る可能性がある。転生者同士の争いはご法度と言えど……、他のパーティを出し抜いて魔王を倒すチャンスが来ると分かってれば、三人がリスクを犯す事は十分に考えられるだろう。
回復術士は戦士と魔法使いの励まし受け流しつつ、少しの間考えた。やがて決意の表情を浮かべ、ナイトの正面に立つ。
「分かりました。ミストルテインをお渡しします。その代わり、必ず魔王を倒してください」
「……もちろんだ」ナイトはミストルテインを受け取り、はっきりとうなづいた。
「いやー、上手くいったもんだな!」
回復術士が居なくなった後、酒場でささやかな宴を開く三人の中で、戦士が豪快に肉にかぶりつきながら言う。
「魔女に『お前たちの持つ神器の内、一つでもくれればもっと詳しい予言をしてやるよ』と言われた時には、どうなる事かと思ったら……」
「坊ちゃんがあの時、魔女の話を聞いてなくて助かったよ。まあ聞いてたとしても、ちょっとでも脅せば渡してくれたかもしれないけどねえ!」
「魔法使い、それはちょっと不味いぞ」ナイトが咎めるように言う。
「我々はこれから『魔王を倒したパーティ』になるんだ。もしパーティの一人を無理やり追放したという事が広まりでもしたら、英雄の名前に傷がつく。だからこそ、穏便に奴にミストルテインを渡してもらいたかったんだ。そのために、入念に打ち合わせしてきたんだろう? それと、声を抑えろ。こんな事周りの連中に聞かれたら、後でどんな因縁をつけられるか分からん」
「へいへい」
「明日、日の出ない内に魔女の元へ行く。魔女の隠れ家の場所に入るとき、他のパーティに気づかれないようにしろよ? 魔女が神器と引き換えに他のパーティにも予言してしまうかもしれないしな」
「了解、あんま飲みすぎないようにしないとな」
その夜、回復術士は町はずれの宿をとって、そこで過ごしていた。
そして一人になった所で、これからの事を考える。
まず、魔王を倒したら、あの三人は回復術士を仲間と認めなくなるだろうと予測していた。
回復術士が授かったミストルテインで魔王討伐のヒントが得られるなんて、魔女と元パーティメンバーと回復術士しか知らない。
最初から三人で組んでいて、回復術士は一時的に組んでいただけとシラを切れば、手柄は元パーティのものだけになる。
彼らはおそらくそうするだろう事は、今まで回復術士が受けてきた扱いでなんとなく察せるのだ。
むろん、彼らが魔王討伐に失敗した場合は、もっと酷い事になるだろうが。
さてそうなると、回復術士はミストルテイン抜きでこの世界で生き抜く術を見に付けなければならない。
転生時に貰えるのは神器一つのみ。特殊な魔法を扱えたり、肉体を強化しては貰えない。
戦いに必要なステータスはすべて神器が補ってくれる。つまり転生者は神器がなければ、ただの人間に等しいのだ。
転生前はただの高校生だった回復術士に、この世界での過酷な肉体労働には耐えられまい。
かといって優れた技術や学問を納めているわけでもない。
防具は没収されなかったとはいえ、これを売却しても受け取った退職金と合わせて一か月暮らせれば良い方だ。
考えが行き詰った回復術士は、ベッドに身を投げ出してうなだれる。
ちょうどその時、ドアがノックされ、魔法使いとは違う若い女性の声が聞こえる。
「こんばんは、こちら『転生街』所属の調査委員会です。回復術士さんですね? お聞きしたい事があるのですが……?」