王城での茶会
今回も茶会の時間より早目に城へ着いた。
前もって話をしていたのでお姫様抱っこされることなく、ミハエル様のエスコートで城内を歩いた。
夜会の時と違って、城務めの貴族や騎士がチラホラと見えた。そして一様に皆がミハエル様の登城に目を見張っている。
……普通にしていてもミハエル様は目立つのに……まさかのお揃いコーデで城に来るとは思わなかったっ。
ドレスはベティに全任しているので気にしなさ過ぎたわたしが悪いのだけど……。
茶会には少し地味かなと思った明るい若草色のドレス。ミハエル様は渋めのモスグリーン色で、細かな刺繍や袖口なんかがミハエル様と同じ仕様になっている。
このドレス……アンネに勧められた物だった。
ハメられたな。元から購入予定だったのか。とか考えながらも初めてのお揃いに満更でもないわたし。ただ、着て行く場所が王城というのがちょっとね……。
今更グチグチ言っても仕方ないと切り替えて少しでも元気になったところを見せようと背筋を伸ばした。
「前回とは別に庭園に近い部屋を用意しました。時間までゆっくり休んでください」
前回同様ダミアン公爵様が案内してくださった。けれど先に来ているはずのジャックが見当たらない。
「愚息は臨時でエリオン様の側近として付いて回ってます。時間になれば姿を見せるでしょう」
あいつはミハエル様の側近なのに何を勝手なことを、とアルバートが愚痴ったところで案内された部屋に着いた。
庭園に面した部屋は窓が大きく開放的だ。広い部屋は普段は応接室なのではと感じたが、奥には少し場違いに見えるベッドが一つ置かれていた。
………これ、きっとわたしの為にわざわざベッドを用意したのね。……使ったほうがいいのかな?
どうしようかと奥のベッドをじっと見ている隙にミハエル様に抱き上げられてしまった。
「いつもなら寝てる時間に茶会が始まるから今のうちに少し寝ておいた方がいい」
そのままソファに座ったミハエル様はわたしを膝の上に乗せて抱きしめてくれる。
倒れてからというもの、いつ横になってもいいようにと髪は常におろしたままだった。
正式な場では成人した女性は髪をアップにするのが主流なので本当はアップにしたかった。自分が童顔だと自覚してるから夜会の時のように髪を結い上げて少しでも大人っぽくしたかった。
でもミハエル様やベティやアルバートまでもが横になるからおろした方がいいと言われて、今日はハーフアップにして来た。
『うなじを晒したまま横になるのは危険です』
……アルバート、それは一般論なの? と気になったけど、寝起きにセットが乱れてベティの手を煩わせるだけかと諦めた。
抱きしめられて、視界の隅でミハエル様の手がわたしの髪をくるくると巻きつけてるのを見て、やっぱりアップにしなくて良かったと心地良く眠りについた。
「イザベラ、時間だよ」
ミハエル様の呼ぶ声と頬に触れる指先で起こされた。
ぼんやりと微睡む視界にはミハエル様の顔。それに安心して甘えて再び瞼を閉じた。
「イザベラ、そろそろ時間だから髪を直さないと。」
額に落ちてきたキスでようゆく目を開けると、視界にはミハエル様とソファの傍らに立つ侍女らしき姿が見えた。
(!! そうだった、お茶会! 今日はベティがついて来ていないんだった!)
昨日の夕刻に王都の邸に着いたので今回は邸から登城していた。邸ではベティが身支度を整えてくれたけど登城したのはミハエル様とわたしとアルバートの3人だけ。
王城のお仕着せ姿で目が覚めて、ミハエル様の傍らに立つ侍女を見る。寝起きのわたしと目がバッチリ合った侍女は途端に驚いた表情を見せて固まった。
………多分、はしたないとか思われているのだろうな……。
ミハエル様の腕の中で寝てる令嬢なんて普通に変だよね。ごめんなさい、こんな令嬢で。
初見と思われる侍女を申し訳なく見つめていたら、どこからかエリオン様の声が聞こえた。
辺りを見ればエリオン様はわたし達の正面の席にいた。
「イザベラ嬢、紹介しておこう。彼女は侍女頭のカミラ。城内ではイザベラ嬢に付けるから何でも彼女に聞いてくれ」
「……あの、ありがとうございます。カミラ様よろしくお願いします」
わたしのお母様より少し若く見える侍女だけど、王城の侍女は貴族の方が多い。侍女とはいえ、子爵令嬢のわたしより家格が上のどこぞの夫人かもしれないので最低限の挨拶をした。
そこでようやくカミラはハッと我に返ったように見えた。
「侍女頭のカミラと申します。本日はイザベラ様のお側に仕えさせて頂きますので何なりとお申しつけ下さい」
楚々とした挨拶を返されてようやくほっと胸を撫でおろした。侍女頭というだけあって、わたしが子爵令嬢だからとナメた視線や態度は一切感じられない。流石は王城の侍女頭だ。
「早速だがカミラ、イザベラ嬢の髪を直してやれ」
「かしこまりました。ではあちらの鏡」
「カミラ。イザベラ嬢はこれが定位置だと覚えておけ。今は一人で椅子に座れない程に身体が弱っている。だからミハエルが常に支えているんだ。万が一、ミハエルが離れる時にはカミラが支えるよう心得ておけ。」
エリオン様、少し言い過ぎです。
とはいえ、倒れてからは確かにこの状態でいつもベティが櫛やリボン等をテーブルに並べて整えてくれてたから忘れていた。この状態が普通ではないことを。
ベティは何も言わなくても当たり前にしてくれてた。そう思うとかなり優秀だ。いつもありがとうベティ。
思わぬところでベティの有り難みを噛みしめていると、すかさず櫛を持ってきたカミラが側に跪いた。
「ごめんなさいカミラ様」
「イザベラ様謝らないで下さい。それと敬称は不要です。それよりも至らなかったこと大変申し訳ありません。
……なんせ、城内で御令嬢に付くことがありませんでしたので。」
自分の非を侘びつつ、単に普段城内には女性がいないと仄めかした。
「………悪かったなカミラ。何の情報もなくイザベラ嬢に付けと命じた俺のせいだな」
「いえ。城内に私共が仕える女性がいない事が原因だと思われます。近い未来の王太子妃様にはこのような失態をなさらないようお気をつけ下さい」
「………心得た」
髪を直しながら向かいに座るエリオン様と親しげに話すカミラに驚いているとミハエル様が軽く笑う。
「イザベラ。カミラは王妃の出産に立ち合った侍女でエリオンの母親みたいな存在だ。俺も顔馴染みだから気兼ねなく接してくれ」
はいと軽く頷きながらも逆に緊張して身体に変な力が入る。
だって……王妃様って、エリオン様のお母様なのは分かるけど王妃様だよ?! 王妃様に仕えてた侍女様だなんて緊張するじゃん! わたしの貴族らしからぬ振舞いとか見たら絶対に渋い顔しそうじゃない?
「イザベラ様、気をラクにして下さい。今から疲れては茶会を途中退席してしまいますよ」
「は、はい……」
返事が尻すぼみになるわたしの声にミハエル様とエリオン様が笑いを堪えていた。
***
トイレに行ってくる、と先に部屋を出たエリオン様が部屋に戻らないまま茶会の時間になりミハエル様のエスコートで庭園に出た。
そこには既に先客がいてエリオン様が楽しそうに談笑していた。
……エリオン様。トイレだなんて嘘だったのですね………。
「え……?」
「どうした?イザベラ」
思わず立ち止まったわたしを気遣うミハエル様を見上げる。
「ミハエル様は聞いていたのですか?」
「何が?」
「……両親と兄です」
「? 誰が?」
「エリオン様がお相手してる方々です」
「え?」
どうやらミハエル様も聞いてなかったらしい。
意味も分からずエリオン様の方を見たミハエル様の表情が次第に強張っていく。
「えっ?! イザベラのご両親……ミゲルネ子爵?!」
「はい」
返事をして頷くとミハエル様の顔が一気に青ざめた。
「ち、まっ、ベラ、ちょっと待ってくれ」
「はい」
「クッソ……エリオンの奴。ジャックにまで口止めしたのか」
ミハエル様が見つめる先を見ると、確かにエリオン様が仕組んだ事が分かる。
エリオン様は談笑しているがこちらを気にする素振りは一切ない。対してエリオン様の傍らに立つジャックはこちらに気付いてげんなりした表情を見せている。
……ジャックも大変だな。
「だから途中から父上が同席するのか……。子爵とはレオンの時に会ってる筈なのに……全然分からないなんて……」
「あ。そうでしたね。でもレオンの目線はもっと下だし……3人ともレオンを避けてましたからね」
懐かしい記憶が蘇りレオンの姿を思い出して自然と頬が緩む。
「ああ。イザベラ、先に気付いてくれてありがとう」
感謝されながらそっと抱きしめられると「よし。」と気合いを入れる声がした。
「行こうか」
さっきまではミハエル様のエスコートで歩いていたが、行こうと促したミハエル様はわたしの肩に手を回して歩きだした。
え? 待って! まさかこのままっ?!
ミハエル様エスコートですっ!エスコート!
エスコートでなく肩を抱かれて両親の前に出るのっ?! いきなり両親の前で男性とイチャつくようなものなのにっ! わたしの心の準備が全然出来てないのにっっ!
恥ずかしくて立ち止まりたいのにミハエル様に肩を抱かれて押されると踏ん張りきれずに足が前に出てしまう。
……抵抗しても無駄か。
久しぶりの両親との対面が、羞恥で赤くなった顔を見せる羽目になろうとは…………。
あーもう何でもいいや。
サクッと会って報告してさっさと帰って休もう!
肩を掴むミハエル様の手から緊張が伝わるから、今はわたしがフォローしないと!と気合いを入れて両親の前に姿を見せた。