既視感
***
(眩しい……)
目を瞑っているのに、明るい陽の光を感じて顔を動かし眩しさから逃れた。
「……ベラ?」
(ベラ? 私の事?)
まだ目を閉じたまま、左腕を上げて光を遮り陰を作る。
「ベラッ!イザベラっ!」
やっぱり私の事?
自分を呼ぶ声の主が誰なのか気になって、どうにか目を開けようとするが重い瞼は思うように動かない。
ギシッ
ベッドが軋む音が聞こえたと思ったら、体に腕をまわされて上体を起こされた。
そしてすぐに抱きしめられた。
「良かった……イザベラ、君がこのまま目を覚まさないんじゃないかと気が気じゃなかった」
頭上から聞こえた男性の声。それは父とも兄とも違う声だった。
(……誰? というか、私、今、男性に抱きしめられてるのっ!?)
されるがままに厚い胸板に顔を埋めていた我が身が恥ずかしくなり、男性の腕の中から逃れようと右手を動かすと肩に激痛が走った。
「痛っ!」
「イザベラ!駄目だよ、急に腕を動かしては。君は肩を負傷してるんだ。大人しくしてて」
そうは言われても転生してから今日まで、こんな風に男性に抱きしめられた事がない。
元婚約者だって親同士が決めて、同じ学園に通っててもほとんど顔を合わせてなくて男性に対してめっきり耐性が無いのに、いきなり抱きしめられてるこの状況でどう大人しくしろというのか!?
軽いパニックになるが、どうにか男性から離れようと身体を動かそうとしたが、簡単には動かない身の重さに驚いた。
(なんで?どうして身体が動かないの?)
男性に抱きしめられてはいるが、どちらかといえば男性に身体を支えてもらっているという表現のが当てはまる状況。
(なんでこんなに身体が重いの?)
さっきは利き手を動かそうとして激痛が走った。だから今度はほんの少し左手を動かしてみたら痛みは無かった。そのまま左手で男性を退けようと手を動かすと、柔らかい毛が手のひらに触れた。
それは確かに記憶にある感触だった。
「……レオン?」
以前のようにレオンが私の横で寝てるのかと思い声に出したのだが……。
「そうだよ。俺はレオンだよ」
わたしを抱きしめる男性の声が返事した。
(………はい?)
「俺の事を庇うなんて無謀だよっ。君が目の前で斬られた時、俺は絶望したんだ」
言葉と共に抱きしめる腕に力が籠もる。
「君を失ったと思った……俺は君を護れなかったんだと己の身を悔やんだよ」
何が何やら分からないけど、抱きしめられたまま耳元で聞こえる男性の言葉が、まるで愛の囁きにしか聞こえない。突然のあまり羞恥で頭がオーバーヒートしていた。
「でも、君は生きていてくれた。意識が遠のきかけても俺の事を心配してくれた。だから今度は俺の番だ。今度こそ君を護るから、どうかこのまま俺の傍に居て欲しい」
まるでプロポーズに聞こえる甘い囁き。
(……私はまだ夢の中にいるの?
男性に身を委ねたまま大人しくしてるなんて、まるで金縛りにでも……ハッ!そうか。金縛りだ!
だから身体が重いのか!)
どうにか自分の状況を把握しようとするが、男性が片手でわたしの頬を包んで上向かせた。
途端に見えた男性の顔。朝日の眩しい光がその瞳を更に輝かせる。眩しさのあまり直視出来ない満月のような黄金色に輝く瞳。
その瞳にかかる髪も、朝日の光で白んで見えたがよく見れば綺麗な銀髪なのだと気付く。
初めて見る男性の顔。なのに何処か懐かしく感じる瞳に既視感を覚える。
あまりにもじぃっと見つめていたせいか、男性の綺麗な瞳が不安気に揺れだした。
けれどやはりその不安気に揺れる瞳にも見覚えがあった。
「…………レオン?」
無意識にポツリと呟くと、不安気な瞳は途端に細くなって満面の笑みを浮かべた。
「そうだよイザベラ。俺は君が拾ってくれたレオンだよ」
そう言って目の前の男性は瞳を閉じて私の唇に唇を重ねた。
驚きのあまり目を見開くがすぐに唇を離して再び見つめ合う。男性の瞳は蕩けるような慈しむような潤んだ瞳になっている。
「イザベラ、愛してるよ」
突然の告白と共に再び唇が重ねられる。その唇が今度は目元に、額にと、次々と甘く軽い口付けが私を襲う。
「……あ、あのっ!」
この訳の分からない状況にようやく思考が追い付く。意図せず受けたキスの雨に、既に顔をこれでもかと真っ赤している自分。
「なんだい?」
何度瞬きしても同じ。美しく光輝く黄金色の優しい瞳が覗き込んでくる。
「な、何で…キ……わ、私……レオンが……」
とはいえ自我を取り戻しても頭の中はパニックのままだ。
(何でキスされてるの?っていうか誰?レオンって誰?私が拾ったレオンは犬で、彼は人で、レオンはここにいるのにこの人は誰?)
必死で頭の中を整理しようとしながら、左手に触れる犬のレオンの毛を撫でる。
すると目の前の男性は再び嬉しそうに目を細めて頬ずりしながら囁く。
「君はいつもそうして俺を甘やかしてくれるね。嬉しすぎてどうにかなりそうだよ」
(甘やかす?ってか、私の方が甘やかされてるのでは?こんなに甘い言葉……ってかキス……キスっ!?何でこんなにキスされてるのっ!?!?何で私抵抗しないのっ!?!?)
頬ずりしてた男性が再度瞳の奥を甘く見つめて顔を近づける。
(またキスされるっ!!)
ギュッと瞳を閉じたその瞬間、ドアをノックする音が聞こえた。
「失礼します。ミハエル様、お食事をお持ち……って、何してるんですか!そんな事したらイザベラ様が起きてしまうじゃないですかっ!まだ安静にさせないと傷が」
「ジャック!イザベラが目を覚ましたんだよ!俺をレオンと呼んでくれたんだ!」
「え?イザベラ様が?」
カチャと近くで何かを置いたような音がした。
二人の男性の会話が聞こえ、またキスされると思って慌てて瞑った目を恐る恐る開いた。
わたしを抱く目の前の男性の肩越しにこちらを覗き込む別の男性の顔が見える。
「イザベラ様、お目覚めになられたのですね」
視線が合った男性は途端に笑みを溢してうんうんと頷きながら「良かった」と呟く。
「これで一安心ですね。ですがミハエル様、嬉しいのは分かりますが、いきなり寝起きを襲うのは紳士にあるまじき行為ですね」
「襲うだと?俺は何もしていないぞ」
「おや?そうですか? ではイザベラ様はまだ熱があるのでしょうか?」
「何だと?そうなのかイザベラ?」
目の前の男性はまた頬を手で包んで瞳を覗き込んでくる。
(熱?わたし熱があるの?だから身体が重いの?というか誰?二人とも知らない人。なのに私を心配しているの?)
いまだに何一つ理解出来ていない私は赤い顔のままで目の前の男性にされるがままになっていた。
「……とにかく、ミハエル様、一度イザベラ様から離れてください」
「何故だ?イザベラは背中に傷を負ってるんだぞ?俺が支えなければまた動こうとして傷に障るだろ」
「だからって、そのままでは食事が出来ないでしょう?それに今の貴方は半分犬のままなんですからイザベラ様が気持ち悪く思ってるかもしれないでしょ?」
「でも、イザベラは俺を見てレオンだと言ってくれたぞ」
「それは犬のレオンを心配しただけでは?というか、もう何でもいいから離れてください」
二人の男性の親しげな会話を、他人事のようにぼーっと聞き流していた。