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魔女と呼ばれる者たち


 長い眠りの中は真っ白な空間だった。

 自分という存在も見当たらない真っ白な空間をただ見ている。そんな感じだった。

 不思議と温かく愛しいと感じる真っ白な空間。


 それが突然暗い陰にじわじわと侵食された。

 白い空間が真っ黒の空間に変わった瞬間、そこは悪夢にとって替わる。

 見えない身体に生生しい痛みを感じる。

 バットのようなもので足の脛を折られ、狂喜じみた男に身体を咬まれ、斬りつけられた腕から真っ黒な液体が流れ出る。

 意識が朦朧としてきた時、再び白い靄のようなものが現れて空間を白くに染めていく。それを愛しく感じると涙を流しているような感覚になる。

 自分の姿は存在しない。()()()はもう消えたのだろうか?

 この温かく愛しい白い空間が天国なの?


 何処からか何か聞こえた。

 わたしを甘く誘う囁くような声。


『イザベラ』


 それがわたしの名前だと認識した途端、現実に引き戻された。

 口内の熱はどこか優しく懐かしい。

 頬や耳にも感じる温かな刺激がくすぐったい。けれど心地良いと感じると、急激に身体に熱が籠もりだす。

 ドクドクと鼓動を感じて自分の身体を確認しようと重い瞼を押し上げて見れば見覚えのある愛しい黄金色が光る。


「おかえり」


 その言葉が嬉しくて自然と涙が溢れた。



ーーー


 目覚めたわたしの頭の中は"ミハエル様"でいっぱいだった。抱きしめられて深く口づけられて全身が嬉しいと喜んではミハエル様を欲していた。

 嬉し涙が治まると国王陛下から賜った妻の座を思い出して問いかけてみた。

 エリオン様にも釘を刺されていたけれど結局何の褒美なのか分からない。眠っている間に褒美も無くなったかと不安になった。

 すると、わたしが眠っていた間に起きた事をミハエル様が語ってくれた。まるで推理小説を読み聞いているかのような感覚だったがその一件がわたしの功績だと言われた。


 ………動いたのはジャックとミハエル様なのに。

 色々思った事はあるけど、全てが既に過ぎた事なのだと口を挟まず温かい腕の中でぼんやりと聞いていた。


 "惚れ薬"

 もしかしたらと嫉妬心が沸き上がり呟くとミハエル様が表情を変えた。嫌気がさす表情に安心すると証明するかのように口づけられて嬉しさが増した。

 けれど本物の惚れ薬がある、魔女だけが作れる、そんな話を聞いたわたしは何故か冷や汗をかいた。


 モニカ嬢が魔女と呼ばれるなら、前世のモニカ嬢と因縁がある私も同じなのではないか? もしかしたらモニカ嬢も転生者なのではないか?

 前世の記憶は色々と役に立つけど自分が特別だと思った事は一度も無い。平凡なわたしが転生したのだから他にも転生者がいるかもしれない。

 そんな考えが心の奥底に巣食った。


 ジャックはモニカ嬢が私を呪っていると考えている。

 魔女は強い殺意を抱くと呪えるのかと考えた時にミハエル様の顔が過った。

 そういえば……わたしはミハエル様の犬化現象を治した。治ってほしいと無意識に願っていたはずだ。

 ただ思うだけで治るなんて普通であれば無理だろう。魔女の共通点というものが、願いを具現化出来る者だとするならば………。


 私は魔女なのかもしれない―――



「ジャック、邸で見つけたという本はどこにある?」


 頭上から聞こえた声にピクリと反応してしまう。


「その本なら処分を言い渡されたので私が保管してます」

「処分だと?」

「ええ。読めないし暗号的なものも見られませんでしたからね。元より一連の事件とは関係ありませんから処分しろと言い渡されました。

私が個人的にミハエルの茶葉を調べてますのでこっそりと本を魔女に見せて確認した事を知る者はわたし達とエリオン様だけです。こちらにとっては手掛かりになるかもしれませんので。」

「なるほどな。それは今も持ってるのか?」

「はい。気になるのであればお持ちします」

「頼む」

「ではしばしお待ちを。」


 食後のひと時、ミハエル様に頼まれたジャックは部屋を出て行った。その後ろ姿を見送っていたらミハエル様の視線がわたしに向けられていたことに気付いた。


「……イザベラも本が気になる?」


 何故か悲しげなトーンの声に、素直に頷くことが出来なかった。

 複雑な表情で見つめられて自分の立場を思い出す。


 わたしは国王陛下からミハエル様の妻の座を賜った。今は婚約者だけどいつか婚姻する。

 けれど………。魔女は拘束対象だ。

 もしわたしが本当に魔女ならば―――



「……ミハエル様。わたし、夜会の後にどうしてもミハエル様に言いたかった事があったのです」

「……夜会の後に? 何を?」


 自覚してからずっと言いたかった言葉。

 言うなら今しかない。


「……婚約破棄を前提で婚約した事です」

「イザベラ、それはもう」

「分かってます。でもやっぱり自分が許せない」

「………」


 謝って、それでもわたしの気持ちを聞いてほしいと思ったのに、続くはずの言葉はミハエル様の口づけで塞がれた。

 ちゃんと謝りたいのに。

 ミハエル様は謝罪もさせてくれない。

 甘やかすような優しくて情熱的な口づけに絆される。


 なのに口を離したミハエル様の表情は寂しげに見えた。

 まるでわたしが何を言おうか気付いてるかのよう―――


「……好きです。ミハエル様が好き」

「!!」


 わたしの告白にミハエル様は目を見開いて驚いた。


「最初は好きにならないと思って婚約破棄を受け入れたの。でもいつの間にかミハエル様を好きになっていて、だけど婚約破棄をしなきゃならないから好きと言えなくて、ミハエル様のお父様に嘘はつきたくなくて」


 伝えだしたら止まらなくなった。

 きちんと好きだと理解してほしいのに考える間もなく口から言葉が溢れる。


「婚約を認められて嬉しかった。何の褒美か分からなくても嬉しかったのに……」


 まさか魔女かもしれないなんて。


 再び塞がれた唇は軽くどこまでも優しかった。涙に濡れる頬に、目元に、額に、唇にと沢山の口づけがわたしの胸を苦しくさせる。


「俺も好きだよ。あぁ、嬉しくておかしくなりそうだ」


 唇が触れ合う距離で甘い吐息が聞こえた。

 それが嬉しいはずなのに涙は堰を切って溢れ出る。


「愛してるよ。たとえイザベラが魔女だとしても俺の気持ちは変わらない。俺の妻になるのはイザベラだけだ」


 魔女、と聞こえた瞬間に止めた呼吸はすぐに吐き出せた。

 わたしが魔女でも気持ちは変わらないと誓うかのように、手と手を絡ませてその指先に口づけられる。

 見つめ合えば自然と重なる唇が嬉しくて、誘われるまま舌を絡ませると心地良さから身体の力が抜ける。グッと強く抱き寄せる腕すら嬉しくて、離れたくないと伝えたくて空いてる右手をミハエル様の背にまわす。


コンコンッ


 ノックの音に驚いてビクッと身を竦めた。けれど止まらない深い口づけが気を逸らさせた。


………コンコンッ!


 ジャックだと分かっているからか止まることのない口づけ。けれど流石に息が……。


………………………コンッ!コンッ!


「クッソっ! 少しは空気を読め!」


 唇が離れた瞬間、扉に向かって悪態をつくミハエル様を見ることなく、厚い胸に顔を押し込められた。

 扉が開く音とほぼ同時に盛大なため息が聞こえた。


「空気を読んだからノックしたんです。イザベラ様は長い眠りから目覚めたばかりなんですよ? 無理させてまた寝込んだらどうするんですか」

「………」


 頭をがっちりホールドされてるからジャックとミハエルの顔は見えないけど、驚きと羞恥で涙は止まったみたい。


「これがあの女の部屋にあった物です」

「……ああ」

「では失礼します」


 微かに聞こえる足音が近づきテーブルに本をパタリと置いた。再び足音が扉に向かってると感じて慌てて口を開く。


「ま、待って、ジャック。あの、ミハエル様、本を確認……」


 言いながら状況を思い出して尻すぼみになる。抱きしめられてるのにジャックを引き止めるなんて何様だと自嘲する。


「………………………ジャック、タオルを持ってこい」

「……承知しました」


 ジャックがタオルを持って来るとようやくミハエル様の腕の力が緩む。それでもまだ囲われたままのわたしはミハエル様にタオルで涙を拭ってもらう。

 耳元で『赤くなった唇を見せたくないからタオルで隠して』と囁かれ額にキスされた。

 きっと顔が真っ赤だと自覚して素直に頷いて目から下を隠すようにタオルを顔に当てる。

 そのまま正面に座るジャックに向き直って視線を送れば困惑しながら微笑む顔が見えた。


「……今度泣かされた時は私かアルバートにいつでも言ってくださいね。エリオン様経由で陛下に報告しますから」


 わたしを気遣う冗談に視線と口角が上がる。素直に頷くとミハエル様の舌打ちが聞こえた気がした。

 本に手を伸ばしたミハエル様は相変わらず膝上から離れないわたしに開いて見せてくれる。

 開いたページを見た途端、予想は確信に変わり血の気が引く。


「……ジャック、ミハエル様が、飲んでいた物は……」


 震えだす声、でも"惚れ薬"と言いたくなくて言葉を濁す。


「それなら分かりやすく端を折っておきました」


 聞いていたミハエル様が言われたページを捲る。そこには確かに茶葉の材料になりそうな物が書かれていた。


(セイロン茶葉、卵白、砂糖、蜂蜜、楓の木の皮、バジル、自分の血、ワイン……どうりで無駄に甘ったるいお茶になるはずだ)



「…………イザベラ様、まさか……」


 本を()()私の様子を見ていたのだろう。驚いた表情のジャックがその先を言い澱むのはわたしへの配慮か、ミハエル様への配慮か。


「……このページは材料しか書かれてませんね」


 そう呟くと思った通りジャックの表情が固まった。

 文字を読めているから知る内容。ジャックは予め魔女から聞いていたのだろう。このページは材料しか書かれてないことを。


 このモニカ様の書いた本のような厚みの無地のノートはきっと他国からの輸入品だ。この国では見たことない上質な紙。表装がしっかりしてるから一見すれば本にしか見えない。わたしが慣れ親しんだ日本語で書かれているからジャックほどの人が見ても異国の本にしか見えない筈だ。


 やっぱりわたしは魔女なんだ……。

 牢にいる魔女も読めたのならば魔女とは転生者を指すと言葉になるのかもしれない。

 魔女の共通点は日本語を知る者の可能性が高い。


 そんな懸念があったからこそ、ミハエル様にわたしの気持ちを伝えた。

 寂しいけれどミハエル様にはっきりと『妻はイザベラだけ』と言われただけで十分。たとえこのままミハエル様から引き離されても後悔はない。

 やはりわたしはどう転んでもミハエル様に相応しくないのだと考えると再び目頭が熱くなる。


「この文字なら昔見たことある」


 すぐ横から不意に聞こえた声に思わず顔を上げた。


「ミハエル本当か?! 何処で?」

「執務室だよ。叔父上がいつも見ていた本に似てる」


 ミハエル様の叔父上……それは現国王のお兄様である今は亡きバルトン前辺境伯様の事。

 かつての王位継承権第一位の立場にいた方が魔女?!

 いや、確かにこの時代では得体の知れない人を総称して魔女と呼んでいるだけで、男の人がいてもおかしくない筈だ。


 わたしは自身が転生者だと気付いてから学園の図書館でこの時代に日本が存在するのか調べていた。

 月の満ち欠けや星の動きに陽の昇り方。様々な要因からこの地は丸く世界は一つの惑星上にあると書かれていた。この時代でも著明な学者らは惑星と認識していた。

 けれどこの国が存在するこの世界。調べた世界地図は全て同じだけどそれは転生前の私の知る世界地図ではなかった。見たことのない世界地図には日本列島も存在しない。完全に異なる惑星、異なる大陸が描かれていてる世界なのだと知っていた。

 日本に似た国や文字、文化も調べていたけれど該当する国はどこにも無かった。


 だからこそ日本語が存在するはずない。もしあるとすれば日本語を知る時代からの転生者の可能性が高いということ。


「執務室の何処に?」

「書類棚の下の扉だよ。叔父上が執務室に置いていた私物の本は全部下段に仕舞ったはずだ」


 ミハエル様の言葉を聞いたジャックが慌てて部屋を出て行った。きっと本を探しに執務室に向かったのだろう。


「………ミハエル様」

「イザベラ。叔父上は確か2冊の似た本をいつも読んでいた。その本の文字が似てる気がするんだ。確認してくれるかい? もし同じ文字ならば、かつて王太子だった叔父上も魔女なのかもしれない。そうなれば"魔女"という者の認識を改めるきっかけになるだろ? イザベラが本を読めるから魔女だからと拘束される理由にはならないはずだ」

「!!」


 今のほんの数分足らずでミハエル様はそこまで考えてくれていた。既に熱くなっていた目頭から涙が溢れるのを止める事は出来なかった。

 次々と流れる涙は顔に当てたタオルが吸い込んでくれたが、そのタオルをミハエル様に取り上げられてしまった。

 なんで?と涙ながらミハエル様を見つめて問う。


「イザベラ、俺と結婚してくれ」


 はっきりと告げられたプロポーズの言葉。

 黄金色の眼差しが私を射貫いて視線を逸らせない。既に決壊してる涙腺から溢れ出る涙はミハエル様が拭ってくれた。


「……もし叔父上の読んでいた本が同じ文字の時は結婚式の日取りを決めてもいい?」


 まだ返事もしてないのに日取りを決めていいかと聞くミハエル様を軽く睨むつもりだったけど上手くいかずただ泣きじゃくるだけになった。


「……返事は?」


 頬を伝う涙をペロッと舐めながら甘く問いかけられた。

 こんなの拒否出来るわけない。


「……はい。お願いします」


 好きだから一緒にいたい。

 ただシンプルにそれだけでいい。

 ミハエル様の横に並べる理由が出来るなら拒否するつもりはない。

 出来だけ笑顔を作って返事をするとミハエル様が破顔した。


「多分同じ文字だよ。見たことある丸い字があったからね。ああ、結婚式が楽しみだ。ドレスが出来上がったらすぐ式を挙げよう」


 どこか確信めいた笑顔の黄金色の瞳が目前で細まるとつられてわたしも目を閉じた。

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