蛇に睨まれたイザベラ
何も知らなかった。
婚約破棄をするつもりでいたから知ろうとしなかった。
夜会前に陛下とエリオン様に謁見した。そこでミハエル様が父や兄と呼んでいても、遠い王族の関係者なのかと思っていた。
まさか……本物の王子様だったなんて……。
一通り話を終えたエリオン様が最後に爆弾を投げた。
「これでもうイザベラは俺の義妹だな。俺の話を聞いたからには褒美は突き返せないぞ」
今打ち明けられた話は公に出来ないごく限られた者だけが知る陛下と王子らの秘密。
その秘密を知らされた私はもうミハエル様と結婚するしか道はないのだとアルバートは笑って言った。
「エリオンはこういう奴だ。諦めるんだな」
脅しとも取れる言葉に呆気に取られているとアルバートも笑ってたたみかける。
まさか私が再び婚約破棄を持ち出さないように釘を刺されるなんて……。
「そんな経緯もあって、伯父の友人らの娘であるイザベラ嬢とアンネ嬢は内々でミハエルの婚約者候補に上がったんだ。けれどその話を知らない君の母君が君の婚約相手を決めてしまった。それにアンネ嬢も婚約こそしていないが幼なじみの侯爵子息と良い感じだからね。君達の成人を待つ予定だったが早々にミハエルの婚約話は暗礁に上がってしまったんだよ。でもまさかミハエルが自分でイザベラ嬢を捕まえるとは思わなかった」
笑いながら私もアンネもミハエル様すらも知らなかった話を打ち明けられた。
だから尚更陛下もエリオン様も、突然決まったミハエル様と私の婚約を了承したのだと言った。
エリオン様の話は驚きの連続だったけど、知らなかったとはいえミハエル様と私の出会いが偶然ではなく必然だったと言われた気がして頬が緩む。
一度婚約破棄をした私の事を既に全てを知っていてその上で婚約を了承してくれた陛下とエリオン様の思いが嬉しかった。
もう悩まずにミハエル様の隣りに立てることが泣きそうになる程嬉しかった。あまりの嬉しさに気持ちが高ぶり、今すぐミハエル様に好きだと伝えたくなった。
そんな幸せな気分のまま、エリオン王子が部屋を去ると私はアルバートとベティを引き連れてトイレに向かった。
そろそろ夜会も終わると聞いてミハエル様に会いたくて浮足立っていた。
「 んでよ!トイレなんて何処も同じでしょ!何でこっちは使えないの?!」
何処からか声が聞こえた。
(え?こっちのトイレは使えなかったの?!)
今用を済ませ出てきたばかりのトイレ。
そこが使用不可になっていたのかと思った私は隣を歩くアルバートを見つめた。
「……どうしたんだ?」
アルバートも聞いてなかったのか疑問に思ったようだ。とはいえもう済んでしまったこと。私はたいして気に留めることなく部屋へと続く通路を曲がる。
「ほら!トイレから戻って来る令嬢がいるじゃない!」
それが自分の事だと思った私は通路の先で騒ぎ立てる令嬢を見てしまった。
途端に騒いだ令嬢と視線が合った。
「なんであの女が良くて私はダメなのよ」
ギリッと歯を食いしばる音が聞こえてきそうな鋭い視線が私を縛る。
さっきより低くなった声が私を妬むのが分かる。
「イザベラ様!」
慌ててわたしの前に立ち視界を遮るアルバートの後ろ姿。
でも遅かった。
モニカ嬢の眼を見た私は身動きが取れなくなった。
ーーー
「あんたは目障りなのよ」
高笑いする見知らぬ女が私の腕を掴んで離さない。
「あんたがいなければ彼は私と付き合ってくれるわ」
男二人に身体を押さえられて身動きが取れない。
「早く射てよ。さっさとしろよっ!」
「うっさいわね!そんなにこの女が気に入ったんならさっさと突っ込めばいいでしょ!」
「暴れたら射てねぇだろ。いいから早くしろよ!」
足を押さえる男が「俺が先だ」と言う。
身体に馬乗りの男が両腕を押さえて「早くしろ!」と急かす。
狂喜じみた笑顔の女が私の腕に注射を打つ。
会社帰り、いきなり車で拉致され、拘束されて何処かのペンションのような周りに家が見当たらない一軒家に連れ込まれ、押し倒された私の視界が歪む。
身体から力が抜けて人の声がはっきりと聞こえなくなったのに身体は敏感だった。自分の声も周りの存在もよく分からないのに愉悦に浸った。
意識が戻った時には身体のあちこちに激痛が走っていた。真っ暗闇に小さな灯りが一つ。裸で手足を縛られて森の中に横たわっている側で男らが地面に穴を掘っていた。
それを最期に意識がプツリと切れた。