レオンの猛攻
「? どうしたのかしら?」
窓の外を見るが変わった様子は覗えない。
けれどガチンッという金属音と怒号が聞こえると車内に緊張が走った。
ドサッと重い何かが落ちた音と護衛騎士バゼルの怒号。
(奇襲っ!?)
足元で寝ていたはずのレオンが立ち上がってドアに向かって唸り声を出すと、カーラもわたしを守るように抱きしめながらドアを睨む。
少しすると予想通りに見知らぬ男が馬車の横に立ちドアを開けた。
「失礼。ああ、犬も一緒でしたね。 まぁ、とにかく大人しく外に出てもらえますかね。犬はここに残してくださいよ」
口調こそ丁寧ではあるが、目元より下を布で隠す盗賊風情の男。
(治安は良い筈じゃなかったの!?)
「レオン、ダメよ。あなたはここに居て」
内心焦りながらも、男が一歩でも動こうものなら飛びかかりかねないレオンを後ろから抱きかかえて後方へ押しやる。
アンネや父が辺境伯にレオンの事を早馬で伝えている筈だ。
ここでレオンが死んだら辺境伯に合わせる顔がない。それどころか、ずっと捜していた大切な愛犬を亡くしたとなれば、我がミゲルネ家が辺境伯に睨まれてしまうかもしれない。
男に指示されるまま先にカーラが下車すると次いで私も外に出る。しかしレオンだけは馬車内に残したままドアを閉めた。
外に出た私が目にしたのは、馭者のぐったりと横たわる姿と、バゼルが後ろ手に縛られ倒れている姿だった。
「金と女は使えるからな」
そう言ってバゼルの横に立っていた男がこちらを見た。
口元をボロボロのマフラーのような物で隠しているが、その男の目と髪型は見覚えがあった。
今朝宿を出る時には見当たらなかったが、昨夜の宿で夕食を食べているとき、隣りのテーブルにいた奴らだった。
(……手あたり次第というわけでなく、明らかに私達だけを狙っていたのね)
「イザベラ様……」
カーラと私がその場で荒縄で縛られているのを見たバゼルが口元に血を流しながら申し訳無さそうに呟いた。
「カーラ、バゼル、私のせいで巻き込んでごめんなさい」
口を開いて出た言葉は謝罪だった。
普通の令嬢ならば泣き喚いて命乞いをするシーンなのかもしれないが、今は男達の気を自分に向ける事しか考えてなかった。
辺境伯はいまだに使いの者にレオンを捜させている。だからレオンだけ置いていけばそのうち見つけてくれるだろう。通りすがりの誰かが馬車のドアを開けても、レオンならここから辺境伯の屋敷まで走って戻れるかもしれない。
そんな淡い期待を残して、自分が犠牲になる道を選んだ。
(あとはカーラやバゼル達をどうにか解放しないと……)
バタンッ!
突然勢いよく馬車のドアが開く。
音にびっくりした面々が馬車を見ると、ドアから飛び出したレオンが狼さながらに遠吠えしだした。
「なんだ?まさか仲間を呼んだのか?」
「犬が犬を呼んだところで何が出来るんだよ?馭者と護衛を食うつもりか?」
「それなら丁度良いな。後処理を任せられるじゃねぇか」
「だったらもっと血生臭くしねぇと」
嘲笑う男らはレオンを気にも留めず、馭者とバゼルを林の奥へと引きずって行くと、更に傷めつけたのか二人の呻き声が聞こえた。
と、その時。
レオンが私の真後ろにいた男の足に噛みついた。
「ぎゃっ!くっそっ!この犬っ!」
「バカッ!動くな!俺が始末してやるから」
噛まれた男は足を動かしてレオンを蹴り上げようとするが、別の男は剣を構えてレオンに斬りかかろうとしていた。
(駄目っ!!)
縄で後ろ手に縛られた状態のわたしは、剣を持つ男に捨て身の体当たりした。
けれど男は少し体勢を崩しただけで、縛られているわたしだけが地面に倒れ込む。
「チッ、なんだよ。自分のことより犬のが大事ってか?」
再びレオンに向かって剣を構えた男。
「止めてっ!」
倒れても尚、ヒールの踵で男の足の脛を思い切り蹴った。
「ッぐぁぁっっ!!」
手応えアリ。
男は脚を抱えてのたうち回り剣を手放した。
すぐ傍に落ちた剣を拾おうとするが、後手に縛られた身では上半身を起こすだけで手一杯だった。
その間に脚を噛まれた男がレオンを蹴り上げ、目の前の剣を拾い上げた。
「このクソ犬がっ!」
噛まれた恨みとばかりに男がレオンに向かって剣を振り上げる。
「駄目っ!」
気付けばレオンの前に身を投げていた。
「キャーーッ!!」
カーラの悲鳴が聞こえた瞬間、私は背に激痛を受けて意識を失った。