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楽しいひと時

〜 ミハエル視点 〜


「……ミハエル様はいつもこんなにピッタリと接しているのですか?」

「ん?何が?」

「ダンスです」

「そんなの踊ったことないよ」


 幼い頃からダンスは習わされた。なので自然と身体は動くのだが今まで夜会で踊った事などない。踊りたいと思った事などなかったが、イザベラとこうして踊っていると楽しくて仕方がない。

 イザベラがダンスの練習をしたいと言ってくれなければこの楽しみを感じることはなかっただろう。


 けれど、目の前のイザベラは不満顔だ。

 ダンスはあまり好きではないのだろうか?

 俺も好きではないがイザベラと踊れるだけで楽しいのだが、イザベラは俺が相手なのが不満なのか?




 イザベラが二日程姿を消した。

 その二日で犬化した俺はやっぱりまだ呪いが解けていないと分かった。


 それからは何かとイザベラが側にいてくれた。執務室で仕事をしていても顔を出してくれるし、仕事をしていない時は常に一緒に居てくれた。

 それが当たり前になっている今は毎日が充実していた。


 そんなある日、王城から夜会の招待状が届いた。イザベラが執務室にいる時にジャックから渡された招待状は封を開ける事なく突き返した。

 するとジャックが愚痴った。


『ミハエル様がいつも夜会に参加されないから余計に舐められるんですよ。いつまでも若造ではいられないのですから貴族社会で上手く立ち振る舞ってくださらないと』


 その言葉を聞いた俺は返事を翻して参加することに決めた。

 この前のアンデリス伯爵の態度。まるで俺を小馬鹿にするようなナメた態度を思い出したからだ。

 確かに今までならばアンデリス伯爵がどうしようと勝手にしろと気にも留めなかっただろう。

 しかしアルバートの話では、伯爵がイザベラの事を嗅ぎ回っているようだ。何処の令嬢なのか、今も我が邸に留まっているのか。

 イザベラの素性を知られればミゲルネ子爵邸に怒鳴り込むであろう事は目に見えていた。だからどうにか隠そうとして、伯爵にも釘を刺したのに奴は未だにイザベラを捜している。

 堂々と我が領内で好き勝手に情報を探る伯爵にはいい加減うんざりしていた。

 王城の夜会、アンデリス伯爵ならば必ず出席するだろう。そこで俺がいないと知ると夜会に来た他の貴族らにある事無い事言い触らされるかもしれない。


「参加しよう。ただし、イザベラがパートナーとして一緒に参加するのが条件だ」

「イザベラ様もですか?」


 俺の言葉にジャックが顔を顰めた。

 多分、モニカ嬢の事を危惧してるのだろう。

 父親のアンデリス伯爵同様、モニカ嬢も夜会が好きな令嬢だからだ。

 とはいえイザベラの前にモニカ嬢を立たせるつもりはない。

 大切な婚約者を危険には晒さない。

 逆に婚約者のイザベラだからこそ、王城の夜会に連れて行かねばならない。いつまでもイザベラを隠し通せるはずもないのだから。

 この夜会を機に、イザベラを婚約者だと会わせねばならない人がいる。

 そう決意して夜会の参加を決めた。

 その場でイザベラに夜会の参加を問うが、思った通りイザベラの表情は不満顔だった。


「……分かりました。参加します」


 レオンとしてミゲルネ邸にいた頃、アンネ嬢からの夜会の誘いをことごとく許否していたイザベラが嫌がりながらも承諾してくれた。

 これは想定外で嬉しかった。


「ありがとうイザベラ! そうか。イザベラと夜会に参加出来るのか!」


 一人でイヤイヤ参加するよりもイザベラと参加出来るとなると遥かに嬉しい。

 単純に着飾ったイザベラをパートナーとして連れて行ける事が嬉しい。それに伯爵が妙な話を吹聴する前に牽制出来る。イザベラという由緒正しい令嬢が俺のパートナーなのだと。未来の辺境伯夫人になる者だと知らしめられる。


 そんな経緯からイザベラにダンスの練習相手を頼まれて今に至っていた。


「なんだい?」


 頬を膨らますイザベラが可愛いくて顔を近付けて問いかける。


「ミハエル様が、とてもダンスが御上手なのは理解しました。でもこれじゃ私の練習にならない」


 確かにイザベラの練習相手として一緒に踊っているのだが、相手がイザベラだとどうしても楽しんで踊ってしまう。


「ダンスが不得意な殿方と踊っても恥をかかせない程度に練習したいんです」


 ……俺と踊る為の練習ではなかったのか?

 他の男と踊る為の練習だと?!


「そんな心配は要らない。俺としか踊らなければ必要ないだろう?」

「私は子爵令嬢です。万が一、お断り出来ない位の方から誘われた場合を考」

「俺が断ってやろう」

「…………」


 そう言い切るとイザベラは呆気に取られた表情を見せた。


「ミハエル様よりもご身分が上の方に誘われても断わってくださるのですか?」

「当然だ。イザベラは俺と一緒にいるだけでいい」


 イザベラを他の男と踊らせるつもりは無い。

 俺の婚約者と知れば皆イザベラを誘うわけない。第一、婚約したならば婚約相手の男に許可を求めるのが一般的なのだから俺が許さなければ他の誰とも踊らなくてすむのに。


「それだとミハエル様が他の方から白い目で見られますよ?」

「そんなの慣れてるよ。俺は気にしない……ああ、そうか。俺が気にしなくてもイザベラは嫌なのか。俺が白い視線を集めるような男じゃ恥ずかしいよな……」


 いまだに俺の事を良く思っていない連中は多い。

 前任の辺境伯が亡くなって、国内でも3番目に広大な辺境伯の地位を、若造の俺が継いだのだから。


「恥ずかしい?ミハエル様は白い視線より羨望の眼差しを集めると思うのですが?白い視線を集めるのは寧ろ私の方なんですよ?」


 拗ねたように視線を逸らすイザベラ。

 何故イザベラが白い視線を?………元婚約者のせいか?そう言えば元婚約者も伯爵家だったな?

 元婚約者も調べておかないとな。

 イザベラが肩身を狭くさせるような事は俺が全部払拭しておかねば。


ーーー



 残った仕事を片付けると言って執務室に戻った俺に、ジャックは徐ろに口を開いた。


「本当にいいんですか?王城の夜会なんて。イザベラ様の事がバレてしまいますよ?」


 予想通りジャックは不快を顕わにする。


「仕方ないだろう。あれだけ言ったのにイザベラの事を嗅ぎ回ってるんだから」

「伯爵もご令嬢と参加する可能性もあるのですよ?」

「そうだな。でも変に噂立てられる前にこっちから動いた方が牽制出来るだろ。何なら直接令嬢に、イザベラにした事を皆の前で大袈裟に話してやろうか?」

「それだとイザベラ様の傷を公表するようなものですよ?」

「……それはマズいな。 まあ、そっちはついでだからどうでもいいか。向こうが何か言ってくるならやり返すけどな」


 そう告げながらさっきアルバートから届いた手紙を一見するとジャックに手渡して読ませた。


「……本当に本気なんですね」


 はあ、と溜息を洩らすジャックは呆れたとばかりに視線を送ってきた。


「当然だ。お前だって分かってたからあんな先手打ったんだろ?」

「……さあ?どうでしょう?」


 ニコニコと笑顔を見せるジャックに、手元にあった不要の紙をくしゃくしゃと丸めて投げつけた。

 それをひょいと避けてから拾うジャックはさっきと違う笑みを見せていた。


「ゴミはちゃんと屑籠に入れてくださいね」

「ああ、必ずな」

「よろしくお願いしますね。 ああ、それと」

「まだ何かあるのか?」


 うんざりしながらジャックを軽く睨む。


「イザベラ様ですよ。夜会に出られるようになったなら、もう体調が完治したも同然と思われてしまいますよ?いいんですか?子爵邸に帰る事になっても」


 ……イザベラが家に帰るだと?


 確かにこれではイザベラがここにいる理由がなくなる。まだ抜糸していないとはいえ、それだけなら家に帰ってからでも出来るだろう。

 イザベラが側にいる事が当たり前になっていてすっかり忘れていた。

 まだ結婚していない婚約者が当たり前に一緒に住んでいるなんて体裁も良くない。

 だからといってイザベラと離れるつもりはない。


「第一、マメに文を送っているからと言ってもミゲルネ子爵にお目にかかってもいないのですよ?あちらはミハエル様の指示通りに大人しくしてくださってると言うのに」


 ここぞとばかりにジャックの小言が始まった。


「大事な娘を、未婚で女性に大人気の辺境伯邸に留まら」

「煩いっ!分かったからもう言うなっ!仕方ないだろう、俺はもうレオンじゃないんだ。俺がミゲルネ邸にいられないのだから……」

「とはいえ、きちんとけじめつけないと伯爵の二の舞になりかねませんよ」


 ミゲルネ子爵に怪我で動けないからと邸で療養している、というイザベラを留める理由は限界に近付いていた。


「……せめて呪いが解ければ、イザベラ様を帰せるのですが」

「…………」


 ジャックにしてみれば俺の犬化の為にイザベラを邸に置いているのだろうが、俺はそんな事どうでもいい。イザベラが俺の側にいてくれるのなら理由は何でもいい。

 イザベラの怪我が治っても俺の側にいてくれる理由が欲しい。

 何か策はないか………。


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