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快適な空間


 見つからなければどんな部屋でも良いと言った点前、牢屋的な部屋だったらどうしようと内申恐々としていた。


「一応は協力者ですので一人の時間を有意義にして頂けるよう考えてみました」


 本当は不動産会社に勤めていたのでは?と疑いたくなる口調は続く。


「一応は貴族の学園を卒業されたイザベラ様なら読書を嗜むこともあるかと思い、こちらの図書館に全てを集約させました」


 目の前に並べられた本棚に圧倒される。

 まさか図書館に寝泊まりする羽目になろうとは考えてもいなかった。


「ちなみに本はお好きにどうぞ。気に入ったものを差し上げます。但し、全て古い書物ですので開くだけで咽返ってしまうでしょうがあまり声は出さないようお願い致します。貴重な本はございませんが火事の心配も考えて、本を読むのは奥の一室でお願い致します」


 本の棚の間を奥へと進むと、そこには円形のサンルーフのような硝子張りのスペースが見えた。残念ながら眩しい光が射し込むはずの硝子の外には長年の手入れ不足で伸びきった蔦が見てとれた。お陰で外から中を伺い知ることは出来なさそうだ。

 そのサンルーフのような場所にはベッドとテーブルとソファ、それと衣装のタンスが配置されていた。

 しかし、それはベッドの布団以外は以前からここに置いてあったかのような年季の入った家具達ばかり。


(以前、ここで誰かが寝泊まりしてたのかしら?)


 そんな疑問をよそに物件ツアーは続く。

 

「ご存知の通り、我が邸は辺境地にございます。戦となれば何かと騒がしくなる地。大勢の騎士らがこの地に足を運ぶ事もございます。

その為に、邸には自然と湧き出る熱い湯を引き込みいつでも汚れた身体を洗い流せる風呂がございます。その仕組みの風呂を最初に取り入れたのがこちらの邸なのです」


 1階の図書館の扉から暗い廊下を少し進む。

 目の前に現われた扉を開くと扉の無いロッカーのような棚が並んで見えた。

 その空間の先にある扉を開くと予想通りに浴場が現われた。


 カーラに風呂があると聞いてはいたが傷のせいもあってグランドール邸にいても風呂に入ったことは無かった。

 そもそもこの時代に風呂に入るならば湯船に温めたお湯を運び込むしかない。

 風呂に入るには人手と体力が必要になる。なのに源泉かけ流しの風呂なんて元日本人の私にはこの上ない喜びだ。


 ヤバい。思ってたよりかなり快適かも。


「ではこの邸の注意点を申し上げます。まずは食事。これは毎回私かアルバートのどちらかがご用意させて頂きます。

そしてその都度、邸には鍵をかけされて頂きます。これはイザベラ様からすれば中から開けられる為意味が無いように思われますが、万が一誰かが邸に侵入しようとするのを防ぐ為です。とはいえイザベラ様は勝手に外に出ないようお願いします。私とアルバート以外はイザベラ様の所在を知りません。ですので邸の者に見つからないよう、外出しないでください。

夜間は手持ちランプ一つでお過ごし下さい。間違ってもあちこちに光りを灯さないよう注意して下さい。でないと招かれざる客が来るかもしれませんからね。

そして最重要のミハエル様ですが、主はこの建物に近付きません。ですから万が一何かあってもミハエル様が助けてくれる、なんて甘い考えはお捨て下さい。助けが必要ならば食事の際にお話くださるか、緊急時にはこの笛を吹いて下さい」

「……はい」


 一気にペラペラと早口で説明を受けたがあまりよく聞いてなかった。というか、早口過ぎて私の頭の回転が間に合わなかった。

 最後の緊急時には笛だけは解ったから良しとしよう。


「ミハエル様の様子は食事を持って来た際に逐一報告します。では次の食事時まで失礼します」


 こうして、私一人の自由な生活が始まった。



 とりあえず。

 今朝、カーラに着付けてもらったドレスを脱いで簡素なワンピースに着替える。


「はぁー。やっぱり私ってば庶民なんだな」


 この時代を18年、幸運にも貴族として過ごしてきたけれど、一番好きな格好は学園の制服ワンピースだった。

 家では母が常日頃からドレスを着ているように躾けられていた。夜会用はコルセットが必須アイテムだが、普段着ていたドレスはコルセット不要で着ていた。それでも一人では着られないドレスが不便だといつも思っていた。

 だから学園のワンピースの制服が一番好きだった。

 家から持参した着替えは全てドレスだけだ。けれど熱にうなされている間に部屋にワンピースが揃っていた。ミハエル様かジャックの配慮だろうけど、この邸に来てからはほとんどワンピースなので最早手放せなくなっていた。

 一人で着替えるならワンピースしか無いもんね。ブラウスやスカートにすると荷物になるしコーデも面倒くさい。


(……今の自分の血液型なんて知らないけどきっとO型だろうな)


 さてと。楽な格好に着替えたら次は探検だ。

 陽が差しているこの時間に、ジャックに案内してもらわなかった他の部屋を覗いてみよう。


 そう思い立ってはみたものの、あまりの状態に早くも探検を断念した。


 キッチンはまだ綺麗な方だった。多分、私が水を飲むのに困らない程度に片付けてくれたようだが、料理は出来なさそう。

 そもそも材料無いし、冷蔵庫も無いのだから備蓄なんてものは無い。水以外、本当に何もない。


 正面の玄関ホールから左にキッチン、風呂、図書館が集まっていた。なので今度はホールから右側に延びる廊下を歩こうとして止めた。

 その方向は床が白く見える程に埃が塵積もっていた。踏み出した足跡がくっきりと残るくらい。こんなとこ歩いたら埃が舞って喘息か?ってくらいに咳込むだろう事は目に見えた。

 同様に二階に上がる階段も白く、踏み出した足跡を残しただけで戻ってきた。


 結局、ジャックに案内された部屋にしか入れない事が判明しただけ。


(……つまらない。というか、先々々代の邸なのに管理しなさすぎ。もしかしたら取り壊す気なのかな?掃除したら結構良い物件なのに)


 仕方ないので埃にまみれた身体を綺麗にする為、長年恋焦がれた源泉かけ流し温泉に入ることにした。


 タオルを手に脱衣室に向かう。

 服を脱ぎ下着も脱いで真っ裸になる。

 なんて素敵な開放感っ!

 そのまま湯船に繋がる扉を開けると微かに錆びたような匂いがした。


 風呂場をよく見ると、換気の為か、部屋の高い位置の壁が処々空いていた。どんなに背の高い人でも手が届かない程高い位置だから覗きの心配はなさそうだ。

 いや、あんな高いところに覗きがいたら逆に怖いよね。オバケじゃあるまいし……。


 ヤバい。オバケなんて考えちゃった。

 そういえば、この邸には怖がって誰も近付かないとか言ってたよね………。

 変な事を考えたら背筋が寒くなり慌てて湯船に入った。


 はぁ~~。めっちゃ適温。

 毎日こんな気楽な日が続くといいなぁ。



ーーー


「ジャック、イザベラは何処にいる?」


 昼にイザベラ様と食事を一緒にとれなかったミハエルがもぬけの殻の彼女の部屋を訪れた。イザベラ様は少し調子が悪いから昼は抜く、と嘘をついたからだ。どうせミハエルにはイザベラ様の不在がすぐバレると思ってあえて何もしていない。


「ジャック、イザベラを何処に隠した?」


 いきなり的を得た質問キタ。


「さあ?もしかしてカーラ殿の後を追ったのでしょうか?」

「馬も馬車も全てあった。お前が別の馬を用意したならそれも有るかもしれんがイザベラはほとんど馬に乗ったことがない。それに俺の勘が、イザベラは邸にいると言っている」


 犬化してから野生の勘が鋭くなったと言ってはいたが……まさかイザベラ様の匂いが無意識に分かるのか?というか、先に馬小屋行ってたのかよ?!大丈夫か?なんか隠し通す自信無くしそう。


「馬なんて用意する訳ないじゃないですか。イザベラ様はミハエル様の恩人で婚約者なんですよ?私が隠すわけないでしょう?」

「なら、何故イザベラがいないんだ?」

「知りませんよ。先に散歩に出掛けたんじゃないですか?」

「……イザベラを探してくる」


 何を思ったのか、意外にもあっさりと身を引いたミハエルの後ろ姿に、以前の冷めきったミハエルの姿が重なって見えて少し焦りを感じたジャックだった。


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