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のんびりとした日常


『転生』


 それは以前の私がいた世界であれば、アニメや小説、ゲームに映画と幅広いジャンルで題材とされた言葉。というのが私の認識。

 意味は……転じて生きる? なのかな?

 今はスマホが無いから、検索出来なくて答えがわからない。



「……ネット検索だけでもしたいなぁ」


 フリルの少なめなドレスを着てお気に入りの四阿で一人優雅にお茶を飲む。

 椅子にふんぞり返って足を組み、上を見れば四阿の屋根が見える。


(……あ。蜘蛛の巣発見。掃除の手抜きか?別に気にしないけどね。あー……今日も暇ぁ……)


 などと考えていたら視界の端で何かが動く。

 教室に先生が来て慌てて席に着く生徒のように、慌てて姿勢良くして足も揃えて座り直す。

 ティーソーサーとティーカップをお上品に持って音を立てずに紅茶を飲む。

 ちらりと一度だけ確認すると思った通り側仕えのカーラがこっちに歩いてきていた。

 そんなカーラに気付いていない風を装って近くに咲く花を愛でる……フリをする。


「イザベラ様、そろそろお時間になります。お出迎えの準備を」

「あら。もうそんな時間?そうね。彼女は時間に正確だから、行きましょうか」


 カーラに声を掛けられて立ち上がるイザベラはドレスの裾を踏むことなく、遊びに来る友人の出迎えに向かった。



***


「それでね、どうやらうちの馭者が怪しくてね……」


 こっそりと耳打ちされた話はボーイズラブさながらの話。


(時代が時代なら、アンネは完全な腐女子ね)


 男性同士の恋愛。それはこの今の世界においても公には出来ない話だ。

 見た目は慎ましやかな大人しい何処ぞのご令嬢、いやホンモノの侯爵令嬢であるアンネだが、女の子の会話なんてどこにいても変わらないなぁとうんざりする。

 それでも顔に似合わず情報通の彼女は色々と得難い存在であった。


 ぼっちが好きというわけではないが、気付くとぼっちだった私に「貴方って変わってるって言われない?」と親しげに声を掛けてくれたのが彼女アンネ・フランツ侯爵令嬢だ。


 もっぱら聞き専の私だが、うんざりしながらも定期的に彼女とお茶を伴にするのは訳がある。



「そういえば、先日の夜会で聞いたのだけど…」


 昼間の情報番組さながらに話題の豊富な彼女。単に聞いてて楽しいし唯一の親友だし、何よりこの世界の色んな所を教えてくれる。


(何処ぞのご令嬢の浮気発覚なんてどうでもいいんだけどね……)


 そう思いながらも、政略結婚が普通にあるこの世界。婚約者のいるはずの令嬢が、婚約者以外の男性と二人きりな状況は、身分が高い者ほど面白…もといお家の勢力争いにも発展しかねないから面白……じゃなくて身分差とか孫と結婚するような年の差婚とか、ぶっちゃけ楽しいわけ。


「本当にっ?それで相手の御子息はどうしたの?」

「それがね……」


 前の世界ではマスコミのゴシップなんて興味無かったけど、ネットやテレビの無い今は聞いた話を想像するしかないから逆にそれが良いらしくて興味を引くようになった。



 今の私がいるこの世界。

 分かりやすく言うと西洋の貴族階級が物を言う時代だった。

 ファンタジーにありがちな魔法や妖精、ドラゴンに勇者やギルドといった話は皆無の世界。

 強いて言えば以前、アンネの口から『魔女』という単語を聞いたくらい。そんなリアル中世時代と思われる世界だった。


 なーんて考えるようになったのは10歳の誕生日を過ぎてからなんだけどね。

 それからほぼ毎日、スマホを持つ世界の女の子の視点から見る生活風景を見るようになった。最初は全然理由解らない断片的な変な夢だったものが、ジグソーパズルのように当てはめていくと一つの物語だと思った。それが2年も経つとリアルで未来過ぎる話に違和感を覚えた。

 その頃にたまたま読んだ本で『転生』という言葉を見た瞬間、脳内に雷が落ちたように一気に理解した。

 あの夢は実際に私が見ていた世界だと。


 私はこの今の世界では18年生きているが好きになった男性がいなかった。客観的に格好良いかそうでないかは分かっても好きにはならなかった。

 男と付き合ったことが無い。なのに、キスの熱や男女の夜のあれこれが体験したかのように感触が蘇るのには困った。

 逆に言えばそのせいで年頃になっても好きな男の一人も出来ないんだと思う。

 あー、高校のクラスにこんな奴いたわー。って思うから好きにならない。


 だからこの世界で私は結婚出来ないと思ってる。既に積んでる。オワタwww


 こうなったらゴシップに走るしかないわけ。

 だって他に楽しいネタなんて無いもん。どんだけ勉強したって貴族の令嬢の私が平民みたいに店を持てるわけないし。いや、前に一応考えたんだけどね、この世界は断然男社会で貴族社会なのよ。


 貴族の子息が気に入った店を買うことはあってもイチから店を作ろうとは考えない社会なの。店が大きくなって幅を利かせるようになって貴族入りすることはあっても逆は無い。

 それを子爵令嬢、あ、私の事。私のパパがミゲルネ子爵だから私は子爵令嬢なの。

 で、その私が店を作りたいなんて絶対無理なわけ。意地でも店を作りたいなら親と縁を切らないといけないくらいなの。

 何も無い一平民から働きだして将来的に自分の店を持つか、手っ取り早く金回りの良いパトロン捕まえるか、頭を働かせて店を乗っ取るか。


 それくらいに簡単にはいかないの。まずは女が権利を買えない世界なわけ。

 余程お金があるのなら親に店を買って貰ってから自分のやりたいようにすればいい。でも結局その店はミゲルネ家の財産だから、将来的には家督を継ぐ兄のフェンデルの名義になるのよ。私が全部仕切ってもそうなる運命なわけ。


 私が王女に転生したなら違ったかもしれないけどね。子爵令嬢じゃちょっと無理だよね。失敗したら私一人でどうこうできる問題じゃなくなるからなぁ。

 この世界で何が流行るかなんてそんなの分かるわけ無いし、両親は嫌いじゃないから全てを捨てて家を出る気は無いの。身体を売りたくないの。死にたくないの。


 というか転生前に社畜だったからこの世界では少しくらいのんびりしてもいいでしょ?


 既に16歳で婚約破棄されてバツイチ的な扱いされてる私に興味持つ男なんていないのよ。

 フェンデルが結婚したら、その時は家を出るかな。小姑にはなりたくないし、修道院は多分無理。性格的に私には合わない。


 色々考えた結果、将来的にはアンネの側で働かせてもらうつもり。これが一番安牌じゃない?

 それまで、今は私が結婚適齢期を過ぎるまでのんびり子爵令嬢を堪能してるの。

 ……ああ、ダメだ。興奮してくると言葉づかいが……。



 ふぅ、と深いため息をついた時だった。


 私達のいるテラスから見える大木の間から光輝く毛並みの愛犬が姿を見せた。


「レオン!」


 アンネが話してる最中だというのに勝手に声が出た。

(ごめんねアンネ)


 私の声に気付いた愛犬レオンは尻尾をちぎれんばかりに振り回して足元まで走って来た。


「あら。今日はまた随分と良い香りがするわね」

「ええ。今日はアンネと話してる間にお風呂に入れるよう頼んでいたの。レオン、すっきりした?」


 ドライヤーが無いから完全に乾いてるとは言えないが触っても手が濡れないくらいには乾いてる。

 私の足元に来たレオンは頭を撫でると嬉しそうに尻尾を振り続ける。


「本当、いつも以上にサラサラな毛並みになってるわね」


 アンネにも背中を撫でられご機嫌のようだ。

大人しく撫でられているレオンは確かに爽やかな石鹸の香りを漂わせていた。


「もうすっかり懐いたわね」

「そうね。拾った時は怪我してたから警戒してたんだと思う」


 レオンはお座りして、私のドレスの上に顎を乗せて寄り添うように体を預けては気持ち良さそうに目を細めている。


 そんなレオンを拾ったのは半年程前。

 学園の在学中に婚約破棄をした私は、新たな婚約者に巡り会うことなく卒業した。

婚約者のいなくなった私には学園を卒業してもやる事が何も無かった。

 無駄に時間だけが過ぎ行く中、私を心配したアンネの提案で、アンネの家の避暑地に遊びに行く事になった。

 そんな時、近くの林を散歩中に、傷ついて倒れている犬を見つけた。


 全身が泥に汚れ、長めの毛も束になって固まり、尻尾は葉や枝が絡み付いて倒れていた犬。

 外傷は見当たらなかったが、私が近付こうとしても警戒しなかった。というよりそんな気力もないくらい瀕死だったかも。触っても立ち上がらなかったのだ。

 骨折かな?と思って不用意に手を伸ばしたら腕を噛まれたが不思議と恐怖心はなかった。

 案の定、犬は歯を立てただけで血を見ることはなかった。それでも歯を立てたその犬は腕から口を離すと、申し訳無さそうに歯の跡がついた腕を舐めはじめた。


 そんな経緯もあって犬を保護して連れて帰った。前世でも犬を飼っていた犬派の私は放っておけなかったのだ。

 滞在先でも時間は有り余っていたから自ら犬の身体を洗い、獣医のいないこの時代は医師に相談しながら立てない足のケアをして、レオンと名付けて面倒を見ていた。


 綺麗になったレオンの毛は銀色に輝いた。

 もしかしたら狼男?とも思ったが、満月になっても夜中に逃げ出すとか吠える事は無かった。もちろん変身する事も無かった。

 とはいえ、眩しい銀色の毛が並の犬とは思えない私は何処かに飼い主がいるのではと考えていた。野生にしては人に慣れ過ぎてる。

 膝の上で半分寝かけているレオンを見つめながら頭を撫でる手を止めない。


「……イザベラ、犬もいいけど人間のオスにも興味を持ちなさいよ」


 呆れるアンネはそう告げると、今度開かれる夜会にしつこく誘ってきた。


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