セドリック・グレンフィル
セドリック視点です。
暴力や虐待など、一部不快な表現がありますので、閲覧にご注意ください。
「セドリック。お前は汚らわしい罪の子よ」
俺は、幼い頃からそう義母に聞かされて育ってきた。
父は、王国史に名を遺す魔術師を幾人も輩出した家系である、グレンフィル伯爵家の次男として生まれた。ここ三代ほどは魔術師すら出していなかったが、それでも国の要職に就く優秀な人間は多かった。
グレンフィル家の嫡男であった伯父は、多少病弱ではあったが古い家柄を継ぐのに問題のない人で、朗らかな性格で社交でも繋がりを広げていき、伯爵家は安泰だと言われていた。
その中で父は、普通の貴族としては優秀でも一族内では凡庸と囁かれて、同じく魔術師にはなれずとも一族の恩恵を受け継いだように優秀な自分の兄と比較されて生きてきた。まだ兄が魔術師であれば、劣等感はマシだったかもしれないが。
父は元々上昇志向や権力欲の強い人間だったようだが、実の兄との差が重くのしかかり、その劣等感が徐々に、嫉妬心や虚栄心、自己愛へと変わっていったようだ。
そんな伯父は、魔力量が多く容姿の美しい平民の女性と恋に落ちた。その女性は優秀で、平民ながら王宮の女官の試験に上位で合格し、また豊富な魔力で魔道具の開発に関わり、いくつかの功績を残した。その功績から、一代限りの准男爵位を賜ることが内定するほどだった。
伯父は、その女性との結婚を認めさせるため、親戚中を回って、その女性の地位を固めた。祖父は領民にとっては良い領主だが、古い貴族の例に漏れず血統思想の持ち主で、長らく伯父の結婚に反対していた。だが、国が認めるほどの女性の優秀さと、いずれ爵位を賜る身であり、王家も女性の地位向上を国策と掲げていたことから、数代も家門から生まれていなかった魔術師の誕生に期待して、その結婚を渋々認めた。
いよいよ婚約式という段になり、幸せの絶頂の二人だったが、ある日領地視察の際の馬車の事故で、伯父が亡くなってしまった。そこから順風だった家門に波風が立った。
父は、祖父よりもずっと凝り固まった血統主義であり、女性の平民の血をグレンフィル家に入れることを厭うていたが、兄への嫉妬か女性の容姿を惜しんだからかは分からないが、兄の恋人だった女性を、兄の葬儀後の喪も明けないうちに自分のものにした。
後にその女性が身籠っていることが分かり、祖父はグレンフィル家の醜聞になると怒り狂い、父に結婚を命じた。平民との私生児のいる貴族など珍しくもないが、相手は国で重用し爵位を得る身となる女性であり、父の蛮行ではなく、家同士の婚姻という体裁を整えて、グレンフィル家の名誉を守る為だった。
だが、結婚を命じた祖父が、度重なる事件で無理が祟ったために婚姻前に亡くなり、父が伯爵家を継いだことにより、血統主義の凝り固まった父は、正式な婚姻を結ばずに時が過ぎた。
そうして生まれたのが俺だ。
母の心労が著しかったのか、俺は臨月を待たずに生まれた。早すぎるという訳でもなかったが、早産でも健康だった俺は、父から伯父の子ではないかという疑念を持たれたのだ。
婚姻前の女性から生まれたため、俺は非嫡出子となったが、誰もグレンフィルであることを疑わないプラチナブロンドの髪と紫色の目を持って生まれたので、父に認知されてグレンフィル家の嫡男ではなく、ただの第一子として貴族禄に登録された。
この国では、腹の子にも継承権や相続権が発生する場合がある。もし父が俺を伯父の子だと主張すると、直系の子が受ける祖父の相続遺産を全部継承できずに、伯父の分を俺が相続することになる。更には爵位の継承権も俺に与えられる可能性もあったから、疑念を抱きながらも認知したのだ。
母は絶対に父の子だと訴え続けたが、俺は母に生き写しであることもあって、父は余計に自分の子ではないという疑念に駆られていた。そして、成長するにつれて利発さを発揮する俺に、父は喜びよりも嫉妬心を抱いていった。
そして、母は体を壊して長療養をしていたが、俺が二歳になる頃に官職への復帰もできなくなったため、叙爵を辞退した。それを機に、父は忌まわしい魔力ではなく、財力のある家門から正式な花嫁を迎えた。
そこで俺のグレンフィル家での地位が全て決まった。
正妻となった義母はほどなく身籠り、男児が生まれると、本格的な母と俺の排除を試みた。
父は、病床にあって爵位を辞退しても未だ名声のある母を疎み、遠ざけるために家臣の一人の騎士と結婚させて、下町へ追いやった。ただ、俺の魔力は歴代のグレンフィル家の魔術師でも一、二を争うほど豊富だったため、まだ三歳だった俺は母と引き離されて育った。
そうして義母から俺は、父を誘惑した女の不貞の子として、「罪の子」と蔑まれて育った。それを見て育った弟も、理由などなくても俺を見下した。父は、俺の魔力量をいつか利用しようという目的だけで養育し、正妻や息子の行為には無関心を貫いていたが、俺への嫉妬心は隠しようもなかった。
グレンフィル家で暮らしはどうやって生きてきたのか思い出せない程、父からの冷遇と正妻の虐待に耐えるしかない日々だった。家族の愛情を期待し求めた時もあったが、その度に裏切られた。俺は、無駄な希望を捨てて、静かに抗うことを決めた。
俺はこの家を出るために、必死に勉強し、魔力を磨き、めきめきと力を付けていった。それがまた、父や正妻、弟の憎悪を煽るという結果になったが。
幸いにして、十二歳になると幼年学校の寄宿舎に入れられたため、家族の目を盗んで俺は十二の時に母を捜した。奇しくも、学校の教師の一人が母と同期の官吏出身だったことが分かり、その伝で案外簡単に探すことができたのだ。
薄っすらとしか記憶になかった母だが、見つけた時は一目で分かった。あまりにも自分と似ていたのもあるが、涙で溶けてしまうのではないかというほど泣いて喜んだからだ。
その家には、無理やり母と一緒にさせられ、左遷されるように街の衛兵として下町に追いやられた元騎士がいたが、彼はとても大らかな人だったようで、母を愛してくれていることが分かるばかりでなく、非情な主の血を引く俺でさえ、まるで息子のように迎え入れてくれた。
そして二人には、俺の腹違いの妹になる娘がいた。俺とは五歳年が離れていて人見知りするようだが、すぐに俺を兄として懐いた。母の夫にも似ていたが、不思議と俺とも兄妹と分かるくらいに似ていて、それが何だかくすぐったさを覚えた。本当に目に入れても痛くないほど、人を愛しいと思えるとは日がくるとは思わなかった。
学校が休みになるたび、俺は下町へ通い、この家族の元で過ごした。それは、俺が初めて得る温かい家族の記憶だった。
俺が十五になると、グレンフィルの父は同い年の王太子の側近にするため、俺を無理やり王立の学園に入れた。その目的は、グレンフィル家は第二王子の派閥であったが、王太子の動向を探るための密偵として俺を使うためだった。俺がグレンフィル家と疎遠だったのが、王太子派を欺くのに都合が良いと思ったようだ。駒として使われるのは悔しかったが、独り立ちできるまではまだ父の庇護が必要であり、煮え湯を飲まされるようだったが堪えることにした。
父や派閥の思惑通り、俺は王太子のエドワード様に近付いたが、エドワード様は大多数の大人を欺いて無害を装う程、恐ろしく頭の切れる方だった。
俺を密偵と承知で傍に置き、第二王子派が自分の掌で踊るように上手に情報を流していた。俺は早々にそれに気付いていたが、黙ってエドワード様に踊らされていた。
しばらく茶番に付き合ううちに、この腹黒くて敵に容赦がなくて、どこか子供めいた王子を、俺はいつの間にか気に入っていたから。
エドワード様も、馬鹿ではない密偵の俺を面白がってか都合が良いからか、一番近くに置いていた。
十八になり、学園を出て魔術師として兵団に入る頃に、父と慕う母の夫が病を得て亡くなった。家族を亡くしたという不思議な実感に、初めて一人で泣いた。俺は母の夫の代わりに母と妹を守ると誓い、魔術師として得た給金を秘密裏に母に送るようになった。
そうして、第二王子派の密偵、王太子の親友、下町の家族を支える魔術師と、俺は三重の生活をうまくこなしていると思っていた。
その生活が崩れたのは、二年前に第二王子派の一部が王太子派に敗れて解体してからだった。
その頃俺は、魔術師団の副団長となったばかりで、気持ち的には王太子寄りだったが、どちらの派閥にも肩入れをせずに、ただ得た情報を右から左に流すだけの役に徹していた。
だが、第二王子派の連中は、俺がもたらした情報を吟味もせずに、王太子派の要職の貴族に罪を着せようとしたことで足をすくわれたのだ。俺は、常に真偽は自分たちで確認してから扱うようにと警告をしていたが、血の気の多い連中が早まってしくじったのだった。
それがきっかけで、俺は二重の密偵と疑われ、自白魔法や責め苦を負わされたが、無実であることが分かると、これまで以上の忠誠を誓わされ、情報を求められた。
俺は全力で拒絶したが、いつの間に調べられたのか母と妹と繋がっていることを知られ、二人を盾にされたのだ。そうでなければ、誰がグレンフィル家になど忠誠を誓うものか。
母と妹は、自分たちの命が貴族に握られているとは知らない。俺は二人に知られないよう、休みの度に下町を訪れ、二人の無事を確認するようになった。
この二人だけは、命に代えても絶対に守らなければならなかった。
そうして、現在。
今日という日が訪れた。
「外交使節団帰還の儀の日、襲撃を決行する」
とうとう、第二王子派の抑止の箍が外れてしまった。
第二王子派は、国内で財力を伸ばすことに限界を感じ、勢力を外洋に伸ばす植民地政策を主張していた。それは、港湾を有する領地を持つ貴族が多い第二王子派に歓迎されたが、利を得るまでの危険性が払拭されないまま進められており、王太子派や冷静な者やリスクを負わされる商人たちからはあまり賛同を得られなかった。
だが、王太子派に押され気味な第二王子派が躍進するためには、過激でも力を独占できる経済政策が必要だったのだ。
それを国王も王太子派も内政を重視していたため思うように進まず、一部の功に逸った過激派が外国勢力の刺客を装い、王太子の暗殺を目論んだのだ。そしてそれが、外交使節団が帰還する時と決まったしまった。
ある日、誰が連れてきたのかも素性も明かされない人間が、第二王子派の最大の家門である第二王妃の実家の公爵家から加わったことで、一気に第二王子派の空気が好戦的に変わってしまったのだ。
その人物は誰に聞いても曖昧な印象しか出てこないのに、何故か誰もがそいつを疑わないことに、恐らく俺だけが警戒していた。
そして俺は、何とかして反乱のような襲撃計画を阻止しようとした。派閥などどうでもいいが、エドワード様を失えば、完全に国が乱れるからだ。
式典や祝賀会でエドワード様を武力で制圧するのは、第二王子派側が反乱の汚名を着ることになり、どうせならば王太子派に濡れ衣を着せるよう仕向ける方が良いと説得した。武力介入よりも、謀略を潰す方が、エドワード様には容易いだろうから。
それが曲がりくねってしまい、いつの間にか襲撃計画は、第二王子の暗殺を王太子が目論んだというシナリオに書き換わり、第二王子がおとりに使われることとなってしまった。無論、第二王子本人が知らぬところで。
元から第二王子は、エドワード様と争うことを良しとしなかった。第二王妃や外戚となる実家の公爵家も第二王子を祀り上げようとした貴族たちへも、はっきりとした対立意思を表示せずにいたため、派閥の一部の者たちから、第二王妃の第二子である第三王子へ鞍替えするように突き上げが発生していた。
第二王子は優柔不断でも覇気がない訳でもなく、ただ、自分が積極的に動くことで平和が壊れることを止めていたのだが、それを分かる者は近くに居なかった。
そんな派閥の利益を顧みない自分の意思を持った王子よりも、幼く傀儡としやすい第三王子を立てる方が派閥には有利と思われてしまった。いくら王子でも、替えがきけば簡単に不要とされてしまう空気が出来上がっており、第二王子の命も危うくなってしまった。
狂気と紙一重のような平静さと冷酷な所のあるエドワード様だが、思いのほか腹違いの弟たちを大切にしていた。弟たちを犠牲にするような結果を招けば、何をするか分からない恐ろしい人だ。
それこそ国を滅ぼしかねない。それも第二王子派は誰も理解していない。
俺は、シナリオが第二王子も傷付けずに、エドワード様に天秤を傾けるように細心の注意を払った。
第二王子を拉致し、その実行犯が捕まって黒幕を吐くというシナリオだ。黒幕は、対立派閥の旗頭である第二王子を亡き者にしようとしたエドワード様であり、暗殺者となる実行犯は外国勢力と手を組んだエドワード様とは派閥を超えた友人として知られる俺だ。
得体の知れない公爵の手の者を納得させるまで、かなり手間を掛けたのだ。
そしてそれは実を結び、父からある命令を受けた。
「全てはお前の起こしたこと。お前がマクシミリアン殿下のために命を投げうって罪を被れ。我らは何も知らなかったことにしなければな」
そう言って、父は俺に一つの瓶を渡してきた。毒だ。
やはり、父にとって俺の命は軽いのだと改めて思い知らされた。自白を強要される前に死ねと、少しの迷いもなく言い渡された。
それでいい。何の未練も残さない程、俺たちは隔たっていると確認できたから。
「安心しろ。お前がおらずとも、お前の母の病を診る医師を手配し面倒を看てやる。もちろん、妹もな」
母の体調は思わしくなく、また妹の身にも何が起きるか分からない。俺が命を差し出して、エドワード様を失脚させれば二人の命の保証をしようという、ありがたい脅迫だった。
母と妹は、今の俺の全てだ。
そしてエドワード様は、俺の親友であり、この国の未来に必要な人だった。
きっと殿下ならば、気付いてくれるはずだ。
ならば、俺が選べる道は一つ。
「承知いたしました」
従順に答えた俺に、父は満足げに頷いた。その父に背を向け、歩き出した。
一歩ずつ死に向かって。
ふと、脳裏に友人たちが浮かんだ。
アレク、イライアス、魔術師団の部下たち。そして最後に、亜麻色の髪と温かい茶色の目をした少女が浮かんだ。
思えば、彼女に出会ってからの生活は悪くなかった。次に何が起きるか予想もできないヤツで、ハラハラもするが明日が来るのが楽しいと思える、人間らしい感情が蘇った日々だった。
最後にもう一度会いたかった。
そう思ったからだろうか。
何故か何重にも守られているはずの彼女は、俺の描いたシナリオの、その渦中に紛れ込んでしまったのだ。
最期に、彼女を守ることができるなら、それは幸せな結末だと思った。
シリアス。セドリックなのに……。
このまま私は書き続けられるのでしょうか。




