お花畑への道のりは険しい
注)お食事中もしくはそれに類似の状況の方は閲覧にご注意ください。
そして、ノエル、レッドカード!
わたしは気付けば、公爵夫人にガッチリと腕を取られ、ニコニコと寄り添われております。やはり、わたしはフェリシア様にとって、愛玩動物枠のような気がしてきた。
そのフェリシア様は大変華奢で小柄でいらっしゃるので、無性別のわたしの身長だと鼻先に頭が来て、非常に良い匂いがわたしの鼻腔をくすぐっています。
わたしの鼻の下が伸びそうになる頃、エドワード様が「あ」と声を上げられて、懐中時計をご覧になられると、何故かライアン様と目で合図をした。
「ノア。私たちは少しここを離れるが、イライアスやノエルと一緒にいるんだよ。何があっても二人と一緒なら安全だからね」
いつもの似非紳士の笑顔ではなく、何故か真顔でおっしゃられたが、わたしが首を傾げるとすぐにいつもの胡散臭い爽やかな笑顔になった。
「ほら、さっきも言ったよね。パクッと食べられちゃうかもしれないからね」
ハッ! そうだった! 貴族の世界は恐ろしいのだと思い出した。
「はい! 了解いたしました!」
奥歯に挟まった葉物野菜のように、こそぎ落とされそうになっても、ノエルにしがみつきます!
こうして、妖精のような狩人の目から何とか逃れ、私はノエルとイライアスさんと一緒に、殿下やコンラッド公爵夫妻から離脱することができた。
多分、わたしの精神力は底を突きかけていると思われたが、イライアスさんが美味しい飲み物と果物と甘味を持ってきてくれて、わたしは取りあえず壁際で一息吐けたのだ。
今までは、袖を渡してくる不可解な貴族や鬼畜殿下や狩人妖精のせいで見落としていたが、ふと周りを見て気付いた。殿下の圧力が無いだけでも素晴らしい環境だが、ここは煌びやかでとても豪華な夢の世界のようだった。主にお食事関係が。パーティーって凄い。
一口大のシロップ漬けの果物やタルトやショコラなどの最初の甘いものが無くなると、今度はしょっぱいものがやってくる。一口大のサンドイッチやカナッペなどのフィンガーフード、肉汁たっぷりのローストビーフ。そしてわたしは、甘いのしょっぱいの甘いのしょっぱいのと、無限に続けられる気がしていた。
イライアスさんが家の用事で席を外している隙に、イライアスさんに負けじとノエルがわたしに食事を運んでくる。「これも美味しいってさ」と言って、フォークでわたしの口に運んでくれるので、わたしはただ口を開けているだけで、美食の国の最高水準の食事を食べることができた。ここは天国だったのか。
そこに戻ってきたイライアスさんが来て、わたしを見た途端ギョッとする。
「ノア。上着のボタンが弾けそうだぞ」
そう心配するイライアスさんの言葉で、ノエルがいい間隔でわたしに餌付けするもので、喉元まで食事を詰め込まれていることに気付いた。
「ノエル、うっぷ……もう、いい……」
「ええ。せっかくほっぺいっぱいに食べ物を詰めたノアが、リスみたいで可愛かったのに」
その感覚はどこかおかしいぞ、ノエル。
ノエルは、わたしに入れ込みすぎて盲目となり、時々わたしを亡き者にしそうになることがある。わたしはノエルの魔の手を逃れるため、席を立った。
「ノア。一人になっちゃダメって言われたよね」
「うっぷ。消化の運動がてら、ちょっとお花摘みに行こうかと」
「僕も行く。そして一緒に入る」
「……イヤ、絶対無理」
トイレの中にまで付いて来ようとするノエルに、わたしはドン引きして拒絶する。
お花畑にお花を摘みにくる女性たちは、ドレスやらお化粧直しやらでいろいろと人手が必要なので、休憩室よりもお花畑の方が使用人は多い。わたしは行儀見習いにアーカード様のお家に行っていた時に、そのことを奥様で学んだ。人目が無くなることもないし、ましてやわたしをパクッと食べてしまうような偉い人達はいないから、絡まれる心配はない。
それに付添人は同性がやるものだ。ノエルがお花畑に入ったら、ノエルがただの変態になる。
わたしは兄が痴漢になるのは防ぎたかった。わたし自身のために。
「お花摘みも一人で行っちゃダメなの?」
「ノア、まあ気持ちは分かるが、ノエルと一緒に行った方がいい」
イライアスさんは、わたしの恥じる気持ちと状況を理解しているが、味方になってくれる気配はない。ここは一つ妥協して、ノエルには途中まで来てもらい見える範囲で待っていてもらえばいいか、と考え直そうとしていた。
「なんだ、ノア。もしかして恥ずかしいのか?」
何を今更ということを、ノエルはさも不思議といったように言う。
「何を恥ずかしがる? 僕はノアのことなら、身長体重全身のサイズから、××の周期や※※※の回数、最近できた首のニキビまで把握しているのに、今更だろう」
「&%$#=¥!!!!!」
周囲の人たちがノエルの発した言葉に一瞬シンとなった。わたしは声にならない悲鳴を上げた。
兄が、まさか兄が、なんでそんなこと知ってるのぉぉぉぉ!!!???
沈黙の後、そっと向けられた周囲の人たちの視線に、わたしは顔全体から蒸気が出るかと思うほど血が上った。
「ノエルのバカぁぁぁぁぁ!!」
今世紀最大の暴露に、わたしは脱兎のごとく走りだした。そして、そのわたしの勢いに押されたのか、出入り口の扉の前にいた警備の騎士の人が、思わずその扉を開けてくれて、わたしは会場の外へ逃げ出した。
「ノア! クソッ、動きが鈍るようにあんなに食べさせたのに、なんていい動きなんだ。それに、僕がなんで追いつけないんだ!?」
後ろから追いかけてくるノエルが何か言っているが、わたしは現実から逃げるので精いっぱいで何を言っているのか分からなかった。っていうか、ノエルの言うことなんて、誰が聞くか!!!
しばらく無我夢中で走っていると、いつの間にか人気のない回廊に出ていた。息が切れてようやく立ち止まって辺りを見ると、明かりは所々魔石灯が点いていて進むのに問題はないが、端は随分と暗がりが広がるような寂しい場所だった。
少しだけ冷静になった。息を整えて壁に寄り掛かっていると、先ほどのことを思い出してムカムカしてきた。
なんであんなことノエルが知ってるの!? しかもあんなたくさん人がいる所で暴露するって! ノエルのバカ! 変態! もう絶交だ!!
泣きたい気分でしょんぼりしていると、遠くから人の話し声が聞こえてきた。
「人の気配がする。俺が確認してくるから先に行け」
遠くて聞こえづらいが、多分男性数人が少し殺気立った様子で話すのが分かった。
もしかしてここ、偉い人専用の通路で一般人が入っちゃダメな所だった!?
どうしよう隠れた方がいい? 謝った方がいい? あ、いい隙間があった!
わたしは壁と柱の間にあった三十センチほどの隙間に滑り込んだ。わたしには正直に謝って怒られる勇気はなかった。見えないよう壁にぴったりと寄り添い、このまま気配を殺してやり過ごそう。
よし、わたしは壁だ。どこに出しても恥ずかしくない壁だ。紛うことなき壁……。
「…………何やってるの?」
「ひぃ!」
気配も何もしなかったのに、突然声を掛けられた。それもなんか知ってる声だ。
恐る恐る顔を動かすと、そこには驚いてこれ以上はないというくらい目を瞠ったセドリックさんがいた。
「あ、セドリックさん……」
「なんで、壁に挟まって……じゃなくて! なんで君がここにいるの!」
ニュルッと隙間から出ると、声は抑えているが、物凄い剣幕でセドリックさんがわたしを責める。
口調が荒くなったことにすぐ気付き、慌てて周囲を見回した。わたしも一緒に息を潜めると、何も気配がないのを確認し、セドリックさんはそっと息を吐く。そして、わたしの肩を乱暴に掴んだ。
「すぐここを出て。宴会なんてどうでもいいから、すぐに寮に帰って耳を塞いで寝るんだ。後で何があっても、誰に聞かれても、ここにはいなかったことにするんだ」
「え、は、はい」
普段の飄々としたセドリックさんとはかけ離れた様子で、そのあまりの真剣さに思い当たった。今日セドリックさんは警備側の人のはずで、こんな場所を歩いているってことは巡回中なのかも。しかもこんなに怒るっていうことは、やっぱりここは入っちゃいけない場所だったんだ。
きっと、同じ寮の誼で見逃してくれるのだろう。もちろん、全力でしらを切ります。
わたしが素直に応じたこともあり、セドリックさんはため息を吐きながらもわたしを解放してくれた。
「いい子だ。今日のことは忘れるんだ。俺のことも含めて。いいね」
はい。もちろん、自分の失敗を暴露するほどわたしは自虐的な人間ではありませんので、全力で忘れますとも。
「俺が離れたら、ゆっくり三百を数えてからここを離れなさい」
わたしが他の人に見つからないようにか、慎重に指示をする。
わたしも慎重に頷くと、セドリックさんはわたしの頭を撫でて、何故か儚げな様子で微笑んだ。そして、何事もなかったかのように背を向けて去っていった。
その様子があまりに消え入りそうで、見えなくなるまでその背中を見つめていたが、ふとわたしは違和感を覚えた。
そういえばセドリックさん、魔術師団の制服じゃなくて、簡素で真っ黒な服だった。
兵団関係の規則に精通している訳ではないので、そういうものかと思い、指示どおりにゆっくりと三百を数えてからその場を離れた。とりあえずお花を摘みに行かなくちゃ。
あれ? でも、ここどこ?
今更ながら、わたしはわたしが今どこにいるのか分からないことに気付いた。全力でノエルを撒いてきたツケをここで払うことになるとは……。
「……ここで何をしている?」
迷子の心細さにしょんぼりしていると、またしても急に声を掛けられた。
「ギャッ、第二王子殿下!」
振り返るとそこには、夜会用の白い煌びやかな盛装をしたマクシミリアン殿下が立っていた。わたしの声に驚いたのか、マクシミリアン殿下は、ビクッとなって一歩後退る。
殿下がいらっしゃるということは、やはりここは偉い人が使う特別な通路だったようだ。セドリックさん、庇ってくれてありがとうございます!
「お前、ノア・アシュベリー。こんなところでどうしたのだ」
どうやら殿下はお一人のようで、周りに人の目が無いためか、気さくにわたしにお尋ねになられた。
あ、常識を備えていて且つ平民にもお優しいこの方なら、何とかしてくれるかもしれない! ダメもとで頼んでみよう。
「殿下、大変ご無礼かと思いますが、お願いがございます」
「う、な、なんだ?」
わたしが泣いて縋ると、殿下は引きながらも聞いてくれるようだ。やはりお優しい。
「大広間はどこでしょう。行き方を教えてください。ついでに御不浄の場所も……」
「……迷子か」
事情を察してくださった殿下は、丁寧に道順を教えてくださった。
「……そして、そこを右に曲がると、男性用の………………」
殿下の説明が止まる。多分、トイレの説明だと思うが、何故か止まる。
ん? 男性用?
「……殿下、今のわたしは、男性用と女性用、いったいどちらの御不浄を使えばよろしいのでしょうか」
「ん……うん。そ、そうだな……」
何故か一緒に悩んでくださる殿下。どこかの誰かだったら絶対「好きな方に入ればいいよ」と放り投げられそうだが、出会ったのが殿下で良かった。
待てよ。もしかすると、ノエルが「一緒に入る」って言ったのは、違和感なく入れる男性用を使えるように? だとすると、ごめんよノエル。正気を疑って。
でも、あの暴露大会は絶対許さないけどね!
少し考えたあと、殿下が少しバツが悪そうに提案してくださった。
「ま、まあその、あまり良くはないが、王族の控室ならば手洗いも付いているから貸そう。安心しろ。部屋には使用人がついているし、お前をどうこうするつもりはないから」
どうやら殿下は、男女が二人で部屋に消えた、的な状況にはならないと説明してくださっているようだ。殿下への信頼度がさらに上がる。
「本当に感謝いたします、殿下」
何とか最大の危機は乗り越えられそうで、わたしはホッとするのだった。
という訳で、お話の大半がトイレの話でした。
本当に申し訳ございません。
次はもっと真面目なお話になっていく、はずです。
そろそろ本気出します。多分。




