袖と少女嗜好(ロリコン)と動物王国と
大変お久しぶりです。
三年以上空きましたが、新しいお話の更新です。
復帰第一弾ののっけからイミフなタイトルですみません。
結論から言うと、パーティーの食事は大変美味しゅうございました。
はい、随分端折りました。
でも、それ以外はあまり思い出したくないというか、予想どおりにエドワード殿下に弄ばれました。ノエルも一緒にね。
そして、わたしの手に残ったのは、何故か数本の紳士服の袖だった。
説明しよう。
夜会で遭った、忌まわしい出来事を。
パーティーが始まると、私たちは予想どおりたくさんの人たちに囲まれた。
事前にイライアスさんとサイラスとアーカード様と合流してなければ、わたしはどこか遠くの島へ売り飛ばされていたのではないかというくらい、拉致されても気付けない程もみくちゃにされていた。
そこに颯爽と胡散臭い笑顔を振りまいたエドワード様が現れ、なんか分からないがわたしへの挨拶のための列を作った。すごい統率力だ。
そして、ノエルとエドワード様の間に挟まれ、貴族の方たちの挨拶と共に、何故か袖の片方を置いていかれるという、謎の現象が起きたのだ。
何日か前、私が王宮の回廊でエドワード様とマクシミリアン様に袖を引きちぎられる事件があったが、それが何故か縁を結びたい人と一つの上着の袖を分かち合うことで、その縁が良好に結ばれるという怪談に近い都市伝説が生まれたそうだ。
まあ、あの時は遠巻きにされたけど、結構人通りはあったし、傍から見れば、普段は不仲説の流れている二人の王子様が仲良く一人の使用人の袖を引きちぎる共同作業のように見えたかもしれない。甚だしい誤解だが。
そこから、何かしらの尾ヒレや胸ビレや背ビレや毛が生えたらしく、そんな馬鹿なと思われる伝説があっという間に広がったらしい。ほんの十日くらいなのに。
そんな訳で、幻獣の契約者であるわたしと縁を結びたいらしいお貴族様たちが、挨拶がてらわたしの手の上に引きちぎった袖を乗せていくのだ。あらかじめ引きちぎってある袖を持ってくる人はまだマシだったが、中にはその場で自分の着ている上着を引きちぎって渡していく人もいて、わたしとノエルは一人挨拶が終わるごとに「帰りたい」と呟いていた。
「殿下、これはどういうことでしょうか」
「さあ。私も何故こんなことになっているのか不思議なんだ」
明らかに笑いたいのを堪えているエドワード様の顔を見たら、犯人はこいつだと確信した。服飾職人の方たちに申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
気付けば二十本くらいの袖がわたしの腕の中にあり、エドワード様は「そろそろいいかな」と言って、わたしとノエルを次の所へ連れて行こうとした。
「ノエル、これあげる」
「いらない」
袖を押し付けようとしたけれど、頑なにノエルに拒まれてしまった。どうするの、これ。
わたしが途方に暮れていると、後ろからイライアスさんが声を掛けてくれた。
「ノア。私の部屋があるから、終わるまで預かっておいてやろう」
イライアスさんのお父様が現王の弟君でいらっしゃるので、王宮にもバロウズ家専用の控室やら居室があるらしい。イライアスさんが手を軽く上げると、年配の綺麗なお髭を蓄えたおじ様がサッとわたしの手から袖を引き取ってくれた。
ああ、持つべきものはちゃんとした知り合いだね。
これが、わたしが片方だけの袖を腕いっぱいに抱えていた事の顛末だ。
そうして袖の呪縛から解放されたわたしたちは、エドワード様に次の関門へと導かれた。わたしの必死の目での訴えの成果か、イライアスさんもついてきてくれるようだ。サイラスはがっちりノエルに捕まっているから、こちらも強制でついてこさせられていた。どうやらエドワード様も容認のようである。
戦々恐々としていたが、そんなわたしを見てエドワード様がいつになく柔らかい笑みでおっしゃられた。
「先ほど伝えただろう。私の親族を紹介すると」
そこには、先ほどの式典で二番目にいたこの国の公爵様で、我が師団の団長であり、エドワード様のお母さま、つまり第一王妃様の従弟でいらっしゃる、ライアン・コンラッド公爵閣下だ。
……あの〝鮮血の少女嗜好〟という二つ名の。
「叔父上、以前紹介したいと言っていた者を連れてきました」
「ああ、エドワード様でしたか。俺も楽しみにしていたのですよ」
そう朗らかにおっしゃって笑うのは、見上げるような長身に、それに見合った立派な体躯と低く響く声をお持ちで、野性味のある顔をされた壮年のお方だった。ノエルが教えてくれたことには、閣下は、腕で亜竜のワイバーンの首をもぎ取ると言われた先代コンラッド公爵譲りの恵まれた体格で、齢四十になるが未だ閣下に勝てる人間がいないそうだ。
一見、粗野で怖そうに見えるが、赤く固そうな癖のある短い髪をきっちりと整え、細められた青い目は迫力があっても優しそうだった。
「おう。お前が噂の幻獣の主か。それに俺の師団の若い連中の世話もしてくれているとか。一度は会いたいと思っていたが、まさかアシュベリーの末娘とはな」
閣下は気安い雰囲気に切り替えてくれて、チラリとノエルを見た後、悪戯な笑みを浮かべた。そうすると目尻に皺ができ、いっそう怖さが薄れる。堅苦しい挨拶は抜きと言うことで、簡単な挨拶だけする。
「ザラとユージーンは息災か?」
砕けた口調でそう尋ねられた。なんと、閣下とうちの両親は知り合いだったようだ。
なんでも母と閣下は同い年で、幼い頃から同じ年ごろの貴族の子女の交流で顔を合わせていたそうだ。その中には国王陛下やルナも懐いていたオーウェル公爵もいて、その辺りは皆幼馴染と言ってもいいらしい。怖い、わたしの実家。
「おかげさまで。父は母に逆らえません」
「あははは。あれは、一生どころか来世でも尻に敷かれるだろうよ」
ノエルの答えに豪快に笑って答える。そうした後で、目を優しく細めてわたしたちを見る。
「うん。お前たちは、本当にザラに似ているな。ユージーンはまあ置いといて、ザラの子なら俺にとっては子供も同然だ。何かあれば、俺の所に来い」
そのありがたいお言葉に、周りでこちらの様子を窺っていた人たちが、皆ひそひそと何かを言い交している。少し不穏な感じ?
「大丈夫だ。お前が、閣下との良好な関係を築いたと、周囲の者が認識したんだ。もう下手な貴族が出張ってお前に何かすることはないだろうな」
わたしが不安に思っていたのが分かったのか、イライアスさんがそっと耳打ちして事情を教えてくれた。
国最強で最高位の英傑がわたしの味方になったということが、今ので確定したようだ。元々エドワード様の後ろ盾は周知のことだったが、加えてコンラッド公爵家もわたしを懐に入れたという事実は、わたしの身の安全をより強固にするそうだ。
しかし、ここでも父に物申したそうな単語が聞こえた。国王陛下にもだが、コンラッド公爵閣下にまで、父がいったい何をしたのか知るのが恐ろしい。
「殿下、旦那様、皆さんにわたくしもご紹介くださいな」
わたしだけがビクビクした空気の中、可憐な声がわたしたちの輪に加わった。
ご婦人たちの群れからいらっしゃった方は、物語の中にしかいない花の妖精かと思うような、年の頃はアレクさんやエドワード様と同じくらいに見える嫋やかな美女でした。
「初めまして、可愛らしい双子さん。わたくしはライアン・コンラッドの妻フェリシアと申します。夫ともどもわたくしとも仲良くしてくださいな」
夫? え? コンラッド閣下の娘さんじゃなくて?
自称公爵夫人は、なんともほわほわした雰囲気で、コンラッド閣下と同じく優しい目で見られたが、私の頭の中は大混乱です。それに、エドワード様が「ああ」と声を上げて、疑問符だらけのわたしに説明してくれた。
「公爵夫人はね、私より二つ年上なんだけど、王室主催のパーティーで十五も年上の叔父上に一目惚れしてね、熱烈に婚約を進めてとうとう叔父上も折れて結婚したんだよ」
なんでも、フェリシア様が十歳の時に一目惚れし、そこから猛烈にフェリシア様から求婚したようだが、当時二十五歳のライアン様は頑なに断っていたとのこと。それをあの手この手でフェリシア様が口説き落とし、とうとうフェリシア様が十五歳の時に結婚したそうだ。
でも、あの二つ名ってもしかして……。
「そうそう。公爵夫人はね、結婚前にこの美貌で〝社交界の妖精〟と呼ばれて求婚者が後を絶たなかったんだけど、あまりに叔父上に一途で求婚を全て断っていたから、叔父上は権力に物を言わせて妖精を囲い込む少女嗜好だと周りから言われていたんだよ。それで、その求婚者たちから叔父上が決闘をよく申し込まれていたんだけど、その全員を返り討ちにしたことから〝鮮血の少女嗜好〟と呼ばれていたんだよ」
当時は、一日一決闘を申し込まれていたそうだが、その二つ名は、フェリシア様がライアン様に一目惚れしたことが分かるまで、ずっと続いたらしい。いや、今でも続いているよね。
エドワード様の説明に、フェリシア様が「あらぁ」と可憐に頬を押さえ、ライアン様が大きくため息を吐いた。まさかの事情にわたしはそっとライアン様を労りの目で見た。
そんなわたしとフェリシア様の目がバチッと合った。
「ふふ。あなた、ノアさんって可愛らしいわね。うちにお招きしてもいいかしら」
え? もしかして、大好きな旦那様の周りをうろつく雌犬とでも思われた? 全然違います!
わたしはワタワタしたながらも、「わたしは旦那様に色目を使っていません」というのも変なので、何も出来ずに無言で涙目になった。
そんなわたしを見たライアン様が、ちょっと薄目になってため息を吐く。
「……ああ。だが、こいつの意思を尊重してやってくれ」
「わあ、ありがとう、あなた」
何故かわたしを見るフェリシア様の目が、嫉妬で陥れてやろうというものではなく、うっとりとしたものになっている。
ニコニコ顔でわたしを見てくるフェリシア様に、逆にわたしを労りの目で見てくるライアン様。えっと、なんか分からないですけど、遠慮したいです。
「そういえば、ノアはコンラッド夫人が好きそうな人間だね」
今度は明るいエドワード様の声が聞こえた。エドワード様は、フェリシア様の目のキラキラの訳が分かったようである。説明を求めます。
「夫人はね、道端に捨てられた仔犬や仔猫から、自分を襲ってきた毒性のスライムまで拾って育てている人でね、公爵邸には多種多様な生き物がいて、社交界では〝コンラッド動物王国〟と呼ばれているんだ」
自分を襲ってきた毒性スライムまで保護するって、どんな博愛主義者!?
え? 待って。今の殿下の説明だと、フェリシア様が好きそうな人間ってのは、わたしが動物っぽいからってこと? え? 人間枠ですらないの?
「よろしくね。ノアさん」
わたしはノエルやみんなをサッと見たが、エドワード様とフェリシア様を覗き、全員が目を逸らした。
「はいぃ。大変光栄でございますぅ」
今後わたしは、フェリシア様に飼われないよう、何かと闘わなければならないのでしょうか。
三年を超えるブランクで謎をぶん投げておいた前話の〝鮮血のロリコン〟ですが、ようやく回収することができました。
前話まで読んでいただいていた方には大変ご迷惑をお掛けしました。
ですが、ふたを開けてみれば、大した意味なかったですね。
そんな訳で、ノアはペットへの道を回避できるのか。しますけど。
次話からは、多分真面目なお話に突入する……はずです。
そうじゃなかったらそうじゃないお話になります。
また不定期更新になるかと思いますが、できればまた見てやってください。




