式典 3
王妃様、師団長のおなりです。
式典は盛大な音楽と共に始まった。
一斉に会場の人たちが起立したので、わたしも慌ててみんなに倣った。
まずは、スチュワート陛下が壇上に現れ、簡単な挨拶をした後玉座に就く。
その右後ろにはイライアスさんのお父さんと思われる、何だか綺麗なおじ様が立った。そのすぐ下の段と、そのおじ様の後方に、近衛騎士と思われる白い煌びやかな甲冑を纏った人が控える。
セドリックさんは、会場の警備と言ってたので、探してみたら陛下の左側の最下段に控えていた。アレクさんは、どうやらこの会場内にはいないらしく、会うことは出来なかった。
陛下の挨拶が終わると、また違うファンファーレが鳴って扉が開け放たれ、ザッザッと軍靴の音がして、集団が前方に近付いて来るのが音で分かる。
何で音で判断しているかというと、周りに背の高い人が多いために、わたしは起立していても後方の様子を見ることが出来ないからだ。
ようやく人の姿が見えたのが、イライアスさんの横を通り過ぎた時だった。
この国では、右側の方が偉い人が配置されるんだけど、これは王様から見た位置だから、左側にいるわたしたちの席の方が位が高いとされている。
一番最初にわたしに見えたのは、一瞬騎士様かと思ったけど、立ち位置からしてどう考えても王妃様な綺麗な人だった。
近衛騎士に近い白い軍服で、鎧は付けずに、同色で綺麗な金糸の刺繍が施されたマントを掛けている。細く長い脚は、どう見ても男性のものではないし、編み込まれて綺麗に結い上げらえている髪は艶やかで美しい淡い金髪。白い肌と、滑らかな喉元もどう見ても女性なんだけど、何故か騎士服が悶絶するほど似合っていた。
一目見て思ったのは、女性でも恋してしまいそうな男装の麗人だ、ということだ。それにとてもエドワード様のような大きな息子のいる人に見えないほど、とても若々しかった。
そのお隣は、女性にしては結構な長身だと思われた王妃様だけど、それでも肩までしか届かないような身長を誇る赤毛の偉丈夫だった。長身のアレクさんよりも、更に十センチくらいは高そうに見える。そしてそれに見合った厚みのある体格だ。
この人が、アレクさんたちの上司であるコンラッド師団長なのだと分かった。武術なんて齧っただけのわたしでさえ、この人は強いと思ったくらいの圧力があった。
野性的な風貌だけど大らかそうで、短い赤毛は寸分の乱れも無く、正装もしわ一つなく正統な着こなしで、粗野な感じは一切しなかった。生まれながら、人の上に立つ器量を備えた人だと思えた。
一行が最前列へ到達したと思われた瞬間、一糸乱れぬ動作で、使節団が一斉に跪いた。
「遠路、ご苦労であった」
その最上の礼を受けた陛下も、慣れたように労いの言葉を掛ける。
「ありがたきお言葉。非才の身なれど、陛下より賜った任を無事果たし、帰参できましたことを嬉しく思います」
女性にしては低い声は、それは朗々としていて、もう王妃様じゃなくて騎士団長でもいいんじゃない、と思うような凛々しいものだった。
「うむ。大儀であった」
言葉は堅苦しいけど、夫婦というよりも戦友といった感じで、遠目でも陛下と王妃様が悪い関係でないことが分かるやり取りだった。
「コンラッド師団長もよく務めてくれた」
「はっ。ありがたきお言葉」
師団長は、その体格に合った太い声で、戦場であってもその声は端々まで響くだろうと思わせるものだ。きっとあの声で怒鳴られたら、わたしなら即気絶する自信がある。でも、とても優しい声に聞こえた。不思議だ。
それからの式は、大任を果たした一同に褒賞の授与が行われ、イライアスさんのお父さまがその目録を渡していた。使節団員を一人ずつ読み上げたので少し時間は掛かったけど、王権の委任を示す錫杖の返還と退任の儀を経て、あっさりと滞りなく終了した。
初めて参加した公式な式典だったけど、過度に堅苦しくもなく、変に言葉を装飾した面倒なやり取りも無く、ただただ「王妃様と師団長かっこいいなぁ」という感想に尽きた。
陛下が帰って、使節団の皆さんが解散になって、殿下や偉い人達が帰ってと、始まった時と逆の順番で会場から人が消えていく。帰りは、始まり程厳密に退場の順番は決まっていないけど、やっぱり偉い人より先には帰りづらいから、自然と退場の順番も似たようになるみたい。
帰り際も、エドワード様がこちらに視線を投げてよこしたので、わたしはまた突発性近視になった。呆れたイライアスさんがため息ついたけど、殿下がこちらを見ていたのは気のせいだ。わたしは、アーカート様からもちらりと見られたのも気のせいだと思うことにした。
殿下が退場して、公爵とか大臣とかそんな人たちも退場を始めたので、少し気持ちが軽くなる。先にアーカート様が退席するので、挨拶すると「また夜会で」と言われた。そうしてようやく本当に息がつけた。
「わたし、初めて師団長がどんな方か知りました」
周りも気が緩んでザワザワとし始めたので、わたしはイライアスさんにそっと話しかけた。イライアスさんは顎に指を掛けて考えていたけど、そういえばと思ったようだ。
「そうだな。確か、お前が来るひと月前に壮行の式典があったからな」
「どんな方なんですか?」
「まあ、見た目どおりの方だな。大らかでとても強い。尊敬できる人だ」
「強いんですか」
師団長だから、指揮だけで実際の戦闘には加わらないんじゃないのだろうか。そんな考えが分かったのか、イライアスさんは苦笑する。
「あの人は、最前線で戦う人だ。ついでに言うと、多分この国で一番強い。辛うじてアレクが食らいつく感じだ」
「ええ。オルグレン団長よりもですか?」
「ああ。あの人の魔術は凄いけど、純粋な一対一の戦闘だったら、師団長とアレクの方が強い。何といっても、あの二人は魔術すら斬るからな」
「……え?」
物理で魔術を無効化するなんて聞いたことも無い。
ノエルを見ると、「ああ」と何か思い当たることがあるみたいだ。
「聞いたことがある。『剣気』ってやつだ。この国でも扱える人間は片手に足りないと聞くけど、あの人たちがそうだったのか」
そう言うノエルは、どことなく楽しそうだ。何だか知らないけど、強い人の話って、男の子って大好きだよね。「エインズワース隊長に今度手合わせを頼もう」って呟いてるし。
ノエル、ちょっと前にアレクさんを邪険に扱ってたの忘れたのかな? これ以上アレクさんに失礼なことしないでほしいと切に願う。
そんな話をしているうちにイライアスさんの退席の順番になったので、一緒にわたしたちも帰るように促された。
サイラスを見ると、他の伯爵位の人たちと何やら話し込んでいるようだったので、軽く挨拶をすると、アーカート様と同じく「夜会で会おうね」と言われた。
何だかサイラスも着々と貴族としての付き合いをこなしていて、わたしが一人で置いて行かれているような気がする。しっかりしなくちゃね。
とはいうものの、この後、会場を馬車で移動して、いよいよ胃の痛い夜会となる。まだ始まってもいないけど、もう帰りたい気分だった。
だって、まだ昼を過ぎたばかりなのに、全員の移動時間を見て夜会が始まるのは夜の七時だ。今度は、出席者は入り口で名を呼ばれての入場になるから、全員が入り切るまでにいったい何時間掛かるのか、それも憂鬱だった。
でも、殿下の話では、わたしたちは名乗りをしなくてもいいらしいので、それだけが救いとも言える。ええ、他に救いなんてありませんとも。
ほとんどの人たちが、夜会に家族同伴で行くため、この後タウンハウスとか自宅とかで準備をしていくから、下位の人ほど時間に余裕はない。七時なんて時間が足りないくらいだと思う。
まあ、男性は休憩するくらいで、式典と同じ服装でも構わないみたいだけど、貴族の人たちは自分の財力の誇示の為に装いを変えてくる人が多いらしい。
わたしたちはもちろん、殿下から押し付け……いただいた服を変える訳にいかないので、このままで参加する。
あ、もう一つ救いを見つけた。たまに殿下の服も、わたしの胃を痛めつける以外の仕事をする。
で、わたしたちが歩いて行くと、例の如く、出口にはヴィクター君が待っていて、今度は服を持っていなかったけど、代わりに夜会前に殿下の部屋へ来るよう呼び出しされた。
本気で辞退を申し出ようかと思ったが、「ご案内いたします」と凄まれたので、ノエル共々殿下の部屋を訪れることになった。
イライアスさんが目だけで「そらみろ」と言っている。突発性近視になったことを言っているのだろう。
「早めに迎えに行ってやるから、それまで何とか凌いでおけ」
イライアスさんがわたしの頭に手を置いてそう言った。
え? イライアスさん、行っちゃうの?
「さすがに侯爵家が式典と同じ服装で行ける訳ないだろう。タウンハウスは遠くないから、後で殿下の部屋へ向かうから」
「是非とも早めにお越しください!」
そしてわたしを助けてください! わたしは万感を込めてそう言った。
人数が多い方が、殿下の嫌がらせも分散するだろう。イライアスさんを巻き込むことに罪悪感など抱いていられないんだ。
「……ああ、善処する」
引き気味に答えるイライアスさんを見送ってから、ノエルに向き直ると、何やらノエルがかなり不機嫌なご様子だ。
「ノエル。どうしたの?」
「僕がいるだけじゃ、ノアは不満なの?」
ああ、これはノエルの「構って」攻撃だ。ノエルの前でノエル以外の人を頼ると、結構頻繁に不機嫌になるんだ。
「何言ってるの。ノエルがいてくれるのが一番心強いんだから」
わたしがそう言うと、ノエルは破顔した。
こういう時、いくつになってもノエルは幼い笑顔を見せてわたしにギュッと抱き付く。そんなノエルの頭をポンポンと叩くと、とても大きな咳払いが聞こえた。
「お急ぎいただいてもよろしいでしょうか」
ヴィクター君が、アーカート様もびっくりの猛吹雪のような冷たい視線を寄越す。なんか、「お使い事件」の時よりも冷たいよ。でも相変わらず無表情だけどね。
不機嫌極まりないヴィクター君についていくと、そこには質素を装った上等な馬車が待っていた。紋章を掲げてないだけで、王室の馬車だね、きっと。
それに乗り込む際、ノエルはヴィクター君を一瞥した。
ノエルから小さく、「影か」と聞こえた気がするけど、何かの影が見えたのかな? 怖!
ヴィクター君は御者台に乗ったため、わたしとノエルの二人きりだ。馬車の中で向かい合って座ると、ノエルがこれ見よがしの大きなため息を吐く。
「なんかさ、ノアの周りの人間ってホントに変人ばっかりだよね」
確かに個性的な人が多いけど、ノエルは自分を棚上げしているよ。
むしろその筆頭だからね!
モヤッとしたわたしを余所に、馬車はゆっくりと走り出した。
王妃様は完全にヅカ系のイメージです。
令嬢に「お姉さまと呼ばせてくださいませ!」と言われるタイプです。
師団長、何気に最強の称号付いてます。
彼には別の二つ名も付いていますが、それはまた次のお話で。
アレクはもうちょっとだ、頑張れ!
ノエルが「オラ、ワクワクすっぞ!」状態になっていますね。男の子ですねぇ。
三年前にセドリックにもそうやって突っかかっていったのでしょうねぇ。
いつも閲覧ありがとうございます。
ダラダラと書き続けているこのお話も、もうすぐ100話になります。
この先も不定期投稿かと思いますが、またお読みいただけると嬉しいです。
作者の他のお話も、お暇がありましたらよろしくお願いします。




