式典 2
新しい人の登場です。
「ノエル、ノア」
広間の席が粗方埋まってきた頃に、聞き覚えのある声が聞こえた。
振り返ると、そこには爽やかな笑みを浮かべたサイラスがいた。式典用のいつもと違う格好で、殿下とかいう人やセドリックさんみたいに煌びやかな感じではなくて、ホッと安心するカッコよさだ。
「え? サイラスがどうしてここに?」
わたしが素朴な疑問を投げかけると、ノエルが呆れたような声を上げた。
「サイラスは、アシュベリー一族の当主名代だよ。伯父たちは領地から出てこないんだから」
おっと、忘れていたけどうちの本家、つまりサイラスの家族は伯爵だった。しかも歴史だけは長いから、こんな国を挙げた式典に呼ばれないはずはない。
ちょっと自分が恥ずかしくなったよ。
「じゃあ、サイラスはわたしたちの隣?」
わたしが尋ねると、サイラスは首を振って、わたしの真後ろの席を指した。
「僕はここ」
そう言うと、ニコッと笑ってその席に着く。
「まあ、名代の僕には悪くない場所かな」
「サイラスがそこにいてくれて、正直助かる」
ノエルが何か殊勝なことを言っている。明日は天変地異でも起こるのだろうか。
「任せて」
そんな兄にサイラスは、優しい笑顔を向ける。
なんか、兄とサイラスの仲がいい。王都に来た時も思ったけど、なんでかノエルはサイラスに懐いている。
元々本家では唯一、うちと普通に交流していたのはサイラスだけだけど、昔はなんかもっとノエルが兄貴面していたような記憶がある。
男の子って、何きっかけで関係が変わるのか良く分からない。
わたしが首を傾げているうちに、いよいよ侯爵位の人たちが入って来る順番になった。
この段になって、先に入場していた人たちは全員立ち上がっていた。さすがに高位貴族を座ったままで迎えることは非礼になるようだ。
わたしたちの席で誰かが歩みを止めた。ふと見ると、そこにはイライアスさんがいた。
「もう来ていたのか」
わぁ。殿下が煌びやかとか思ったけど、なんか、イライアスさんってキラキラの度合いがちょっと違った。何か、男性でも目が釘付けになる感じだ。
いつもの無造作に括った髪でも綺麗だけど、ちゃんとした盛装で、きちんと計算されて整えられた髪型だと、もう次元が違った。本当にこの人、人間か? という感じだ。
そんなイライアスさんを見て、盛大にノエルが舌打ちした。
いや、ノエル。こんな公の場でそれはいけないよ。
わたしは少し慌てたが、当のイライアスさんは朗らかに笑って、赤い絨毯側の席に陣取った。
内側の席の方が位が高い。内側から、イライアスさん、わたし、ノエルの順番だ。今日は騎士団での参加ではないのか。
「今日は私は、父の名代で侯爵家の関係者として出席だ」
何でもお父さまは本日王族としての出席らしく、この後陛下の直前に来るらしい。
今日改めて聞いたのだけど、お父さまはスチュワート陛下の弟君で、現在外務大臣として外交や諸外国の情勢の情報収集などを担っているらしい。息子の優秀さは間違いなく王族の血だ。
という訳で、お父さまは直接トリーアへ行っていないけれど、今回の外交使節団の成功の立役者として王族枠での参加みたいだ。臣籍に下っても王族扱いに異を唱える人はいないようで、その影響力は半端ないことがわたしにも分かる。
びっくりはしたが、取りあえず隣が知っている人で良かったと思う。全く知らない高位貴族と隣席なんて、わたしが秒で失神する。侯爵でもぽってり腹なら少し免疫は付いたと思うけど、偉い人は怖い。
いや、免疫付いたといっても、やっぱりぽってり腹は嫌だ。
「この席は三人で終わりでしょうか?」
わたしが恐る恐るイライアスさんに尋ねると、普通に「いや」と否定された。
「確か、あと一人、法務大臣が座る予定だ。お前の兄の隣だ」
心の中で悲鳴を上げた。
無理無理無理無理。ノエルという壁があっても、そんな偉い人の圧は防げやしないよ。っていうか、大臣よりも席次が上って、わたしたちの立ち位置が全然分かんない!
「ほら、来たぞ」
わたしがあわあわしていると、ノエルの隣に一人の紳士が立った。
「ノエル・アシュベリーだな」
謹厳という言葉がぴったりの低い声だった。でも、どこか懐かしく感じて怖くは無かった。
「お久しぶりです。閣下」
びっくりするくらい丁寧な挨拶をノエルがしている。傍若無人を絵に描いたような人間だと兄を評していたが、ちゃんとした社交も出来るらしい。
それに、何で法務大臣なんて人と知り合いなの? わたしの兄って何者!?
と、兄を再評価している場合ではなかった。わたしもちゃんと挨拶しなければ!
わたしは顔を上げると、相手を見て大きく目をみはった。
「あ、アーカート様?」
なんと、わたしが知っている人だった。
十二、三歳くらいから、冒険者のおっちゃんのパーティに連れまわされたり、鍛冶や調剤や家畜の解体とか無駄にいろんな経験値を積んでいたりした時、礼儀作法の厳しいお家に放り込まれたことがあったけど、そのお家がなんとここにおわすアーカート様の家だった。
アーカート家は侯爵位で、アシュベリーの領の隣の領主様だ。この方はアダム様とおっしゃって、現在のアーカート家の御当主だ。
少し濃いめの茶色の髪に、わたしたちと似たような茶色の目で、少し顎がしっかりしているけど、全体的に整ったお顔立ちをされた人だ。スラリとしたなかなかの長身で、歳は母より二歳くらい下と言っていたような気がするが、その若さで法務大臣をしているのは、想像どおりに相当優秀な方のようだ。
ただ、その表情は、出逢った頃のアレクさんのよりも眉間に深い谷があった。
自分にも厳しいが、他人にも非常に高水準の能力を求めるので、わたしは淑女の作法を学ぶのに血の涙を流した覚えがある。お辞儀ひとつ取っても、ほんの少しカーテシーの指先一つ揺らごうものなら、腕立て、腹筋、敷地内の走り込みをさせられた。
その時に、令嬢って、ある意味戦士になれるのでは、と思うほど筋肉が付いた覚えがある。
ちなみにアーカート様の座右の銘は、「無能者には死を」だった。
わたし、本当に生きて帰れて良かった。
そんなアーカート様だけど、教育方針は震えがくるほど恐ろしかったが、ご本人自体は嫌いでは無かった。本当に頑張った時は、面と向かって褒めはしないが、甘いお菓子をくれたり、週末に領都に遊びに連れて行ってくれたりしたんだ。
本人は無口だし笑ったところなど見たこともないけど、頭を撫でてくれるその手がとても温かかったのを覚えていた。
身に染みついたあの頃の条件反射で、思わずカーテシーの姿勢を取りそうになってしまい、アーカート様から身を切られるのではと思うほどの氷の視線をいただきました。
相変わらずの厳しさです。
「失礼いたしました。お久しぶりです、アーカート様」
わたしは男性の挨拶をし直すと、ようやく視線の猛吹雪を雪がちらつく程度に収めてくれて、重々しく口を開いた。
「ああ、久しぶりだ。元気そうで何よりだが、いろいろと話は聞いている」
いろいろって、絶対にいい話ではない、ね。
わたしが乾いた笑いを浮かべていると、イライアスさんがアーカート様に挨拶をした。
「閣下、ご無沙汰しております。その節はご尽力いただき、ありがとうございました」
「いや。君こそ騎士団復帰おめでとう。すぐに活躍の声が聞こえて、感心していたところだ」
ここでも横の繋がりか、随分と親し気にアーカート様が接している。
まあ、イライアスさんは努力の人だから、アーカート様の嫌いな人種ではないことは確かだけど、それ以外にも何か繋がりがあるようだった。
わたしが疑問符を浮かべているのを察したのか、イライアスさんが教えてくれた。
「私の解呪の際に、お前の方法が法に抵触しないかをセドリックが確認しただろう。その時に、法的後ろ盾を与えて下さったのがアーカート閣下だ」
そう言えば、セドリックさんが法的解釈の回答を、偉い人の証文付きでもらっていたっけ。
あの時の人が、まさか法務部門の長その人だったとは思いも寄らなかった。まあ、だからこそ、これ以上は無いという効力があったのだけれど。
あの解呪のことも、どこからも批判が無かったのは、偏にアーカート様のお陰のようだ。
「閣下とは存じ上げずに、不義理を働きまして申し訳ございませんでした。改めてお礼申し上げます。グレンフィル副団長とアーカート様のご尽力によって、無事解呪を成せました」
「私は職務を全うしただけだ。感謝される謂れはない」
相当素っ気ない言い方だったけど、本当にそう思っているのだと分かるアーカート様の声音に、わたしは思わず微笑んでしまった。
「それでも、わたしは感謝しておりますから」
わたしがそう言うと、眉間のしわを少し緩めて、「そうか」とだけ言った。
「……相変わらず、分かりやすい方だ」
ふとノエルが、アーカート様に呆れたように言った。
え? 何? わたしの悪口?
すると、アーカート様がわたしに向けたものよりも更なる猛威を振るう吹雪のような視線をノエルにお見舞いしていた。だけど、ノエルはそれをそよ風のごとく受け流している。我が兄ながら、強い。
わたしは、何故か険悪になっている兄と侯爵様を宥めて、入場が終わろうとする会場を眺めた。
最後に入場するのは、おっと、目が合ってしまった。
眩い金髪碧眼がわたしを見つけると、その似非紳士な笑顔を大盤振る舞いして見せた。
「おい。殿下がこっちを見てるぞ」
「わたしは今朝からちょっと視力が……」
イライアスさんがいらない忠告をしてきますが、わたしは突発性近視を患っていますので、黒い影が発生している王太子の笑顔なんて見えません。そして小さくそのお口が、「後でね」と言っているのなんて見えません。
そのままエドワード様は、わたしたちと同じ列の最前列に座った。何でも、王妃様が臣下側にいるのに、王子がそれを出迎えるのもアレということで、同じく壇の下にいるようだ。
エドワード様がお席に就くより先に、絨毯を挟んだ反対側には第二王子のマクシミリアン殿下が就いた。お二人は相変わらず目も合わせない。
そんな二人の後ろ姿をわたしはため息を吐いて眺めながら、式典開始のラッパが鳴るのを聞いていた。
アダム・アーカートは実は第1話から存在を匂わせていたんですが、こんなに実物の登場が遅くなるとは思わなかった。ちなみに彼は既婚者です。
次のお話は、また名前だけ出てた人をチラッと登場させます。
また閲覧よろしくお願いします。




