殿下、またですか?
今度はノエルも餌食に……。
慌ただしい日はあっという間に過ぎて、明日はいよいよ王妃様たちが帰ってくる日になった。
寮の人たちも早朝や深夜の出入りが多くなり、忙しさのあまり自分の身の周りの世話が疎かになる人が続出する。
部屋の掃除は自分たちでやるのだけれど、洗濯物は王宮のものと一緒に洗濯専門の人に任せているから、せめて綺麗な服でいてほしいと思い、普段は洗濯室に出せるものを、一人一人部屋に回収に行った。
だって、そうしないと汚れたままの服を着そうな人がたくさんいるんだもの。
ここに入っている人たちは、国の式典なんかにも駆り出される人たちで、国民の目にも触れやすい人たちだ。そんな人たちが、ヨレヨレの黄ばんだシャツや臭い下着を着て出席しようものなら、大部分の国民はがっかりだ。
わたしは華やかな兵団のイメージを守ることに使命感を燃やしていた。
「ノア。今帰ったよ」
夕方、王宮から洗濯物が届いて、各部屋の棚に清潔な香りの洗濯物や、パリッと糊の効いた礼服を並べていると、ノエルが後ろから声を掛けた。
「お帰り……って、ヴィクター君?」
スンとした顔でノエルの横にヴィクター君が並んでいた。
「この寮に入ろうとしていたから、入り口で捕まえた」
捕まえたって、虫みたいに。
ほら、ヴィクター君も鉄壁の無表情にほんのり不快気な雰囲気を上乗せしているよ。
っていうか、ヴィクター君の手には大きな箱が二つ重ねてあった。赤いリボンと青いリボンの掛かった箱だ。
あれ? 既視感が半端ないんですが。
「あの、それ、もしかして……」
「エドワード殿下からです」
「……あ、はい」
これは、あれだよね。
「これを着て明日の式典に参加するようにとのことです」
ですよね。そうじゃないかと思いました。
でも、わたしはそんな豪華な式典になんて出たことないし、何をすればいいのかも分からない。ハッキリ言って迷惑でしかないのだが、いっそ腹痛とかですっぽかせないかな?
「一緒に、腹痛に良く効く薬もお入れしてあります」
……完全に逃げ場を塞がれています。
わたしの父も悪魔と呼ばれておりますが、わたしは殿下こそそう呼びたい。
「殿下からは、『ただ式典に参列するだけで良い』と言付かっておりますので、くれぐれも殿下の顔に泥を塗るようなことにならぬようお願いいたします」
淡々と、そりゃあ淡々とヴィクター君は言いました。ヴィクター君を通した殿下の「逃げんなよ」という無言の圧力は、わたしの抵抗の意思をぺしゃんこにしました。
わたしが絶望していると、いつもはそういう華やかな場にわたしが出ることを嫌がるノエルが、珍しく反論もせずにヴィクター君に話しかけていた。
「で、それは何? 着て、というからには服かな?」
まあ、聞くよね。ヴィクター君の持っている箱を指さし、ノエルは茶色の大きな目を眇めた。
「はい。殿下から、ノア様とノエル様へお渡しするようにとのことです」
そう言って、ヴィクター君はノエルへ丁寧に箱を手渡した。
ん? わたしの時と扱いが随分違うような気が……。
ノエルは、「ふうん」と言って無造作に受け取った。殿下からの贈り物に対し、ぞんざいだ、非常にぞんざいだ。
蓋をパカッと開けて中を見ると、ノエルは描いたような眉を大いに顰める。
「エドワード殿下は、変態だな」
「ノ、ノエルぅ!?」
わたしは驚きのあまり、思わずノエルの口を塞いだ。
「ヴィクター君! 今の聞こえてないよね!? 聞こえてたとしても空耳だからね!?」
ノエルは何か言いたそうにふがふがしていたが、わたしは一層強く口を塞いだ。
「殿下には、ありがとうございました、とお伝えください。ということで解散!」
焦って何を言っているか良く分からないわたしは、ノエルを押して退場しようとするが、ノエルはわたしの手の指の腹をアグッと齧った。
「いったぁー!」
「落ち着け、ノア。本人が分かってやってる変態で、事実だから大丈夫だ」
「全然大丈夫な気がしないよ!?」
「ほら、見てみろ」
ガクガク震えるわたしに、ノエルは二つの箱の蓋を器用に開けて見せた。
そこには、青を基調として、それぞれ違う色を差し色にした同じ形の服があった。恐らくノエルが深い緑のタイで、わたしが淡い金のタイだ。そして、同じ意匠ということは、わたしも男性物の盛装ということ。
普通は制服でもない限り、衣装は他人と被らないようにするのが礼儀だ。というより、同じ物は既製品ということで、財力の無い者が買うとされている。だから貴族はこぞって趣味の良い仕立て屋を囲って、流行の美しい意匠の個性を競うのだ。
殿下の服は、間違いなく超一流品であるのだけれど、それを双子にあえて同じ意匠のものを着させるところに、そこはかとなく殿下の闇を感じる。確かに変態だ。
黙ったわたしに、手間を取らせやがってとばかりに氷の一瞥を投げ掛けるヴィクター君。
「出席の詳細はこちらに書いてあります」
そう言ってヴィクター君は、内ポケットから一つの招待状を取り出した。
「では、また明日」
素っ気なくヴィクター君が去って行った後に、ノエルは忌々し気に舌打ちをした。
「あいつ、好き勝手やってくれる」
何故かノエルは殿下をあいつ呼ばわりだ。
「ノエル。さすがに殿下をあいつっていうのは……」
「いいんだよ。向こうはわざとノアで遊ぼうとしてるんだから。あいつくらいでちょうどだ」
「……まさか、殿下に直接言ってないよね?」
「ああ、『クソ王子』としか言ってない」
「ぎゃあああ!」
確かにわたしも殿下に「バカ」と言ったことがあったけど、さすがに「クソ」は無いよ。
あれ? わたしも、ダメじゃない!?
わたしが恐怖でアワアワしている横で、ノエルは平然としていた。
「なんにしても、あいつはノアをグリフォンの主として、この際お披露目をしてやろうという腹づもりだ。実際に名乗りをさせる訳では無いようだけど、誰がノアの庇護者か改めて知らしめるつもりなんだろ。こんな、これ見よがしに自分の色を纏わせて」
面白くもなさそうに、ノエルはわたしの方の金のタイを手に取った。
「まあ、いいさ。ノアの後ろ盾は権力がある方がいい。馬鹿どもにはいい牽制になる」
口では悪態を突いているが、わたしを見やる目は優しい。
「女の子の格好をさせないだけ、まだ見限るほどではないしね」
ノエルの独り言は良く意味が分からないが、決してわたしを傷付けるものではないことは疑いようもないから、わたしは何も言わなかった。
「ノア、心配するな。明日はただボーッと立っているだけで大丈夫だ。あとはあのクソ王子が何とかするから、僕らは美味しいものを食べて帰ろう」
本当にそんなのでいいのだろうか、と疑問には思ったけど、ノエルが大丈夫というなら大丈夫だと思える。何だかわたしの緊張も解れて、少し笑った。
「美味しいものは嬉しいけど、きっと服がきつくなってたくさんは食べれないよ」
「まさか。こんな短期間で用意した服なんて、少し大きめに出来ているだろう」
うん。普通はそうだよね。自分でオーダーメイドしない限り、見た感じの体型から近くても少し大きめで作るよね。
わたしが乾いた笑いを浮かべるのを、ノエルは少し不審な目で見た。
そして、部屋に帰って試着をしてみた。
「クソッ! あいつは真性の変態だ!!」
まるで魔法にでも掛かったかのように、自分の体型に寸分違わず纏いつく服に、ノエルには珍しく絶句するほど引いた後、絶叫したのだった。
恐るべし、エドワード殿下。
ノアは権力者にすぐ屈しますが、ノエルは実力が無いと平気で権力者でも見下します。
殿下はこれまでノエルの中でノーマークでしたが、立派な「変態」として認められました。




