コンラッド師団第二分隊 3
本日3話目です。
アレクシス視点になります。
隣に座って眠る少年を見ながら、今日あったことを振り返る。
朝方、救援の狼煙が上がり、ちょうど警邏の当番だった第二分隊が出動することになったが、生憎の雪で思うように行軍速度が上がらなかった。最近多発している、旅人の失踪事件を危惧して足を急いだが、宿砦に辿り着いたのは昼を随分と過ぎてからだった。
宿砦の周りには雪が踏み荒らされた跡があり、明らかに複数の武装した人間の動きがあったのを見て、隊員一様に旅人の無事を祈った。
宿砦の中に入る直前、凄まじい轟音が響き渡った。爆発と言うほどではないが、頑丈な宿砦が揺れたほどだから、相当な衝撃があったのは間違いない。警戒して念入りに確認した後、宿砦の中に踏み入った。
そこには、数人の旅人を背にして、賊の攻撃を防いでいる少年の姿があった。
筋は悪くないが、いかんせん華奢で非力なのは一目で分かった。押し負けて肩まで賊の剣が下がっていた。
俺は、無意識に柄で背を向けている賊の後頭部を打った。賊はあっけなく崩れ落ちる。
そうして初めてはっきりと少年の姿が見えた。いや、少年と言うべきか迷うほど、綺麗な顔立ちと華奢な風貌だった。
年の頃は十七,八くらいか。質素な身なりだが、仕立ては良い服を着ている。明るい茶色の目が印象的な少年だ。
恐らく、この少年がどういった方法でか、床に転がった男たちを相手取っていたのだろう。
「救援を呼んだのはお前か?」
尋ねると、明らかに少年は緊張したようだった。
俺は意識したことは無いが、副長のアディンセルに言わせると、人を威圧しているように見えるそうだ。生来のものだから、改めようとしてもあまり効果はない。少年には悪いが我慢してもらうしかない。
少年とはアディンセルを介していくつかのやり取りをした。少年は、ノアと名乗った。リリエンソールではありふれた男性名だ。
そこで判明したのは、ノアがウェーンクライス出身で、弱いながらも治癒魔法が使えるということだ。珍しくはないが多くもない能力で、使いどころによっては引く手数多な力だ。
しかしノアは、そんな自分の能力が取るに足らないものだと思っているようだ。それは宮廷魔術師のような魔力は無いにしても、この兵団でも欲しいくらいだというのに。
それにしても、肩を怪我しているというのに、それを隠すというよりも頓着しない様子なのが気に入らない。魔力のことといい、ノアは自分の順位を低く見ているようだった。
大人数の賊と対峙し、心身ともに疲れているだろうに、くるくるとよく働く少年だ。自分が壊したとはいえ、不可抗力だった壁の補修も率先してやったし、賄いまで手伝う始末。
結果、賄いは驚くほど美味かったので文句は言えないが、少しは大人しく保護されていればいいのに、と思わなくもない。
その絶品の食事の匂いにつられて囚人たちが騒ぎ出した。
確かに明日は徒歩で王都まで連行するため、空腹で倒れられたり足が遅くなったりするのは避けたいところだ。部下に指示を出そうと考えていると、ノアが目顔で囚人の食事の許可を求めてきた。自分が危害を加えられそうになっていたのに、とんでもない甘い人間と言うか。必要ではあったので、呆れながらも頷いて見せた。
何故か、それに嬉しそうに笑うと、手早く囚人分の食事を用意した。料理が壊滅的に苦手な俺から見てもどうかと思う食事だ。だが、「捕虜食」と言うだけあって、囚人の体力を持たせつつ、気力を削ぐ効率的な食事だった。このような特殊な食事をどこで習ったのだろうか。それとも、このような状況に置かれたことがあったのだろうか。
この後、ノアがどう行動するか興味が湧き、少し様子を見ることにした。
囚人の一人が、ノアが運んだ食事を拒絶する。一応いっぱしの矜持を持っているようだ。
普通ならその凄みに引いてしまうだろうが、ノアは平然としていた。他の旅人に聞けば、捕縛を手伝ったのは一人だけで、他はノアが捕えたという。それから、相当な胆力があるとは思っていた。
「食べなかったら、明日倒れるかもしれない。でもそれでも自業自得って思うけど、自力で歩いてもらわなきゃ。それに、ちゃんと償いを受けるまでは死んだりしたら駄目だよ」
聞こえてきた言葉に、俺はノアへの認識を改めた。甘いだけの人間という訳ではなさそうだ。箱入り育ちの少年少女であれば、賊を「可哀想」とでも言いそうだが、どうやらノアの考えは違うようだ。
あっという間に、あの捕虜食で、賊を無力化した。何というか、ならず者への対応が手慣れている気がしないでもない。
そして、何やら部下も囚人たちへ悪態を吐き始めたので、仕方なくアディンセルと出ていくことにした。アディンセルが一喝すると場は収まったが、ノア本人は騒ぎを起こしたことに対してか、少し気落ちしている様子だった。アディンセルも言っていたが、ノアの行動は本人の意思に関わらず事を大きくするようだった。
「あの、お騒がせして申し訳ありませんでした」
ノアが萎れた声で呟く。最良の結果を出したにも関わらず、自分への評価が著しく低いようだった。
まったく、器用なようでいて、自分に対しては随分と不器用なようだ。
そう思ったら、自然と俯いたノアの頭に手を置いていた。見た目通り柔らかな感触は心地よく、撫でると驚いて顔を上げた。その顔が面白くて笑みが浮かんだ。
「そんなことはない。賊とはいえ、この雪中では食事をさせないと持たないからな。助かった」
それは本心だ。実際、賊に同じ食事を出すことは、一般人の不満に繋がるし、正直隊の士気も下がる。それに思ってもいないことを言えるほど、器用ではない。
愛想で笑うのは無理だが、こんな風に誰かを認めて笑うことは苦にならない。
何故かノアが固まってしまったが、不快な表情はしていないので大丈夫だろう。
その後、いくつかの指示を出して、交代で休むようにすると、何やら出遅れたのか、ノアが寝る場所を求めてあたふたとしていた。要領がいいのか悪いのか分からないヤツだ。
ぎゅうぎゅうと隙間の無い広間だが、何故か俺の周りには空きがあり、そこへノアを呼んだ。
またノアは緊張した面持ちになったが、そっと近づいてきて、付かず離れずの距離に座った。どうも緊張しているようで、なかなか寝ようとしない。
もしかすると、俺に呼び出されて尋問の続きがあるとでも思ったのだろうか。
「……あの」
案の定、意を決したように話しかけてきたので、おかしくなった。
「疲れただろう。休め」
明日は雪の中を歩かなくてはならないから、当然のように休むように言ったつもりだが、それがノアには意外だったようで、しばらくきょとんと俺を見ていた。
「あ、ありがとうございます」
礼を言った後で、何やら思案していたようだが、不意にこちらを見上げ、柔らかくなった表情ではにかむような笑みを浮かべた。
「おやすみなさい」
そう言って、フードを深く被って持ってきた寝袋を口元まで引き寄せて静かになる。こんな状況でも躊躇なく眠れるのは才能だと思う。
やがて、静かな寝息が漏れ聞こえる。その規則正しい呼吸に眠気を誘われ、自分も目を瞑った。
しばらくして、トン、と肩に重みが掛かった。見ると、壁から体がずれたようで、ノアの頭が俺の腕に寄りかかっていた。
その軽さにふと違和感を覚える。明るい場所で見ていた体格の感じよりも軽かったからだ。
寝ている人間の顔を見るのはあまりいい趣味ではないが、ノアのフードをそっと上げてみる。
暗くてあまりよく見えないが、寝ているせいか、元々中性的な顔は少女のように見えた。警戒心を全く持っていない無防備さが、表情を幼く見せているのだろうか。しっかりしているようだが、まだ子供なんだと思う。
ノアに関してはいろいろと疑問があるが、好感が持てる人間なのは間違いない。
もう一度フードを被り直させると、また目を瞑った。
暖炉の火は温かいが、冬の宿砦は冷える。だが、今、隣にある体温で寒さが遠のいたような気がした。
不思議と温かいもので満たされ、柔らかな眠りが訪れた。
女の子に戻っても「少女のよう」と思われる主人公。
暗かったからかな。そうだね。……不憫だね。
この物語を思いついた時、一番最初に浮かんだのが、アレクシスに寄りかかって眠るノアでした。ここが出発点だと思うと、ちょっと感慨深いです。出発点に辿り着くのにかなり掛かったという。
閲覧ありがとうございました。