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ドラゴンズクラウン  作者: niku9
第5章 二人の王子
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アレクシスの優しさ 4

いつもの癖が……。

先に謝っておきます。

 自分のあまり綺麗ではない感情に戸惑って、急に口数の少なくなったわたしを、アレクさんとイライアスさんは訝し気に見ていた。何でもない、と変に上擦った声で隠してしまって、疲れているなら早く休めとイライアスさんに言われて、その場は解散になった。


 それぞれが自室に引き上げた後、ルナは昼間イライアスさんにたっぷりと構ってもらったようで、早々にわたしのベッドで寝てしまった。わたしはまだ時間が早いので、少し明日の仕事の準備をしようと、今日あった届け出などの申請を手に取ろうとした時だった。


 コンコンと戸を叩く音がしたので、戸締りをしてしまった管理人室の扉を開けた。

 扉を開けると、そこにはアレクさんがいた。わたしは、先ほどまでアレクさんのことを考えていたからか、少し気まずくてさり気なく視線を逸らしてしまった。


「少し、いいか?」

 すぐ済むからここでいい、とアレクさんは管理人室の入り口で話をしようとする。その方がきっといいのだと思うが、その反面少し一緒にいたい気もする。

 それほど遅い時間でもないので、お茶でもと思ってアレクさんを中に招き入れた。アレクさんは、少し困ったように眉を下げて何か考えていたようだったけど、一つ頷いて部屋へ入る。


 招いたはいいけど、話をするのを先延ばしにするため、出来るだけゆっくりとお茶を淹れ、アレクさんの前に置いた。今、話をするときっとこの気まずさの意味を追求したくなってしまう。

 それが良いことなのか判断がつかないから躊躇してしまう。


 アレクさんがお昼寝でここを使う時は、長椅子の隣に小さな椅子を置いて側に座るけど、今日は向かい側に座った。

 正面から顔を見ることになるけど、テーブルという物理的距離と障害物があることの方が今は有難かった。まあ、アレクさんの長い足なら、普通に一足で跨いでしまえるからあまり意味はないのだけど、わたしの気持ちの問題だ。


「アデラが何か言ったと聞いたが、おそらく事実だ」

 突然といっていいほどにアレクさんは話し始めた。でも、とても落ち着いた声だ。

 きっと何を話したかまでは聞いていないのだろうけど、確信があるようだった。


 そのことがわたしを一層混乱させた。一体アレクさんは、どのことを指して事実だと言うのだろう。


 アレクさんの優しさは、特別を作らないということ?

 それとも、わたしを友人として特別だと思ってくれていること?


 わたしの混乱が伝わったのだろうか。アレクさんはまた困ったように笑った。

「ノア。そちらへ行ってもいいか?」

 わざわざアレクさんは許可を求める。わたしは無言で頷いてしまった。


 アレクさんは、わたしの前まで来ると膝を突いた。そしてわたしを見上げながら右手を取ると、上着から取り出した物をその上に置いた。


 青い石が、室内灯の光を受けて澄んだ色を見せる。

 今日、道具屋で見たあの石だった。今は革紐ではなくて、艶を消した銀の細い鎖がついているけど、あの石に間違いなかった。


「……え、なんで?」

「お前が、気に入ったように見えたから」

 静かな表情でアレクさんが言う。

 これはどっちなの? 万人に対する優しさ? 友人としての特別?


 アレクさんの瞳と同じ色の石を持って、それをギュッと握った。

「迷惑、だったか?」

 無言のわたしに不安になったのか、アレクさんが小さく尋ねる。わたしは勢いよく首を振った。

 アレクさんの意図が分からなくて戸惑ってはいるけど、それが何であれ純粋に嬉しかったのは間違いないから。


 アレクさんは、わたしが迷惑に思っていないと知ってホッとしたようだった。

「身に着けなくてもいいから、持っていてほしい」

 石を握り込んだわたしの手をその上からそっと覆って、控えめな声で言った。


 それだけでいいの? やっぱり、このアレクさんの優しさはその他大勢へのものなのだろうか。わたしが気に入った様子なのを見て、買ってくれただけなのかな。


 ルナのことがあってから、わたしは正式に王都の住民になったから、アレクさんはもうわたしの身元保証人ではなくて、それでもまだこんなふうにしてくれるのは何故なのだろう。


「アデラさんは、アレクさんはみんなに分け隔てなく優しいと言っていました」

 口を突いて出た言葉は、全然言うつもりもなかったことだった。


「これは、みんなに平等にしていることですか?」

 アレクさんの目が、大きく見開かれるのをジッと見ていた。そしてその目は、ゆっくりと優しく細められた。

 アレクさんが近付いて、座ったままのわたしの膝にアレクさんの体が当たった。


 わたしの手を取っていた右手が外され、わたしの左頬を包む。

 そっと頬を撫でながら髪をかき上げる大きな温かい掌と、耳に触れる指先に、わたしは酩酊しているような心地になり、アレクさんの手に全部を委ねた。

 アレクさんの唇がゆっくりと開いた。


「お前だけだ」


 アレクさんの低い声が、吐息のように密やかに耳を打つ。わたしを見上げるその鮮やかな青い瞳が、潤むような熱を帯びていた。


 その熱の正体を知れば、この先、何かが変わるのだろうか。

 それを確かめようと、わたしもアレクさんの頬に手を伸ばした。


 そして、その指先が頬に触れる……。


「頼もうー!!」

 玄関の方から、それは良く通る声が響いて来た。

 そして、ドンドンと扉が破壊されるのではないかという勢いで叩かれる。

 わたしはビクッとなって、アレクさんに伸ばした手を引っ込めた。


「ちょっと、今、夜なんだから、大きな声を出しちゃダメだ」

「いや、何か分からないけど、今大声を出さないとダメな気がした!」

 何か、聞き覚えのある声だった。一つは家族で、一つは親戚のもののような気がする。


 いろいろな未知の余韻も吹き飛び、わたしとアレクさんは目を見合わせる。

 ふとわたしの覚えた既視感は錯覚で、来客の可能性もあることに思い至り、わたしは青い石を丁寧にポケットにしまいながら、慌てて玄関へ駆けつける。念のため、アレクさんも付いてきてくれた。


 重い音を立ててガチャッと鍵を開けると、わたしが扉を開くのを待たずに、バンと開け放たれた。

「ぎゃっ!」

 鼻先を掠めた扉に悲鳴を上げるが、サッとアレクさんが肩を引いて、鼻が持っていかれるのを防いでくれた。

 その直後に暴風のような勢いで、誰かがアレクさんから引き離すようにわたしの腕を引いて、体が抱きすくめられた。


「ノア! 僕が来たぞ!! もういろいろなことは僕に任せておけ!」

 こんな強引で非常識なことをするのは、今のところ地上にただ一人。

「ぎゃー!ノエルぅー!」


 何が何だか分からないが、とにかく懐かしい気配はノエルのもので間違いない。

 だけど、何でノエルがここに!? それよりも、く、苦しい……。


「ノエル! ノアが気絶しちゃうから、力緩めて」

 まったく見えないが、ノエルの背後から慌てた声が聞こえる。気のせいでなければ、この声は……。

「僕としたことが! ありがとうサイラス。危うくノアを絞め殺すところだった」

 ああ、やっぱりサイラスか。どうりで聞き覚えがあるはずだ。


 まったく悪気なく過失致死未遂を認める声に、わたしは脱力する。それをノエルが抱き留めて、わたしに頬擦りする。

「そんなに甘えて。僕に会えて嬉しいんだね」

 いや、酸欠でふらついただけですが。


 玄関の騒ぎを聞きつけて、寮の人たちがバラバラと駆けつけてくる。

「何だ、何があった」

「ノアが人質にとられているぞ!」

「いや、ノアとおんなじ顔をしている。誰だ!?」

 慌てふためく寮の人たちの背後から、また第二陣の人たちが来た。


「ノア。何だこの騒ぎは」

「帰って早々、休む暇もないよ。今度は何?」

 イライアスさんとセドリックさんだ。他の人たちの波が割れて、二人が前に押し出された。

「ちょっと、俺達ノアのお世話係じゃないんだけど」

「いや、俺達にはこの状況の処理は無理だ」

 第二分隊の人が言うと、みんな一様に頷く。何、そのわたしが危険物みたいな態度。


 前に出たセドリックさんが、頬擦りされているわたしを目撃して絶句した。

「……ノエル・アシュベリー?」

 思わずと言ったセドリックさんに、ノエルは満面の笑みを湛えた。嫌な予感。


 ノエルは急にわたしをくるりとみんなの方へ向け、後ろからギュッと抱き付いた。

「そう、僕が、ノエル・アシュベリーだ。妹が世話になっている」

 一同を見渡し、特にセドリックさん、イライアスさん、アレクさんを念入りに眺める。

 そして徐に、後ろにいたサイラスの腕を掴んで引き寄せ、そして宣言した。


「今日から僕らもここの住人だ。よろしく頼む!」

 サイラスも一括りにされている。わたしは、直接見えなくても、サイラスが申し訳なさそうな顔をしていることを察した。

 絶対兄に巻き込まれたんだ。ごめん、サイラス。


 ノエルという名の嵐は、その夜のあれこれを全て吹き飛ばしたのだった。


 どうなるの!? わたしの王都での生活!

兄登場ーー! じゃないよ!

アレク頑張ったのに。本当にすいません。

この妹にしてこの兄あり。

何気なくサイラス登場してるけど、本編初登場から何故か迷惑を被っている可哀想な人。

やっと兄も出てきたし、そろそろ本筋も進めないと、ですね。


という訳で、また少し間を空けて、次のお話の準備をします。

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