アレクシスの優しさ 3
ノアが自分の心を少し見つめます。
アデラさんのご飯はびっくりするほど美味しかった。玄人が作ったのと違って素朴だったけど、食べる人を思って作ったと感じられる料理は、自然と美味しくなるのだろう。
いつの間にかテオ君はアレクさんに懐いて、隣にべったりとしていた。わたしたちがご飯を作ったり片づけをしたりしている間、しっかりとテオ君の面倒を看ていたからだろうが、目の色が同じだからかすっかり親子のようだ。
あれ? 少し胸がもやもやする。ご飯食べ過ぎたかな?
片付けまで手伝った時に、そういえば、とアデラさんが提案してくれた。
今日の目的を話していたからだけど、服を扱っているからここでリボンを見ていってはどうかと。商品として扱っているのもあるし、要望があればすぐ作ってくれるという。
今日のお礼だからと言われたけど、お礼なら先ほどご飯を食べさせてもらったからと言ったら、今後お客さんとして来てほしいからその投資だと言う。
そういうことなら、甘えようかな。
アレクさんを見ると、アレクさんも「ルナには後で別の物を」と言って苦笑した。それは、また一緒に出掛けてもいいということだったら嬉しい。
お店を開けて見せもらったけど、貴族の人も来ると聞いて納得の品揃えだった。流行だけでなく伝統も踏まえた品は、仕事が丁寧であることもあるけど、若い人であっても年配の人が手に取ってもそれぞれに違和感なく馴染むものだった。
どれも素敵な品だけに迷ってしまいアデラさんに相談する。ルナは銀色の毛並みが綺麗で、黒い部分も茶けた色ではなくて深い黒だった。それを伝えると、アデラさんは二つのリボンを選んでくれた。
一つは深みのあるエメラルドグリーンに縁が銀糸の天鵞絨生地のもので、もう一つは鮮やかな赤に金糸の縁取りをした絹地だった。あ、ダメだ。激可愛いルナの未来しか見えない。
わたしは、ちょっとアデラさんが引くくらいの勢いでお礼を言った。そして、必ず服をここに頼みに来ることを約束する。
テオ君は、わたしたちが帰る気配を察してぐずり出し、アレクさんに抱っこされてしがみついたまま寝てしまった。テオ君の受け渡しの時に、アレクさんの服に付いたテオ君の涎を拭いながら、アデラさんが小さい声で謝るのが聞こえた。
「少し、余計なことを言ってしまいました」
「……そうか」
「可愛いですね」
「ああ」
可愛いって聞こえたけど、ルナの事かな? いや、アレクさんにしがみつくテオ君のことか。
そうだろうと頷いていると、そんなわたしを見て二人が小さく笑う。
何でだ? また少しもやもやが復活する。
アレクさんは、そんなわたしの頭を撫でて帰りを促した。
うーん、なんか誤魔化された気分。
振り返りながらアデラさんに手を振ると、アデラさんも小さく手を振り返してくれた。何か畏まった用がある時の服は、絶対アデラさんに頼もうと思った。
殿下がくれた服? いや、着ないと殺されるという局面になるまで、袖を通すことは無い。
封印……大切に保管だ!
アデラさんの見送りを受けながら工業区を出ると、日が暮れるまでまだしばらくあるため、外回りの馬車でゆっくり帰ろうということになった。外回りは、時間は掛かるけれど、この区画からだと騎士団本部の前まで一本で行けるからだ。
風よけの幌がついた馬車の後ろの方に二人掛けの席を取れて、付かず離れずの距離で座る。
コトコトと馬車の規則正しい揺れに、アレクさんが眠ってしまった。仮眠を取ったとはいっても、ほぼ徹夜の任務空けだったから仕方ない。あまりに体幹がしっかりしていて、眠っていても揺らぎもしないのだが、わたしがそっと腕を引くと、ストンとわたしの肩に寄りかかった。
一時間も無い乗車時間だけど、少し楽になってくれるといいな。
いつもの昼寝の時もだが、アレクさんが見せる無防備な姿は、何だかとても幼く見える。顔に当たる黒髪に頬を寄せると、ふと香るアレクさんの香りに包まれた。まるで、この前のマントで包んでくれた時のようで、それが何故か無性に面映ゆかった。
騎士団に近付く頃、アレクさんを起こすと、寝入っていた自分にびっくりしたようで、少し恥じ入ったように照れ笑いをしてお礼を言われた。
アデラさんが、アレクさんのことを「笑わない」と言っていたけど、わたしはいまいち実感が湧かない。初めて会った次の日の朝から、アレクさんはずっと少なくはない笑顔を見せてくれていたと思う。
馬車を降りて寮に帰り着くと、食堂ではルナと一緒にイライアスさんも待っていた。二人はつい先程帰って来たようで、ルナは一日イライアスさんの隊の訓練にお邪魔していたようだ。
もう、アレクさんやオルグレン団長以外でも、長時間一緒にいても大丈夫な人が増えている。まあ、相変わらずセドリックさんと殿下には懐かないけど。
イライアスさんは、わたしたちが門限を守ったことが意外だったのか、一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに苦笑しながら「おかえり」と言ってくれた。
早速ルナにお土産を見せると、それはもう嬉し気な声で「きゅわー!」と鳴いた。そして、二つのリボンを咥えると、イライアスさんの所へ持っていき、背中を向けて「着けろ」とばかりにイライアスさんの膝に座る。ちょっと、いつの間にそんな可愛いおねだりを覚えたの?
見れば、イライアスさんも必死に顔を引き締めようとしているが、口元が歪んでいる。
この懐きようを見ると、イライアスさん、さてはわたしに内緒でおやつをあげているな。
わたしの視線に目を逸らすイライアスさんだったけど、ルナの催促で逃げる口実が出来たとばかりにやけに丁寧にリボンを結んでいた。うまくはぐらかされたようだったけど、ルナが大満足のようなので不問に処すことにする。
それにしてもやっぱりルナは可愛いな! アデラさんの趣味の良さに脱帽だ。
でも、リボンは二つじゃなくて、一つずつ結ぼうね、ルナ。二つだと、お祭りみたいになっちゃうから。
それからは、わたしとアレクさんとイライアスさんの三人で食事を取り、今日あった出来事を話した。アレクさんとわたしは、屋台で何を食べたとか、旬の何が美味しかったとか、何軒食べ歩きしたかとか。
……あれ? 食べてばっかりだ。
最後に、迷子と遭遇してからのアデラさんのくだりでは、イライアスさんは「あの娘か」と言ったので、アデラさんとの事情をある程度知っていたのだろう。
互いに大人だから、あまり相手を詮索しないのだと思うけど、友人だからこそ心配もしてたのだと思う。イライアスさんは静かに「良かったな」とだけ言い、アレクさんも何も言わずに頷いた。
また、あのもやもやが胸に広がった。
ああ、これは、アレクさんと誰かの間に、わたしが入る余地が無い時に出るんだ。
やっとこの気持ちの正体に気付いた。軽くて今まで気付かなかったくらいだけれど、確かに存在する少し暗い気持ちだった。
アレクさんとわたしは、まだ出会って三ヵ月ちょっとだ。わたしの知らないアレクさんの方が多いはずなのに、それを理解している誰かに羨望を感じてしまう。そんな自分が少し嫌だなと思う。
わたしは、何でこんなにアレクさんのことが知りたいんだろう。
漠然としていたけど、この感情を見つめた先に、アデラさんの言うような「特別」があるのだろうか。
これがどういうことなのか知りたいと思う反面、知ってしまったら後戻りが出来ないような気がして、わたしは自分の心に覆いを掛ける。
今は、自分の中にあるこの気持ちと向き合う勇気が、どうしても持てなかった。
心のもやもやが「嫉妬」であることにようやく気付きました。
でもノアは直接的に嫉妬の意味は分かっていないですけど。




