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ドラゴンズクラウン  作者: niku9
第5章 二人の王子
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アレクシスの優しさ 2

 アデラさんのお家は、先ほど立ち寄った道具屋から遠くはなく、商業街にほど近い場所にあった。

 二年ほど前からお店を立ち上げて、今は貴族の人からもたまに注文が入る、結構繁盛した服飾のお店だった。


 旦那さんが仕入れと小物の細工を担当し、アデラさんが服の図案から縫製までを行っているようだ。腕がいいのは、自分が着ている服を見れば一目瞭然だった。

 若いのに、営業、職人、経営者、それに母親という何役もこなしていて、とてもわたしと三つ違いとは思えなかった。

 アデラさんは何と、まだ二十一歳だった。この春で二十二とは言っていたけど、どちらにしてもこの匂い立つ色香は、とても三年後にわたしが取得できるとは思えなかった。


 今、旦那さんは隣の領に布地を仕入れに行っているとのことで、おうちにはアデラさんとテオ君の二人だけとのことだった。久しぶりのお休みで市に出かけたところ、テオ君を見失ってしまって慌てていたところだったようだ。


 ぜひお礼をしたいと言われたけど、本当に大したことはしていないので断った。のだけれど、儚い見た目とは裏腹に、アデラさんはどうしてもと言って押し切られ、昼時も近いことから昼食をごちそうになることになった。美人の迫力半端ない。


 おうちは通りの正面にお店があり、裏手が住居と工房を兼ねているようだった。「裏口からですみません」と言われて入ったおうちの中はすっきりと整っていて、とても小さいテオ君がいるようには見えなかった。

 仕事の出来る人は散らかさないと聞いたことがあるけど、まさにアデラさんはそういう人に見えた。


 道中、アデラさんがアレクさんとの関係を教えてくれた。

 五年前、家族で服飾関係の商売をしていて、街道にたまたま現れた熊型の魔獣に襲われたとのこと。

 その時に、アレクさんたちの部隊が助けてくれたとのことだったが、弟さんとアデラさんは助かったが、ご両親が犠牲になったとのことだった。

 その時アデラさんは十六歳で、弟さんは十四歳だ。


 助かったはいいが、店舗は持たずに拠点となる街は相当な遠方で、家も賃貸で全財産を積んでの旅だったので、帰ったとしても伝手も何も無く、両親の死を悼む間もなく路頭に迷うことが濃厚であった。

 そんな折に、アレクさんが身元保証人になってくれて、王都で生活が出来るようになったとのこと。


 王都に来た日に衛兵のおじさんも言っていたけど、アレクさんはわたしみたいな境遇の人を何度か拾ってきたと言っていた。アデラさんはその中の一人ということだ。


 出会った時の様子から、てっきり昔アレクさんとそういう関係にあった方かと勘ぐってしまった。

 だって、アデラさんのアレクさんを見る目は、ただ恩ある人を見る目とは思えなかったし、テオ君の瞳はアレクさんのと同じ色をしていたし……。

 取りあえず「この子はあの時の子です」みたいな泥沼恋愛小説的な展開になることはなくてホッとした。


 ん? なんでわたしがホッとしているんだろう。


 もやもやした感じを拭えないまま、何だかいつの間にかお昼になりかけていた。食事の仕込みはしているので、準備をするから居間で寛いでいてくれと言われたけど、流石にもやもやを抱えたまま座りっぱなしでは居たたまれないので、わたしはお手伝いを申し出た。

 職場でも料理をすることがあることを伝えると、「では遠慮なく」と言って台所に通してくれた。


 アレクさんも手伝いを申し出たが、わたしはきっぱり全力でお断りする。何故かアレクさんの背中がしょぼんとして見えたけれど、これは心を鬼にしなければならない案件だ。

 アレクさんに食べ物を触らせるのは、わたしたちの命に関わるので厳禁だ。


 そんなわたしたちを見て、アデラさんが「仲がいいのね」と笑って言った。あの、ちょっと切なげな微笑みだ。

 居間を出る時にソファに座るアレクさんのお膝に、ちゃっかりテオ君が乗っかっているのが見えた。あの二人こそ仲がいいという言葉がぴったりだと思うけど。


 台所もきちんとされていてとても機能的だった。

 わたしの私室にも簡易的な台所があって、そこも結構綺麗にしているつもりだけど、ちょっと負けそうだった。

 生活の食事を作っている場所でこれだけ綺麗なのは凄い事だと思う。きっと努力の人なんだと、アデラさんのことを尊敬した。


「ノアさんは、お野菜を切るのをお願いしていいでしょうか」

「はい。任せてください」

 それから少しお喋りをしながらお昼を作った。


 なんと、アデルさんの弟さんは今街の衛兵をやっていて、アレクさんが身元保証をしている人が他にいることを教えてくれた詰め所のおじさんと同じ部署にいるようだ。だからあんなに事情に詳しくて、初対面なのに良くしてくれたのか。


 いろいろ端折りはしたが、わたしもアレクさんに助けられて寮の仕事を与えてもらったことを話した。後、いろいろと偉い人に迷惑を掛けられて、そのお詫びで街に来た時にテオ君と会ったことも。

 それで、保護した魔獣(の一種)の子にリボンを買ってもらうことになったことまで説明が終わって、「アレクさんっていい人だよねぇ」と話をまとめると、アデラさんはため息をついた。疲れたのか?


「あ、ごめんなさい。何かアレクシス様が可哀想になって」

 なんで? わたしが首を傾げていると、アデラさんが大人の女の人の笑みを浮かべた。

「あなたは、男の方のようですが、その、アレクシス様はあなたを好いていらっしゃるように見えたので」

 ゴトっと、持っていた器を落とした。木の器だったから良かったけど、陶器とかだったら大惨事だ。いや、問題はそんなことじゃなくて。

 え? 誰が誰を好き?


「いやいやいやいや、ご、誤解ですって」

 慌てて器を拾った。幸い中身は無事だった。三秒以内だし大丈夫だ。

「そうですか?でもあんなお優しい顔で微笑まれたのを見たことがなかったので」

 確かに最初の頃と比べると、聖母の笑みとか会得されていますしね。でも、あれってルナとかセドリックさんとかイライアスさんにも平等に発揮されているよね!?


「もう四年近くお会いしていませんが、他にもアレクシス様に助けられた方にお会いした時に伺っても、お優しいけれど微笑まれることはないというのが共通の認識です」

 何それ、わたしも他の人に会ってみたい。

 じゃなくて、あんなにいろいろな笑い方をするアレクさんが笑わない? 他の人の話をされているのかとも思ったけど、アデラさんがそんな勘違いをするはずもない。


「それに、アレクシス様はとても親切な方ですが、これまで誰もご自分の手元に置いた方はいらっしゃらなかったんです」

 そう言って、またアデラさんは寂しそうに笑った。


 アデラさんは、役に立てるよう小間使いでも何でもやるから、アレクさんの側に置いてほしいと懇願したそうだ。だけどアレクさんは、当面の住む場所を別に用意し、商人ギルドを紹介してから距離を置いた。

 働き口や、無事だった商品や道具の権利など、これからの生活に必要そうな手続きをすべてやってくれたし、ひと月に一度は職場に顔を出してくれたけれど、自分の私生活には踏み込ませてくれなかったと。

 そしてその様子見も、結婚が決まってからは無くなったそうだ。


 アレクさんの優しさは、万人に対して平等な優しさであって、困ったのが自分ではない他の誰かであっても等しく与えられるものだと言うのだ。


 ん? ちょっと待って。ちょっと待って。

 側に置いてほしいって、つまりアデラさんはアレクさんのこと……。

 恐る恐るわたしはアデラさんに尋ねた。


「はい。お慕いしておりました。アレクシス様は、命の恩を恋情と勘違いしていると思われているようで、絶対に後悔すると言って頷いてくださらなかったのです。アレクシス様に幻滅されたくないから仕事はちゃんとしていましたが、私生活は泣いて暮らしていたようなものです」

 そんな中で、今の旦那さんが自分が支えたいと交際を申し込んだそうだ。


 旦那さんは細身で鳶色の髪をした一つ年上の人で、瞳がアレクさんのような青い目だという。アデラさんがその青い目がアレクさんを思い起こさせるから駄目だと断っていたそうだけど、アレクさんを重ねていても幸せにするから一緒になってほしいと言われたそうだ。他の人を想っていても幸せにできると言えるなんて、凄い人だと思う。


「今は夫を愛していますし、結婚して良かったと思っています」

 最初は、その青い瞳に胸が苦しくなったけど、徐々に切なくはなるけど胸を焦がすことは無くなったと言う。今日も久しぶりにあって少しだけ胸が痛んだけれど、もうその背中を追いかけたいとは思わなくなっていたと。


 そんな強い気持ちなんてわたしは知らない。

 泣き暮らす程誰かを想う気持ちも、自分が報われなくても誰かを大切にできる気持ちも、そんな感情を向けることも向けられることも、それに対する憧れはあってもどうしても想像することが出来なかった。


 何をどう言ったらいいか分からなくなったわたしの手を、アデラさんはそっと握った。

「ごめんなさい。あなたを混乱させるつもりはなかったの。でもアレクシス様は、恋愛感情でないとしても、あなたを特別に思っているはずです。ずっとアレクシス様を見てきた私がそう思うんですから、外れてはいないと思いますよ」


 そうか、特別と言っても恋愛感情でない特別もあるだろう。わたしといるとアレクさんを悩ませていた睡眠障害が軽減されるから、そう言った意味では特別なのだと思う。あとは、アレクさんのお友達とも親しくさせてもらっているから、他の人たちよりは親密なのだろう。

 それに、アレクさんがわたしを寮の管理人にしたのは、たまたまその需要があったからだ。アデラさんの勘違いもあるだろう。

 ただ、その特別に感じてくれているということだけは、信じたいと思った。


 アデラさんの言葉にも納得して神妙に頷くと、アデラさんは困ったように微笑んだ。

「あなたが幸せだと感じることが、あなたを想う人にとって大切なことなんです。今無理にこじつけた答えを出さなくても、それだけを覚えていてくれればいいんですよ」

 それなら少し分かると思った。

 家族が幸せだとわたしも幸せだ。家族の為なら自分の女の子としての生を捨てても平気だった。


 アレクさんは、わたしを家族みたいに思ってくれているのだろうか。


 それを思うと、嬉しいと思う反面、その特別よりももっと違う特別を望む自分がいた。

アレクは、アデラの想いが吊り橋効果的なものと思っています。

なので、一定の距離を置いて、自分に依存せずに生活できるのを見届け、手を離しました。

例え、その想いが本物でも手を取りはしなかったでしょうが。


アデラの投じた一石は、恋情に対して幼いノアにも波紋を起こしたようです。

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