第二王子 2
ちょこちょこ短めに区切っています。
マクシミリアン殿下と呼ばれた人は、わたしを一瞥すると、まだ続きそうなぽってり腹の挨拶を手を挙げて遮った。
「いや。挨拶はよい」
尊大な口調であるが、声音が怒っている様子もないので怖くは無かった。
噂では、王太子であるエドワード殿下との確執や、穏やかな王太子と違って好戦的であるとかいろいろ聞くが、先ほどはぽってり腹が絡んでいるところを助けてくれたような気がしたし、噂のような悪い人ではないのかな?
むしろその噂で、エドワード殿下が穏やかとかあり得ない評価を受けているので、ほぼ捏造されている可能性もある。
そんな殿下が、わたしを睨むようにして口を開く。
「この者は……」
「この者は、先日幻獣と契約を結んだアシュベリーの者です」
ちょ、このぽってり腹、王子の語尾に若干被せ気味に話し始まったよ。不敬じゃないの、それって。
たしかこの人、第二王子派じゃなかったの?旗頭にそんな態度ってどうなの? それともそんなの推奨するくらい第二王子様って気さくなのか?
わたしが思わず咎めるような視線をぽってり腹に送ってしまい、慌てて視線を戻そうとして、今度はばっちり殿下と目が合ってしまった。殿下は何か未知との遭遇を果たしたかのような驚いた顔を見せるが、わたしはすかさず視線を逸らす。何て言っても、わたしはあなたのお兄さまで視線逸らしの技を磨きましたから。
「おい、お前。目を逸らすな、無礼者」
いや、平民からしたら王族の目を見る方が不敬です。それにそこのぽってり腹の方がずっと失礼なこと言っていましたよ。とは言えないので、わたしは更に深く頭を下げた。
「面を上げよ」
何が殿下の気に障ったか分からないが、何でかわたしと目を合わせようとしてくる。
ここから先、王族立ち入り禁止としたい。わたしの視界は、あまり美形と偉い人を入れると心の平安という処理が追い付かないのです。
「私の言うことが聞こえなかったのか?顔を上げろと言っている!」
そう言って殿下は、何故かわたしの額に手を当てて、下から顔を押し上げようとしてきた。黙秘の代わりに、思わず負けじと頭に力を入れてしまう。
「ちょ、お前、何で力を入れるんだ!?」
「わ、分かりません!」
あ、思わず正直に喋っちゃった。
「おのれ!素直なら良いというものではないぞ!そこに直れ!あ、もっと力を入れたな!」
いや、殿下のおっしゃることはもっともです。ですが、今力を抜くと、殿下の上に持ち上げようとする力で、わたしは確実に後ろに吹っ飛びます。全力で抗います!
更に力を入れる殿下と更に力を入れるわたしで、傍から見ると、殿下の「お手」にわたしが額を乗せているように見えるだろう。何だか分からない混沌とした状態になってしまった。
「廊下で、何でそんなに面白いことになっているのかな、君たちは?」
突然、またエドワード様と似た声がしたが、わたしの頭は力み過ぎてちょっと酸欠気味になり、思考能力が落ちていた。
「兄上!」
「んぎゃぁ!」
第二王子様が突如手を離したため、わたしは力の持って行き所を失い、盛大に前のめりになった。地面と仲良くなるのは必至と思えたが、痛みと無様に床に転がる様を覚悟してギュッと目を瞑る。
が、痛みも衝撃もやってこなかった。
やって来たのは、腹をグイッと圧迫される感触だった。それに思わず乙女にあるまじき「ぐえ」という声が出た。
懐かしいなぁ、グリフォン母さんに巣にお持ち帰りされた時もこんな感覚だったなぁ。
脳が酸欠気味で何が起こったか一瞬分からず、現実逃避をするわたしは、ぼんやりと顔を上げると、何とアレクさんのような幻と目が合った。優しいお顔にわたしも微笑み返す。
「ノア、戻っておいで」
エドワード様の声がして、ぺちぺちと頬を軽く叩かれて、わたしは正気を取り戻す。
自分を今更ながらに顧みると、何故かわたしはアレクさんに小脇に抱えられていた。まるで、小粋な鞄のように。
アレクさんもエドワード様も幻ではなかったようだ。地面から離れて弛緩している手足がぶらぶら揺れているのが見える。ついでにぽってり腹も唖然としているのが見える。
やだ、何この状況。
「……も、申し訳ございません、エドワード殿下」
取りあえず謝る。これしかないと思った。世の中、七割五分は謝れば何とかなる。
「何か、謝れば大丈夫、みたいな気配がするね」
怖い怖い怖い怖い。殿下怖い!何とかならない二割五分が目の前にいた!
殿下って心が読めるのではないかという疑念がずっとあったが、これは限りなく真実なのではなかろうか。
しばらくマクシミリアン殿下と同じく下を向いて震えていたが、埒が明かないと思ったのか、エドワード様が変な咳払いをした。
「アレク、放してあげて」
表面上優しく語り掛けるエドワード様の声に、アレクさんが無言で頷くのを感じた。そしてやけに丁寧に床に立たせてくれた。どこかの表面紳士と違って本物の優しさだ。表面紳士には、アレクさんの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。もちろん無理だけど。
「まあ、ノアのバカみたいに正直な私への反応は置いておいて、マックス、どういうことなのか教えてくれるかな?」
やけにわたしへの「バカ」のところに力が入っていたような気がする。
えっと、それよりもマックスって、マクシミリアン殿下の愛称かな? 兄弟だから当たり前なのかもしれないけど、何故か派閥の噂とは相容れない感じがして、わたしは首を傾げた。
その殿下は、何も言わずに俯いていた。本当にどうしたのかな?
「エドワード殿下におかれましては、これはお目汚しでした。そもそもこれはそこな者が不敬を働いたためでして……」
いや、ぽってり腹。あなたマックスじゃないでしょう。突然割って話に入るのは、知り合いでもちょっと失礼だ。
これが喋れないマクシミリアン殿下を助ける為だったらまだ違ったのだろうけど、ぽってり腹の口調からそんな気配は微塵も無かった。
「ゲインズボロー卿。私はマックスに聞いているのだよ」
ほら、怒られた。以前の従魔契約の儀式の時のように相手をそれなりに扱おうという気は無いらしく、エドワード様は格の違いを見せつけるかのようにぽってり腹を切り捨てた。
怖い怖い怖い怖い。殿下、超怖い! 氷点下を越えて絶対零度に近い眼差しは、出会った当初のアレクさんの目つきより怖い。
さすがのぽってり腹も顔面の血の気を失って、「失礼いたしました!」と慌てて去っていってしまった。明らかに尋常でない冷や汗掻いてたけど、大丈夫かな?
そりゃ怖いよね。あれは絶対、目線だけで人を葬れるヤツだ。実際殿下なら、「殺れ」と目線で命じて葬れるけど。
逃げ出したぽってり腹に、少しの共感とともにエドワード殿下から逃げることができた幸運を妬んだ。わたしも出来ればここから逃げたい、今すぐに!
それはもう一人の殿下も同じだったようで、わたしと同じような顔をしてぽってり腹を見やっていた。
そんなマクシミリアン殿下にも、ちょっぴり共感を抱いてしまった。
でも殿下、実のお兄さんなのに、まったくエドワード様を前に話をする気配が無かった。
わたしの目には、マクシミリアン殿下の握り締めすぎて白くなった拳が見えた。
ダブル殿下登場です。
やっぱり真面目に話が進まない。
明日も投稿します。
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