第二王子 1
ちょっとご無沙汰しておりました。
約ひと月ぶりの投稿です。
陽気はすっかり温かくなって、本格的な春を迎えた。
わたしが王都へ来て、早いもので三か月が過ぎようとしていた。
ルナと出会ってから、わたしの生活は一変するかと思ったけど、現在驚くほど変化が無かった。ルナを見かけると、女の子が寄って来るようになった他は、まずここへ来た頃と変わり映えしなかった。
心臓が口から出る程驚いたイライアスさんの、その、あの行動も、本人はケロリとしていて、イライアスさんにとっては感謝を込めた挨拶程度だったと知った。
あんな騎士が忠誠を誓うみたいなこと……って、イライアスさんは騎士でした。だからか、そうかそうか。
一人でドキドキしていた自分が恥ずかしい。騎士として普通のことを、わたしへの好意なんてちょっとでも考えたわたしは、相当痛い女だ。良かった、口に出さなくて。
そう言えば、わたしの生活に変化は無いが、イライアスさんの生活には変化があった。
この春から騎士に復帰したのだ。
文官のような仕事をしていたからか、少し最初は復帰のための訓練が大変なようだった。左足は不自由だった時の名残で、しばらく筋肉が固まっていて、それを庇っていた右半身との筋力の差が訓練に影響しているようだった。
あの一件以来、何故か少し強くなったわたしの治癒魔法で、しばらく訓練が終わった後に酷使した筋肉を解してあげていた。そのせいか分からないが、ほんの数週間で、イライアスさんは他の騎士さんたちと遜色ない動きが出来るようになっていた。
毎日が充実しているらしく、イライアスさんは日に日に見目麗しくなっている。
そして何故か、管理人室には、お礼と称された花や菓子がたくさん届けられるようになった。
延々と送り続けられて部屋に贈物が溢れかえってしまい、わたしがキレてやめさせるまで、それが毎日続いた。呪いを解いたことを考えても過分だったので、こんこんと説教したのだが、何だか分からない攻防をした結果、いつの間にか月に一回は贈物を受け取る約束をさせられた。
今更だけど、わたしが変な訳じゃないよね? 貴族だから? 分からん!
そんな金銭感覚のおかしいイライアスさんは、補佐官という文官職を下り、今は元の第一大隊の副官に戻った。その分の穴は、この春採用された人が来ることで埋められたらしい。随分と優秀な人のようだ。
ちなみに、イライアスさんは元々隊長を務める人だったけど、空白期間を無しには出来ないと、頑なに隊長への復職を断ったそうだ。
今の第一大隊長は、ロナガンさんという五十前の温厚なお父さんだ。他の大隊長でもおかしくない実力を持っているのに、イライアスさんの下にずっと付き従っていた人だそうだ。
本人はすぐにでもイライアスさんに隊長位を譲りたそうにしていたようだけど、彼以上にこの隊の最高責任者である師団長が言うことを聞く人がいないという理由で、イライアスさんを含め隊員に慰留攻撃を受けたらしい。
ふと思えば、わたしはこの師団長に会った事が無い。リリエンソールには、大将という地位にいる師団長が二人いて、そのうちの一人がアレクさんも所属するコンラッド師団長だ。
ちなみに大将位の上が元帥で、これは軍の統括を行うため、王族、特に王太子が担うことが多いようだ。ここ数世代戦争の無いリリエンソールは、武力が諸侯に傾かないよう、王家で軍の実権を握っている。もちろんその軍の総帥は国王陛下で、全軍を動かす場合は王の裁可が無ければならない。
ということは、今の元帥位はエドワード様が就いているということだ。
王太子が王位に就けば、今度は第二王位継承権を持つ第二王子が元帥になるらしいのだが、剣技は第二王子の方が優れているということで、あのぽってり腹のなんとか侯爵が、「権威の独占だ!」と、わたしがお使いで王宮に行った時、わざわざ一人で歩いているわたしを捕まえて文句を言っていた。そんな雲の上のことなんて知らないよ。
で、そのコンラッド師団長だが、なんでも海を渡った隣国トリーアに外交使節団の一員として行っているらしい。
この国の第一王妃、つまりエドワード様のお母さまの実家がそこらしく、里帰りのついでに外交します、という感じのようだ。そんなんでいいの、外交って。
第一王妃のヒルデガルド様は、それはもう超の付く行動派の女性らしく、王妃の首根っこを捕まえるのは師団長の役目らしい。それも、師団長のお母さまが王妃様の叔母に当たり、従兄弟で気安いということもある。実力と血筋と合わせてのお目付け役のようだ。ちなみに師団長は公爵様だ。
今度その使節団が帰って来るというので、「お帰りなさいパーティ」とかが開かれるそうで、王宮内はおろか、わたしの勤務先兼住居まで俄かに慌ただしくなった。
寮に入っている騎士さんや魔術師さんたちも、警備やら何やらに駆り出されるそうで、わたしのお使いも今まであまり行ったことのないような、王宮のちょっと奥の方にまで行くようになった。まあ、そこでぽってり腹に出会ってしまった訳ですが……。
ちなみに、ぽってり腹との遭遇は、今日で三度目である。そんな予感がしてたので、ルナは寮に置いてきている。
上位貴族の上に大臣職なのに、暇なのかな? きっと優秀な部下がいるんだな。
最初は、ぽってり腹のお小言というか愚痴を「そうですね~」と適当に聞き流していたけれど、道行く文官さんやメイドさんたちが、わたしを憐れんだ目で見ながら横を通り過ぎていくのを、あまり人通りの無い回廊にも関わらず十人ほど数えた時はさすがに、五線譜のように美しい線を描いて頭頂部を横断する髪の毛を毟ってやろうかと思った。
いや、ダメだ。同じ侯爵家でも、イライアスさんの髪を毟っても大した痛手は無いが、ぽってり腹のは死滅してしまう恐れがある。一応わたしにも情けはあるのだ。
わたしはムズムズする手を握りしめて、その衝動と葛藤した。
今日は、お使いは終わったからいいようなものの、午後の仕事はまだ残っていた。
どうやってこの迷惑製造機から逃れようか考えていた時、わたしの背後に誰か立つ気配を感じた。それを見たぽってり腹は、少し驚いて目を大きく見開く。
「ゲインズボロー卿。このような場所で下働きの者に絡むのは良くないぞ」
エドワード様によく似た声がして、わたしはビクッと怯えて後ろを振り返る。
が、そこにいたのはエドワード様ではなく、エドワード様よりも少し華奢で金髪碧眼が濃い色をした青年だった。
髪は短めのエドワード様と違って肩までの長めの髪だったが、下手な女子よりつやつやだった。声もだが、顔もやはりエドワード様に似ている。そっくりというほどではないが、間違いなく血縁を感じさせる容貌だった。
これはマズいぞ。絶対、殿下って呼ばれるような人だ。なんか、こんな年齢のそんな人がいたような気がする。
わたしとぽってり腹の驚きとは少し違って、殿下っぽい人はわたしを見ると、小さくその口が「まさか」と呟いたようだった。
わたしは咄嗟に頭を下げて、一歩廊下の端に避けるように引いた。とにかく間違いなく偉そうな人なので、回避と共に距離を取った。
「これはこれはマクシミリアン殿下。ご機嫌麗しゅう」
やっぱり殿下でした。しかも、第二王子様だった。分かってたけど、そうじゃないといいなぁと、ちょっと現実逃避をしてました。
本当に、一日に摂取できる偉い人成分は限界を超えています。
誰か、助けて。
兄とか元婚約者とかの前に、予想だにしていなかった人が登場してしまった。
師団長とかサブタイトルの人とか。
あと、イライアスはいろいろと確信犯です。
また閲覧よろしくお願いします。




