コンラッド師団第二分隊 2
ある意味飯テロの回です。ある意味で、です。
美味しそうな表現難しいですね。
ぜひ雰囲気で読んでください。
取りあえず、わたしは炊き出しをする騎士さんに手伝いを申し出た。他の人は賊の見張りや、補修の仕上げとかで忙しくしていたので、それが一番役に立ちそうだったからだ。
第二分隊の食事は順番の当番制らしく、少し料理が出来ることを話せば喜んでいた。その人はあまり料理が得意ではないらしい。
隊長さんとイヴリンさんはその当番は除外されているらしいが、二人はふんぞり返って命令しているだけという訳ではなく、誰より身体を動かしている。除外の理由は、単にその二人の作る食事が壊滅的に不味いというだけの理由らしい。
隊長さんは無骨そうな外見なのでそんな気もするが、完璧な女性っぽいイヴリンさんの弱点のようなものを聞いてしまって良かったのか、わたしは却ってドキドキした。聞けば、隊の誰よりも大雑把な性格らしい。うん、隙の無い人よりずっといい。
材料は騎士団で提供してくれたけど、時間も限られていたので適当に作ることにした。
芋と干し肉とパンという定番の材料とハーブを少しもらった。あと、玉ねぎやニンジンなどの根菜類、寒い時の活力になるチーズも少々。当番の騎士さんにも手伝ってもらって、大きな鍋で大量に作る。
寒い時にはやっぱり温かいものがいいよね。
料理が出来上がる頃には、何故かみなさん自主的に参集してきたよ。わたしは一列に並ぶように言って、配給を始めた。
今日の献立は、手抜き料理のマッシュポテトとパングラタンだ。野菜ゴロゴロで食べ応えがある。あとは、お肉が少ないので、大きな丸鶏を数羽分、ハーブを混ぜた塩でもみ込んで焼いた。大雑把だが美味しいのが売りのメニューだ。
簡易食器の深皿にパングラタン、平皿にマッシュポテトと鶏をよそう。我ながら即席にしてはうまくできたと思う。
騎士さんたちだけじゃなく、旅の仲間もみんな同じ食事を取った。修繕作業でおなかがへったのか、みんな一斉に食器に齧りついた。
「わ! うまい!」
「あったけぇ。沁みる~」
みんな口々に褒めてくれた。なんかちょっと嬉しいぞ。
「ほんと、嘘みたいに美味しい。チーズが蕩けるわ」
イヴリンさんがパングラタンを頬張ってそう言ってくれた。隊長さんは相変わらず無言だが、心なしか眉間の皺が無くなったような気がする。
「少し多く作ったから、まだありますよ」
そういうと、ほぼ全員が列に並んだ。おっと、自分の分を確保しないと無くなりそうだ。
「うちの部隊って、戦闘力特化だから、従者とか衛生兵とかいないのよ。だからいつも鍋を持っていても芋や根菜を蒸かすくらいしか出来なかったの。野外でこんな美味しい食事がとれるなんて幸せだわ」
ほくほく顔のイヴリンさんの声が聞こえたのか、遠くで一部屋に閉じ込められた賊たちが騒ぎ出した。
「くそ! 匂いだけ嗅がせやがって、拷問か!?」
「ちくしょー」
まあ、賊だってお腹が減るだろう。ましてや偽護衛の四人は昨日の夜から何も口にしてないから。自業自得だけど、少し可哀そうだ。わたしが隊長さんの方に目を向けると、呆れたような顔をされた。鋭い眼光以外の初めての顔だ。
「僕は、以前一緒に旅をした冒険者のパーティに教わった『捕虜食』を作れます」
わたしが提案すると、周りの人達が驚いた顔をした。そりゃ一般人は普通「捕虜食」なんて教わらないものね。わたしは、最終決定権がある隊長さんを見た。
少しの間じぃっと睨めっこしていると、隊長さんが大きなため息をついた。どうやらお許しが出たようだ。寒いうえに空腹では、明日王都まで連行するのに持たないと判断したんだろう。明日は自分で歩いてもらわなければならないから。
ここには牢が無いので、賊たちの縄を解くわけにいかないから、騎士さんたちの手を余り煩わせないようなものを食べさせることにした。
簡単に私が食事に手を加えて騎士さんたちに手渡すと、感心したように騎士さんたちはそれを受け取って、賊たちに食べさせるのを手伝ってくれた。
わたしの前には、偽護衛のうちの一番偉そうだった男がいる。その男は、わたしの運んだ食事を拒否した。
「ちくしょう!馬鹿にしやがって。施しのつもりか!」
そう凄んでくるが、心強い騎士さんたちがいてくれて、わたしは恐く思えなかった。
「食べなかったら、明日倒れるかもしれない。でもそれでも自業自得って思うけど、自力で歩いてもらわなきゃ。それに、ちゃんと償いを受けるまでは死んだりしたら駄目だよ」
わたしは目の前で命を粗末にされるのは嫌だった。ジッとわたしが睨むようにすると、男は少し怯んだようだった。わたしの眼光に屈したのか?
「だから、食べて」
説得に応じたのか、男は少しボーっとするように頷く。
そうして男の目の前に出したのは、冒険者のおっちゃん直伝、「手軽で簡単、栄養も取れる捕虜食 (スライム風)」だ。見た目は、そう、名の如くやけに鮮明な緑色をして、中途半端にぐにゃっとしているマッシュポテトの野草煮込み獣脂固めだ。野菜も脂も穀物も取れて、一石三鳥。味の保証はしないけど。
「こんなの食えるか!」
賊は渾身の拒絶をするが、食べ物を粗末にする人はこうだ!
「お残しはゆるしません!」
私は、油紙に包んであった大量のスライム……じゃない料理を、男の口の中に突っ込んだ。
「ぶぉえぇ! くさっ、ぐにゃってする!!!」
最初喘ぎながら吐き出そうとするのを、鼻を摘まんで嚥下させると、「あれ? 意外といけるな」と言って残りをモグモグし始めた。しっかりと食べたのを見て、他の賊たちもくれくれの催促をした。騎士さんたちは虚無の顔で、スライムを賊たちの口に放り込んでいった。
「「「「「くさっ、気持ち悪!!!」」」」」
結果、最初の一人以外、全員撃沈した。床に倒れ伏す賊たちが「そういえばあいつ、クソ馬鹿舌だった」と今わの際の言葉のように呟いていた。
「ふっ。俺たちも作るの手伝った時、吐くかと思ったわ」
「あんな美味い料理を食おうなんて、百年早い」
「まあ、アレでも隊長の作る料理よりマシだけどな」
「……クソ騎士どもが……」
おっと、いつの間にか、騎士さんたちが黒い顔してた。
「ちょっとあなたたち!」
イヴリンさんの声に騎士の皆さんがビシッとした。振り返ると、そこには腰に手を当てた美しいイヴリンさんと、険しい峡谷が出来た眉間をお持ちの隊長さんがいた。お、お、怒ってる。わたし、何かしましたか?
「ほんと、あなたって修羅場を作る天才ね」
「え、っと、あの……すみません。でも体に害はありませんので……」
責めているというよりも呆れたという口調だったが、何故か謝らないとならない気がして、思わず頭を下げた。するとその頭をイヴリンさんにぐりぐりとされた。
「お姉さん、本当に君のこと興味津々になったわ」
今気が付いたけど、背が伸びてもイヴリンさんの方が背が高い。ちょっと、羨ましい。
そんなイヴリンさんのぐりぐりを受けながら隊長さんを見ると、先ほどよりも眉間の谷間は浅くなったが、やっぱり眼光の鋭さは変わらない。
「あの、お騒がせして申し訳ありませんでした」
良かれと思ってしたことでも、他の人から見たら邪魔なこともある。少しでも役に立ちたいと思っていたから考えてやったことで、それが迷惑を掛けていたとしたら申し訳ない。
自分でやったことだが、何となくしょんぼりしてしまった。だけど、不意に頭が撫でられて、わたしは驚いて顔を上げた。
「そんなことはない。賊とはいえ、この雪中では食事をさせないと持たないからな。助かった」
た、隊長さんが、笑った!
眉間の皺も、鋭い目つきも、引き結んだ口も、それが和らぐだけで、隊長さんの印象が全然違っていた。何と言うか、思わず見入ってしまうお顔だ。
それに、もしかすると思っていたより若いかもしれない。
わたしはびっくりを通り越して、睨まれた時よりも更に硬直してしまった。
「みんな戻れ」
先ほどの微笑みが嘘のように、またキリッとした顔に戻って、隊長さんが騎士さんたちに声を掛けた。夜も更けてきたので、呼び戻しに来てくれたようだ。
騎士さんたちは、もう一度賊たちの縄が緩んでないか確認してから、広間に戻って来た。
どうやら三人ずつの交代で見張りをするようだ。
わたしもそろそろ寝る用意をしないと。まだ時間的には余裕があるが、宵っ張りの人たちに付き合わされないように、早めに就寝したふりをしなくてはならない。いろいろとお話できないのは残念だが、女の子と知られるよりはいい。
少し埃を被った自分の寝袋を引っ張り出し、端の空いているところを物色していたが、元からあまり広くない宿砦の広間に、ガタイのいい騎士が横になっているので、ほとんど場所が無かった。他の人も房に入ることなくここに集まっている。多分、一所に収容されているとはいえ、賊と同じ空間にいるのに、皆と離れるのが嫌なのだ。
困ったな、と思っていると、ふと視線を感じて隊長さんと目が合った。何故か隊長さんは、自分の左隣りの床をポンポンと叩いて、ここに来るようにと無言で指示している。
何だろう。お説教とかだとヤだなぁ。
わたしは、恐る恐る近付いて、「お邪魔します」と言って隣に腰を下ろした。それから少し黙っているが、隊長さんは特に何も言うことも無く、ただ沈黙が流れた。わたしはいたたまれなくなって、ソワソワする。
「……あの」
勇気を出してそっと尋ねると、隊長さんが顔を向ける。眉間の皺が無い隊長さんだ。
「疲れただろう。休め」
何のことは無い。寝る場所を探していたわたしに、自分の隣の空いている場所を提供してくれたのだ。みんな何となく、隊長さんの周りに微妙な間隔を空けていたから……。
「あ、ありがとうございます」
言ってから気付いた。
賊の凶刃から守ってくれた時も、肩を怪我していたのに最初に気付いてくれた時も、イヴリンさんにからかわれた時も、今も、隊長さんはずっとわたしを助けてくれていた。
怖い人なんて思ってごめんなさい。わたしは、今度は心からそう思った。
「おやすみなさい」
わたしは、何だか幸せな気持ちで、隊長さんを見上げながら言った。
でも何だか照れくさくもあって、フードを目深に被って寝袋を口元まで引き上げ、壁にもたれるようにして眠りに就いた。
アディンセルさんの料理の腕前は、「激マズ」です。
隊長さんの料理の腕前は、「人死にが出る」級です。
本日はあと1話投稿します。
閲覧ありがとうございました。