挿話 サイラスの初恋
サイラスとノアの出会いから婚約の申し入れまでの、本編の前日譚です。
短めの投稿です。
サイラスは兄弟たちから比べると気が弱かった。
魔力値はさほど変わりないのだが、他者を押しのけてまで自分が利を取ろうと気概がなかった。
再従兄妹だった両親も兄も弟妹たちも、実に世に言う「アシュベリー一族」らしい性格だったから、家族の中では、いつも損な役割を押し付けられていた。
控えめな性格のせいか、誰かに強く出られしまうと萎縮し、本来の力を出せないことも多かった。
アシュベリー一族には、年に一度、新年に魔力を競う会合があった。
各自の持つ属性で、小さな的を射抜く魔力操作を競うものと、どれほどの範囲に魔力を及ぼせるかを競う魔力量を測るものだ。
サイラスは七歳の時から出ているが、ここ数年はアシュベリーの当主、つまりサイラスの父親の妹のザラ・アシュベリーの長子であるノエルが圧倒的に優勝していた。ノエルは二つ年下だが、大臣級の実力のある大人ですら負かすことが出来ない実力の持ち主だった。
本人は天使かと見紛うほどに愛らしい顔つきをしているのだが、性格は「これぞアシュベリー」というものだった。
ただ、その矜持は山脈程も高くとも、清々しいほどの自信に溢れているだけで、決して弱い者を虐げるようなものではなかった。
だからサイラスは、年下とはいえ、既に一族に自らの地位を確立したノエルに憧れていたのだ。
ノエルも、そんなサイラスに小言を言うことはあっても、冷たくあしらったり無下にしたりはしなかった。一族の中では仲が良い方だと思う。
そんなささやかな交流が従兄弟同士で続けられていたある日、サイラスが十二歳になる年に、珍しくノエルの家からもう一人参加者が来た。
初めて会うが、ノエルの双子の妹のノアだと知らされた。
「こんにちは。初めまして、サイラス」
ノエルの双子の妹と聞いていたから顔の想像はしていたが、浮かべる表情が違うとこれほど雰囲気が変わるのかと驚いたことを覚えている。
ノエルは人を食ったような笑みや嘲笑は良く浮かべるが、ノアは人懐こく屈託のない笑顔をサイラスに向けてくれるのだ。サイラスは、やけに心臓がドキドキしたのを覚えている。
競技が始まると、ノアは早々に戦線を離脱したようだった。何でも、使えるのは治癒と光を照らす魔法だけらしく、競技に参加することができないらしい。集まった一族が、口汚くノアを「出来損ない」と言っているのを方々で聞いた。
それを偶然聞いたらしいノア(家族がいない所でわざと聞かせていた)に、慌ててサイラスが駆け寄ると、ノアは何でもないことのように笑った。
「わたしは気にしないよ。だって、ノエルが怪我をしたら、治してあげられるのわたしだけでしょ」
一族には、確かに治癒力を持った人間はいない。
ノアは、まだ十分に成長していないせいで強すぎる魔力に身体が追い付かず、広範囲魔法を使う時に怪我をするノエルを心配して今年から一緒に出ることにしたらしい。参加者しか会場内には入れないので、失格になってもそれだけの為に遠路も苦にせず来たらしいのだ。
「ありがとう、サイラス。わたしが苛められてると思って助けてくれたんでしょ?」
笑顔で礼を言われて、サイラスは恥ずかしくなって俯いた。
「いや、ほら、僕も同じく出来損ないって言われてるから」
訳の分からない動揺で、言い訳にもなっていないことをポツリと言った。するとノアはキョトンとした顔で小首を傾げた。
「ほ、ほら。こんな感じの炎しか作れないし」
更に焦って、掌に柔らかい炎を出す拙い魔法を見せてみると、ノアは何故か物凄く驚いた顔になった。
「すごい、サイラス!」
「え?」
「わたしね、ずっと寒かったの。それがとっても暖かくなったよ」
本当にノアは感心しているような様子だった。
「温まろうとしても、他のみんなの魔法だと、わたし黒焦げになっちゃう」
言われている意味が分からなかったが、至極真面目な様子のノアに、サイラスは思わず吹き出してしまった。
「ええ、笑った。失礼ね」
「いや。初めてそんな風に言われたから、びっくりして」
「そうなの?」
「うん。僕の魔法は地味なんだって。だから、アシュベリーとしては出来損ないなんだ」
少し寂しい気持ちになって言うと、ノアが急に怒り出した。
「なんで?サイラスの魔法は、暖炉の火みたいにとっても安心する魔法で、わたしは好きだよ」
「え?」
両の拳を握って力説するノアに、サイラスの顔は火を噴いたように熱くなった。
そういえば、治癒魔法を使う者は、魔力が色のように見えると聞いたことがある。ノアもそうなのだろうが、面と向かって「好き」と言われ、サイラスはどうしたらよいか分からなくなってしまった。
「ここにいるみんなの魔法は、ギラギラテカテカしてて目が痛くなっちゃうよ。だから、やさしい魔法を使えるサイラスの勝ち!」
心臓のドキドキと灼熱の頬と戦っていたが、ノアはそんなサイラスに気付かず、独特の表現で一族の魔力をこき下ろした。
それが、なんともノエルと似ていて、サイラスはもう一度噴き出してしまった。
「あ、また笑った」
「ごめん。でも、君といると、なんだか楽しくって」
「……そう。ならいいけど」
少し不満顔だったが、ノアはサイラスのことを許してくれるらしい。
「そういえば、ノエルの魔法ってどんな感じなの?」
つい興味が湧いて尋ねると、ノアはパッと明るい笑顔になった。
「ノエルはね、真っ白でキラキラしてて、でも傍にいるとあったかいの!」
ノエルは稀に見る無属性の魔力を持っているらしい。それがノアの目には、白銀の雪原のように見えているのだろうか。
「君はノエルの魔法が好きなんだね」
「うん。世界で一番好き!」
ツキン、と心臓が痛んだ。サイラスは胸もとの服をギュッと掴んだ。
「そうしたら、僕もノエルのような魔法を使えるように頑張らなくちゃ」
自分でも無意識の言葉だった。
ノエルはずっと自分の中で憧れていた存在だったが、初めて肩を並べたいと思った。
ノアはサイラスの独り言を不思議そうに聞いていたが、またにっこりと笑った。
「ノエルと同じにならなくてもいいよ。サイラスはサイラスのやさしい魔法を上手になって。わたし応援するね」
急に目の前が拓けた気がした。
そうか。僕は誰かと比べなくてもいいのか。
サイラスは、ノアの言葉が胸に焼き付いて輝くのを感じた。
きっと君に「世界一好き」と言ってもらえるような、僕は僕だけの魔法を身に付けよう。
そしてその時は……。
「僕のお嫁さんになってくれると嬉しいな」
ノアにも聞こえないくらいの呟きだったが、叶うならどれほどの努力も惜しくはないと思った。
あれからもうすぐ九年が経つが、僕は君の一番にはまだ遠い。
けれど、眩しいくらい綺麗になった君にみんなが気付く前に、想いを伝えてもいいかな?
結婚の意思を伝えたら、君はとても驚いていたけど、「ありがとう」と笑ってくれたね。
それは、あの日のままの笑顔だった。
僕は、君に会うたび君を好きになる。
あの日の君も、明日の君も。
僕は、新しい君に、何度でも恋に落ちるんだ。
サイラス、本編より前に挿話で登場です。
随分と初恋フィルターがかかっていますね。
ちょっと箸休めになったでしょうか。
ちなみに、一族の力比べに母は参加出来ません。
誰も勝負にならないからです。
ザラは、14歳の時から出禁……殿堂入りになってます。
現在はノエルも出禁……殿堂入りです。




