騎士の独白(衝動)
R15の定義を学んできました。
大丈夫です!
いつしか寮へ辿り着いたが、すでに日は沈み、懐中時計を見ると二十時を指そうかという時間になっていた。遅い時刻に躊躇したが、約束の日は今日であった。
部屋を訪ねると、ノアは嬉しさを隠さずに私を迎え入れた。私の中で何かが動いた。
私は、ノアを自分のものにしようと決意する。侯爵家や現王の為に。
たとえ、友情を壊すことになっても。
周りからの批判は甘んじて受け入れよう。それだけのことを私は行うのだから。
ただ、最後の良心として、無理強いだけはしたくなかった。ノアとは合意の上で深い仲になりたかった。
誰にも邪魔されぬよう、いつも皆に向けて解放されている管理人室の扉を閉じ、そっと鍵を掛ける。
対するノアは、私の好物でもてなし、屈託の無い笑顔を向け、懸命に自分の心を語る。
婚約破棄の話も、女性として安泰な未来より、今自分たちといることのほうが大切だという。サイラス・アシュベリーには悪いが、小気味よく思う。私は知らず微笑んでいた。
そして、あの飴細工を取り出すと、想像していた通りにうっとりと花に見入っていた。そしてそれを大切そうに受け取ると、ルナが興味を示したのであげてもいいかと私に尋ねる。もう自分のものだというのに、私の気持ちを汲もうとするのがこそばゆかった。
ルナを介して、驚くほど穏やかな時間が過ぎた。
ああ、この時間をずっと自分のものにしたい。この娘がこの先も隣にいてくれたら……。
次第に打算とは別の意味で欲が首をもたげて来た。
私の態度の変化に気付いたのだろうか。ノアが落ち着かなくなった。
徐々に距離を詰めていく。それでもまだ少しの躊躇いがあり、軽く触れるだけに留めていたが、不意にノアが変な声を上げて立ち上がった。
聞けば、ノアの呪いは身体の変化を残して消えているという。だから今起きている無性化状態は別の力の作用らしい。そしてそれは限定的だが、一時的に解けるものだと言う。
それはつまり、ノアが女性に戻るということだ。それをノアは何でもないことのように言う。
ノアは、それがもたらす決定的な結果を分かっていなかった。
ノアの声で、目の前で起きる現象を逃さず見守った。
身体が縮み、頬が丸みを帯び、肌が薄くきめ細やかになる。少年寄りの姿でも可愛らしく思えるのに、少女に戻ってしまえばこれ以上劣情を抑えるのは困難だった。
これまで、女性からの執拗な接触と、呪いのせいで自分を蔑ろにしていたことから、心因性で異性への興味を全く感じなくなっていた。だが、それを元に戻したのもノアなのだ。
それでも、もしノアが抵抗する素振りを見せれば、諦めたかもしれない。
だが、ノアはきょとんとした目で私を見るばかりだった。
「魔物の呪いで脚が動かないからといって、私は……男なんだぞ」
自分がどういう状況に置かれているのか理解していないノアをソファに押し倒し、抵抗させないように手首を掴む。自分のしたことがどういうことか分からせてやりたくなった。
柔らかな頬を撫で、その唇に近付いていくと、突然ノアが叫んだ。
雰囲気も、私の利己的な思いも、何もかもすべてを吹き飛ばして。
「ああ! 補佐官さん! もしかしたら、その呪い解けるかも!」
この娘は一体何を言っているのか。
聖女のいない現在、この呪いを解ける者などいない。
なのに、ノアが言うには、ノアの無性の呪いを無効化したのは自分の持つ何らかの力だから、それを私に作用させられるのではないかというのだ。そんなお伽話みたいな話、俄かには信じ難い。
それでもノアは、私を失望させてしまうかもしれないが、やってみるだけの価値はあるという。
私は、騎士であることを諦めなくていいのか?
これまでノアに向けていた暗い感情が一気に霧散するのを感じた。
この娘はどこまでいっても変わらない。
変わらずに、そして何でもないことのように、私を苦悩から簡単に掬い上げてしまう。
そう、変わらなくていいんだ。いや、変わってもいいんだ。
たとえ剣を振るえなくても、私の根幹は騎士であることに変わりはないのだから。文官の真似事でも、自分が出来ることを貫き通せばいい。
騎士は守るものだ。戦うことがすべてじゃない。
侯爵子息とか、王太子派とか、そんなものは騎士たることを忘れなければ最初から思い悩むものではなかった。
初めて心の底から、この娘を愛しいと思った。
無為にこの娘を傷付けようとしたことを心から恥じる。
そして、無邪気にグリフォンと戯れる娘を見て、そうしたことがこれから付きまとうであろうノアを、守りたいと、そう強く思った。
私はノアの為に騎士となろう。
そう決意し、明日の約束をして去ろうとして鍵を開けると、不思議そうにするノアに、何だか爪痕を残したくなった。騎士らしからぬ不埒な考えであるが、目の前の男がどんな事を考えていたのか教えるのは、この物知らずな娘にはいい薬だと思ったのだ。
不用意に近付いてくるノアの手を引き寄せ囁く。
「今夜のここでのこと、すまなかった」
そう言うと、徐々に状況を把握したのか、顔が見る見る強張っていく。迂闊なだけで、どうやらそういった知識は持ち合わせているらしい。その顔を見れただけでも収穫だ。
変な悲鳴を上げて悶絶するノアに、「次は容赦しない」と告げる。自分に対して肯定的な感情を露にするノアに、少なからず期待をしてしまうのは罪だろうか。
この娘に対しては、騎士道と衝動の天秤を平衡に保つことはなかなか難しそうだ。
それはそれで、父に「娘を攫って田舎に引っ込んだ」と通報されても、もうそれは仕方の無い事と自分でも清々しい程に割り切ってしまった。
ありのままでいよう。己の心に正直に生きれば、どの道も後悔すら受け入れられるだろう。
もう自分で自分の誇りを傷つけることはしない。
胸を張って、思うまま生きることを伝えに、父に会いに行こう。
そう誓った。
馬鹿みたい悩んでいたことも、ふとした瞬間に別の途が見える時があります。
時には逃げることもその途だと思います。
という訳で、イライアスは途中アウトでした。
ノアに業を煮やして、なんか我慢とかもういいや、とか思ってたので。
いろいろと吹っ切れたけど、ノア視点では爽やかだったのに、「娘攫って」とか不穏なこと考えてました。
真面目人間は振り切れると、要注意ですね。




