呪いを解きましょう 7
サブタイトル最後の回です。
鳥のさえずりが聞こえ、わたしは重い瞼を持ち上げ、気怠い気配を押して目を覚ました。
目を開けようとしても開かない。訝しんで手をやると、そこには冷やされた布があった。
「あ、目が覚めたのね」
何故かイヴリンさんの声が聞こえる。
布を取り払って、わたしは声の方を向く。
「思ったより腫れてないわね、目。おはよう、ノア」
「……おはようございます」
声は男の子に戻っていた。
時計を見れば九時過ぎていて、そもそもここはわたしの部屋だった。
状況がまったく把握できずに、わたしはとりあえず起きようとした。
「あ、ルナ」
「ルナなら、オルグレン団長が預かってくれてるわよ」
「そう、ですか」
迷惑をかけてしまったみたいだが、ひとまず安心だ。
「調子は大丈夫? 辛いなら寝ていてもいいのよ?」
「いえ、大丈夫です。仕事しなくちゃ」
「今日は休みでいいんですって。でも、本当に大丈夫なら身支度整えて来なさい」
「はい」
何故か強制的に休みになっていた。おまけに、いつの間に部屋に戻ったのかも全く記憶にない。
釈然としないのが表情に出ていたのか、含み笑いでイヴリンさんが言う。
「詳しい事は食事の時にでもするわ。さ、いってらっしゃい」
送り出されて、わたしは身支度を整えた。
戻るとイヴリンさんは遅い朝食にわたしを誘った。
食堂に行くと、そこには人はいなくて、わたしとイヴリンさんだけだった。
おばちゃんたちに挨拶をして、自分の分を取り分ける。相変わらずイヴリンさんは女性が食べる量とは思えないほど盛っている。席に着いたわたしたちはしばらく無言で食べ進めた。
「さて、じゃあ、説明しますか」
先に食べ終えたイヴリンさんが話し始める。姿勢を正そうとしたわたしに「食べながらでいいわよ」と言ってくれた。
「まずは、解呪を成功させたのね。誰にでも出来ることじゃないわ」
面と向かって褒められて、わたしは恐縮するばかりだった。
「で、その後あなたは気を失って、というか、疲れて寝てしまったらしいの。その場の男達が慌てて騒いで、わたしが呼ばれたの。他にあなたの女性の知り合いが思い浮かばなかったって」
「そ、それは、ご、ご迷惑をおかけしました」
「いいのよ。ちょうど夜勤だったけど、次の分まで免除してくれるっていうし」
逆に得しちゃったわ、と悪びれず言うイヴリンさんにわたしは苦笑した。
「その後、バロウズ補佐官は昏倒しちゃうし、オルグレン団長は現場の後始末をしなくちゃだったし、グレンフィル副団長は上着をダメにしてて外を歩かせられなかったし、というわけで、わたしと一緒に様子見でついてきたうちの隊長があなたをここまで背負って運んだの」
「ひぃ」
アレクさんにまで迷惑をお掛けしていたとは。不徳の致すところでございます。でも、できればぁ、お姫様抱っこの方が……。
あ、あれ? ちょっと待って。わたし、寝る直前、元に戻ってたよね。ってことは、わたしが女の子に戻れるって……。
サッと青ざめたわたしに、イヴリンさんは声を潜めて言った。
「私と隊長以外には知られてないわ」
安心、とは言えない。今度こそアレクさんには自分で秘密を明かしたかったのに、何故か上手くいかない。
「心配しないで。私と隊長は確かにちょっと驚いたけど、隊長、なんかやけに納得してたのよ。あなたと会った夜にあなたが寄りかかってきて、違和感があったみたい」
そう言えばそんなことあったなぁ。でもそこで完全にバレなかったわたしって。
いや、わたしのせいではなくて、きっとアレクさんが気にしない性格なんだ。そうだ、きっと。
「何というか、いろいろと隠し立てして申し訳ありません」
シュンとして言うと、頭をクシャッと撫でられた。
「事情はよく分かってるわ。だから、気にすることないのよ」
なんて素敵な女性なんだろう。わたしもいつか、イヴリンさんのような女性になりたいな。
「という訳で、大任を果たしたあなたは、堂々と休養を取っていいというわけよ」
片目を瞑って、お茶目にわたしに告げるイヴリンさんに、さらにドキドキしてしまった。
事情は呑み込めたし、なんだか良い方向にいろいろ変わったのは嬉しいけど、わたしは最初に聞くべきだった気になることを尋ねた。
「あの、それで、イライアスさんの容態は……」
昏倒と聞いてそれはもう気が気でなかった。その気持ちを汲みとってくれたのか、イヴリンさんは明るい声で教えてくれた。
「心配しないで。今朝早々に元気に帰ってきて、うちの隊長と外へ出かけたわ」
脚が不自由になっても鍛錬してたからね、と付け足した。それにわたしは大きな安堵のため息をついた。
「……良かった」
心の底からそう思う。
そんなわたしを見て、イヴリンさんが目を細めて言った。
「すべてはあなた自身がもたらした結果よ。いつかも言ったでしょ。ノアはもっと自分を誇りなさいって」
途端、わたしの目から大量の涙が出た。
「ちょっと、また目が腫れるわよ」
「だってぇ、イヴリンさんが泣かすからぁ」
「しようのない子ね」
そういって、ハンカチでわたしの顔を少し乱暴に拭ってくれた。
そうしてわたしをあやしてくれて、部屋まで送り届けると、「ゆっくり休んでね」と言って自分の寮へ戻っていった。
もう、「大好き」という言葉しか浮かばなくても、誰も文句は言わないよね。
わたしは突然湧いた休暇に、大人しく読書をして過ごすことにした。
イライアスさんから借りた本がまだ少し残っていたな、と思い出す。
何となく自室に引きこもるのももったいなくて、わたしは管理人室のソファで寛ぎながら本を読んだ。職場だけど、今日は許してもらおう。
わたしが休暇なのを知ってか、誰も訪れない静かな日だった。
午後もまだ始まったばかりの頃、本も読み終えたわたしの耳に、慌ただしい足音が聞こえた。その足音はそのまま管理人室の入り口まで続いた。
「ノア!」
大きな声でわたしを呼ぶのは、イライアスさんだった。
いつもの紳士的なノックもなく、乱れた息で入り口に立っていたが、わたしの姿を認めると部屋急ぎ入ってくる。
「イライアスさん。もうお加減はいいんですか?」
「ああ、大丈夫だ。お前は?」
「わたしこそ何ともありませんよ。それにしてもどうしたんですか、そんなに息せき切らせて」
近付いて行ったわたしに、イライアスさんは泣きそうな微笑みを見せた。
シャツ一枚の姿で、その額には汗すら浮かんでいる。外は晴れているとは言ってもまだ冷えて、上着は必要なのに。
わたしはその様子にふと違和感を覚えた。
イライアスさんが息を切らせているのは、まるでここまで大急ぎで走ってきたかのようだ。
「え……まさか」
わたしが何かを言葉にする前に、不意に腕を引かれてイライアスさんに抱きしめられていた。荒い呼吸で上下する胸に頬を当てて、少し高い体温を感じた。
「動いた。……走ったんだ、ここまで」
まるで少年のように弾む声で告げる。耳に入る言葉に、喜び以外の感情の名を付けることが出来なかった。イライアスさんもわたしのも。
わたしは思わずイライアスさんの背中に手を回し、そのシャツをギュッと掴んだ。
いつも涼し気なイライアスさんからは想像も出来ないが、少し汗の匂いのするシャツだった。でもそれは、不快な匂いじゃなくて。
「……良かった」
わたしの声は、より一層強く抱きしめられて、イライアスさんの腕の中に消えた。
頬を伝う涙がイライアスさんのシャツを濡らすけど、もういいと思った。
どれくらい経っただろうか。イライアスさんの呼吸は穏やかになっていたが、わたしが濡らしたシャツは乾く様子も無かったので、それほど時間が経った訳でもないだろう。
身動きしたイライアスさんに合わせて顔を上げると、真剣な眼差しのイライアスさんと目が合って、頬を両手で包まれた。少し上向かされて、初めて間近で見たイライアスさんの瞳が、深い海の紺青であることを知った。
イライアスさんの顔が近付いて、わたしの目じりの涙を掬うように唇が触れた。驚きで思わずわたしの思考は停止しする
そんなわたしを解放すると、壊れ物を扱うかのようにわたしの右手を両手で取り、そのままゆっくりと跪く。
驚愕で目を瞠るわたしを見つめたまま、その手の甲に再び口付けた。
「我が永遠の敬愛を」
そして、甘やかに微笑んだ。
「最愛の我が君」
My ladyは身分の高い女性への呼びかけです。最愛という意味は直訳では無いかもしれません。また、イライアスの言った「我が君」はlordが正しいと思いますが、lordは主君でありその忠誠とは違うものとイライアスは思っています。。
騎士道の敬愛を捧げる相手はやはりladyであり、作者的には最も深い敬愛(最愛)を捧げるladyは「我が君」なのかなと。
真面目回、頑張りました。
でも何故か、イライアスが「恋」じゃなくて「敬」の方の愛に行ってしまった。
いやいや、「恋」もあります。ありますとも!
とテンション高めているのは、次の回が真面目回のうえ、少し暗いお話だからです。
3話ほど、ノアが女性と分かってから呪いが解けるまでをイライアス視点で振り返ります。
色んなこと悩んでいるんだなぁという感じです。
またお付き合いください。




