呪いを解きましょう 5
呪いを解くにあたっての考察の回です。
魔術師団の医務室。
既に瀕死のわたしだけ別の目的で必要になりそうだったが、どうにかこうにか目的地直前まで辿り着いた。
「またノアが面白い顔になってる」
余計なお世話です、セドリックさん。
師団の庁舎入り口で取次ぎを頼むと、すぐに顔を表したセドリックさんの開口一番の言葉がこれである。そんなに酷い顔か。
連れ立って医務室に入ると、オルグレン団長が待っていた。
「すみません。お待たせしてしまったみたいで」
「いや、我々も今来たところだ」
部屋の左側には簡易ベッドが並んでおり、現在は誰も使っていない状態なので、しきりの布は全開で見通しは良かった。
右手には診察用の机と椅子があり、その奥に応接セットがある。身分の高い人も利用することがあるということで、管理人室にあるセットと似たような立派なものだった。
わたしたちはそこに座るが、今日はいつもの配置と違い、わたしの隣に補佐官さん……ではなくてイライアスさんが座っている。向かいにセドリックさんが居て、何となく違和感を感じるのは、配置ばかりでなくセドリックさんが真面目な顔をしているからだろうか。
今更ながらに思うが、手ぶらで来たのは失敗だった。繋ぎになるお菓子くらい用意すればよかったと、ちょっと堅苦しい雰囲気にソワソワする。
ルナはわたしの落ち着かなさなど歯牙にもかけず、「きゅあ」とあくびをした。
その声にちょっと和んだ空気が流れ、団長さんが口火を切った。
「グレンフィルから話は聞いた。元からその可能性に気付くべきだったが、どうも常識に囚われて、呪いを解くことは聖魔法でしか出来ないと思い込んでいた」
それはそうだと思う。魔法とは自然に満ちる理だし、魔術とはその法則を明らかにした学問でもある。不意に舞い込んだ新説を結びつけることは、魔術師のように体系化して学んだ人たちには容易ではないだろう。わたしが思いついたのも、ええと、ただの偶然だし。
あの時の状況を思い出し掛けて、わたしはまたちょっとムズムズする。
「まあ、ノアくらいぶっ飛んだ考えを持つ人間じゃないと、そうは思い至らないでしょ」
余計なことをセドリックさんが言う。わたしは常識的な人間だ。
睨み合うわたしとセドリックさんの横から、コホンと団長さんが咳払いをした。
「それで、是非ともその検証をすべきと思うが、懸念として二つのことが考えられる」
一つは、呪いを取り込むことそのものについて。
以前、呪いを祓う手段として形代、つまり生贄に移し替える禁術とされている方法があると聞いた。わたしが提案したことは、その罪に抵触するのではないかという懸念だ。うわ、盲点でした。
そこでセドリックさんはその法解釈を法務部に問い合わせ、どこまでが禁術の使用に当たるかの回答を証文付きで得ていた。やっぱり、個人的な性格はともかく、仕事は出来る人なんだね。
とにかく、生贄が何故禁術なのかというと、術者も生贄も命の危険が有り、かつ、生贄側にその術に抗する力が無く、往々にして生贄の人権を無視したものになるために厳禁とされているのだ。だから、今回のように術者と生贄が同一であり、贄側が十分な対抗措置を講じることが出来るなら「治療」としての性質と解釈していい、とのことだ。
要は、偉い人から、「いいよ」と言ってもらえたことになる。
っていうことは、絶対この件は殿下の耳にも入っているよね。はぁ。
もう一つは、呪いの抵抗だ。
そりゃ、呪いというからには、陰湿でねちっこくて悍ましいものだ。対象者を不幸にすべく放たれるものだから、祓われる際に抵抗がある場合がほとんどらしい。ものによっては爆風を起こしたり炎を吹いたりするとのこと。抵抗は解呪しようとする術者に放たれるもので、危険なのはわたしだけのようだ。とりあえず失敗してもイライアスさんは無事のようで安心だ。
その話を聞いて、今度はイライアスさんが反対した。
「私が助かっても、ノアに危険があるのなら、このままでいい」
瞳に静かな憤りを秘めて、イライアスさんは言った。無意識なのか、隣に座るわたしの手をギュッと握る。その手は指先まで冷えていた。誰よりも解呪を望んでいるはずなのに、わたしの安全を第一に考えてくれるイライアスさんに、わたしは切なくなる。
「イライアスさん。可能性があるなら、やってみようって言ったじゃないですか」
「あれは、お前に危険は無いと思ったから言えたことだ。お前に何かあったら、私は……!」
「はい、ちょっと待って。盛り上がっているところ悪いけど」
真剣なイライアスさんの言葉を遮るように、セドリックさんが手を叩いて注目を集めた。
「あのさ。何で俺達がそんな危険なことをノアにやらせると思ってるわけ? あと、何気に名前呼びになってるし」
後ろの方の言葉はごにょごにょしてて聞き取れなかったけど、わたしとイライアスさんは、きょとんとして互いを見合った。それを見てセドリックさんが「とりあえず、ノアの手を放したら?」と不機嫌に言って、イライアスさんは現状に気付いて慌ててわたしの手を放す。
「何の為に、この国最高峰の魔術師が雁首並べていると思ってるの。呪いの抵抗くらい、ノアの髪の毛一つ傷つけずに防いでみせるに決まってるでしょ」
呪い自体は得体が知れないが、それが引き起こす抵抗は物理作用だ。それならば魔術師が恐れることは何も無い。
そう説明するセドリックさんが、何故だかとてもカッコよく見える。
「……セドリックさんの偽物?」
「本物だよ」
訝し気なわたしの視線を苦い顔で断ち切ると、セドリックさんはイライアスさんを安心させるように微笑む。
「俺たちの事、信じられない?」
その言葉にイライアスさんは首を横に振る。そしてそのままわたしを見た。
「ノア。お前は、怖くないのか?」
「全然!」
まあ、燃えるとか言われた時はちょっとビビったけど、ここは女の意地だ。元気よくわたしは答えたさ。
でもちょっと、確認はするけどね。
「……ちなみにどのくらい燃えたりするんですか?」
どの程度の抵抗が起こるのか尋ねると、ちょっとセドリックさんの冷たい目線に晒されたが、それを見て苦笑しながら「ザラの魔法に比べれば児戯だ」と団長さんが宣う。
聞かなきゃ良かったかな。いや、恐ろしい呪いの抵抗が子供の遊び程度って、わたしの母の魔法ってどんだけなの!?
とにかく、魔術師団の庁舎棟は、様々な実験で常に崩壊の危険性を孕んでいて、王宮に負けないくらいの強固な防御結界が敷かれているので、ここで解呪を試そうということらしい。おまけに筆頭魔術師と次位の魔術師が重ねて結界を張るというので、これ以上の安全な場所は無いとのこと。ちなみに筆頭と次位の魔術師って、オルグレン団長とセドリックさんだね。
いやいや、ちょっと待って。誰も突っ込まないから言うけど、常に崩壊の危険があるって何よ。植物園を魔窟にしただけでは飽き足らないのか。魔術師、怖っ!!
イライアスさんも黙っているところを見ると、もうそれは兵団全体の暗黙の了解のようだ。
「ちょっと、この国の行く末が心配なんですが」
「まあ、ほとんどの魔術師は良識を持っている。ここ以外を吹き飛ばそうとは思っていないから、まあ、大目に見てくれ」
……ここ以外って。釈明にも何もなっていないことを団長さんが言うが、恐らく誰よりもその被害に遭ってきたのは団長さんなのだと思うと、わたしは口を閉ざすしかなかった。
きっと、うちの家族がその迷惑かけて来た筆頭のような気がするので……。
「という訳で、始めようか」
団長さんの声で、わたしは背筋を伸ばした。
法解釈って、短い条文から「どんだけぇ」ってくらい発生します。それこそ揚げ足取りみたいなものから抜け穴探しまで。
リリエンソールは法治国家なので、どこかの天下の副将軍みたいに印籠出して解決とはいきませんので、後々のことを考えた団長とセドリックの心配りです。誰に確認したかっていうと、法律関係で一番偉い人です。何者ですかね?
前回後書きでシリアス展開予告したのに、またふざけちゃった。
せっかくセドリックにいいセリフ言わせたのに。ごめんな、セドリック。
次回は本当にふざけられません。
閲覧よろしくお願いします。




