呪いを解きましょう 4
ノアと補佐官さんが怒られてます。
セドリックがかなり酷い事言ってますがお許しを。
下ネタですかね?
で、ここがどこかというと、現場に戻ってまいりました。管理人室のソファです。
ルナは部屋に入って来たわたしたち(主にセドリックさん)の様子を見て、関わり合いになりたくないとばかりに食堂へ避難してしまった。
窒息死を免れたわたしは、ただいま昨日と同じ位置に座しております。
昨日と違うのは、向かい側に補佐官さんがいらっしゃるということ。そして、何故か隣にセドリックさんが陣取っているということだ。セドリックさんは、背もたれに肘を突いて正面の補佐官さんではなく、右隣のわたしの方を向いている。ニコニコしているが、目が、笑ってない。
「どうして、俺が言ったことを守れないかなぁ」
細かい描写を除いて、昨日の夜に補佐官さんにわたしが女性に戻るところを披露してしまったことを説明させられた。
「君が女性に戻るってことは、夜中なんだよ。それを男性に教えるってことは、そういう意味に取られても仕方ないってこと、はっきり言わなかったから分からなかったのかなぁ。だから俺が付いている時にって言ってたのに、頭悪いのかなぁ」
語尾強めで責め立ててくる。
あと文節ごとに、指で頭を小突くのやめてほしい。
「相手が、半分不能みたいなイライアスだったから良かったようなものだけど」
「……おい、誰が不能だ」
「精神的に追い詰められて、一時的にそういうことに興味無くなったんだから間違って無いでしょ」
「うぐ」
「なのに、急に元気になっちゃってさ」
セドリックさんの言葉にムッとする補佐官さんすら叩きのめしていく。言っている言葉は酷いが、全面的にセドリックさんが正しいので、わたしも補佐官さんもぐうの音も出ない。
重ねて言うが、細かい事は伝えていないのに、何故かセドリックさんは昨夜何があったか分かっているようだった。
「で? 俺に罵られるためだけに、ここに連れてきた訳じゃないんでしょ?」
鋭いです。読みも言葉も。
「あの、実は、補佐官さんの脚の呪いについて、もしかしたら、わたしがどうにかできるんじゃないかって、昨日気付いて……」
わたしがもじょもじょと説明すると、それまで不機嫌な様子しかなかった顔に、ふと理知的な光が過った。
「瘴気を取り込めたわたしなら、補佐官さんの呪いも消せないか、って。でも、前例の無い事だから、誰か魔術に詳しい人に付いていてもらった方がいいかなぁ、って……」
「私もノアに言われて、結果が駄目だったとしても、試してみたいと思った」
補佐官さんが言うと、崩していた姿勢を補佐官さんにちゃんと向き直って、セドリックさんが大きなため息をついた。
「そんな話になっていたんだ。でも、確かにそれは盲点だった」
瘴気や呪いの浄化は、聖女が聖属性の魔法を対象物に向けて放つものだ。わたしのように、自分の内部に取り込んで消滅させる方法など聞いたことが無いという。
それだけにどんな危険が及ぶかも分からないとのこと。
今の時代、聖女に認定されている人はいない。神官でも聖属性の強い人は、現在あまり多くはいないらしい。
瘴気の不可解な動きもグリフォンの件で明らかになってきていて、聖属性の持ち主が減少していることに少なからず懸念があるようだ。だから、わたしの事についてもあまり神殿に意見を聞くことができないとのこと。
「だけど、そんなことは言っていられない。取りあえず、オルグレン団長にはすぐに話してみるから、それまで待っていてくれないか?」
セドリックさんが慎重な声音で確認を取る。わたしは気が逸るけど、呪いの当事者である補佐官さんが落ち着いて頷くので、それに倣ってわたしも頷いた。
「今日の二人の予定は?」
「いつも通りです」
「特に会議や面会は無いな」
「よし。じゃあ、手筈が整ったら連絡するから」
こういうテキパキと物事を進められるのは、セドリックさんが優秀だからなのだろう。
でも、これはどうなの?
「っていうことで、君には後できっちり淑女の在り方を教えてあげるからね」
「いだだだだだ」
最後にセドリックさんは、わたしの頭を鷲掴みにし、万力のように締め付けた。いつかグリフォン事件の時も味わった、懐かしい痛みだ。
しかし、今回は甘んじてこれを受け入れた。
しかしながら、淑女の在り方って、セドリックさんに教わりたくないんですが。
午後も深くなってから、魔術師団からお使いが来て、手紙を貰った。
『今日の夜九時に、魔術師団の医務室まで来てね。
君のセドリックより』
最後の一文で危うく手紙を握りつぶすところだったが、寸でのところで堪えた。
ちょっと遅めだが、とにかくみんなの終業後に来いと言うことらしいので、何があってもいいように今日も迅速に仕事を終わらせておく。わたしが精神的に落ち着いたからか、ルナも近寄ってきてくれるようになり、その毛並みを堪能しながら夕飯を終えた。
わたしは普段着に着替えると、ルナを連れて寮を出ることにした。
寮の玄関の鍵を掛けようとしたところで、同じく外に出ようとする人に呼び止められた。
「待て、私も出る」
それは補佐官さんの声で、わたしは一瞬ドキッとしたが、少し前ほど動揺はしなくなっていた。補佐官さんからは正式に謝罪があったし、何も起こらなかったのだから、蒸し返すのもおかしな話だったからだ。
「お疲れ様です。丁度いい時間だったんですね」
「ああ。一緒に行こう」
「はい」
「きゅう」
ルナも補佐官さんの挨拶に答える。それにわたしたちは小さく笑った。
夜はまだ冷えるのでコートを羽織っているが、補佐官さんは簡素なフロックコートなのに夜会に出るかのように決まっている。つくづく恵まれた容姿だと思う。
だけど、そのおかげで補佐官さんは面倒なことに巻き込まれてきたから、一概にそれが本人にとって恵まれたものかどうかというのは分からない。
ただ、わたしの先を行く後ろ姿は、その僅かに引き摺る左足があっても、今はとても堂々としているように見える。
ダメで元々とは言ったけど、上手くいってくれるといいと思う。
「何か、緊張しているようだな。お前らしくもないぞ」
ふと無言になっていたわたしに、補佐官さんが小さく声を掛ける。心外なことを言う。
「そりゃ、補佐官さんの左足が掛かってるんですから」
今のはちょっと怒っていいだろう。少し尖った声で応じると、今まで聞いたことも無いような爽やかな声で、「はは」と笑った。
「そう気負うな。ダメでも、これまでと変わりなく兵団には貢献していくつもりだ」
「え?」
どういう心境の変化かは分からないが、補佐官さんは何でもない事のように言う。
それは、これまで補佐官さん自身が戦えない自分を否定してきたのを、まるでそれすら認めるような発言だった。
「そんなに驚かなくてもいいだろう」
「え、はい。そうですが」
「私は、兵団では敵と直接戦えないと居場所が無くなると思っていた」
補佐官さんが静かに告白する。
「だから、一心不乱に何かしら役に立てることを探していたつもりだった。だが、それがかえって自分の首を絞め、兵団の雰囲気も壊していたことに気付いた」
それを認めるのは、どれほど勇気のいることだったろう。それまでの自分の矜持の礎を失い、それを補おうと暗中模索して手にしたものを間違いだと認める。それは自分の醜い場所を見つめることで、誰もが目を逸らす部分に違いない。
どんな葛藤があったかは分からないが、補佐官さんは大きな一歩を踏み出そうとしていた。
「そう思えたのは、お前がきっかけだ」
「……わたし?」
「そうだ。お前は無遠慮に私に向かってきて、とんでもない手段で私を殻の外に引きずり出した。腹が立ったし、煩わしく感じたこともあった」
いや、いろいろとやらかした記憶はあります。……はい、すみません。
だが、と言葉を切って、補佐官さんはわたしに向き直った。
「お前がそうしてくれなければ、私は、私がどれほど愚かな振る舞いをしていたか、周りがどれだけ私を案じてくれていたか、気付くことは出来なかった」
真円に近い兄の月が補佐官さんを照らす。
「足が動かないままでも、だから私は構わない。ここからまた歩き出そうと思えるから」
補佐官さんの青灰色の髪が、月明かりに溶けてキラキラしている。まるで補佐官さんの生きる気力がそのまま表れているようだった。
「私を案じてくれて、ありがとう、ノア」
全開の笑顔を初めて見た。それは眩しくもあり、そして頼もしくもあった。
「はい!」
わたしは誇らしくて、夜ということも忘れて大きく返事をした。補佐官さんは苦笑して、人差し指を自分の唇に当てるので、わたしは大変恐縮した。
「それと」
「はい?」
成人男性とは思えない愛らしい仕草で首を傾け、わたしに言った。
「私の事も名前で呼んでほしいな」
この先、どれほどの回数を重ねようとも、絶対にこの人のこの笑顔には慣れないと断言しよう。
誰だ、この人に絶世の造形と愛らしさとハニカミという技を与えたのは!!
「はぃぃい」
明るい夜空に、わたしの奇妙に尻上がりの返事が響いた。
今回一番可哀想だったの、イライアスですね。
友達に「不能」って罵られております。
ストレス性の症状と言ってますが、いろんな要素があっての事です。
まあ、ノアに名前呼びしてもらえることになったので、とりあえず良かったね。
この流れで名前呼びになれば、甘くなるはずだったのに。ノアが奇声発して終わってしもた。
はぁ、話の展開が甘くなる甘味料ってどこに売ってますかね。どんなに調理しても、甘くならないんですよ。
主に主人公のせいですが。
作者も心因性の甘味不全なのでしょうか。
ちょっと予告。次話からシリアス展開です。
ブクマ、評価ありがとうございます。




