呪いを解きましょう 2
ある意味、事件です。
その後補佐官さんとは、グリフォン母さんに攫われて、雛を孵してルナを連れ帰ったところまで話した。もちろんヴィクター君のことは伏せてだ。
ルナが補佐官さんの膝の上でうとうととして、わたし以外しゃべる声は無く、時間を追うにつれてどんどん居たたまれなくなっていた。
「何でか分かりませんが、わたしは魔石の瘴気を取り除くことが出来たみたいで……」
補佐官さんは怒りだすことも無く、ただじっと頷いて話を聞いてくれていた。
怒っていない。怒ってはいないが、どんどん距離感がおかしくなってきたのだ。
今は腿が触れそうな程、互いの距離が近くなっていた。
補佐官さんの長い腕はソファの背もたれの上に伸ばされていて、その指先が補佐官さんの右側に座るわたしの右肩近くで、時折わたしの髪を弄ぶように絡めたり髪を梳いたりする。
眠るルナを同じように左手で撫でているから、同じ扱いになっているのか、な?
「……それで?」
途切れたわたしの言葉の先を促すように、低い声がわたしの耳元で先を促す。出会った頃のような抑揚のない事務的な声では無くて、少し掠れたような大人の男性の艶やかな響きのある声だった。
何故だか、わたしの心臓の鼓動がうるさい。
時計の秒針の音よりもかなり大きく聞こえそうに感じ、妙な焦りを覚える。
ん? 時計の秒針?
「んぎゃ、ヤバい!」
「な、何だ!?」
突然叫び声をあげたわたしに補佐官さんは驚いて少し身体を離した。それでも寝ているルナは大物か?
時計の針はもうすぐ二十三時を指そうとしていた。じきにわたしは女の子の体に戻ってしまう。
補佐官さんとの話し合いは三時間近くもやっていたらしい。そもそも補佐官さんがここへやって来たのが二十時を過ぎていたから仕方ないのだけど、人間の生い立ちを語ったら、絶対に三時間は超えるよね。
いつかは話さなくてはならないと思っていたけど、初っ端から説明が必要になるとは想定外のことだった。セドリックさんとオルグレン団長以外は、わたしが女の子だとは知っていても、夜中に呪いが元に戻るということまでは知らせていなかった。
セドリックさんはいい顔をしなかったので尋ねると、今の無性状態は男所帯に居てもギリギリで大丈夫だが、女性の身に戻れる時間があるのは駄目なんだそうだ。「君が隙だらけなのが元凶だよ」とセドリックさんが言っていたが、何がダメなのか解せない。
だけど、恩義のあるアレクさんと寮の責任者である補佐官さんには話しておきたいと思っていることを伝えると、かなりの逡巡の末、「仕方ない、か」と了承を得た。
ただ、その秘密を明かす時は、必ず自分が同席すると言い張っていた。セドリックさんなりにわたしのことを心配してのことだと思うので、いろいろと疑問に思うこともあるが、その二人以外には伏せておくようにすると決めた。
だから、補佐官さんには今バレても不都合は無いが、わたしの心の準備が出来ていない。
ええい、ままよ! とわたしは腹を括ることにした。
セドリックさんとの約束を破ることになるが、このまま不自然に話しを打ち切って補佐官さんを帰らせるのは、また不信感を抱かせかねないと思ったのだ。
「補佐官さん。これから最後の秘密を打ち明けます」
わたしが言う言葉に、補佐官さんは大きく眉を顰めた。
「わたしの呪いは何らかの力が作用して、今はその効力を失っているようです。オルグレン団長の見立てでは、恐らくわたしの瘴気を浄化する力が影響しているかもしれないとのことですが、そのおかげか、一時わたしは元の体に戻ります」
それは、わたしの不思議現象の一つだ。
もう呪いは呪いの体を成しておらず、別の力によって無性別の状態が起きているらしいが、それはわたしの魔力を発しない何かの力が影響を及ぼしているとオルグレン団長は見ていた。呪いと瘴気は根源が同じだ。
だから、呪いもわたしの体では浄化されたのではないか、と。
そう説明すると、補佐官さんは大きく目を見開いた。それは驚くだろう。姿くらましの術と違い、わたしのそれは人体の構造から作り替えているのだから。
そうこうしているうちに、わたしの中からあの感覚が競り上がってきた。
「始まります」
オルグレン団長たちに披露した時のように、変化が速やかに起きる。目を開けると補佐官さんの端正な顔が先ほどより上に位置している。身体が縮んだのだ。
だけど、補佐官さんの顔が見る見る強張っていくのを見て、わたしが元に戻ることを不快に思ったのか、と胸が痛くなった。
「あの、ごめんなさい。気持ち悪いですよね、こんな現象」
「ち、ちが……っ」
わたしが目を逸らして伏せると、慌てたように補佐官さんが否定するが、その言葉を飲み込んでしまったので、更にわたしは顔を伏せる。補佐官さんならへんてこな現象でも、どこか驚きながらも肯定してくれると思っていたから、わたしは勝手に失望していた。
身勝手にも程がある感情に、わたし自身がわたしを許せなかった。
「……ごめんなさい」
もう一度謝るわたしに、急に補佐官さんは身動きをした。膝から転げ落ちそうになったルナは、びっくりしたのか向かい側のソファに飛んで行ってしまった。
「お前は、……お前は分かっていない」
顔を上げると、そこには強い苦悩を秘めた補佐官さんの顔があった。
何で補佐官さんの方が苦しい顔をしているの?
その顔を見ていると、何だかわたしの胸も苦しくなって、わたしは補佐官さんの顔を見つめてしまった。それに補佐官さんの顔が更に苦し気になる。その苦し気な顔のまま、補佐官さんの右手がわたしの頬に伸びた。
そのまま頬を掌が包み、親指が頬や唇をなぞるように撫でる。その行動にわたしはピクッと身体を震わせる。
アレクさんやセドリックさんにも似たようなことをされたが、今度は何かが違う気がした。それを不思議に思う。
「何故逃げないんだ」
動かないわたしに、悔し気に補佐官さんが責める。いや、責めるというよりも「逃げろ」という懇願にも聞こえた。
「魔物の呪いで脚が動かないからといって、私は……男なんだぞ」
わたしにとっては自明の理であることを吐き捨てるように言う補佐官さんに、わたしは戸惑った。それを見た補佐官さんは憎々し気にわたしを睨む。
呪いで脚が動かないことと、補佐官さんが男性であることの繋がりが分からずに混乱していた。それと、やけに「呪い」という言葉が引っ掛かった。
呪い、呪い、呪い。……わたしの呪いは何で解けた?
あまりに考えに没頭していたためか、いつの間にか自分の態勢が変わっていることに気付かなかった。わたしはソファに仰向けに倒されていた。その上から補佐官さんが圧し掛かるようにわたしを見降ろしている。
補佐官さんに片方の手首を押さえられ、片方の手で頬を何度も優しく撫でられた。
撫でる、撫でる。わたしが撫でると魔石から瘴気が消えた。
補佐官さんが身を屈めて、わたしに顔が近付いて来た。補佐官さんの長い髪がわたしの頬に落ちかかった時、わたしの脳裏に閃光のようにある考えが閃いた。
「ああ! 補佐官さん! もしかしたら、その呪い解けるかも!」
補佐官さんの拘束は緩く、わたしが勢いよく起き上がると、補佐官さんも一緒に起き上がった。そして呆気に取られてわたしを凝視した。何を言われているのか分からないと言った感じだ。
「まだ確証はありませんし、結果あなたをがっかりさせるかもしれないけど、やってみる価値はあると思います!」
わたしの手首を握っていた剣だこのある手を逆に握り返し、ぶんぶんと大きく上下に振る。
そこに来てようやくわたしの言っていたことが浸透したのか、補佐官さんは徐々に目を大きく見開いてわたしを見た。
「私のこの呪いを、解けるというのか?」
信じられないのか、ポツリと呟くように補佐官さんが言う。
「わたしの呪いはわたしの中で消えたようです。それにわたしが穢れた魔石を撫でたら、瘴気を吸収して魔石は浄化されました。だから、わたしなら呪いを吸い取って浄化できるかも。試してみる価値はあります」
でもそれは未知の試みで何が起きるか想像もつかない。だから、専門家に意見を聞くべきで、その専門家は同じ兵団に属していた。
「ダメで元々です。やってみませんか?」
わたしが強く言うと、呆けていた顔を徐々に歪めて補佐官さんは泣き笑いの表情になった。
「……お前は、本当に」
何かを言いかけて、そしてそれを飲み込む。一瞬だけ苦し気な表情をしたが、次の瞬間にはさっぱりとした顔になっていた。
「分かった。頼む」
「はい。それでは善は急げとは言いますが、今日は遅いので、明日セドリックさんかオルグレン団長にお会いして、また話し合いましょう」
わたしが立ち上がると、それまで向かい側のソファでこちらの様子を窺っていたルナが、わたしの元へ飛んできて「大丈夫?」と聞いてきた。少し変な空気だったが、補佐官さんに害意が無かったのでどうしたらいいか分からなかったようだが、わたしの明るい雰囲気を察して飛んできてくれたようだった。本当に賢いね。
それを見て苦笑した補佐官さんは、来た時よりも軽い足取りで部屋の入り口へ進んだ。そして、扉の鍵を開ける「カチャ」という音がした。
あれ? いつの間に鍵を閉めたのかな?
わたしが首を傾げていると、補佐官さんは扉を開ける間際に、わたしの手首を掴むとグイと自分の方へ引き寄せた。
「今夜のここでのこと、すまなかった」
ここでのこと? と疑問に思ったが、すぐに先ほどのことが思い出された。その時は補佐官さんの痛まし気な雰囲気と、頭を整理することでいっぱいで気付かなかったが、今から思えば大変な状況だったことに思い至った。
補佐官さんの「男なんだぞ」って、そういう意味か!!
「んぎゃっ!」
あまりの事におかしな悲鳴を上げたわたしに柔らかな笑みを浮かべると、補佐官さんは軽くわたしの頭を撫でた。そして、耳に触れそうな距離で囁く。
「だが、次は容赦しない」
次って何ですか!? 容赦しないって、何をするんですか!?
真っ白に燃え尽きたわたしに、補佐官さんは悠然と「良い夢を」と言って部屋を後にした。
その後のわたしの悶え荒れ狂う姿に、ルナが一晩近付いてこなかったことで、更にわたしの精神は打ちのめされたのだった。
未遂です。R18入りは死守しました。
気付けよ、ノア。お前、そういうとこだぞ、マジで。
が、そんなお間抜けなノアがいないと成立しない話。
それがドラゴンズクラウン。




