コンラッド師団第二分隊 1
何やら登場人物が増えます。
ノアの一人ツッコミ劇場も更にゆるくなってきます。
救援に駆けつけてくれた王都騎士団のコンラッド師団、第二分隊の人は全部で十人いた。
賊が全部で十人だったので決して余裕のある人数ではない。それでも心配はいらないとお姉さんが胸を張っていた。
なんでもこの第二分隊は王都でも屈指の強者ぞろいの部隊だそうで、分隊一つで一個中隊以上の働きをするそうな。指揮しているのは国でも指折りの剣士の隊長さんで、大人数の行軍は機動力が落ちるため、最小の分隊でいらっしゃったらしい。
でも、国で指折りの人を分隊長ってもったいないと思ってたら、分隊とは言っても師団長直下の遊撃組織で、実質的には大隊長格の扱いらしいよ。難しいね。
聞き取り調査(と言う名の尋問)の前に、砦を簡易的にでも補修しなくてはいけない。ここはこの後に街道を利用する人のためにも放置することはできないからだ。わたしも補修を申し出るが、隊長さんがおもむろにそれを止めた。
「お前、怪我をしているのか」
お姉さんがその言葉に驚いていたのでわたしはうまく隠せていたようだが、隊長さんは目敏く見つけたようだ。それほど深い傷でもないし、放っておいてもすぐ治ると思っていた。
「何で言わないの。ほら、向こうで手当てするわよ」
強引にお姉さんに連れて行かれそうになり、わたしは慌てて止めた。
「大丈夫です。自分で治せますから」
そんな騎士さんの手を煩わせるほどでもない。わたしはその場で治癒魔法を使って治して見せた。
「あなた、治癒魔法が使えるの?」
「はい。ほんの少しですが」
結構食い気味にお姉さんに聞かれ、わたしは少し仰け反りながら答える。
「誰に習ったの?」
「え? いえ、普通に学校で習いました」
「あなたどこ出身なの?」
矢継ぎ早の質問だったが、何がそんなに引っ掛かるのだろう。
「ウェーンクライスです」
出身を隠しても仕方ないので、正直に言う。ウェーンクライスのノアなど履いて捨てるほどいるので、下手に隠してボロが出るよりはいい。
「ああ、あのアシュベリー一族が治める」
言った途端、お姉さんが納得の様子で呟いた。わたしはその反応が意外で、思わずどういうことか尋ねる。「あの」って響きが、何か良くない気がします。
「治癒魔法はね、珍しくはないけどウェーンクライス以外ではあまり多くはないの。あそこの領は魔法に関する教育が飛びぬけていて、平民でも魔法の基礎を教えてもらえるから、才能を伸ばす子が多いと聞くわ。けど、他の領では平民の子は読み書きすら出来ないのが普通よ」
なんと! わたしの領はそんなに凄い所だったのか。なんか口うるさくていかつい一族だと疑ってすみません、アシュベリー一族のみなさん。
学校のお陰で識字率は八割を超えているし、魔法を使える人も普通にいる。魔術師のように生業にするほどの魔力はなくても、ちょっとした魔法はほとんどの人が使えていた。旅をした経験があるからといって、それが知識と直結する訳じゃない。今までの常識が世の中の常識と同じとは限らないのを痛感した。
だから無茶をしたのね、とお姉さんに怒られた。
「でも、本当に無事でよかったわ。行商人の二人に聞いたけど、あなたがほとんど賊を相手したって。怪我したのはあなただけみたいだし、無茶は駄目よ」
「いえ、僕は僕の出来ることしかしていませんから」
「あなたは、もう少し自分のことを誇りなさい」
お姉さんが真剣な眼差しでそう言ってくれた。わたしはそれだけでとても恐縮してしまう。
謙遜じゃないんだ。ノエルだったら、怪我をするどころか、片手間で片付けてしまうような事件なのだ。
そんなわたしを見て、お姉さんは「しょうのない子ね」と苦笑していた。隊長さんは、相変わらず怖い顔でこちらを見ている。二人の落差が凄い。
そんなこんなの話をしている間に、砦補修の準備が整ったようだ。
崩れかけた石壁を補材で積み上げ、仕上げに壁材を塗り込む。こういった資材は、各宿砦の備品として置かれているので、巡回の衛兵などは補修作業もお手の物だった。
それにしても、外側まで崩れなかったのは幸いだ。雪が吹き込むことも無く、砦は何とか雨風をしのげるくらいには元の形に戻った。
わたしもしっかりとお手伝いしましたとも。かなりの罪悪感を持って。
それはさておき、先ほどの尋問の続きです。
「で、その魔法具を使って、賊達を伸したというわけ?」
「はあ」
簡易的な取り調べ室と化した砦の一角で、わたしの目の前にはにこやかなお姉さん、もといイヴリン・アディンセルさんと、凄まじい威圧感を放っている隊長さんことアレクシス・エインズワースさんが鎮座されております。飴と鞭、北風と太陽的な組み合わせですが、時々鞭と鞭、北風と木枯らしみたいな感じになります。
「そんな危険な魔法具、どこで手に入れたの?」
「いや、わた……僕の知り合いに魔法具を作る職人がいまして、いろんな試作品を押し付け……持ってきてくれるんです。ごくたまに有用なのもあって、今回のは、以前その職人が使った時は光と音だけでしたので目くらましになれば、と……」
まさか、爆風まで付いているなんて! わたしは無実です。
欠陥品を押し付けられた上に、危険物所持の疑いを掛けられてしまった。結果、人助けとなったのでお咎め無しだったが、一歩間違えば牢屋行きだ。
あの狂気の科学者め。
「さすがはウェーンクライス、ということでしょうかね、隊長」
あの領地ならさもありなん、という反応だ。うちの領地って、やっぱりおかしいんだね。でもおかげで助かったけど。
しかし、隊長さんはずっと黙っている。話しているのはイヴリンさんだけだ。同意を求めているのに、相槌すら打たない。でもイヴリンさんは慣れたもので、気にせずいろいろなことをサクサクと進める。
「とりあえずあなたには、王都の詰め所まで来てもらうわ」
「え!? 王都に連れて行ってもらえるんですか?」
わたし何て幸運なんでしょう。護衛がいなくなったからどうしようかと思っていたのに、王都でも随一の部隊が道中一緒に来てくれるなんて!
「ええ。この砦を壊した始末書と賠償をしてもらわないとね?」
「………………は?」
賠償?いやいやいやいや、あれは正当防衛じゃないですか!?
わたしの王都生活は借金から始まるんですか!?
頭が真っ白になってオロオロします。傍目から見たらきっと血の気が引いていることでしょう。
「アディンセル」
突如、低い声がイヴリンさんを呼んだ。わたしは声のした方を向くと、そこには不機嫌極まりない隊長さんの眼光が。眉間にギュッと皺が寄ってる。わたしは意味もなくあわあわとした。あれは、眼光で人を殺せる魔法でしょうか。
縋るようにイヴリンさんを見ると、なんと! イヴリンさんがブッと噴き出したではありませんか。
「やだわ、もう仔犬みたいで可愛い。賠償は冗談よ。あんまり可愛いから意地悪したら、隊長に怒られちゃった」
「小市民で遊ばないでください!」
わたしの心拍数を返して。ああ、胃も痛い。
ん? そういえば、イヴリンさん、「隊長に怒られた」って言った? ということは、隊長さん、わたしのことを助けてくれたんですか?
うーん、心の中とはいえ殺人鬼扱いして、大変失礼いたしました。これからは隊長さんへの態度を改めます。……多分。だって怖いんだもの。
「まあ、何にしても、今日はここに一泊ね。こんな雪の中、夜道を歩いたら遭難しちゃうわ」
イヴリンさんの声に外を見ると、もう夕方に差し掛かっている。雪が止んで雲が切れたのか、雪面が夕日で赤くなっていた。
確かにこの状態で夜道を歩いたら、道を見失う。
わたしは、大勢の前で眠ることに不安を覚えたけど、端っこで寝袋を被ってしまえば何とかなるだろうと開き直ることにした。心配ばかりでは身が持たない。
変なことを考えているより、少しでもみんなの役に立てるよう動こう。
強面の隊長、美人の副長の他、謎のマッドサイエンティストが登場です。
マッドサイエンティストは実物はなかなか出てきませんが、ちょいちょい話に出てきます。
旅の方は、まだまだ宿砦から出られません。
本日も連投します。
閲覧ありがとうございました。