呪いを解きましょう 1
頑張って書きました。
今までで最長のタイトルです。
補佐官さんメインになります。
わたしとセドリックさんが、アレク沼という底なし沼に嵌まりかけてから二日。
とりあえず、セドリックさんが新しい扉を全開放するのを何とか阻止して、平穏な日が続いた。
ルナは、食堂のおばちゃんたちから、お昼寝専用のクッションを貰い、食堂の一角に託児所ならぬ託グリフォン所を作ってくれた。これでわたしが離れなければならない時でも、誰かしら詰めている食堂に居られるようになった。まったくおばちゃんたちには頭が上がらないです。
一日の仕事も終わり、そろそろ補佐官さんとの約束の時間に近付いたが、なかなか補佐官さんは現れなかった。夕食を食べる時間を過ぎてもまだやってくる気配は無く、几帳面な補佐官さんにしては珍しいことだと思った。
そして、何か事故があったのでは、と心配が過る頃に、ふと管理人室の扉がノックされた。
このノックの仕方は……。
「夜分になってすまない。ノア、今大丈夫か?」
やっぱり補佐官さんだった。この間の調査隊の案件とは別に寮を空けていた補佐官さんは、かなりの遅刻だったけど、約束通り管理人室を尋ねてくれた。
「お帰りなさい、補佐官さん。お疲れではないですか?」
わたしが迎え入れると、少し補佐官さんは目を細めてわたしを見る。そして、いつも開けっ放しにしている管理人室の扉をそっと後ろ手で閉める。夜も遅くなったし、これから話をする内容が外に聞こえないように気を使ってくれたのかな?
「……いや、大丈夫だ」
そうは言ったけど、補佐官さんに長椅子のソファを勧めると、少し疲れた感じで腰を掛けた。
わたしは、常備している茶器とお菓子を素早く出して、補佐官さんに少し休んでもらうことにした。お茶菓子にルナが少し反応するが、お客様のものと認識しているのか、大人しくしている。
補佐官さんが好きなカモミールティーを出すと、上品に口をつけて、大きな息をついた。
「ああ。美味しいな」
しみじみと言う補佐官さんに、わたしはつい嬉しくなる。最初は何かしようものなら、「余計なお世話だ」と突っぱねられていたのが、今は昔のようだ。
わたしは補佐官さんの向かいのソファに座ると、補佐官さんが口火を切った。
「私用で戻れなかった。随分と待たせて悪かった」
「いいえ。こちらこそ、お忙しい中時間を作っていただいて感謝しています」
頭を下げると、補佐官さんはカップをテーブルに置いて、聞く態勢を示してくれた。
「最初に言っておくが、私はお前の言い訳を聞きにきた訳では無い」
補佐官さんの眼差しが少し揺らぎながらもわたしを見る。静謐だけど、どこか憂うようで、補佐官さんのわたしへの戸惑いが見て取れた。それでも、最初からわたしを否定しないところが、補佐官さんの誠実なところだと思う。
わたしがしっかりと頷いて見せると、補佐官さんはフッとため息をついた。
「では、何から話してもらおうか」
わたしは請われるままに、生い立ちから補佐官さんに説明をした。
ウェーンクライスの土地とアシュベリー一族のこと。高等学院やいろいろな訓練の話。厳しい作法のお家の修行や、冒険者のおっちゃんたちとの旅。お友達との他愛のない話や学校での生活。大好きな家族のこと。
その一つ一つを補佐官さんは丁寧に聞いてくれた。
話がいよいよ呪いに及んだ。
「わたしは、呪いの衝撃か直接的なことは覚えていませんが、兄がすぐに助けに来てくれて、周りはわたしが性別を無くしたことに気付かなかったみたいです」
あの時、ノエルとお揃いのマフラーをしていなければ、横着せずに髪を外に出していれば、そもそもノエルと間違われて否定するのを面倒くさがらずに、ちゃんとノアであることを周りに伝えていればあんなことにはならなかったのか。
令嬢の呪いが無ければ、今頃わたしはサイラスと婚約して、家を守るために女主人としての采配の仕方や社交界の付き合いなどを勉強していたのだろう。
いろいろ考えたが、でもそれは何かが違うと思った。
「サイラス・アシュベリーは、今ウェーンクライスでも要職を担っていて、近く中央にも呼ばれる程の人材だと聞いている。伯爵位を継ぐことは無いだろうが、十分に単独で爵位を得られる可能性のある若者らしいな。そんな男との縁談を惜しいとは思わなかったのか?」
補佐官さんが、少し言葉を挟んだ。
確かにサイラスは、ここ数年でノエルに追いつくような功績を重ね始めたと聞いている。友人からもそんな話を聞くし、女生徒内でも血族ということで何度も羨ましがられたことがあったから、サイラスの奥さんになることは、きっと大多数の女の子が羨むようなことなのだと思う。
だけど、サイラスには申し訳ないが、あの時の呪いが無ければ、こうして寮のみんなやルナと出会うことも無かった。それだけは、絶対に無くしたくなかった。だから、彼との婚約が水に流れたことを悔いることは無い。
そう言うと、補佐官さんは少し表情を崩した。
「女性が羨む結婚よりも、この寮にいることの方が、お前にとっては喜ばしいことなのか」
ここは、最初から一族の名前や家族から与えられたものではなく、わたしが自分で掴んだ場所だと思っている。苦労も失敗も全て自分が決めた末のことだ。
責任も生まれるが、だからこそ一つ一つのことを大切にしなくてはと思える。
頷くわたしを見て、補佐官さんは今日初めて僅かに笑みを浮かべた。軽く微笑んだだけにも関わらず、相変わらず眼福を通り越して目に毒な笑顔である。
少しわたしの邪な部分が補佐官さんの笑顔で浄化されかかりそうになるが、補佐官さんは話の先を促した。
わたしは、家を出て王都を目指したこと、アレクさんたち第二分隊との出会い、王都へ来て来てからの事を話した。途中ルナが自分のことが話題になったことを感じたのか、わたしの膝の上に乗って来たが、それ以外は順調に話しを進められたと思う。
セドリックさんには最初からバレていたことを包み隠さず言ったら、「あいつめ」と補佐官さんが呟く。
拷問のことも言うと、眉を顰めてしまったので、一応補佐官さんら寮の人たちを思っての事と補足しておく。他の言動はともかく、セドリックさんが友達思いなのは間違いないから。それに補佐官さんも、ため息をつくようにして肯定する。
わたしたちの話が長くなったせいか、ルナがわたしの膝からテーブルに下りてお茶菓子をふんふんと嗅ぎ始めた。
「ルナ。お行儀が悪いから駄目だよ」
ルナを抱き上げると、「ごめんなさい」と言うように鳴いて、わたしの口元を舐めた。嘴が当たってちょっと痛い。
ルナはまだ子供だから集中力が切れるのも仕方のないことだ。わたしはお茶菓子を一つ取ってルナに与えると、ルナは喜んでそれを食べた。空腹ではないので、恐らくわたしに構ってもらえたことが嬉しいようだった。
それを見ていた補佐官さんが、ふと何かを思い出したかのように上着のポケットを探った。そして取り出したのは、手のひらほどの薄い箱で、綺麗な包装がされていた。青い包み紙で、補佐官さんのポケットでもよれない良い紙を使っているようだ。
「すまない。すっかり忘れていた。土産だったんだ」
そう言ってぶっきらぼうにわたしに包みを渡す。わたしはお礼を言ってそれを開けると、中にはとても綺麗な飴細工が入っていた。花を象った色とりどりの飴で、見ているだけで幸せな気持ちになれるものだった。
「……綺麗です」
わたしが呟くと、ルナも興味を持ったのかわたしの手をよじ登って箱を覗く。すると、大好きな甘いお菓子だと気付いたのか、「きゅあ」と鳴いてわたしに食べたいと催促した。
「あ、えっと、補佐官さん。これを一つルナにあげてもいいですか?」
お土産とは言ってくれたが、見るからに高級そうな菓子で、さすがに勝手にルナに食べさせるのは気が引けた。補佐官さんは、ルナがお菓子を食べることに驚いたようだった。
「そのグリフォンは、菓子を食べてもいいのか?」
「はい。この子のお母さんが言うのには、別に身体に毒にはならないそうです」
わたしたちが食べ物を摂取するのとは違い、本当に嗜好だけのものらしい。
そう話すと、補佐官さんはソワソワした。あ、これには覚えが……。多分、オルグレン団長やスチュワート陛下と同じく、ルナに触りたいやつだと思われた。
「あの、よろしかったら、ルナに食べさせてあげていただけますか?」
補佐官さんの目が一瞬煌めいた。やっぱり間違いないようだ。
「……いいのか?」
「はい。ルナも喜ぶと思います」
多分ルナの反応を見る限り、殿下やセドリックさんのような拒絶反応は無いと思う。試しにわたしはルナを抱っこして、「お隣失礼しますね」と断って補佐官さんの隣に席を移した。補佐官さんは一瞬ギョッとしたけど、すぐに小さく頷いてくれた。
隣に座ると、ルナを補佐官さんに渡す。やっぱりルナは特に嫌がることもなく、大人しく補佐官さんの腕の中に納まった。やっぱりルナは人柄を見ている説が有力だ。
補佐官さんは最初おっかなびっくりだったが、徐々に緊張が解けてルナの頭をそっと撫でてみた。ルナも満更でも無い様子で、大人しくしている。
「では、一つあげてみてください」
わたしは補佐官さんのお土産を一つ取って渡すと、補佐官さんはまた恐る恐るといった感じで、飴細工をルナの嘴に近付けた。ルナは喜んでそれをパクッと口にした。
目を見開いてそれを見ていた補佐官さんだったが、ルナが満足げに食べて補佐官さんの指を舐めたり少しじゃれたりするのを見て、思わず微笑んでいた。
手慣れた感じのアレクさんと違って、補佐官さんは何だか初々しい感じなのが微笑ましくて、ついわたしもつられて微笑んでしまった。
ふと気付くと、思わぬ近い場所に補佐官さんの整った顔があって驚いた。
「あ、すみません」
「……あ、いや」
肩が触れそうになっていたのを、慌てて身を離す。補佐官さんも同じように居住まいを正した。互いに何となく沈黙してしまって、わたしは気を取り直すべく元の席に戻ろうと立ち上がった。
「そのまま……」
思わずと言ったように、補佐官さんがわたしを呼び止めた。一瞬補佐官さんが強い眼差しでわたしを見たような気がしたけど、ルナが少し眠そうにあくびをしたので、また視線はルナに戻っていた。
「すまないが、もう少しこのままでも構わないだろうか?」
補佐官さんは、微妙に目を逸らしながらわたしに尋ねる。分かる。ルナの毛並みはうっとりするほどのいい手触りだ。思う存分撫でてください。何なら寝かしつけていただいてもいいですよ。
「ええ、どうぞ」
わたしが勧めると、補佐官さんは今度はわたしをしっかりと見てきた。
「お前も」
そう言って、ソファを目線で示す。まだ隣に居ろということらしい。そっか、その方がルナも落ち着くし、何かあった時にすぐに対処できる。良く見れば、補佐官さんの袖のカフスボタンはキラキラしていて、わたしはあの悪夢が脳裏を過った。
「了解です。ルナがそのボタンとかに興味を示したら、全力でお守りします」
わたしが使命感に駆られて返事をすると、補佐官さんは何故か今までで一番大きなため息をついた。
「うん、そうだな。よろしく頼む」
疲れたような、それでいて安堵するような複雑な声だった。
んん?
ちょっぴり怪しい雰囲気です。
何をしようというのかね、イライアス。




