新しい生活 1
外見は変わらないけど、女の子としての生活が始まります。
うん。新しい生活……?
王族と高位貴族の拷問に遭って、わたしがげっそりとやつれて寮に帰ってくると、補佐官さんとエリオットたちが出迎えてくれた。無事契約の儀は済んで、ルナと一緒にいられることを報告した。
でもそれよりも皆には報告しなければならないことがあった。
既に夕方だったので、一度着替えてから説明すると言うと、今寮にいる人達が全員食堂に集まってくれた。ちなみにおばちゃんたちは退勤した後だった。
わたしは、故郷からここまで来ることになった経緯を説明した。ダルトン家の醜聞の話は伏せて、「魔術による不慮の事故」と説明したけど、あとはそのまま包み隠さず話した。
皆はとても驚いた様子で聞いてくれていたが、こちらも驚いたことに、魔力の強い魔術師の人たちは、薄々変だということに気付いていたらしい。でも、セドリックさんが何も言わないので問題ないのだろうと黙認してくれていたようだ。
なんか、魔術師の人たちのセドリックさんに対する信頼が凄い。何故だ?
その他の人達も概ね好意的で、わたしが来たことで住環境が改善されたことに感謝こそすれ、迷惑だとは思ってないと言ってくれた。
女性であって女性でない今の状況は、ちょっとどころでなく気まずくなったけれど、ヘイデンさんが「ごめん!」と言ってこれまでの扱いを謝ってくれたことで、何となく手打ちの雰囲気になった。補佐官さんへの気遣いといい、その場の雰囲気を良い方に変えてくれる凄い人だと思った。
わたしのことは結局、「ノアはノアだしな」と言って許してくれた。これからも同じ寮の仲間として迎えてくれたのだ。
ただし、お触り厳禁だ! そう言ったら、数人が目を逸らした。今の人たち、覚えたからね。
その代わり、今までのように美味しいお菓子を用意しろと要求をしてきたが、それはそれこれはこれだ。
そんな訳でわたしは、九時以降は完全に自室に帰っていいようになった。入寮者も九時以降は緊急事態でも無い限り、わたしを呼び出しも拘束もしてはならないという約束事が出来た。
やった! 前のようにうるさくてくどい酒盛りに付き合わされることもない!
そして、一番困ったのがエリオットへの対応だ。
気付かなくてごめんよぉ、と言って泣き付いてきたのだが、今までとまったく変わらず距離が近くて、セドリックさんと補佐官さんが引き剥がすまで、わたしはエリオットの胸筋で窒息させられそうになった。
エリオットは、距離感がほとんどゼロだが、誰に対してもであり、悪気も下心も無いので、周りも怒りづらいのだ。弟属性すごいな。
そして、ルナ。
ルナは、大きくなるまで管理人室で過ごしてもいいことになった。羽ばたかなければ、仔馬ぐらいまでの大きさならこのままでも大丈夫だろうということだ。まだ幼いこともあって、今から厩舎へ入れるのは問題が多すぎるのもあるし、一人にして寂しい思いはさせるのはわたしが嫌だからだ。当面は一緒の寝台で寝ても問題ないし。
さっそくその愛らしさで寮の人たちを虜にしたが、やはりというか、アレクさん以外には素っ気ない態度を取る。エリオットほどあからさまではないが、「気安く触らないでほしいわ」とでも言いたげにお触りしようとする男性陣の手を、羽でパシッとするのだ。
でも、球(どこから持ってきた?)やら猫じゃらし(本当にどこから持ってきた?)を示すと、ちょっと興味を持って、「仕方ないわね」とばかりに男性陣にお付き合いする。
それはもうメロメロになりましたとも、みんな。
遊び疲れて眠くなったのか、ルナはあくびをして辺りをキョロキョロと見回すと、パタパタと飛んでアレクさんの腕の中に納まった。
だから何でわたしじゃないの?
そんな訳で、また明日から、同じようにここで暮らせるようになった。それは、わたしにとってこの上ない幸せだった。
ふと、何かを考え込むような補佐官さんと目が合った。
それはすぐに逸らされてしまったが、わたしは補佐官さんの表情がとても気になった。言いたいことを我慢して飲み込む、そんな感じ。そのまま補佐官さんは、まるで逃げるように食堂を出て行ってしまう。
わたしは追いかけようとしたが、それをセドリックさんが止めた。
「今は、いろいろと混乱しているんだ。今夜だけはそっとしておいてあげて」
何故か気遣わし気に補佐官さんを見やって、そう言った。補佐官さんの態度に、何か心当たりがあるようだ。
本当に、友達のことになると、すごくいい人に見える。
少しもやもやとしたものは残ったが、わたしはセドリックさんの言葉に頷いた。
次の日の朝、仕事を始める前に、補佐官さんに時間を作ってもらえるよう、補佐官さんの部屋の扉越しに頼みに行った。さすがに今日は管理人権限で扉を開けたりはしない。
ルナがわたしの足元でお行儀よく座りながら、「大丈夫?」と語りかけてわたしを見上げている。そんなにわたしは不安げな顔をしているのだろうか。思わず苦笑したら、少し吹っ切れた気がする。
ここまでの経緯を出来るだけ詳細に説明させてほしいと頼んだのだ。
わたしがどんな生まれで、どういう気持ちで王都へ来たのか。
補佐官さんを悪意をもって隠すつもりは無かったが、結果だけ見れば、そう言われてもおかしくない。
アレクさんや寮の人たちがあっさりとし過ぎていただけで、拒絶されても仕方のない状況だった。
少しして、扉の前に人が立つ気配がして、部屋の扉が開いた。
当たり前だが、補佐官さんが立っていて、ジッとわたしを見ていた。身支度を終えたその姿は、もう、目の下の隈も不調を隠せなかった酷い顔色もない。
しばらく無言で見つめられたが、それは威圧も侮蔑も怒りも無かった。
「……ノア」
「はい」
静かに補佐官さんが呼びかけたので、わたしは丁寧に返事をした。
「明後日の私の終業後、管理人室へ行く。それでいいか?」
今日から少し寮を離れなければならないらしい。わたしを避けて明後日と期間を設けた訳では無いようだ。
ホッとしつつも、いつもの補佐官さんとは違う気がして、少し緊張した。怒っている訳では無いけれど、どこか気持ちを抑えるような声だった。
それでも補佐官さんはわたしに付き合ってくれるという。どういう気持ちでいるのかわたしには分からないが、それでも感謝しかなかった。
「はい、ありがとうございます」
わたしは時間を割いてくれたことに素直にお礼が言えた。ルナもわたしがホッとしたのを感じたのか、足元でくるりと回って見せた。
「……本当にお前の従魔は、グリフォンなんだな」
補佐官さんがルナに気付いて尋ねる。目を大きくしてルナを見た。昨日も見たはずだが、やっぱり信じがたかったようだ。でも、ルナを嫌厭する気配は無く、ただ戸惑っているだけのようだった。
「そうです。ルナ」
呼ぶとルナはパタパタと飛んでわたしの腕に収まった。
「ルナです。この子の事もお話させてください」
これまでわたし自身の事を黙っていたのはわたしが負うべきことだけど、ルナのことは何としてでも気持ちよく迎え入れて欲しかった。虫がいいと言われるかもしれないけど、もし、わたしのことは受けれられなくても、ルナとは仲良くなってほしいと思う。
しばらく補佐官さんはジッとルナのことを見ていたが、ルナが「きゅ」っと挨拶すると、ふいに視線を外したけど少し目元が優しくなった。どうやらちょっと照れているらしい。
少なくとも補佐官さんは、ルナのことを受け入れがたいとは思っていないようだった。補佐官さんはピチピチではないけど若い男性の部類だが、ルナも満更では無い態度だ。
一先ず安堵で思わず笑みが浮かんだ。
「では、お待ちしています。お体大事にしてくださいね」
そう言って頭を下げたわたしを、また補佐官さんは見やって、しばらくした後で、「ああ」といつもの返事をしてくれた。
補佐官さんの就業時間は夕方の十七時までだ。明後日は、それまでにいつもの仕事を全て終わらせておこう。
わたしはもう一度お礼を言って頭を下げ、仕事へと戻っていった。
ほぼ何も変わらず、ルナのいる生活が始まるだけじゃないか。
元々みんなから軽く「女の子みたいだなぁ」と思われていた節が。
あのエリオットでさえ、「女の子みたい」といつか言っていたし。
最終的には、「まあ、ノアだし」と落ち着いてしまった。みんなは男の子でも女の子でも扱いは変わらないようです。
一部を除いてですが。




