わたしは珍獣ではありません 4
とうとう女の子だとバレてしまいました。
そして、グリフォンとの儀式始めます。
わたしは、噓偽り無い本心を言った。
呪いが辛くなかったとは決して言えないが、でも不幸では絶対になかった。
「では問題ないな。それでは本題に入ろう」
朗らかに陛下は言い切った。陛下が手打ちにすると言ったからには、これでぽってり腹もわたしの性別について非難することは出来なくなった。
いろいろな空気が流れるが、いよいよグリフォンとの契約の儀式だ。
わたしは許可を得て、後ろで控えている皆のところまで戻った。
アレクさんとイヴリンさんの表情を見るのが怖い。
わたしが隠してきたことで、今までの信頼が崩れれば悲しいとしか言いようがないが、それはわたしが自分で責任を取らなければならないことだ。それでもまた一から信頼を積み上げていく。失敗しても、また信じてもらえるまで、何度でも誠意を尽くそう。そう覚悟した。
「……ノア」
低い声が聞こえた。アレクさんだ。
顔を上げると、アレクさんはその青い目を細めてわたしを見ていた。その表情は、怒りとか軽蔑とか、そういった負の感情は無くて驚いた。
罵られても仕方ないと思っていたのに。
わたしが近付いて喜ぶグリフォンを宥めながら、以前と何ら変わらない表情で迎えてくれた。
「僕……わたしは、ノア・アシュベリーです。ずっと、黙っていて、ごめんなさい」
初めてちゃんと名乗ったよ。そうしたらアレクさんは、「そうか」と言って、右手を差し出してきた。わたしは訳が分からずアレクさんを見返す。
「改めて、よろしく頼む。ノア」
それは挨拶の握手だった。
「……いいんですか? わたしは皆さんに、本当のことを黙って、いたんですよ?」
喉が痞えたように言葉が途切れる。それをアレクさんがサッと手を取って握手をした。
「いいんだ」
たったそれだけの言葉だったけど、アレクさんの心が伝わった。暖かい手がそれを確信にしてくれた。わたしの視界が急にぼやけてきた。
「多分だが、お前は自分から男だと言ったことはないだろう? 皆がそう思っただけで、進んで偽ったわけではない」
確かにそうだけど、積極的に嘘をつかなかっただけで、結果は同じことだ。
「それに、オルグレン団長がおっしゃったとおり、そうしなければ、お前はこうして無事に過ごせていなかったかもしれない」
良い側面を取られ、それまで仕方ないと目を瞑ってきたことが、余計重くのしかかる。
だが、アレクさんの言葉が心苦しく感じる反面、わたしは言いようの無い喜びも感じていた。わたしが欲しいと思う言葉を、何故この人はいとも簡単に与えてくれるのだろう。
「私たちこそ、気付かずにごめんなさい。辛かったわね」
隣でイヴリンさんも手を添えてくれた。わたしの頬を何かが流れていくのを感じた。
「大丈夫よ」
わたしはイヴリンさんにそっと抱きしめられた。とんとんと背中をあやされ、わたしはイヴリンさんの腕の中で小さく頷いた。
「それに、何となくそうなんじゃないかと思っていたし」
突然のイヴリンさんの告白に、わたしの涙は思わず引っ込んだ。
「男の子にしてはちょっと違和感があったから」
ええ、そんな馬鹿な。頑張って男の子のふりしてたのに。
でもアレクさんを見たら、びっくりしてイヴリンさんを見ていたので、人によっての事だと思った。それはそれで何か釈然としないけど。
わたしの涙を見たからか、グリフォンが急にわたしに近付きたがり始めた。
「え、君も慰めてくれるの?」
アレクさんが慎重にわたしにグリフォンを渡してくれると、グリフォンは頬をペロペロと舐めてくれた。泣いていたのを心配してくれたようだ。
「ありがとう。もう元気になったよ」
わたしがお礼を言うと、嬉しくなったのか、わたしの周りをパタパタと飛んで、最後にわたしの腕の中に納まった。
「ふむ。信頼で絆を結んだと言うのは本当なのだな」
「ええ。あれほど懐いているのを疑う方が難しいでしょう」
陛下と公爵閣下が話す声が聞こえて、わたしは偉い人を待たせていることに気付いた。
「も、申し訳ありません」
慌てて身を正そうとするのを、陛下が手を挙げて許してくれた。
「良い。では契約を始めてくれるか?」
促されてわたしはオルグレン団長を見た。団長もセドリックさんも、何故かわたしを温かい目で見ていた。まるで子供の成長でも見るような温かさだ。何故だ。
そうだ、契約の儀式だ。確か……。
「ノア。そのグリフォンに名付けをすれば契約が成立する」
軽く段取りがすっ飛んだわたしにこっそりと団長さんが教えてくれる。
「あ、……まだ名前決めてなかった」
いろいろ考えてはいたけど、これ、というのが思い浮かんでこなかった。それに儀式も思ったより急に決まったしね。
「うーん、君はこんなにきれいな毛並みをしているから、外見負けしないようないい名前にしたいんだけど……」
わたしが唸っていると、横からアレクさんがぽそっと言った。
「そうだな。光の下にいると、女神の銀の月のような綺麗な毛並みだな」
ほう、なんて詩的な表現をなさるのか。
……女神の月、月……。
わたしの脳裏に天啓ように閃いた。
「君は、ルナ。ルナだよ」
わたしが名前を呼ぶと、グリフォンが「きゅん」と鳴いて、額を合わせた。
すると、わたしたちを中心に、温かい風が吹いた。
「おお、これほどまでに穏やかな名付けの儀式は初めて見た」
陛下が呟く。隣の殿下ですら、殊勝な感じで頷いていた。
後で聞いた話だけど、普通の契約の儀式は、力でねじ伏せて行うことが多く、魔獣からの抵抗が名付けの際に反発の魔力を放出して、当人たちは相当痛いらしい。
それはそうと、ちゃんと契約できたことを報告しなければならないんだった。
オルグレン団長の視線に促されて、わたしはルナを抱きながら再び膝を折って礼をした。
「従魔の契約によりグリフォンとの魂の盟約は結ばれました。わたくし、ノア・アシュベリーは、ここに従魔ルナとの不変の友誼を誓約いたします」
わたしは陛下に、ルナと契約の儀式を終え、ずっと一緒にいるよ、と誓った。
陛下は鷹揚に頷いて、わたしにふんわりと笑いかけてくださった。
「大儀であった。先例が無いに等しい従魔の契約であるが、後進のよき手本となるよう精進せよ」
「仰せのとおりに」
陛下の言葉が、そのまま自分の決心と同じであったので、心の底から御意に適いたいと思った。
これで謁見は終了だ。
思った以上にわたし的には大団円になったと思う。殿下の爽やかな笑顔は、もう信じられないが。
ゲインズボロー侯爵(ぽってり腹)は今にも舌打ちしそうな表情でこちらを見てきたが、儀式に不正もなく、難癖をつけようが無かったのが歯痒そうだ。小さく「アシュベリーめ」と言っていたので、うちの一族と何やら個人的な確執がありそうだけど、わたし関係ないですよね。
ん? いつまで経っても陛下が退席しない。見ると、こちらを熱心に見て目を輝かせている。
「よし!堅苦しい儀式は終わりだ!」
そう言って、いそいそとわたしの方へ歩いてきた。
ええ、何で?
一層頭を深く下げると、近くにしゃがむ気配がする。え?ええぇぇ!?
「陛下」
さすがにオーウェル公爵が諌める声を発するが、陛下はお構いなしだった。
「ノアよ、顔を上げてよいぞ。そなたの従魔を見せておくれ」
やっぱり触りたかったのね、ルナのこと。
顔を上げると、殿下そっくりの、でも腹黒さのない満面の笑みが飛び込んできた。ああ、動物好きなんだなぁ。
ルナを見ると、別に警戒した様子も無いので、そっと差し出すと、陛下にあっさりと抱っこを許した。なんか、オルグレン団長の時とおんなじ反応だ。陛下はいい人なんだね。
「おお、可愛いな。うん? 撫でていいのか?」
「きゅん」
なんか、ルナと会話が始まった。上手に片腕で抱きながら、嘴の横をこしょこしょと撫でる陛下に、ルナもまんざらではない感じで喉をきゅるきゅる鳴らしている。
「ほら、エドガー。そなたも抱いてみよ。可愛いぞぉ」
「いえ、私は……」
陛下がルナを渡そうとするが、オーウェル公爵はちょっと迷惑そうだ。生き物が苦手な人なのかな? でも、ルナが嫌がらないから、公爵様もいい人なんだと思う。
思い切りのいいルナは、公爵様の頬っぺたに嘴をすりすりした。公爵様は一瞬固まったが、徐々にルナの感触に慣れたのか、恐る恐るだが背中の毛を撫で始まった。
「もう結構です。私は戻らせていただく!」
即席のふれあい広場のようになった謁見の場だったが、ぽつんと取り残されたゲインズボロー侯爵は、何故か鼻息荒く退室の許しを求めた。陛下は気軽に手を振るが、ふとその背中に声を掛ける。
「ゲインズボロー卿。ダルトン家のこともあるからなぁ、あまり事を大きくせぬほうが賢明だぞ」
ん? なんか、陛下が怖い。笑顔だけど、なんか怖い。エドワード殿下と同じ匂いがする。
「……御意」
あのぽってり腹があっさり頷いた。慌てて退室していく後ろ姿を、わたしはきょとんと見送った。背後でオルグレン団長がため息をついたのが聞こえた。ええ?
「ノア。とりあえず、そなたは今のままでいてよいぞ」
陛下がにっこり笑ってわたしの頭を撫でる。ここでもか。あまりに気安い態度に、今度はわたしが固まった。
「陛下。ノアが気の毒です」
オルグレン団長がわたしを気遣ってくれたが、陛下はどこ吹く風だ。
「父上。それは私がノアに言おうと思っていたことですよ。いいところを攫って」
少し砕けた口調でエドワード殿下が参戦する。
「そう怖い顔をするな。どうせ誰が言っても同じことだ。それなら私から釘を刺した方が良いだろう」
陛下も殿下も、多分わたしのことを気遣ってくれているのだということは分かる。ゲインズボロー侯爵はアシュベリーに対して隔意を持っているようだったから、「余計な手出しはするな」と言ってくれたのは分かる。
分かるけど、二人してなんでわたしの頭をぐりぐり撫でるのかが分からない。下手するとわたしの首がもげそうなんですが。
「陛下、殿下、もうそのくらいで……」
オルグレン団長が再びわたしに救いの手を差し伸べてくれた。わたしの目から光が消えているのを見て、ようやっとお二方は手を止めてくれた。
「アディンセル副隊長。ノアの髪がもさもさだよ。直してあげなよ」
「……え、あそこに行くの嫌です。ご自分でどうぞ」
後ろからセドリックさんとイヴリンさんの声が聞こえた。そうか、わたしの所には来たくないよね。なんならわたしもここから逃げ出したいですもの。
「ノア・アシュベリー。そろそろお前の従魔を引き取れ」
無我の境地になりつつあるわたしに、オーウェル公爵が声を掛けてきた。見るとルナがぴったりと公爵様にくっついている。うちの子めっちゃ懐いてるんですけど。
「も、申し訳ありません。ルナ、こっちおいで」
呼んだがルナが離れる気配が無い。
あれ? さっきわたしたち、魂の盟約結んだよね?
ルナが公爵様の胸ポケットあたりを熱心に見ているのに気付いた。
「エドガー。もしかして、砂糖菓子を持っているのか?」
陛下はその正体を知っていたのか、目敏くそれを見つけ、公爵様に尋ねる。公爵様、甘い物お好きなんですか?
わたしの視線に気付いたのか、公爵様は大きな咳払いをした。あ、甘い物お好きなの、内緒だったんですね。
わたしはいたたまれない気持ちになったが、ルナの興味はそこにくぎ付けになったらしい。そう言えば、食事は必要ないと言っても、全然お菓子も口にしていなかったから、思い出したかのように興味を持っちゃったのね。
半ば諦め気味なため息をついて、公爵様はポケットから包み紙を出した。可愛い桃色の包み紙だ。一気にすごく好感度が上がりました。
ルナは公爵様の手ずから砂糖菓子を貰って、物凄いご満悦だった。きゅっきゅっと嬉しそうに鳴いて、公爵様の周りをパタパタと飛んだ。それを陛下が見て、「私だって、砂糖菓子を持っていれば!」と変に嫉妬なさってる。
一しきり遊んで満足したのか、ようやくルナがわたしの元に戻って来た。そのルナに、今度は殿下が近付いてくる。
「ルナ、か。いい名を貰ったね」
指先でルナを撫でようとしたが、ルナはその指を避けてプイと横を向いてしまった。いやいやいやいや、一国の王子様だから。もうちょっと愛想良くして!
殿下の笑みが張り付いた顔を見るのが怖い。内心冷や汗がだらだらだったが、そこに救いの手を伸べてくれたのはセドリックさんだった。
「殿下、その子女の子みたいで、若い男には懐かないんですよ」
ちょっと! そこのあんた! それフォローじゃなくて暴言ですから!
陛下と閣下と団長と呼ばれる人たちが、一斉に「ぐはっ」となりましたから。その子「いい人」に懐くんだよ。
あ、でもこれを言ったら、殿下が腹黒……。セドリックさんはどうでもいいけど、ああ、どっちに転んでもダメなヤツだ!
わたしが顔色を蒼白にしていると、ふと抱っこしているわたしの手にキラキラしたものが付いているのを、ルナに発見されてしまった。
時すでに遅し。砂糖菓子だと思ったのか、魔石だと思ったのか、ルナはわたしの手首に付いているカフスボタンをパクッとした。
「ル、ルナちゃぁぁん!?」
せっかく今までアレクさんが死守してくれていた貴金属だったが、わたしが大声を上げたせいか、びっくりしてルナが嚙みちぎってしまった。わたしの袖から、切れた糸がぴょーんと出ている。
「ああ、ペッ、ペッてしなさい!」
急に怒られたと思ったのか、ルナがボタンを咥えたままパタパタと飛んで逃げた。
ああ、殿下になんて言われるか……。
わたしが絶望に打ちひしがれていると、ルナはアレクさんの元に飛んでいった。
「ルナ。返しなさい」
アレクさんが優しく言うと、ルナは驚くほど素直に、アレクさんの掌にボタンをペッてした。
あれ? さっきわたしたち、魂の盟約結んだよね?
アレクさんが、いい子だと言って素直に返したルナを褒めている。いつぞやも見た光景だが、今その光景はマズい気がします。若い男性に懐かないと言っていたのに、普通に一番アレクさんに懐いてるって、混沌としすぎていますから。
殿下とセドリックさんの腹黒組が笑顔でこちらを見てきます。ああ、笑顔って嬉しい時や楽しい時に現れるものではなかったでしたっけ? 二人の背後に暗黒が渦巻いて見えます。
と、とにかく、キラキラした石は無事のようです。それだけが救い。
「で、殿下。あの、お借りした服を申し訳ございません。きちんとお直ししてお返しいたしますから」
微妙に殿下の顔を見れずに謝る。
マズイことしたらすぐに謝る、これ大事。
それに殿下が、「ん?」っと言って、わたしと目を合わせてこようとする。そんな、王族の方と目を直接合わせるなんて畏れ多い。回避しても追いかけてくる。しつこいな!
とうとうわたしは殿下と目を合わせてしまった。
それにニコリとして、殿下が宣った。
「いいよ。あれは私が君に『あげた』んだから」
わたしは呼吸が引きつって「ヒッ」となった。
「……いえ、お返ししま……」
「君に、『あげた』んだから、ね」
念を押されました。「ね」の部分に特に力を入れて。
王族って、威圧の状態異常魔法を使えるんでしたっけ?
まさに蛇に睨まれた蛙? 風前の灯?
もう、この混沌とした状況から、誰か助けて。
陛下の次の予定があると、宰相様が使いを寄越すまで、この混沌は続きました。
一説によると、その時のわたしの顔は、十歳以上老けていたとか。
ルナ、名前決まりました。
アレクとも平和な形で秘密を明かせました。
しかし、やっぱり殿下がトリを取る。
まあ、なんとかなるさ。
頑張れ、ノア!




