お持ち帰り 3
殿下視点の回です。
あれ?
殿下ってこんなヤツだったの?
定時報告より随分早く、ヴィクターから連絡が来た。
手元の紙に報告事項がスルスルと浮かび上がってくるので、他の書類に紛れさせながら報告を読んでいく。
「……ふ」
あまりのおかしな内容に、思わず私は噴き出してしまった。
「? エドワード殿下、いかがなさいました?」
文官の一人が私に声を掛けてくる。何でもないと言って手を振ると、それ以上は詮索をしない。この執務室にいる人間は有能だ。
私はそのままヴィクターの報告を読んでいく。
この魔道具は血液で登録した人間の間でしか使えない最先端のものだ。現在は私とヴィクターを繋ぐ物だけで、後は陛下が数個所有している他は、母である王妃も持っていないものだ。血で登録した者以外が見ても、ただの白紙にしか見えない。
昨夜の報告で、ノアがグリフォンに捕まったとあった際には慌てもしたが、その後の報告に「家族認定」されているとあった時も思わず噴き出してしまった。
今度は今度で、グリフォンに主と認められたらしいとあれば、最早驚きを通り越して喜劇ですらある。
何というか、本当にノアという娘は、私の斜め上を行く騒動を起こす。
私は先を読むことに長けていると自負しているが、彼女の行く先は完全に予想の範疇を軽く越えてくるのだ。
これまで私は、自分がいずれこの国を統べることを普通に自覚し、他者から求められることを完璧以上にこなしてきた。歴代でも指折りの賢王と呼ばれるだろうと思う。
だが、能力が人並み以上で、全てを卒なくこなしてしまうから、私の人生はいつもあまり色の無い世界だった。
宮廷の妖怪変化たちとの腹の探り合いはそれなりに面白いが、勉学も夜会での令嬢たちとの恋の駆け引きも、私の世界に彩を与える程の興味は湧かなった。
いっそ国を継いだ後に、その国を無にしたら面白いか、と思ったこともあるが、一人生き残るのも面倒なのですぐに興味を失った。
本来であればすでに王太子妃を娶り、将来の世継ぎを設けていなければならない歳であるが、すぐ下の三歳離れた弟と十四歳離れた弟がいるので、特に焦りを覚えることも無い。
まあ、周りがうるさく姿絵と釣り書きを机に山と積むのが面倒なので、数回は申し訳程度に見合いもしたのだが。それよりも、イライアスやセドリックたちとくだらない雑談や狩りをしている方が楽しいと感じるのだから、婚姻の文字が遠ざかるのも無理はない。
そんな色のない日々に現れたのが、「あの」アシュベリー一族の問題一家の末っ子だった。
容姿は、兄であるノエル・アシュベリーと瓜二つだった。ノエルはあと三年早く生まれていれば、私の側近候補として学友を命じられていた程の有能さであったので、幾度か面識があったのだ。残念ながら女性の姿でのノアを見たことは無いが、そのままでも十分鑑賞に堪えうる容姿をしている。
調べさせると出てくる事実に、自分は特別ぶっていても、まったく常識的範囲内の人間だったことを思い知る。
何だ、呪いで性別を奪われるって。
アシュベリーの領地から王都まではそれほど距離も無いのに、短い旅程の中で盗賊を捕縛し、ゴーストの浄化にも手を貸していた。何と言ってもグリフォンの件は前代未聞だ。
王都に着いては、数日で騎士団の寮を掌握し、あのイライアスを陥落させ、セドリックも手を焼いているという。何かに執着しないアレクシスがやけに構っているのも驚きだった。
試しにヴィクターを付けてみたが、随分と可愛らしくなって帰って来た。ノアから貰ったらしい手袋を、大事に私室に保管しているようだ。
更には、聖女でもないのに瘴気を浄化したという。
極めつけはグリフォンの懐柔だ。
不思議人間にも程があろう。
遠巻きに見ているだけで飽きない人間は初めてだった。さすがアシュベリー一族の隠し玉と言ったところか。
あの自己顕示欲の塊である一族の、その中でも飛び切りの問題児がいる分家。「国一番の魔女」や「金色の悪魔」、建国王の腹心と言われた「アシュベリーの始祖の再来」と言われる家族たちが、何と言ったか、東洋の言葉で「掌中の珠」と言うほど大切に育てた姫。
噂では凡庸の一言でしか言い表せない娘だったが、短期間にこれほどの話題を提供するような人間が本当に凡庸な訳がない。おそらく家族を挙げて娘を隠してきたのだろう。
最近では、従兄のサイラス・アシュベリーが彼女の婚約に名乗りを上げたらしいが、残念ながらその芽は外野が潰してしまった。
サイラス・アシュベリーは二、三年前から頭角を現してきた本家の伯爵家の次男だ。まだ私は会ったことはないが、アシュベリー一族には珍しい好青年だと聞く。本家もその婚約を潰すなど、愚かなことをしたものだと思った。
ノア・アシュベリーには間違いなく何か秘密がある。
本人や周りも気付いていないかもしれないが、ドラゴンズクラウンのアーサー王を始祖に持つ私は、セドリック程ではないが優秀な魔術師になれる程の魔力を持っている。そのためか、漠然とだがその人間が持つ才能を僅かながら感じ取ることが出来る。その力が、あの娘には何かあることを告げるのだ。
彼女は何としても国に取り込むべき人材だった。
まずは手始めに、グリフォンの保護で恩を売っておこう。
きっとローランド・オルグレンも同じことを考えているだろうから、ヴィクターから寄せられる情報を実行すべく動くとする。
グリフォンほどの幻獣の契約の儀となれば、神殿から司祭以上、王宮からは私、それに中立派と第二王子派の大臣を一人ずつは必要か。力の均衡を揺らさないよう人選をする。
私と彼女の関係は、イライアスたちとのものほど気安い関係とはならないだろうが、こちらの派閥に好意を抱かせることは重要だった。間違っても第二王子派の派閥に持っていかれるような事態にならないよう、問題の起こる事態は回避する。
まあ、そのためにはアシュベリーの人間であることは伏せることはできないであろうが。
アシュベリーの血の者であることが分かれば、自ずと女性であることも明らかになってしまうのは、致し方のないことだ。
もっとも、私はそのことを隠させるつもりもない。
どんな手段を取ってでも、必ず女性に戻す。
女性であることは非常に好都合だった。彼女を欲しがる家は少なくないはずだし、彼女自身を求める人間も出てくるだろう。何なら聖女として祀り上げてもいい。
必要とあれば、自分との婚姻という手で引き込むことも辞さないつもりだ。それが一番こちらへ留めおくのに簡単な手であったから。幸いにして、平民ではあるが血筋は申し分ない。
むしろ、それを何処かで望んでいる自分がいることが、我がことながら面白かった。
間近で見たあの娘の温かい茶色の瞳は、多少の緊張や警戒を含んでいたが、自分を見ても冷静だった。
あの娘が、権力に媚びるような女であったのなら、これほど手を掛けようとも思わない。
まあ、私に対して普通の女のように権力への媚びが浮かんだ瞬間本人への興味は失せてしまうだろうが、恐らくあの娘はそんなことにはならない予感がする。
あの瞳に打算や欲望ではなく、信頼や心からの笑みを浮かべさせたら、どのような色合いになるのだろうか。
久しぶりの高揚する感覚に、傍からは優雅に見えるだろう笑みを浮かべ、その想像をそっと覆い隠した。
殿下、思ってた以上にやべえヤツでした。
国滅ぼしたら面白そう、とかダメ、絶対。
っていうか、ヴィクター君のプライベート、めっちゃバレてるよ!
いや、マジでなんでこんな人になっちゃったの、この人。
自分で書いたはずなのに、最初はこんなヤツじゃなかったんだよ。
でも、とりあえず国を滅ぼすのやめたみたいなので一安心?
次回も、ちょっと殿下のヤバさが滲み出てるかも。
お楽しみに!




