悪運も運のうち 3
本日3話目です。
ちょっと流血シーンがあります。
やっぱりというか、わたしは悪運が強いらしい。
夜が明けると同時に雪が降り始めた。この地方は内陸であまり雪は降らないのだが、どうしたことか大雪になった。
できればさっさと悪人どもを衛兵に引き渡して、わたしは王都に入りたい。なのに、この降りっぷりだと、衛兵だって到着は遅れるだろう。食料は予備に多く持っているから餓死はしないけど、子供の教育上、悪人と一緒の屋根の下に置くのは良くない。
交代で悪人どもの監視をしながら衛兵の到着を待っていたけど、その到着は昼を大きく過ぎていた。一応悪人どもは、めぼしい武器は取り上げてきつくふん縛ってはいるけど、相手は荒事の玄人だから油断は出来ない。冒険者のオッチャンに、戦士がどこに隠し武器を持っているとか、縄抜けできない縛り方とか教わっておいて本当に良かった。
わたしはともかく、他の皆はそんな緊張感で少しずつ疲労が溜まっていった。
そんな中、砦の外に複数の気配がするのを感じた。慌てて外に出てみると、雪で視界が白くなっているが、馬の嘶きで待ちに待った衛兵が到着したことに気付いた。
「我々は王都の治安部隊の者だ。捕えた盗賊を引き取りに来た。門を開けよ」
門の外から野太い声がする。皆一安心とばかりに息をついて、行商人のおじさんが砦の扉を開けようと駆け寄る。
「はい、お待ちしておりました。お引渡しします」
声を掛けて、かんぬきを外そうとする。わたしはハッとなって、おじさんを止めた。
「おじさん、ダメだ。その人達は衛兵さんじゃない!」
開けようとしていたおじさんの手を掴んで、無理やり奥へ引っ張ってくる。皆訝しそうな顔をしているが、わたしは素早く状況を説明する。
「僕は救援信号を上げたけど、賊を捕えたなんて伝えられないでしょ」
それを知っているのは、この宿砦の中にいる人間か、もしくは動向を探っていた賊の仲間しかいない。わたしがそう伝えると、皆一様に顔が青ざめた。
と同時に、外から騒がしい声が聞こえる。門を破ろうとしているか、壁を登ろうとしていて、何かを仕掛けているようだ。わたしは怯える皆を一カ所にめ、入り口を皆で持ち寄った荷物と宿砦の修理道具の板などでふさいだ。本当の衛兵が来るまで、何とかこの紙のような障壁で持ちこたえなくてならない。
大人たちの不安が伝播したのか、アビーちゃんがわたしの服の裾を掴んできた。
「大丈夫だよ。いくら雪だからって、そろそろ本物の衛兵さんたちが来てくれるよ」
そう言ってしゃがんで女の子の頭を撫でると、ちょっと頬を染めて頷いてくれた。わたしは不安を悟られないように微笑むと、周りの人たちの空気も緩んだ。極度の緊張は、本来の力を発揮できなくなるからね。
少し和んだ空気の中、外から何人もの人間が雪崩れ込んでくる音が聞こえた。恐らく縄梯子か何かで中に侵入し、門を中から開けたのだろう。男たちの声が響いた。
「ちくしょう!あのガキ、ただじゃおかねぇ!」
それは最初にわたしの部屋に押し入った男の声だ。靴下を口に詰め込まれた恨みか、相当ご立腹のようだ。自業自得だけどね。
その声に怯えた人たちに視線を向けて務めて明るく言った。
「もし、衛兵が間に合わなかったら、僕に任せくれますか?」
そう言うと、皆不安ながら頷いてくれた。
「僕が合図したら、皆しゃがんで目を瞑って耳を塞いでね」
わたしはポケットを探る。指先に小鳥の卵くらいの大きさの球体の感触がする。本当は魔獣とかに遭った時のために取っておいたんだけど、今が使い時だよね。
「ここか!こんなの蹴破ってやる!」
荒々しい声がすぐそこで聞こえる。わたしはちょっぴり震える足を踏みしめた。
「みんな下がって!」
部屋のギリギリ端まで皆を下がらせると、目の前の障壁に目をやった。宣言通りその障壁はあっさりと蹴破られる。そこからわらわらと男たちが押し入って来た。
絶対的優位を確信しているのだろうが、手痛い反撃を思い出したのか、すぐには襲ってこずに、仲間が入り口を塞ぐまで待っているようだ。
多分、砦の入り口を見張る人間を置いて、それ以外全員がここに集まっただろうか。
わたしは上着のフードを目深に被って、大きく息を吸った。
「今だ‼」
わたしの声と同時に、皆が一斉にしゃがみ込む。わたしは寝袋を引っ掴むと、ポケットの球体に魔力を込めて前方に放った。すかさず一塊になっているみんなに覆いかぶさるように寝袋を広げて飛び込んだ。
無音の轟音。
その衝撃に砦の石壁がビリビリと揺れる。
たっぷり百を数えてから、わたしは起き上がった。辺りを見てサッと血の気が引く。
汚い男たちが、見事にひっくり返って気絶している。そして、頑丈な砦の一部が崩れていた。
いやー!こんなに威力があるなんて聞いてない!
わたしが放ったのは、アシュベリー一族の魔道具研究の変……熱心な研究者がくれたものだ。閃光弾と言っていたが、光魔法と風魔法を魔物の卵に閉じ込めたもので、少し魔力を込めて放てば、三秒後に大きな音と光が出て、相手を無力化できる、といったものと聞いていた。
聞いていたけど、石壁崩すほどの威力なんて聞いてないよ?
とりあえず、人死には出てないようなのでホッとするけど、まだわたしの耳もクワンクワンいっている。わたしが一人ずつ肩を叩くと、もそもそと皆も身体を起こし始めた。
「あんた、いったい何したんだ?」
惨状をみておじさんが呟く。
「いや~、僕にも何が何だか~」
頭を掻いて苦笑いして誤魔化そうとするが、わたしをジトッとした目で見るおじさん。
ふとそのおじさんの目が大きく見開いた。
「てめーの仕業か!」
咄嗟に反応したわたしを褒めてあげたい。
賊の残党が剣を抜いて切りかかって来たのだ。
多分入り口の見張りをしていて難を逃れたのだろう。わたしは自分の剣を両手で掲げて、落ちてくる剣を受け止めた。今、女の子じゃなくて良かった。でないと、そのままわたしの脳天に相手の剣が叩きつけられていただろうから。
それでも堪えられずに首を傾げて剣を避けるが、ほんの少し肩で受けてしまった。痛みとジワッと血のにじむ感触がするが無視する。男の目にはギラギラとした殺意があったから、そんな余裕はなかった。必死にその剣を押し返そうとするが、逆に剣が弾かれてしまった。
絶体絶命ってこういう事かな。再び振り上げられた剣が、まるで止まったように見える。これが、死の間際に感じる超感覚というやつか。
へえ、と感心していたが、いつまで経ってもその超感覚は終わらない。超感覚ってこんなに長いの?
と、思ったら、突然目の前の男が倒れたのだ。
「へ?」
他に発する言葉もあろうに、わたしは何て間抜けな声しか出せないのか。
男が床に沈み込んだと思ったら、その背後から黒い塊が姿を現した。
最初の印象は、黒い、の一言。
髪も鎧も黒く、剣の鞘まで黒かった。目だけは深い青色で、それがやけに心象に鮮明に焼き付いた。
そして次の印象が、でかい、だった。背の伸びたわたしよりも頭一つ分近く背が高い。冒険者のオッチャンくらいありそうだ。
「救援を呼んだのはお前か?」
低い声で尋ねられる。一瞬何のことか分からず沈黙してしまった。というより、その人の雰囲気が怖くて、自分が窮地を脱したことを実感出来なかった。どちらかというと、この人の方が、賊の男達より怖い!
精悍に引き締まった容貌で、鋭い眼光で睨まれた日には固まっても仕方ないよね!
お互いに数舜見つめ合ったような状態だったと思うが、その凍り付いた空気を後ろから来た人が打ち壊してくれた。
「はいはい。隊長、そんな怖い顔してたら、みんな怯えるっていつも言ってるでしょ」
場違いなほど明るい声に、皆そちらの方を向いた。そこにはキラキラした人がいた。
「待たせちゃってごめんね。みんな無事だった?」
艶やかで豪奢な金髪を編み込んで横に流した、華やかな美女がそこにいた。
「驚かせちゃったみたいね。私たちは、王都騎士団の第二分隊よ。もう安心して」
ニッコリと笑って伝えられた内容に、わたしの後ろにいた人たちは安堵するように歓声を上げた。家族行商の奥さんなんて泣きだしちゃったよ。でも、娘のアビーちゃんがわたしに駆け寄って来た。アビーちゃんも泣いてたみたいだけど、しっかりしているなぁ。
「お兄ちゃん、大丈夫? 怪我してない?」
真っ先にわたしを気遣ってくれたその心が嬉しくて、わたしもちょっぴり泣きそう。
「大丈夫だよ。みんなも無事で嬉しい」
肩の傷には気付かれてないみたい。黒っぽい服だから目立たないしね。わたしはまたアビーちゃんの頭を撫でて笑った。
「あら、少年。あなたいい男になるわよ」
美女がふふっと笑いながらわたしを茶化す。が、そのままその笑みがスッと変わる。目が笑ってない。
「で、この惨状は、いったい何があったのかしらぁ?」
怖い。怖いです。隊長さんと呼ばれた黒い人より怖いです、お姉さん。
こうしてわたしは、美女の迫力ある尋問を受けることになったのだ。
主人公は、戦闘を「怖い怖い」言っていますが、過去に冒険者のおっちゃんと旅した経験から、非戦闘員ではありますが、意外と荒事に免疫があります。
自分では焦っているつもりですが、他人から見れば動じてないように見えてます。
本人は、自分をか弱い非戦闘員で常識人だと心から信じています。
閲覧ありがとうございました。