グリフォン一家とのご対面 5
ヴィクター君視点の後編です。
「……ほんとに、何なの、あんた」
僕は、怒りのあまり俯いてプルプルと握った拳を震わせていた。
「ん?」
緊張感のない声に、僕は思わずノアを睨んだ。
「捜索隊は、あんたが勝手に攫われたせいで、一触即発状態だったんだよ! エインズワース隊長はあんたを探すのに隊を抜けようとするし、それを止めるのにグレンフィル副団長はエインズワース隊長を殴るし、みんなあんたのせいで隊が崩壊するところだったのに、本人はこんな所でのんびり朝寝坊するぐらい馴染んで!」
「ええ!」
さすがのノアも大変な事態になっていると分かったらしく、オロオロする。僕はそれを意地の悪い心地で笑った。
「何とかグレンフィル副団長が説得して押しとどまったよ。僕の魔力を伝ってもうじきここに辿り着くはずだ」
安堵でため息をついたノアに、ぼくは追い打ちを掛ける。
「でもあんたは覚悟しておくんだな」
「へ?」
「隊が分裂寸前になるまであんたのことを心配したんだ。みんなタダであんたを許すとも思えないけど?」
そうだ。任務に関係ない他人の愛憎劇なんて興味もないけど、グレンフィル副団長あたりはかなりしつこく報復しそうだ。エインズワース隊長は、正直未知数だからどう出るかなんか分からない。もしかすると、あのキレ方からしたら、何か決定的なことが起こるかもしれないけど。どちらにしてもご愁傷様だ。
「……はい」
ノアは意気消沈といったふうに項垂れた。好きで攫われた訳でもないが、こんなに暢気な状況に甘んじていた分は、いい気味だとは思う。
だけど、僕にはそんなことよりも、こんな素っ頓狂に正体を見破られた方が今は気になる。
断じて許すことができない。こんなヤツにバレた自分を。
「で、……」
「ん?」
「なんであんたは僕だって分かったの?」
怒りを抑えながら尋ねると、ノアは何のことはないと言いたげに言い返してきた。
「え?普通分かるよ」
僕は、本気でノアに殺意を覚えた。だけど、ノアは本気で僕のことを分かると言ったようだ。
何者にも認識されないよう、自分を殺す訓練を、血反吐を吐くほど積んできた。隠密なんて捨て駒も同然の人間に、人権なんて言葉はなかった。
僕は、歴代王族の影でも天才と言われていたから、この若さで単独での任務は珍しくも無く、誰の記憶にも止まらないよう、時にはその命を摘み取ることすらしてきた。
だから僕を影と知らずに僕と認識した人間は、ノアが初めてだった。
苛立ちとは違う、胸の奥がくっと縮むような小さな痛みが起きる。
僕は、誰にも認識されないことこそ、自分の誇りだと思ってきた。
なのに、ノアにそれを覆されても、その胸の痛みは、まったく不快な痛みではなかった。
「……ホント、なんなの、あんた」
自分でも分からない諦めが胸を埋める。
もうノアはこういう人間なんだと、負けを認めれば腹も立たないことに気付いた。
「あれ?そういえば、なんでここにいるの? ヴィクター君」
今更か、ということをノアは聞いてきた。いや、僕はその質問を想定していて然るべきだったが、先ほどの小さな痛みに考えを取られていて対応が遅れたのだ。
僕は咄嗟に浮かんだ言葉を口にした。
「お……」
「お?」
「おつかいの途中で、見かけた……」
「そっか。ごめんね、大切な用事の途中だったのに、僕の為に寄り道させちゃって」
言った途端、僕は自分自身に絶望した。
「頭が悪い人間」と思ったことがそのまま自分に返って来たから。
あまりのことに、僕は思わず膝をついてしまった。
唯一の救いは、ノアが馬鹿だということだ。アレを信じたとかありえない。
「どうしたの!? 疲れたの!?」
慌てた様子のノアが僕に手を差し伸べる。これ以上僕をみじめにさせるな。
「放っておいて。単なる自己嫌悪だから」
もう、こいつに関わるとろくなことが無い。こいつは僕に何か悪意を持っているんじゃないか。こいつは僕の黒歴史を何度塗り替えれば気が済むんだ。
僕がノアに心の中で呪詛を吐いていると、背後からグリフォンが唸る声が聞こえた。その声に僕はようやく正気を取り戻す。
まずい。連中、もう僕を追ってここへたどり着いたのかもしれない。
慌てた様子でノアが僕をグリフォンの巣へ連れて行き、僕を守るように背中へ隠した。僕の「影」としての正体を知らないとはいえ、戦闘訓練なんて受けたことが無いお前に何ができるんだと思ったが、これがノアの性分なのだと理解する。
巣に入った僕はグリフォンにとっては異物で、案の定子供たちにまで警戒をされたが、それをノアはうまく宥める。
いっそグリフォンと一緒に野生に帰っていいんじゃないか?
徐々に物音が聞こえるようになり、やっとノアも捜索隊が追ってきたことに気付いたようだ。
僕はそろそろここを離れるべきだと思った。
だがこのまま去って、こんな素っ頓狂に正体を見破られていることを、他の人間に死んでも知られたくない。
「僕はもうここを離れる」
「どうして?」
僕がそう言うと、不思議そうにノアが尋ねる。やっぱり釘をしっかりと刺しておかないとダメだった。
「あんたさ。あの人たちに、僕の名前を絶対に出すなよ」
「?……何で?」
あまりに間抜けな問いかけに、僕はまた咄嗟に言葉が出なかった。いや、察しろよ!
「お……」
「お?」
「お使いの途中で、寄り道したと知られたら、怒られるから」
いっそ殺せと思った。この女は僕からいったいどれだけ尊厳を奪えば気が済むのか。
いくらこいつに憤りを覚えていたからといって、出てきた言葉がこれか……。
「ああ、そっか!」
馬鹿はやっぱり馬鹿だった。これで納得するのか。
これまで培ってきた誇りが、音を立てて崩れそうだった。
「僕は本来出来る子。僕は本来出来る子。僕は本来出来る子」
僕は僕が僕であるために、何度も呪文を唱える。よし、何とか持ち直してきた。
不思議そうに僕を見るノアに、僕は最大限の殺気を込めて脅しを掛けた。
「僕の事を漏らしたら、相応の覚悟をしてもらうよ」
僕の言葉に、ノアが少し怯む。
罰に何をさせようか。それを考えるだけで少し気分が浮上した。
今度こそ本気の隠密魔法で完璧に姿を消した。証拠に、ノアは僕を追うことができていないようだった。
どうだ、これが本来の僕だ。
自信を取り戻した僕は、しばらくノアの動向を見守った。
程なくして捜索隊の一部が、僕の魔力を追ってここへたどり着いた。
意外なことに、オルグレン団長ではなく、魔力を辿る役目はグレンフィル副団長がやったらしい。繊細な魔力の手がかりをこれほど早く読み解いて追ってくるとは、なんだかんだ言っても、やはりこの国指折りの魔術師だ。
そこからはグリフォンと捜索隊の対峙と相成ったが、またもやノアがグリフォンを宥め、ついでにエインズワース隊長がまるで対等な敬うべき人間と話すようにグリフォンに許しを求めた。
僕は、ノアを攫ったグリフォンを血祭りにあげてしまうのではないかと危惧していたが、僕が思っていたよりもエインズワース隊長はお人よしだったようだ。
まあ、僕の見立てでは、ノアが無事であれば全て良しと思っていそうだ。その証拠に、もうグリフォンの子供に懐かれて、和気藹々としている。
何だか、ノアと同類(天然)の匂いがする。エインズワース隊長は危険だ。
その後は、ノアが攫われた理由も判明し、何だか大団円になりそうな雰囲気だったが、最後にグレンフィル副団長が待ったを掛けた。
ノアががっちりとグレンフィル副団長に捕らえられる。こちらはエインズワース隊長と違って予想通りの展開になった。ざまを見ろ。
それにしても、ノアは僕のことを全然おくびにも出さなかった。
約束を守る頭はあったようだけど、僕は何故か少し面白くなかった。
せっかく、いろいろな報復を考えていたのに。
まあ、まだ油断できないから、僕は注意深くノアを見張ることにしよう。
何故だろう。
どんどん彼の黒歴史が積み重なってゆく。
ちゃんと仕事してるはずなのに、気の毒です。
それとノアへのディスりがハンパないっす。
表現をご不快に思われる方がいるかもしれませんが、作者も「馬鹿だな」と思ってます。ごめんなさい。
ちなみに、チャラ男のセドリックですが、本気出すと無茶苦茶凄い魔法使えます。風系とかが得意です。
いつかかっこいいとこ出せるかなぁ?
無理だなぁ。だって、ねぇ。
なんやかんやで今のとこ、アレクとオルグレン団長しか見せ場がない……。
おかしいなぁ。




