グリフォン一家とのご対面 4
ヴィクター君視点のお話です。
ノアの素っ頓狂な言動をヴィクター君から見ると……やっぱり変、かな?
少し長くなりそうだったので、ヴィクター君視点は前後編でお送りします。
僕はエドワード様から二度目のノア・アシュベリー監視の任を賜った。あの、訳の分からない幻獣事件の調査隊の任に、隠れてついていけというやつだ。
っていうか、絶対エドワード様は僕で遊んでいる。
その証拠に、「お使いの途中で寄り道してもいいよ」と、訳の分からない言葉をのたまった。
それは、自己判断で監視対象と接触しても構わないということらしい。
確かに、ノアは悪運と非常識が服を着て歩いているような人間だ。そういった非常事態も考慮して行動しなければならないだろう。
それにしても、「お使い」は無いだろう。ちょっと頭が悪い人間っぽい。
そんなふうに思いかけたが、エドワード様の前では表情を殺していたとしても考えが読まれそうで、極力思考の端にも上らないよう努力した。そこがエドワード様の恐ろしさだ。
僕は付かず離れずで調査隊を追う。行程は順調だったが、肝心のグリフォンはさっぱりだった。
夕方になって、ノアがエインズワース隊長を宿砦の裏手に引っ張っていくのが見えた。耳を澄ますと、何やら揉めているような声が聞こえる。それも何言か話すうちに打ち解けた空気になり、エインズワース隊長がノアに手を差し伸べた。
何か、雰囲気がヤバくないか。暗がりでも僕には良く見えるから、あの表情筋が働いたところを見たことが無いエインズワース隊長が、溶けそうに柔らかく微笑んでいるのが見える。
すると、今度はグレンフィル副団長が二人に声を掛けた。何故か分からないが、軽く修羅場の様相になっている。見てはいけないものを見たような気分だ。
当のノアだけ、一人違う世界で空回りしているのが分かる。
何て言うか、腹立たしいことこの上なかった。
全員が宿砦に入るのを見届け、僕は魔石で暖を取りながら木の上で仮眠を取る。
翌朝はまた良く晴れた日だった。昨日に引き続きグリフォンの捜索は全くと言っていいほど進展はない。
午後も深くなった頃事件が起きる。
この辺では見かけないはずのカトブレパスが出現した。その風体からも異常であることが明確な個体だった。それは、最高の魔術師と国指折りの剣士がいるので心配はなかったが、それから取り出された魔石も異常だった。
あり得ないくらいの瘴気に侵されていて、あの個体が異常な風体をしていたことも頷けるものだった。あんな瘴気に侵されていたら、あれほど歪んだ生き物になっても仕方がないことだ。
あの魔石は、恐らく聖女級の聖属性の魔力でないと浄化できない。そう思っていたら、ノアはあっさりとその瘴気を取り除いてしまった。
何かしら周囲を驚かさずにはいられないのか、あの暢気者は!
周りの面々も不可思議の塊であるノアを一時棚上げして、野営を張ることを決めたようだ。また今日も野宿だ。
そう思っていたが、事態は恐ろしい進展を見せる。
調査隊の人間は誰も気づいていないようだが、僕からは大きな影がノアに近づくのが見えた。グリフォンの成体だ。おそらく、オルグレン団長やグレンフィル副団長の感知力も間に合わない速さで接近していた。
僕は嫌な予感がして、咄嗟に標的印をノアに向かって放った。
僕の勘は正しく、ノアは驚くほどあっさりとグリフォンに連れ去られてしまった。
どこまで事件を引き寄せれば気が済むんだ、あの馬鹿娘!
その後の調査隊は、部外者の僕でさえ不快になる雰囲気になり、取り乱したエインズワース隊長をグレンフィル副団長が殴り付けた。原因はノアだけど、あんなエインズワース隊長を初めて見て、昨日の夕方のことが思い出された。
多分、エインズワース隊長は、ノアが女だということを知らないと思う。それに、今まで少年趣味とかそういったことも一切無かったから、恋愛の対象として見ているかは分からない。
だけど、分かるのは、ただただノアを大切に思っていることだ。きっとノアは、そのことに気付いていない。
他人ごとと思っても、何故か僕はそのことにイライラさせられる。
人間の心は面倒くさい。だから、僕が何故イライラするのかも面倒で、考えないようノアを罵る言葉で頭をいっぱいにした。
任務に必要のないことを思考していたからか、グレンフィル副団長に僕の事を見破られてしまった。隠密の魔力を使って印象操作をするが、オルグレン団長とグレンフィル副団長には通用しないだろう。
僕は仕方なく調査隊の前へ出る。通常の仕事であれば罰を受けるほどの失態だが、今回に限り、その存在を知られても良いことになっていた。
もしかしてエドワード様は、この事態を予想していたのか?
いや、無いな。グリフォンにノアが攫われるなど、人間の予測の範疇を軽く超えている。
僕が前に出ると、隊長格の人たちには僕がどういう人間か分かったようだった。話が早くて助かる。
オルグレン団長に魔力の入った塗料を渡し、朝になったら追ってくるよう言う。エインズワース隊長はすぐにでも動きたそうだったが、グレンフィル副団長がそれを制した。僕はすぐにその場を発つ。
標的印を追うと、しばらくして森の木々が一部拓けた場所に留まったことが分かった。
あの場所から十キロほど進んだ森の中だ。
慎重に辿っていったため、そこへたどり着いたのは日付が変わった頃だった。いや、人間が真っ直ぐたどり着けるような場所に幻獣の巣がある訳が無い。夜でもあったし、僕以外なら翌日になっても辿り着かなかったはずだ。
そっと探ると、大きなグリフォンが巣に寝そべっていて、その翼の下から、僅かに人間の服が見える。きっとノアはあそこだ。標的印からはちゃんとした生命反応がするので、五体満足で寝ているだけらしい。一体どういう状況なのか全く読めなかった。
今、現状を探ることを諦め、朝を待った。
夜が明けると、幻獣がソワソワと動き出した。成体のグリフォンだけでなく、最初にノア達が遭遇したと思われる子供のグリフォンもいる。
それからしばらくして、ようやくノアが目を覚ます。それも幻獣に優しく起こされての起床だ。いったい何をしているんだ。
そこから軽く身支度を整えると、親の足元にあった卵らしきものに近付く。やがてそこから雛が生まれた。これは学者でも遭遇したことが無いだろう貴重な瞬間だった。
そんなことにも気付かないだろうノアは、ただただ雛の可愛さにメロメロになっているようだった。おまけに一家団欒の中に普通に溶け込んでいて、雛と一緒に親グリフォンに毛づくろいをされていた。
なんなんだ、あの「うちの子」感。
何故か、あののほほんとした顔を見ていると、無性に腹が立ってきた。無視できなくなった感情に、僕は逆に戸惑う程だった
自分でも驚くほど感情を揺らしたせいか、ふと気付くと、何故かノアは僕のいる木に抱き付いていた。
前世はセミか? こいつの奇行は慣れたと思ったけど、間違いだ。
気付けば、ノアと目が合った。
気を抜いたせいか? いや、たまたま奇行の末の偶然で、僕の正体はバレてないはず。ここは素知らぬ振りをしよう。
僕はただの通りすがりの木登りが趣味の人間だ。
「あ、あれ?ヴィクター君?」
ノアの僕を呼ぶ声に、僕は思わず木から落ちかけた。
瞬時に我に返って華麗に地面へ着地するが、ノアが慌てて駆け寄ってくる。
よりによって、こんな素っ頓狂に僕の隠密が破られるなんて、一生の不覚だ!
声にならない呪詛を吐いて、ノアを睨むと、今までノアがいた巣の方からグリフォンの威嚇の声が聞こえてきた。
幻獣は人の心の機微に聡いと聞く。恐らく僕が発するノアへの忌々しさが伝わったのだろう。早く平静にならないと敵と認識されてしまうかもしれない。
そんな心配を余所に、ノアは何でもないようにグリフォンに話しかけていた。
「まって、大丈夫。知ってる人だから心配しないで」
やはりというか、ノアの言葉にグリフォンが落ち着きを取り戻す。どうやって手懐けたか知らないが、グリフォンはノアを仲間だと認識して守ろうとしている。
「ごめんごめん。どうやらお母さんが僕を心配してくれたみたい」
相変わらずノアは、自分がどれほどおかしな状態か分かっていないようで、へらへらと軽い調子で僕に説明する。
野生の幻獣は、人を食わなくとも縄張りに入った者は殺すのが普通だ。
っていうか、幻獣に心配されてるって状況をすんなり受け入れてるノアを殴ってやりたい。
そもそも僕が人前に姿を見せる原因になったのは、ノアが勝手に幻獣に攫われたからで、捜索隊はノアを巡ってとんでもない騒ぎになったのだ。
それが、その張本人がこの暢気さ加減って、どういうことだ!
あれ? どんどんヴィクター君がおかしな方向へ。
気のせいかな?
作者も作品の状況から目を逸らしたいです。
そんな訳で、次回もヴィクター君視点です。




